第6話「呼び出し」

「あっ、あの子……」


 校門のところで、俺は一人の少女を見つけて思わずそんな言葉を呟いてしまった。

 当然、そんな呟きを隣の楓花さんが聞き逃してくれるはずもなかった。


「……誰の事かな?」

「あ、いや、なんでもないよ」

「ウソ、今絶対にあの子のこと見てた」

「うっ……べ、別に楓花には関係ないだろ」


 何かを疑うように、じと目で俺の事をじーっと見てくる楓花。

 でも、たとえ見ていたとしても、妹にそんな顔される筋合いなどないはずだ。


 俺はたまたま前を歩く柊麗華の姿に少し驚いて、思わず声が出てしまっただけなのだから。

 今日も朝から美しく、後光でも差してるんじゃないかってぐらいキラキラと輝いて見えるのだから、四大美女って本当にすごい。


「なに? あの子のこと、気になるの?」

「そうじゃないけど、ただあの子有名人だから」

「へぇ、有名なんだ。なんで有名なの?」

「それはお前――」


 四大美女の一人だからだろと言いかけたところで、俺はギリギリ口をつぐむ。

 よく考えなくても、こちらの楓花さんもその四大美女の一人なのだ。


 しかし、どうやら楓花は柊麗華の事は知らないようだし、どうせ楓花のことだから自分が四大美女だなんて呼ばれている事も知らないだろう。


「ん? 何かな?」

「――いや、ほら、見ての通りすっげー美人だからだろ」


 結果、俺は言葉を濁した。

 美人だから有名。これでも結局は同じ話だから、わざわざ四大美女なんて言葉を用いる必要は無いのだ。


 だが、そんな俺の言葉を聞いた楓花はというと、何故か立ち止まる。

 そして、その頬っぺたを不満そうにパンパンに膨らませていた。


 そんな、頬っぺたをパンパンに膨らませた大天使様。

 その姿は、みんなからしてみればかなりの異常事態は、嫌でもすぐに周囲からの注目を集めてしまう……。

 

 しかし、そんな事などやっぱり気にする素振りも見せない楓花は、尚も不満そうに膨れながらこちらを睨んでくるのであった。


「お、おい、みんな見てるから」

「関係ないし」

「お前なぁ……」

「……あたしの方が、可愛いし」


 どうやら、俺が柊麗華の事を美人だと言ったのが不満だったようだ。

 あろう事か、楓花はそう言ってあの柊麗華と張り合いだしたのである。


 ――頼むから、こんな下らない理由で頂上決戦を始めないでくれ……。


「わ、分かったから、楓花も可愛い! 超可愛い!」

「あの子よりも?」

「あ、あぁ、そうだな! だから早く行くぞ!」

「……うむ、まぁ良しとしよう。でも、今のは楓花ちゃんポイントマイナス1ポイントだからね」


 そう言って楓花は、一応満足したのか、まるで何事も無かったかのように先を歩き出すのであった。


「まったく、朝から勘弁してくれよなぁ……」


 こうして今日も、俺は朝から楓花に振り回されてしまうのであった。

 そしてこの不毛なやりとりは、前を歩く柊麗華にもバッチリと見られてしまっていたのであった……。



 ◇



 昼休み。


 俺は一年の頃と同じように、晋平と机をくっつけながら弁当を食べている。

 案の定、朝は晋平含めクラスのみんなに色々と質問攻めを受けたのだが、昼休みにもなれば騒ぎは落ち着いてくれたので一安心した。


「にしても、良いよなぁ。あんな可愛さが限界突破したような妹がいてよ」

「うるさいだけだぞ」

「は? 自慢かよチクショー」

「マジなんだけどな」


 そんな他愛のない会話をしながら弁当を食べていると、突然教室の入り口の方から声が聞こえてくる。



「失礼します」



 その凛として綺麗な声に誘われるように、俺は声のする方を振り向く。

 するとそこには、何故かあの柊麗華の姿があった。


 何で四大美女がこのクラスに!?

 クラス中の視線が、一斉に彼女へと集まる。

 中にはそのあまりの衝撃に驚いたのか、箸を落としてしまっている人までいた。


 それだけ、実際に至近距離で見る柊麗華の姿は、この世の美を集約したような完璧さすら感じられる程美しかった――。


 すると柊麗華は、ここは上級生の教室だというのに落ち着いた佇まいで教室の中へ入ってくる。

 そしてそのまま、何故か俺の目の前で立ち止まるのであった――。


「少し、お話しさせて頂いても宜しいでしょうか?」


 驚く俺に、柊麗華はニッコリと微笑みながら話しかけてくる。


 ――誰と? えっ、俺と!?


