第4話「本性」
家に帰ると、早速楓花は本領を発揮する――。
着ていた制服を脱ぎ捨てると、すぐにお気に入りの赤いジャージへと着替える。
そのせいで、ふわふわとした綺麗な髪は、服を脱いだ勢いでボサボサに乱れてしまっているのだが、そんなもの全く気にする素振りも見せない。
そして最後に、コンタクトは疲れるらしく愛用の眼鏡に変えて準備完了。
こうして、『西中の大天使様』と呼ばれているらしい妹は、あっという間に上下ジャージ姿でボサボサヘアーの眼鏡少女へと変身するのであった。
それからリビングのソファーでぐでっと横になると、家族に確認もせずにテレビのチャンネルをピコピコと操作し、決まって好きなアニメチャンネルに変える。
「お兄ちゃーん! お菓子とってー!」
そして楓花は、自分の方が戸棚に近いにもかかわらず、俺にそうお願いをしてくるのであった。
「ったく、ほらよ。そんな横になってお菓子ばっか食べてたら豚になるぞ」
俺は仕方なくお菓子を取ると、嫌みと共に楓花に渡してやる。
すると楓花は、「どれだけ食べても太らないから大丈夫だブゥ」と言って、美味しそうにポテチを食べ出すのであった。
そう、もうみんなお気づきだろう。
実はうちの妹、家では半端じゃない干物女なのである――。
これが、楓花に恋するのをお勧めしない本当の理由であり、そして晋平を家に上げられない理由でもあった。
まさか『西中の大天使様』が、家ではこんなに分かりやすい程に干物女だとは誰も思いやしないだろう……。
しかし、アニメを見ながらケラケラと笑っている楓花を見ていると、もしかしなくてもこっちが本当の姿なのだろう。
「あ、お兄ちゃん! あとお茶もちょーだい!」
「お前なぁ……」
俺は呆れながらも、言われた通りコップにお茶を注いで渡してやる。
相変わらず自分では一切動こうとしない楓花だが、こうして甘やかしまっている俺も悪いんだろうなぁ……。
そんなわけで、家の外と中とではあまりにも違いすぎるうちの妹は、最早ギャップなんて言葉では収まらない落差があるのであった。
「じゃ、俺は部屋行くからあとは自分でやれよ」
これ以上甘やかすのも癪になった俺は、自分も制服から着替えるべく自分の部屋へと向かった。
◇
俺は自分の部屋へ入ると、まず始めにPCの電源を入れる。
何故かと言えば、それは最近ハマっているVtuberの動画を見るためである。
ちなみに最近一番よく見ているのは、最近デビューした『桜きらり』ちゃんだ。
ピンク髪がトレードマークの、桜をモチーフにした可愛い女の子。
そんなきらりちゃんだが、その見た目や声の可愛さに反して、中々ぶっ飛んだ考え方をしているところがあり、そんな見た目とのギャップがたまらなく面白いのだ。
何をしていても、笑いの神様がついてるんじゃないかってぐらい奇跡的な笑いを生みだすきらりちゃんを追っていると、あっという間に時間が過ぎ去っていくのである。
これが所謂沼ってやつなんだろうなと思いながら、俺は今日の配信予定スケジュールを確認する。
すると、普段は夜しかないきらりちゃんの配信だが、今日は珍しく昼から配信があるようだ。
とりあえず過去の配信動画でも見直そうと思っていた俺は、まさかのこれから配信があることにラッキーと思いながら、ワクワクしながら配信が始まるのを待つことにした。
そうして始まった配信は、有名レースゲームのプレイ配信だった。
イキリながらゲームをするものの、最終レースで流れるようにビリまで転落していく姿は、今日も今日とて笑いの神様に愛されていた。
『ビリ……だと……!?――という夢を見たんだ。あー良かったぁー夢で。じゃ、今日もゲーム配信やってくよー! オラかかってこいよ雑魚ども!』
見事な惨敗を喫したきらりちゃんだが、そう言ってさっきの敗北は無かった事にすると、再びレースを開始する。
しかし、何度やっても見事な惨敗を繰り返すという笑いのループを生みだす。
