散財しか勝たん

「ふぃー。 なんだか色々と疲れましたなー」


 ボスンッ! とベッドに勢いよくフライングダイブ。

 もうこのまま動きたくありません……。


「それにしても……帰りは楽ちんだったよ。 ありがとうねセシリア」

「何、礼には及ばないさ」


 ベッドに寝転がったままに礼を述べる劣等生の私とは対照的に、優等生のセシリアは近くの椅子に腰掛けて、魔法大学で使っていた教科書を開き始めました。

 中退という形で学校を抜けたはずなのに、ボロボロになるまで使い古されているその教科書。 ちなみに私の教科書は新品同然でピッカピカです。

 古本屋で売ればそれなりの額になるのではないでしょうか……ってダメダメ! 流石に思い出は大事にしないといけませんね!


「いやー。 セシリアも頑張るねー」

「ふむ……。 まぁ私にとってはこれが日課みたいなものさ。 小さい頃から続けているからか、逆にこれをしないと落ち着かなくてね」

「うーん。 やっぱりこーいうところで差っていうのは開いていくんだよね……まぁ魔法大学を辞めたアリスちゃんには必要ありませんがー」


 ポイッと投げ捨てる動作とともにそう言って見せた私を見て、セシリアは小さく笑いました。

 そして……椅子から立ち上がると共に私の近くにやって来てこう言ったのです。


「ふふっ。 時にアリス。……どうかな? たまには一緒に訓練をしてみないかい?」

「え? いやいや!? 無理だよ無理無理! 私なんかがセシリアと訓練なんかしたら邪魔になっちゃうから!」

「ふむ……そうか。 残念だね……」


 しょぼーんと。

 明らかに肩を落として家の外へと向かうセシリア。

 どうやらこれから魔術の訓練を庭で行うようです。

 魔法大学を辞めると共に、寮からも追い出されてしまったセシリアと私の所持金を合わせて(良家の出身であるセシリアからが大半)賃貸しているこのおうちは、二人で住むためにデザインされた私たちにぴったりの物件でした。

 魔術を訓練するために庭が欲しい、というセシリアの要望にもマッチしている上に、それなりに安価であったため即決で購入しました。

 それ以来、セシリアの日課に庭での魔術訓練が追加されたのです。 どうやらセシリアは、私と一緒に訓練をしたい様子ですが……生憎それは叶うことはないのです。


 なぜなら……


『……こほん。 杖さーん? 聞こえますか?』

『……アンタね。 何よ? 今日から仕事が始まるんじゃなかったの?』

『ふっふっふっ~。 その通りですよ! そして見事に成功したのですっ!』

『……あそ。 それは良かったわね』

『……なんか素っ気なくないですか? あれですか? 私が最近使ってあげないから寂しいんですか?』

『そっ……そんなわけないでしょ! 勘違いしないでよねっ!』


 非常にわかりやすい反応で、寂しかったことを告白する幼い頃からの私の愛用の杖、通称杖さん。

 私はキョロキョロと忙しなく周囲を見回しながら、セシリアが帰ってこないことを確認します。

 なぜならば、これはセシリアに秘密にしていることだからです。

 そうという私の能力を。


『それはそうとして……今日は厄介なことがあったんですよ。 お力を貸してください杖さん』

『……厄介なこと? 何よ……聞いてあげなくもないわ』


 ふんっ! と鼻を鳴らしながら応じる杖さん。

 なぜだか存じ上げませんが、杖さんの知識量はマジパネェっす。 私が初めての仕事相手を魔王さんに選んだのも『初めにドカンとかましといた方が、話題になって客が来るわよ』という杖さんのアドバイスからでした。

 つまり今回の難題も、杖さんにかかれば簡単に解決してしまうことでしょう。

 つまり他力本願です。 オークさん達に申し訳ありませんが、今の私に確信的なアイデアなど微塵も浮かんでおりません。


『……かくかくしかじか。 こういうことがありまして……』

『ふーん。 アンタも大変なのね。 その雌豚ってやつ、ものすごく腹が立つけど……それはそうとして、なんでそんな難題を引き受けちゃったわけ!?』

『いや……杖さんならどーにか解決してくれるかなーって思いまして』

『アンタねぇ……私だってそうポンポンと名案が思いつく訳じゃ……でも少し考えが……』


 嘆息しながらも、杖さんが前向きに話を進めようとしたその時のことでした。

 ガチャリ、と。 玄関のドアが開く音が小さく聞こえてきたのです。


『ヤバいです! セシリアが帰ってきます! 杖さん? 明日また聞くんで適当に考えておいてくださいっ!』

『はぁ!? ちょっとアンタ? ねぇ……』


 強制的に私が能力を止めたことで、杖さんの声は聞こえなくなります。

 それと同時に寝室のドアが空いてセシリアが入ってきました。


「おや? 杖なんか持ち出して一体どうしたんだい?」

「いやぁ……やっぱり私も魔術したくなっちゃったなーなーんて? あははー」

「……ふむ?」


 訝しげに私を見つめるセシリアでしたが、暫くして聞こえてきたのは「ぐぅー」という腹の虫。

 その腹の虫は奇しくも、私とセシリアのデュエットでした。


「お腹すいたね。 折角だし、今日はこの儲けでご飯でも食べに行こっか!」

「おや? それはいい考えだ。 私たちの初稼ぎさ、盛大に祝おう」


 魔王さんから頂いた金貨を取り出して、王都へと繰り出していく私とセシリア。

 初稼ぎに気が大きくなって、予想以上に食べ過ぎたのはご愛嬌でしょう。

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