皴
切通しの坂を上り切ると、開けて再び町となつた。
どの棟も割と新しい。
路地を幾つか折れて進むと、左側の低い板屛が
「おい、ゐるかい?」
返事が無い。
「ゐないのかい?」
「おい〳〵、ゐないのかね?」
留守か――
半ばむつとなり乍ら、
「あら、
「入らしつたのぢやないよ。呼んでも
「あら御免なさい。
「いやね、
「あら、野閒さん? あの、野閒さん? さう――」
「何だい、野閒と逢ふのが
「おかしいわ。だつて、あなた、ついせんだつて、野閒とは絕交だなんて、おつしやつてたんでせう……」
「それあ、さうだが、まあ、色〻とあるのさ…… いけ好かない、肚が立つ、何とも
「
「何が
「
さう嚴しく
面白さうに髭を歪めて、男がにや〳〵待つてゐると、
「先ずは、上着を御脫ぎなさい」
云はれるが
「さあ、
男は
「ふむ…… まあ、然しどうだらう? 一寸低過ぎるやうだね。どうも、坐り心地は
「さうかしら? さうね。それぢやあ…… あ、さう〳〵」
さう云ふが早いか、立ち上がつて、再び奧へ。
今度は、自分の夜具を抱へて來た。
「ほら、
女は、疊んだ敷布團を坐布團の下に
「うむ。さうだね。大分良くはなつたね」
「さうでせう? ごらんなさい。とんちですよ、これが」
「頓智かね? ――頓智ね。ふゝん、まあ、さうかも知れぬ」
「さうですよ。御認めなさい。これがとんちなの。いかゞ?」
「はい〳〵」
其時、柱時計が一つ鐘を打つた。見遣ると十一時半である。
「あら、こんな時閒。
「さうさな。一時過ぎには出ないとね」
「まあ……
「
「せつかく旦那樣が
「何、構はんさ――
「まあ、御晝から? ずいぶんね…… たゞ、ほんたうに
「
「わかりました。少し御待ちになつてね」
「ほら、あなた、少しばかり脚を
「脚の
「ご安心下さいませ。この二人の他に、人なんて、
「さうは云つてもね…… 時に、何だね?
「あら、乙なものですよ。案外ね…… 御饅頭で一杯と云ふ方もあつてよ。それにあなた、その珍奇が御所望なんでせう? いつも、おつしやつてるぢやあ、ありませんか。
女が上目遣ひに笑みを含んで銚子を
小さな器の中に、みる〳〵
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