そして最後は、ブチギレてゲームと配信を切断して終了するところまでが最早セットなのであった。
――ガチャッ
そんな配信に笑いながら一人満足していると、突然部屋の扉が開けられる――。
「あ、お兄ちゃんまたVtuber見てるの?」
それが誰かなんて言うまでもない、部屋に入ってきたのは妹の楓花だった。
人の部屋へ入る前には必ずノックをするとか、そういう常識的なものは残念ながら備わってはおらず、こうして抜き打ちで勝手に人の部屋へやって来ては、勝手に俺のベッドで横になり、部屋にある漫画を勝手に読んでいくのである。
まぁ妹だから、部屋に来るなとは言わない。
でもせめて、ノックぐらいはして欲しいのが正直なところである。
だってもし俺が……うん、これ以上はわざわざ言わなくても、男子ならきっと分かってくれるだろう……。
「ねぇそれ、面白いの?」
「え? うん、面白いから見てるんだよ」
「お兄ちゃんってオタクだよねー」
「は? お前にだけは言われたくない」
俺がオタクじゃないとは言わない。
けれど、その事を俺より重度のオタクの楓花にだけは言われたくなかった。
楓花の部屋と言えば、部屋中漫画やアニメグッズで溢れていて、まさにオタクの住む部屋なのである。
そんな楓花が、学校ではクールで物静かなキャラで通っているっていうんだから、みんなあの散らかった部屋を見たらビックリするんだろうなと思うと、やっぱりちょっと笑えてきてしまう。
「……むぅ、今いらない事考えてたでしょ」
「いや、気のせいだろ。ぷっ」
「あー! やっぱりそうだ! こんな美少女を相手に笑うとはいい度胸ね!」
「自分で言うかそれ? てか、今のお前は美少女というより、ただの干物じゃん」
俺がそうはっきり告げると、顔を真っ赤にした楓花は何を思ったのか、急いで自分の髪を手で整え出す。
そして、かけていた眼鏡を勢いよく外すと、キリッとした目付きでこちらを睨みつけてくる。
「ふんっ! これならいいでしょ!? これでもわたし、学校では
そう言って、腰に手を当てながら胸を張りながら、勝ち誇ってみせる楓花。
しかし残念ながら、服装はまだ上下赤のダサいジャージ姿のままなため、どうにも格好がついていなかった。
それにしても、仮にもこの町で四大美女とか呼ばれて崇められているくせに、自己評価が「まぁまぁ」なのがなんとも楓花らしくて笑える。
基本的に楓花は、他人にあまり興味が無い。
だから、本当はこんなに子供っぽくてちょっとおバカなところがあるのだが、学校ではその部分を出していないだけなのだ。
でもそれはきっと、本人がそう努めているのではなく、素の部分を出す機会がないだけ。
そう、誰も本当の楓花の事を、まだ知らないだけなのだ――。
それは良い事のようで、もしかしたらちょっと寂しい事なのかもしれない――。
楓花はまだ、この町で気を許せる友達と出会っていないんじゃないだろうか……。
そう思うと、俺は少しだけ楓花のことが心配になってきてしまう。
「……うん、まぁ、楓花はちゃんとしたら可愛いのは認めるよ」
だからここは、俺は素直に褒めてやる事にした。
兄である俺から見ても、ちゃんとした楓花が美少女な事は流石に認めざるを得ないし、何も嘘はついていない。
「ふ、ふんっ! 分かればいいのよっ! 良かったね、こんなに可愛い妹がいて! これからは笑わずに、わたしが一緒に居る日々にもっと感謝してよねっ!」
素直に褒められたのがよほど恥ずかしかったのか、楓花はそう言うと再び俺のベッドに寝転がって漫画を読みだした。
――けれど、髪の間から覗くその耳は真っ赤に染まっており、その言葉とは裏腹に恥ずかしがっているのが丸分かりだった。
まぁそんな、分かりやすくポンコツをさらけ出してしまっているところは、ちょっとだけ可愛いなと思えてしまうのであった。
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