第9話

「坊っちゃん、起きましたか?」


気がついた時には外が明るくなっていた。結局あの後朝まで眠ってしまったらしい。


「アリサ、おはよう。」

「ええ、おはようございます。」

「そうだ!アリスティアに会いにいかないと!」

「まあまあ、坊っちゃん。朝食を食べてからでもお嬢様は逃げませんよ。」


そう言って笑ったアリサに恥ずかしくなりつつ、僕は食事を食べさせてもらいアリスティアの部屋へと向かった。


そこには数人の使用人とアリスティアのみがいた。両親がいないことにホッとして揺り籠まで近づく。


「アリスティア、おはよう。お兄ちゃんだよ。」


僕がやってくるとキャッキャと喜ぶ彼女は天使のように可愛らしい。まだ言葉は分からないだろうが、こうして毎日話しかけるつもりだ。


絶対にアリスティアに寂しい思いはさせないし、14年後に首を刎ねられるような事態にもさせない。僕は立派なお兄ちゃんになってやるんだ。・・・魔法以外で。


僕はアリスティアの部屋へ行っては兄弟とか姉妹が出てくる物語を読んだ。僕には家族の関わり方に関する知識が足りなすぎるから。


そうしてアリスティアの元へと足蹴く通う日々が続いた。そこで分かったことは、両親は魔法が使えるアリスティアにさえ、大して関心を示していなかったということだ。


過去では引きこもっていたので知らなかった。きっと自分のいないところでは完成された仲睦まじい家族がいるのだと決め込んでいた。


(これなら、アリスティアが愛に飢えるわけだ。)


「ごめんね、ティア。過去の僕は君が苦しんでいることに気づかなかった。」


揺り籠の中でおもちゃを手に取っているアリスティアを撫でながら小さく謝る。こんなこと、引きこもってさえいなければすぐに気づけたのに。


後悔が押し寄せるが、今回はそんなことには絶対にさせない。僕はそう決意を新たにアリスティアを見つめた。


あと、アリスティアは長いので、ティアと呼ぶことにした。読んだ本の中に、家族の間柄では愛称で呼び合うというものが多くあったからだ。幸い、ティア自身もそう呼ばれるとキャッキャと喜ぶので嫌ではなさそうだ。



そうして毎日ティアに会いにいくうちに僕は5歳になった。ティアは3歳だ。


「お兄さま、遊ぼ~!」


話せるようになったティアは僕に懐いてくれた。

お父様とお母様とは相変わらず希薄な関係のようで、時折寂しそうにしているが、その分僕が構い倒している。今のところ、過去で聞いたようなわがままで嫉妬深い様子は見ていないので、純粋に育ってくれているのではないかと思う。


「ティア、少しだけ待ってね。もう終わるから。」


僕は昨年あたりから初等教育にあたる教育を受けていた。あとはマナーに関する教育だ。魔法はダメダメだが、ティアにとって少しでも胸を張れるお兄ちゃんになるために頑張るのだ。


そうして勉強が終わった後はティアと一緒に遊ぶ。そんな和やかな日々。


「将来はお兄さまと結婚する~」


そんな嬉しいことを言ってくれるティアに「じゃあティアが大人になるまで結婚しないで待ってないとな。」と言えば、彼女は嬉しそうに顔を赤らめた。


最初は彼女と仲良くなれるか不安だったが、気づけば仲睦まじい兄妹になっていた。


部屋から出ることさえ不安だった僕だが、よくよく観察すれば両親はほとんどをこの領ではなく王都で過ごしていた。そのため、部屋から出ても何の心配もないことに気づいてからは、屋敷内であれば自由に出入りできるまでになった。


ただ、ティアはたまに両親に連れられてお茶会などに出ているのに対し、僕はそう言った場には連れて行かれなかった。

そのため、結局僕はウッドセン家のゴーストと呼ばれるようになっていた。


まあ僕のことはどうでもいい。引きこもらないのであれば、いずれ僕が魔法の使えない出来損ないだということは周知の事実になる。落ちる評判もないのだから今から気に病む必要もないだろう。


「お兄さまはどうしてお外に出れないの?」


何度目かのお茶会で、お母様がティアを迎えに来た。どうやら、僕だけが毎回家に残されることを疑問に思い出したらしい。


「あの子は出来損ないだから人前には出せないのよ。その分あなたがしっかり社交を務めてちょうだい。」


お母様は僕がいるのも気にせずティアにそう言った。


ティアは気遣わしげに僕を振り返ったが、慣れっ子だった僕は曖昧に笑いながら手を振った。そうして彼女はお母様に引っ張られるように連れて行かれた。

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