 俺は頭の中が真っ白になる――。

 同じ四大美女でも、妹である楓花と話すのとは全く訳が違う。


 ――これが、四大美女の圧か!?


 俺はそんな事を肌で感しながらも、このまま硬直しているわけにもいかないだろうと、なんとか震える口を開いた。


「――お、俺でしょうか?」

「はい、貴方です。――えっと、ここだと少々目立ちますので、大変申し訳ないのですがついて来て頂けますでしょうか?」


 そう言って柊麗華はペコリと頭を下げると、ゆっくりと廊下へ向かって歩き出した。

 クラス中から視線が集まる中、俺は言われるがままそんな柊麗華のあとについていくしかなかった……。


 去り際、晋平が信じられないものを見るような顔をしながら「……お前は、魔王かなんかなのか……」と呟く声が聞えてきた。


 本当に我ながら、自分が何者なのかいよいよ分からなくなってきた……。

 楓花については妹だから仕方がないが、なんであの柊麗華までもが俺なんかの事を訪ねて来たのか、その理由なんて分かるはずもなかった――。



 ◇



 柊麗華に連れられて、俺は校舎裏の人気ひとけが無いところまでやってきた。

 そして、立ち止まった柊麗華は「ここでいいでしょう」と呟いてこちらを振り向く。


 ちなみにここまでやって来る間、学校中の視線を集めてしまっていたのは言うまでもない。


「え、えーっと。それで、俺なんかに何の用でしょうか?」


 俺は恐る恐る質問する。

 そろそろ、ここまで連れてきた理由を確認したかった。


「貴方は、あの風見楓花さんと仲がよろしいようで」

「楓花ですか? えぇ、まぁ」


 仲が良いと言うか、妹ですからね。


「ですよね。そこで、貴方にお願いがあるのです」

「お願い?」

「えぇ、私――出来れば、彼女と仲良くなりたいのです。でも、いきなり風見さんとお話しするのは何と申しますか、まだちょっと勇気がいりまして……。ですから、今朝のように仲の宜しい貴方に、可能であれば間を取り持っては頂けないかなと思いまして」


 なんと柊麗華は、うちの妹と仲良くなりたいと言い出したのであった。

 こんな所まで呼び出されて何事かと思ったが、正直なんだそんな事かと安堵した。


 ――校舎裏に呼び出しって、もしかして告白かもなんて断じて期待してないんだからねっ!


 しかし、同じ四大美女が友達になりたがるなんてな。

 いや、そう考えると同じ境遇だからこそなのかもしれないな。


 それに恐らく、まだちゃんと友達もいないであろう楓花にとっても、これは悪い話じゃないと思えた。


 ……でも、彼女は楓花の本当の姿を知らない。

 だから本当の楓花を知った時、彼女はどう思うだろうか――。


 そう考えると、手放しにオーケーしていいのかどうか俺には分からなかった。


「話は分かりました。ですが、決めるのは俺ではなく楓花の方です。ですので、今日の放課後話の出来る場は作りますので、校門の所で待っていて貰えますか? そこから先は、当人同士で話し合ってみてください」


 結局、友達なんてものは周りがくっつけるものじゃないのだ。

 当人同士の波長が合うか否かが大事なんだから、当人同士でコミュニケーションを取るしかない。

 だから俺は、良いとも悪いとも答えずに、話が出来る場を提供する事にした。


「えぇ、勿論です。ありがとうございます。では、放課後よろしくお願いします」


 柊麗華はそう言うと、両手を合わせて本当に嬉しそうに微笑みながら、その頭をペコリと下げた。

 そんな彼女の仕草とその微笑みには、まるで人を惹き付ける何か特別な魔法でもかかっているんじゃないかというぐらい、とにかく魅力に溢れていて思わず見惚れてしまうのであった――。


 でも話してみて分かったが、やっぱりしっかりした子だなと思えたし、きっと悪い子じゃなさそうだ。

 だから、これを機に楓花にとって良い友達になってくれたらいいなと思いながら、俺は柊麗華と放課後の約束をしたのであった。


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