軻遇突智
がた〴〵と板戸を開けて、ずぶ濡れの父が
父は
晚の支度をしてゐた姉が、一瞬云ひ
父はむつつりと默つた
吉太は弟と一緒に部屋の隅に小さくなり
「
さう云ひ乍ら、姉は
「飯なぞ、何でもない。酒持つてこ」
「したれど……」
「いんにや、酒だち」
仕方なく姉は酒甁と湯呑とを父に渡した。
「これつぽちかや!」
父は大きな
「おめらは、何默つてるぢやい?」
不意に父の目が、じろりと吉太と弟に向けられた。
「――何も……」
吉太の聲は隨分と
「聞こえね!」
いきなり父が湯呑を投げつけた。吉太は
火が附いたやうに弟が泣き始める。
「何を泣く!」
天狗のやうな形相で、父が弟を叩く。
「
弟の代はりに吉太が謝つた。
「何を! おめ、生意氣な……」
父は、今度は吉太の襟首を摑むと、脊中を激しく
「許いてくなし。許いてくなし……」
姉が父の腕にぶら下がつた。制された父は、忌々しさうに姉を振返ると、澁々
「……吉! 吉よ! おめ、
「
姉が、
「それに御酒ばり呑むと毒ですけ……」
「……いんにや、吉、おめ行くべら?」
「御父つあ、そんなら、おれが行つてきやすけ……」
「何も、おめが行くことね! なあ、吉! おめ男だべらな!」
父は頑なであつた。吉太は打擲された興奮がまだ冷めやらず、
「吉! 何時迄、ひく〳〵云つてるぢや! 行くのか! 行かねのか!」
「まあだ、この! ひく〳〵云ふか!」
父が片膝を立てる。
吉太は必死に
「……御父つあ、……
「錢だあ? 錢か! おめ、十にもなつて、
吉太は途方に暮れて姉を見遣つた。姉は小さく溜息を
かつん!
突然父が、何か、吉太の前に投げて寄こした。見ると、
「
吉太は目を丸くした。
「それで、
「でも、これあ……」
「いゝから! それで買うてこ」
父の樣子は、
「吉、雨あ、はあ、もう上がつてるよ」
戸口から表を覗いて、姉が振り返る。
ちらと窺ふと、父は
吉太は姉が持たせて吳れたカンテラをぶら提げて表に出た。
空を仰ぐと、
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