久闊
二人とも
「どうも、
さう云つて
「どうかしたかね?」
「
苦い顏で杯を干すと、さつと
「あの頃は、
ともすれば聞こえない程のぼそりとした
「不機嫌とは? 誰が?」
「――君の話だよ。忘れたかい?」
どうも、何だかのつぴきならぬものを、
「
「あの頃は何時だつて不機嫌だつたさ、君は」
「さうだらうか……」
向うの部屋にどつと
「君とは十年振り以上になるね」
友人の目が
「もう、そんなになるかね?」
「あゝ、君は中〻僕に
「さう云ふ
「まあ、君の云ひ分ではさうかも知れない。たゞ、僕から見れば、又違つた事情が展開してゐるやうに思はれたよ」
「何、さう惡く取つて貰つては困るよ。
「まあ、さう云ふんなら、
友人は再び口を閉ざした。
かん〳〵のうのきうれんす、きうはきうです、さんしよならへ、さいほうぴいかんさん……
ふと、見遣ると
「あゝ、松吉が居るね」と友人が云つた。
「松吉?」
「松吉だよ。知つてるだらう? 僕は
友人の憂鬱な視線も、向ひの緣側の男に向いてゐる。
「あれは、
「さうさ、僕らの座敷にも何度か來た事があるぢやあないか。と云つても、もう隨分になるが…… 覺えてゐないかね?」
「
「ほら、
「さうかい。僕は何だか思ひ出しさうで、どうも
「うむ、
「神經衰弱の
「うん。
さう云ふと、どんよりした赤い目を余に向けた。
「まあ、君みたやうに、人を莫迦にする側の人閒から見たら、他愛も無い事だらうね。昔からさうさ。不機嫌に
友人は、片方の口の端を
ところで、
「松吉だの、僕だの、生來の
さう云つて卑屈さうな笑みを浮かべると、再び杯を突出して來た。
余はどうも
余にとつては、友人みたやうな態度は、
一方で、余自身にも、己を顧みての一抹の危惧が存した。
思へば、若い頃の余には、無意識の尊大さと云ふものがあつたやうな氣がする。或いは、裏腹に、小心な
あの頃の自身を
實を云へば、本當なぞ存在せず、全ては相互の
「
掌を相手に示して、宙ぶらりんに突出された杯を
友人は
若い頃の友人と云へば、快活な男といふ
友人は昔の余を「不機嫌」と評したが、今、眼前にある友人の姿こそ、不機嫌そのものに思はれた。
つく〴〵人の肚の中は判らない。
懷しく
一方、友人の肚の中の鏡には、余は
まあ、
解つた
つく〴〵人の肚の中とは判らないものである。
事に
胸を張つて、眞實さうではないと
見れば、松吉はまだ緣側で憂鬱さうに俯いてゐる。
余は、
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