大文字伝子の休日2

クライングフリーマン

大文字伝子の休日2

午前10時半。そいつは突然やって来た。

「高遠ちゃん、大文字くーん、いるぅ?」そいつの正体は、高遠の小説や伝子の翻訳本を出版している出版社の編集長だ。要件が分かっている二人は萎縮した。

「高遠ちゃん、やれば出来るじゃなーい。校正に回しといたわよ。大文字くーんは?まだ届いていないけど・・・まさかまだ?」「はい。」「パーセンテージは?」「50%です。」

「ふうん。今夜徹夜して明日の夜には?」「75%かな?」「75%かな??高遠ちゃん、私の耳、おかしくなったのかなあ。今75%かな?って彼女、高遠ちゃんの妻は言った?」

「言いました。真鍋編集長。私も手伝いますので、明日の夜までの猶予、お願いします。」高遠は深く土下座した。慌てて伝子もそれに習った。

「俺も手伝うよ、高遠。」入り口で聞いていた福本が言った。「下訳なら、部活で分担してやったことあるじゃないか。」「ありがとう。助かるよ。」

「俺たちも、な。」と玄関に物部と栞が立っていた。「あらら。あらあら。逢坂先生じゃないですか。そっちの変なおじさんは?」「変なおじさん?」栞が袖を引っ張って、「私たちの大学の翻訳部の副部長です。」高遠も応援して言った。「逢坂先生は、部長夫人でした。」

「つまり、いち、にい、さん、しー、四人の助っ人?翻訳部総動員?」と真鍋が尋ねると、高遠が「いや、もう一人います。福本、後でヨーダに連絡を。」「了解した。」

「分かったわ。明日の夕方五時。それ以降は待てない。出来なければ、今後は『出禁』よ。」捨て台詞を残して真鍋は去って行った。

「じゃ、学、準備だ。実はなあ、物部。原稿はPCで書いてネットで送る時代なんだ。」と伝子がいい、PCルームに入っていた高遠が大声で確認した。「伝子さん、LAN使うの?」「いや、今回はクラウドを使う。クラウドに共有場所を作ってくれ。原本を分割して保存して、下訳用のフォルダに送る。」

物部、福本、栞はリビングに荷物を置いた。

そこへ、愛宕と久保田がやって来た。「すまん、愛宕。事件なら明後日まで待ってくれ!」高遠がかいつまんで説明をした。

「いや、今日は先日の事件の報告です。サチコの事件ですが、実行犯はネットで集められた奴らで、花火程度の爆発物だと聞いていたそうです。依頼人は、かつてサチコが空港で麻薬犬として活躍していた頃に、空港で持ち込もうとした麻薬を発見され、恨みに思っていたようです。ムショ仲間からサチコの情報を得たので、彼らを雇って実行したそうです。」

と愛宕が言った。そして、久保田刑事が「国賓館の事件ですが、逃走したのは国賓館の職員でした。しかし、二人のSPを含め、黒幕はまだ分かっていません。以上です。確かに、我々では役に立ちそうにないな。帰ろうか。」

久保田刑事は愛宕を促して帰って行った。

「高遠。ヨーダは夕方来るってさ。」と、福本が報告した。

「じゃ、俺は依田と交代だな。仕込みあるし。」と物部が言うと、「物部君、無理しなくてもいいのよ。」と栞が言った。「はは。乗りかかった船だ。やれるだけやるさ。」

瞬く間にお昼になった。「さて、休憩しますか。カレーでも・・・。」

高遠が言いかけると、チャイムが鳴ったので、高遠が出た。「まるごとピザでーす。」

なるほど、玄関のドアの外に待っていたのは宅配ピザ屋だった。「お誕生日会ですか?メッセージ付きですよ。」高遠が財布を取り出そうとすると、「あ、前払いで頂いておりますので。おめでとうございます。じゃ。」と宅配ピザ屋は去って行った。

福本が出てきて、「あ、ピザ取ったの?」「いや、取り敢えず運んで。」と福本にピザを託した高遠はメッセージを開けてみた。

『連日の捜査協力の為に、本来の仕事を遅らせてしまって申し訳ない。せめてもの差し入れです。久保田。』

覗き込んでメッセージを読んだ伝子は、「愛宕の仕業だな。ま、頂こうか。学、昼飯タイムだ。」

食事と取り始めた伝子は、「眠くなったら、いつでも仮眠とってくれ。」と言って、あくびした。「一番休憩しなくちゃならんのは大文字だな。まあ、頑張ろう。」と、物部は言った。

午後3時。南原と蘭、祥子がやってきた。「僕たちは足手まといかな?」と、南原が言った。「そうだな。夕飯の買い物を頼むよ。学、クレジットカード渡して。」と、伝子は指示をした。高遠がクレジットカードを渡して、3人は出て行った。

