第8話
部屋を出た時、隣の部屋から両親の話し声が聞こえてきた。
「よかった、今度はちゃんと属性に持ちだったか。」
「でも闇属性って・・・」
「そうだな。だが火属性もある。そちらがメインだと言うことにすれば良いだろう。」
「はぁ、なぜ我が家には良い属性を持つ子が生まれないのかしら。」
「本当にな・・・ジョシュアは全く使えんし、こうなったら他所から養子をもらった方が良いかもしれん。」
「そうね・・・もう子供を産むのも大変だわ。優秀な養子を探しましょう。」
(過去と同じだ・・・)
改めて自分が過去に戻ったことを実感しつつその場を後にする。もうその程度の言葉で傷ついたりしない。
死ぬ最後の瞬間まで自分を役立たずと罵った両親に、愛など期待することはできなかった。
親に愛されないのはとても悲しいけれど、僕の精神年齢はもう16歳だ。そんなものがなくても大丈夫。
僕はそう自分に言い聞かせるようにして、滲みだした視界を拭った。
そして部屋に戻ってからは、これからのことを考えた。良い兄になろうとは思ったものの、具体的にどうすれば良いのだろうか。
まずは部屋に引きこもらないこと。これは大前提だ。だけどその他は・・・?良い兄とはどのような存在なのだろう?
僕は今まで人との関わりが希薄すぎて、一般的な兄妹の関係とか、面倒の見方というものが全くわからなかった。
「ジョシュア坊っちゃん、失礼しますね。お食事をお待ちしました。」
そう言って入ってきたのはアリサだ。この頃既に引きこもりがちだった僕を辛抱強く見守ってくれた高齢の乳母に懐かしさが込み上げる。
「アリサ!」
感極まって思わず抱きついてしまった。
「あらあら、どうされたのですか?何か悲しいことでもありましたか?」
アリサは僕を抱きあげて優しく頭をなでてくれる。その温もりに幼い体が眠気を訴えてきた。
(そうだ。アリサならアリスティアとの関わり方についてアドバイスをくれるんじゃないだろうか。)
そう思った僕は頭を振って眠気を振り払った。
「あのね、とても悲しい夢を見たの。」
「夢ですか?」
過去の記憶のことをありのままに話したら頭がおかしくなったと思われかねないが、夢としてなら問題ないだろう。
「僕もアリスティアも皆処刑されちゃう夢・・・」
「まあっ!なぜそのようなことに?」
「アリスティアが聖女をいじめて、僕は部屋に引きこもって何もしなかったから・・・」
「ジョシュア坊っちゃん。大丈夫ですよ、それは夢です。アリスティアお嬢様が生まれて、少し不安になってしまったのかもしれませんね。」
そうして再び頭を撫でてくれるアリサに「違うの。」と頭を振る。
彼女は家での僕の扱いを知っているから、アリスティアが生まれたことでますます僕が蔑ろにされるのではないかと不安に思っていると考えたのだろう。
確かに過去の僕はそうだった。アリスティアが生まれたことで、彼女と比べられてますます自分が蔑まられるのではと恐れて僕は一層引きこもったのだから。
でも今はアリスティアがいようといまいと自分が大事にされることなどないと分かっている。それはもうどうしようもないことだから諦めるしかない。
「僕、部屋にばかりいないでちゃんと良いお兄ちゃんになりたい。」
「まあ、坊っちゃん・・・」
「それで、良いお兄ちゃんってどうやったらなれる?どんな人が良いお兄ちゃんなのかな?」
「ふふ、とても立派な願望ですね。アリサはジョシュア坊っちゃんがそんな風に考えられる子になったことが嬉しいです。」
そしてアリサは「そうですねぇ。」と悩み始めた。
「まずはアリスティアお嬢様を目一杯愛してあげましょうか。あ、甘やかすということではありませんよ?」
「アリスティアを愛する・・・ってどうしたら良いの?」
「そうですね、まずは毎日顔を見に行きましょうか?そして一緒の時間を過ごすんです。そうすればきっと、自然に愛情が芽生えますよ。」
毎日顔を見に行く、か。引きこもりの自分にはそんなことさえ少しハードルが高いが、出来ないことはないだろう。
「わかった!毎日顔を見に行くよ。それから?後は何をしたらいい?」
「後は・・・お嬢様が尊敬できるような立派な人を目指したら良いのではないでしょうか?勉強や態度など、お嬢様が真似しても恥ずかしく無いように。」
「なるほど・・・」
勉強は問題ない。過去では部屋に閉じこもって本ばかり読んでいたから、人並み以上に知識はある。だが・・・
「僕、魔法使えないけど、アリスティアが尊敬するようなお兄ちゃんになれるかな?」
「坊っちゃん・・・。大丈夫ですよ、魔法以外を頑張っていれば、ちゃんとそちらを見てもらえるはずです。」
「そっか、分かった。僕、頑張るよ。」
そう言って微笑むとアリサも優しく微笑んで僕をベッドに下ろしてくれた。
「ご飯が冷めてしまったので温め直してきますね。それまで少しお休みください。」
「あ・・・ごめんね、アリサ。」
「ふふ、良いのですよ。坊っちゃんがそんな風に考えていることを知れて、アリサは嬉しく思っていますから。」
そうして部屋を出ていくアリサを見守った後、気づけば僕は眠りに落ちていた。
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