第3話「大天使様」

 始業式を終えて、教室へと戻る。

 今日のところは、新しいクラスでの役割分担などを決めるだけで、午前中いっぱいで授業は終了となった。


 だから帰宅部の俺は、さっさと帰り仕度を済ませる。

 まだ春休みの感覚も抜けきっていない事だし、今日のところは帰って家でゆっくりしよう。

 そう思いながら、俺は自分の席を立ち上がった。


「おい、良太! ちょっと待った! 今日、お前ん家に遊びいっても――」

「駄目だ。魂胆バレバレ」

「ちくしょう、駄目かぁー」


 しかし、帰ろうとする俺を引き留めるように晋平が話しかけてきた。

 これまで一度もうちへ来たがった事なんて無かったのに、こうして声をかけてきているのはもちろん、妹の楓花の存在を知っての事だろう。

 だから俺は、そんな魂胆バレバレな申し出はお断りさせてもらった。


 いや別に、俺としては友達が家に遊びに来るぐらい全然良いのだ。

 しかし俺がというより、きっと楓花が困る事になりそうだから、兄として気軽にオーケーは出来ないのであった。


「にしても、生で見たら確かにとんでもない美少女だったな。ありゃ、一回見ただけで恋に落ちるなんて言われているのも頷けるな」

「おい、人の妹に発情すんなよ。言ったろ? あれはやめとけって」

「はは、不可抗力だよ。ていうか、お前と楓花ちゃんって全然似てないよな。いや、良太も中々のイケメンだとは思うけどさ」

「ん? あぁ、まぁ楓花は所謂義妹だからな。親の再婚で妹になったんだよ」


 似てないって、そりゃ当たり前だ。

 何故なら俺と楓花には、血の繋がりがないのだから。

 と言っても、親が再婚したのはまだ俺達が幼い頃の話だし、俺は楓花の事を本当の妹だと思ってこれまで接しているから、うちの家族の中ではそんなものは関係ない。


 形はどうであれ、楓花は俺にとって大事な大事な妹。それだけの話なのだ。


 だが、そんな俺の言葉を聞いた晋平はというと、またしても目を丸くしながら分かりやすく驚いていた。

 そして信じられないものでも見るように、言葉を漏らす。


「――この、ラブコメ主人公め」

「は? ら、ラブコメ?」

「そうだろっ! なんだよそれ! どこのラブコメだよチクショー!」


 何故か泣いたフリをしながら、晋平はそんな謎すぎる訴えをしてくるのであった。

 すると、そんな俺達の話を聞いていたのであろう他の男子達も集まってくると、晋平に賛同するようにうんうんと頷いてくる。


「おい、いいか? お前らがなんと思おうと自由だ。だが俺にとって楓花は妹であって、それ以上でもそれ以下でもないって事だけは分かってくれ」


 何だか少しややこしくなってきていたので、この際俺ははっきりとそう宣言した。

 楓花はただの妹であって、それ以上でもそれ以下でもないと。

 だから、今後ありもしない事をあれこれ言われても困るから、ここでしっかりと釘を刺しておいた。


 そんな俺からのマジレスに、さすがに晋平やクラスメイト達は、家族間の問題まで口出しするつもりは無いようで、すぐにごめんと謝ってくれた。


 まぁ、分かってくれればいいさ。

 そんな訳で、変な誤解をされる事なく丸く収まったところで、俺は晋平に別れの挨拶を告げ、今度こそ帰るために鞄を手にしたのであった。



「あ、いたいた。早く帰るよ」



 しかし、教室から出て行こうとしたその時、扉の方から突然そんな声が聞こえてくる。

 その声に聞き覚えしかなかった俺は、驚いて声のする方へ視線を向けると、そこには何故かたった今話題になっていた楓花の姿があった。

 そんな楓花はというと、新入生のくせに上級生の教室に平然と現れたかと思うと、当たり前のように俺と一緒に帰ろうとしているのであった。


 こうして突然現れた楓花の姿に、この場にいる全員の視線が一瞬にして集まってしまう。

 それはこのクラスだけではなく、教室の外にまで人だかりが出来ていた。


 そんな風に、男も女も関係なくこの場に居合わせた全ての人の目を惹き付けてしまっている楓花の姿に、成る程確かに四大美女の一人なんだなと俺も分からされてしまう――。


「お、お前なぁ、なんでここに来てんだよ」

「え? それはもちろん、良太くんと一緒に帰ろうと思ったから?」

「良太くんって――あーもう分かった、とりあえず帰るぞ楓花」