南原は、買い物に行く前に、隣の藤井さんを訪れた。そして、お願い事をした。

午後5時半。依田がやって来た。「遅くなってすみません。」「確かに遅いな。じゃ、俺は帰る。依田、手順は高遠に聞け。じゃあな、みんな。」と、物部は帰って行った。

「大丈夫なの?依田君。配達途中じゃないの?」と栞が心配して言うと、「最後の荷物は仲間に頼みました。再配達になりそうだし。」

午後6時。隣から、買い物組が食事を運んで来た。ビーフシチューだった。「藤井さんに、お願いしちゃいました。」

「いつも済みません。」と伝子が頭を下げた。「いいのよ。腕がなまってなくて良かったわ。夜食のおにぎりも持って来たわ。」

藤井が帰ると、しばし夕食の団らん。「ヨーダ、よく食べるなあ。」と高遠が感心した。

「そうだ、久保田刑事、あの渡辺警部と結婚するんでしょ?いつかな?」「なんだ、ヨーダがMCやるの?」「いや、頼まれてないけどさ。」「いやいや、MCと言えばヨーダでしょう。」と高遠が言うと、「MCと言えばヨーダでしょう。」と伝子が続いた。

「んまあ。頼まれた時はね。」皆は爆笑した。

「じゃ、私たちは帰りまーす。」と蘭や祥子は食事を終えると帰って行った。

午後11時。皆は夜食を取っていた。出来上がりはまだ70%だった。

高遠はネットニュースを見ていた。「立てこもり?出版社の向かいのビルだな。」

「立てこもりなら、ワンダーウーマンは要らないな。」「変なこと言うなよ。」と伝子は依田を小突いた。

「早く解決するといいな。」夕方、女子が帰宅した後、結局下訳を手伝っていた南原が言った。

「南原さん、学校で立てこもり、あまり言わなくなりましたね。」「ああ。昔、酷い事件があったでしょ。あれ以来、年々セキュリティが厳しくなったから。暗証番号知らないと、門扉開かないんですよ。スマホのアプリで管理されているから、日中は生徒も同伴者なしに出入りできないし。強引に入ろうとすると、職員室、警察署、教育委員会に通報される。」

「南原、もう帰っていいぞ。明日、学校あるんだろ?」と伝子が言うと、「少しは役に立ちましたか?」と南原が不安そうに言った。「ああ、勿論だ。」と伝子が応えた。

「南原さん。少し持って帰って。」とタッパーに入れたおにぎりと沢庵を高遠は南原に渡した。

翌午前3時。「みんな、眠くなったら、仮眠してくれ。ヨーダ、大丈夫か?お前も明日仕事だろう?」「海苔がかかった船、じゃない、乗りかかった船だ。先輩ほどじゃないけど、タフですよ、俺。」と依田は応えた。

その依田は6時には帰って行った。帰り際、藤井さんが出てきた。

「依田君。これ、朝食かおやつに食べて。」と紙袋を渡した。「藤井さん、もう・・・ありがとう。頂きます。ああ、あれからお孫さんとは?」「毎日、連絡くれるわ。殆ど絵の判子だけどね。依田君の言った通り、慣れればどうということは無かったわ。」

「ありがとうございます。じゃ。」依田は意気揚々と帰って行った。

午前9時半。蘭が朝食を運んで来た。「これ、物部さんから。空いた時間あればウェイトレスやってくれって言われたわ。高遠さん、大丈夫な先輩?」

「大丈夫な先輩だよ。蘭ちゃんをレイプなんかしたら、ウチの奥さんがただじゃおかない。」「そうだな。三節棍やヌンチャクの練習台にはなるかな。」

蘭はゲラゲラ笑って出て行った。「ああ。サンドイッチだ。流石だな、副部長。」と福本が言った。

午後1時。今度は祥子が寿司屋を連れて来た。「まいど・・・って、初めてだけど。大文字さん、これを契機に今後ともよろしくお願いします。」と寿司屋が言った。

「ああ。あの時(「大文字伝子が行く8」参照)の。今後ともよろしく。」と、伝子は頭を下げた。

午後3時半。高遠は伝子に報告した。「伝子さん。電子ファイル、入稿しました。プリントアウトしますか?」「編集長が言って来てからでいいよ。栞。ありがとう、最後まで付き合ってくれて。」「ううん。いい勉強になったわ。」高遠はLinenで他のメンバーに終了した、とだけ伝えて、礼を言った。

栞が帰った後、二人はベッドの前でキスをした。キスは長くは続かなかった。そのまま、ベッドに倒れ込み、爆睡したからである。長い1日がやっと、終わった。高遠はこの幸せが永遠に続くことを願っていた。

―完―





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