第5話「登校」
次の日。
俺はいつも通りセットした目覚ましで目を覚ますと、それからいつも通り朝の支度を開始する。
昨日は楓花のせいで、帰り際に色々あったのが若干気がかりではあるが、まぁ楓花は妹だと伝えてはあるし大丈夫だろうと、俺は軽い気持ちでリビングへ向かった。
「あ、お兄ちゃんおはよー」
しかし、まだ朝も早いというのに、リビングのテーブルには既に制服を着た楓花の姿があるのであった。
何故か俺より早起きしている楓花は、何事もない様子でモグモグと朝食のパンにかじりついている。
――な、なんでもう起きてるんだ!?
いつもは時間ギリギリまで寝て、時間がないからと朝食なんてまともに食べたことがないあの楓花が、普通に目覚めて普通に朝食をとっている姿に、俺は驚いて目をこすってみるも、やはりこれは夢では無さそうだ……。
「おはよう楓花。――ていうか、何で今日はもう起きてるんだよ……」
「え? 嫌だなぁお兄ちゃん、一緒に学校行くために決まってるじゃん」
まさかとは思ったが、嫌な予感は的中する。
「お、おい、昨日も言ったろ? 兄妹で一緒に登校とか恥ずかしいだろって」
「え? それならわたしも言ったよね? 分からせるからって」
戸惑う俺を楽しむように、楓花はしたり顔でそんな事を言ってくるのであった。
昨日言っていたあの謎の一言はそういう意味だったのかと、俺は今になってその意味を知った俺は頭を抱えるしかなかった。
そもそも、なんで楓花はそこまでして一緒に行きたがるのだろうか。
恥ずかしいのはお互い様なはずなんだけどなぁ……。
「あら、いいじゃない。楓花もまだ学校に慣れてないんだし、一緒に行ってあげなさいよ」
「そうだぞ良太。兄妹仲良くな! ハッハッハッ!」
俺達兄妹のやり取りを聞いていた両親は、そう言って能天気に楓花の味方につく。
我が家では大体こうなのだ。
こうした親からの全肯定また、楓花が干物を極めてしまっている要因の一つだろう。
でもまぁ、たしかに客観的に考えてみると、間違っているのは俺のような気がしなくもないのだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「てことで、今日から宜しくね? おにーちゃんっ♪」
しかし、完全に優勢に立った楓花はというと、甘えるような、それでいて勝ち誇るような絶妙な表情を浮かべながら、今日は一緒に登校する気満々なのであった。
こうして俺は、これ以上嫌がるわけにもいかなくなり、渋々楓花と一緒に登校する事になってしまったのであった――。
◇
家を出ると、今日も外は晴れ渡っていた。
まだ桜の花も残っており、風に揺らされた木々から舞い散る桜の花びらに、これから新たな一年が始まるという事を実感させられるのであった。
俺は一回大きく伸びをすると、今日も一日頑張ろうと気合を入れる。
「良い天気だねー。さ、早く行こう良太くんっ♪」
しかし、一緒に玄関を出た楓花はというと、家を一歩出ると俺の事をまた良太くんと呼んでくるのであった。
本当に何の嫌がらせかは分からないが、今日の楓花は朝から何がそんなに嬉しいのか、とにかく上機嫌でノリノリなのであった。
「……なぁ楓花、どうしてもお兄ちゃんじゃ駄目なのか?」
「んー、駄目かな♪」
「駄目ですか」
「うん、駄目♪」
「はぁ……もういい、分かったよ」
どうやら譲る気はないようだ。
それにこれ以上言っていると、まるで俺が妹にお兄ちゃんと呼ばせたがっている変態兄貴みたいに思えてきたので、もうどうでも良くなってきた。
まぁきっと、兄の事を名前で呼ぶ妹だってきっと沢山居るだろうと、慣れない妹からの名前呼びを受け入れる方向で考える事にした。
「ところで楓花、新しい学校は上手くやっていけそうか?」
「んー、どうだろ?」
「どうだろって、なんか客観的だな。大丈夫か?」
「まぁいいよ、大丈夫大丈夫」
「自分の事なのに、随分と適当だなぁ……」
自分の話をしているのに、楓花はまるで他人の話をするようにさらりと流してしまうのであった。
やっぱり他人に興味が無いのか、それとも俺が思っている以上に図太い性格をしているのか。
全く新生活の事なんて気にしていない様子だった。
「――だってね」
「だって? なんだよ?」
「へへっ、だってまた同じ学校に、良太くんがいるんだもん」
そう言って嬉しそうに微笑む楓花を前に、俺は思わず顔が熱くなる。
何、妹にドキドキしてんだよとすぐに気を取り直すが、我が妹ながら今の破壊力は中々凄まじいものがあった……。
流石は四大美女と呼ばれているだけあって、至近距離でその笑顔を向けてくるのはずるい。
いつも家での干物姿ばかりに見慣れてしまっていたが、大人になったと言うかなんというか、ちゃんとしたらこんなにも可愛かったんだな――。
「――ま、出だしが肝心だから、ちゃんと友達作るんだぞ」
俺は照れ隠しをしながら、さりげなくそう伝えておく。
やはり環境が変わった今、初っ端の友達作りを失敗するとクラスの輪から取り残されてしまうなんて事が起きがちだからな。
だから楓花には、そうなっては欲しくはなかった。
出来る事なら、楓花にも俺の時と同じように良い友達と出会い、楽しい学校生活を送ってくれたらいいなと思うから。
「友達かぁ……まぁ、気が合いそうな子いたらそうするよ」
しかし楓花は、やっぱりどこか客観的というか、そんなに気にしてなどいない様子だった。
まぁ、一人が好きな人もいるだろうから、友達が沢山いる事が全てではない。
それでも、やっぱりクラスで孤立して悩むような事にはなって欲しくはないから、一人でも良いから気が合う友達が見つかるといいな――。
「……うん、でも心配してくれてありがとね! 今のはちょっと嬉しかったから、特別に楓花ちゃんポイントを3ポイントあげるよ」
「ハハッ、なんだよそれ? 集めたらなんかいい事でもあるのか?」
「10ポイント集めるとなんとっ!」
「なんと?」
「――えへへ、やっぱり秘密っ♪」
そう言うと楓花は、楽しそうに笑いながら通りかかった桜並木を駆け出す。
それからこちらをくるりと振り返ると、俺を呼ぶように大きく手を振る。
そんな、桜が舞い散る中微笑む楓花の姿は、まるで天使が舞い降りたかのように可憐で美しく、思わず見惚れてしまいそうになってしまうのであった――。
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