 せっかく丸く収まったと思ったら、今度はまさかの本人登場である。

 しかも、何故かいつものお兄ちゃん呼びではなく、良太くんとか呼んできてるのは完全に何かを狙っての事だろう。


 困った俺は頭を掻きむしると、とりあえず面倒ごとは全部後回しにして、まずはこの場から逸早く離れる事にした。


 しかしそんな俺に対して、「やっぱラブコメじゃねぇか!」という晋平の不満の声が聞こえてくる。

 そんな面倒ごとも全部、明日の自分に任せる事にした俺は、楓花を連れて慌てて教室を立ち去るのであった。



 ◇



 妹の楓花と共に、校舎を歩く。

 廊下、昇降口、そして校門と、道中ですれ違うほぼ全ての生徒達から、こちらへ向けられる視線がとにかく痛かった。


 そりゃ『西中の大天使様』と呼ばれる四大美女様が、入学初日に知らない男の人と歩いているんだから、みんなが戸惑うのも無理はないのだろう。


 ――でもごめん、俺はただの兄なんです……。


 しかしそんなこと、一人一人に説明して回るわけにもいかない俺は、そう心の中で謝罪しながら一刻も早くここから立ち去るしかなかった。


「どうしたの? 良太くん?」

「お前なぁ――とりあえず、その良太くん呼びは変な誤解生むから止めてくれ」


 うんざりしながら俺が止めるように言うと、楓花は何故か悪戯な笑みを浮かべる。

 そしてそのまま、俺の顔を覗き込んでくると勝ち誇るように口を開く。


「これは、朝わたしを置いて行ったお兄ちゃんへの罰だよ」

「お前なぁ……それは、いつまでもだらだら寝てるお前が悪い。それにもうお前も高校生だ。兄妹揃って一緒に登下校なんて恥ずかしいから、今後はナシの方向で」

「えっ? なにそれ? 信じらんない! 無理! 冷たっ!」

「冷たくない。あのなぁ、この歳になっても兄妹一緒に登下校とか、お前だって恥ずかしいだろ?」

「別に恥ずかしくないしっ! それに――」

「は? なんか言ったか?」

「何でもないっ! じゃ、じゃあわたしも決めたから」

「今度は何をだよ……」

「今日から外では良太くんって呼ぶし、聞かれたら彼氏って答えてやるからっ!」

「なっ!? お、お前! それはさすがにやり過ぎだろ!」


 何故か怒った楓花は、そんなとんでも無いことを言い出す。

 俺が止めても、最早聞く耳を持たずといった感じでプンプンと怒ってしまっている。

 こんな面倒で我儘な妹が、中学ではクールな大天使キャラで通ってるなんて、やっぱり絶対におかしい。


「……ごめんって、謝るからそれだけは勘弁して下さい」


 そして結局、こうして根負けした俺が先に謝るまでがセットなのである。

 この度々勃発する意味不明な兄妹喧嘩だが、楓花は絶対に譲らない。

 だからいつも、こうして俺から謝る事でようやく収まるというのが、俺達兄妹のお決まりのパターンなのである。


 だから俺は、本当に彼氏発言なんてされたらさすがに洒落にならないため、早々に謝る事にした。

 こうして謝れば済むのであれば、俺の頭の一つや二つ下げるぐらい安いもんだ。


 だが楓花はというと、いつもだったらしょうがないなと勝ち誇って終わるはずが、今回は何故か更にご機嫌斜めになってしまうのであった――。


「……は? なにそれ? そんなに嫌ってこと?」

「いや、言っておくけどこれ、お互い様だからな? 兄妹で変なこと噂されたら、お互い面倒なだけだぞ」


 そう、どうやら楓花は気付いていないようだが、これは俺だけじゃなく楓花だって同じ話なのだ。

 だから正直脅しにもなっていないのだが、それでもされて困ることには変わりはないから、本当に楓花が周りに変なことを言い出す前にちゃんと釘を刺しておく。


「……分かった」

「うん、分かってくれればいいよ」

「……分からせるから」

「ん? 分からせる?」


 納得したかと思えば、謎の言葉を発した楓花。

 そして完全に機嫌を損ねたのか、それから家に帰るまでずっと無言になってしまうのであった。


 そんな楓花を前に、最近いよいよ妹が何を考えているのか分からなくなってきた俺は、やれやれと呆れながらも一緒に帰宅したのであった――。

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