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気づくと早起きの夏の太陽が少しずつ山頂から光りを放ちながらやって来ていた。

カラスが寝床から目を覚まし、雀たちの鳴き声も聞こえてくると、少しだけ夏の虫の声が小さくなたったように感じるから不思議だ。


相模が気づいた頃には、影葵は体から抜け出し、透明な体のまままた犬たちの墓の上に足を組んで座っていた。が、そこに戦いで生き残った犬たちが駆け寄り、体に突進して落とそうとしたり膝の上に乗ったりして遊んでいる。どうやら下に落として遊んでもらおうとしているらしい。当の影葵は『やめろ!僕は犬っころは嫌いなんだよ』っと大声を出して嫌がっているが、犬たちにはわからないらしく、ずっとじゃれついている。それを見て微笑んでいると、隣で「傷は大丈夫なのか」と金秋は近づいてきた。


「痛いですが、我慢出来ないほどではないので大丈夫です。それに、これぐらいで弱音を吐くのは辞めました」

「そうか。それは良い心掛けであるな」

「金秋さんこそ、呪いは大丈夫そうですか」

「ああ。あれほどの事では死なぬは。だが……」

「?」

「助かった。感謝する」


まっすぐとした視線のまま、相模を見つめ礼を伝える金秋に、相模は言葉を失う。そして、すぐに恥ずかしさから頬が熱くなるのを感じて慌てて視線を外す。やはり、まだこの男に感謝されるというのは慣れなかった。


「俺は、1度死んでいる。それは、おまえもわかってるのだろう?」

「……はい。新選組の時代に生きていた、隊士なんですよね」

「ああ。俺の昔の名は大石鍬次郎。今のはその名を名乗る事はない。その人間は一度死んでいるのだから」

「けれど、金秋さんは生きていますよね。幽霊ではないです」



そう。彼の体は温かかった。死んだ人間とは思えない体温が伝わってきたのだ。だが、彼は100年以上も昔に生きた人間だ。人間がそんな長寿なわけがない。となると、金秋が今の世に生きているには理由があるはずだが、それを相模がその訳はわかないのだ。疑問を浮かべた表情で見ると、金秋は小さく一度頷いた。


「おまえには話しておかなければいけないだろう。少し長くなるが、聞くか?」

『俺も聞きたいんですけど!これから一緒に戦うんだから』

「何故おまえが。おい、この影葵を本当におまえは受け入れるのか?」

「はい。……こいつがいないと俺はまだ戦場には立てないだろ?だから、仕方がないかなって。それに、そんなに悪いやつじゃないっぽいし。この犬たちも懐いてるからな」

『ほら、こいつもこう言ってるだろ。犬っころは何とかしてほしい』



そう言いながら顔を舐めまわされている影葵を、金秋は呆れ顔で見つめながら、大きくため息をついた。



「仕方がない。聞いていて楽しい話ではないが、聞いてもらおうか」



そう言うと、地面に座った金秋を真似をして相模も迅もそして犬たちも座った。

すでに相模も地面に座ることに何の抵抗もなくなっている事に、誰も気づかず、皆が金秋の話しに耳を傾けた。

皆が夢中になるほどに、金秋の生きたい道はとても過酷で、そして未知なものであった。






ーーーー




大石鍬次郎が大きく動いたのは、甲州勝沼の戦いであった。

この戦いは、甲陽鎮撫隊と名前を変えた新選組が幕臣である勝海舟に「甲府城を新政府軍から守るように」との命令を受けて動いたものであった。将軍のために戦いたいという想いの強い新選組は、すぐにこの命令を受ける事に決める。名誉なことであると、近藤らは喜んだ事だろう。だが、これは穏やかに新政府軍と交渉をしたかった勝海舟が、江戸から新選組を追い出すためにつくった作戦であると言われている。勝海舟は、争いなく徳川幕府を、そして江戸を守るために必死だったのだろう。何事も戦いで解決しようとする、新選組が邪魔になったという事であった。

甲府での戦いの相手は土佐藩の板垣退助が率いる部隊であった。その板垣は戦国大名武田信玄の家臣であった板垣信方にちなんだものであった。甲斐は武田信玄のお膝元であったので、信玄家臣の血筋を強調したところ、板垣退助を歓迎し、甲府城を無血開城したのだ。

そして、甲府城をには入れなかった新選組は城から離れた場所に陣を敷き、そこで甲州勝沼の戦いが始まったのだ。だが、この戦いは圧倒的に新政府軍が有利であった。それは、戦さが始まる前から金秋が感じ取っていたいた事であった。新選組の兵力は130ほどであり、新政府軍は1200と3倍近いものであった。それでいて、大砲の数もかなり少なかった。行軍になると邪魔になると置いてきてしまっていたのだ。

このような事があり、新選組はかなり劣勢な立場となっていたのだ。それでも、もちろん逃げる事をするはずはない。戦いが起こっても、命がなくなるとわかっていても最後まで戦うのが武士というものなのだ。


だが、この時の金秋はもうすでに考え方が変わっていた。

武士として強くなる夢は捨て、沖田の夢を背負ったからだ。

生きて、強くなる。強い剣士となるために、生き続ける。それが、沖田と交わした約束であった。


だからこそ、戦場で自分の命が危ないと思った瞬間に、気づくと自分の体は動いていた。

怪我をしながら、敵の血を浴びながら、必死に戦場から逃げた。川を渡り、山のを登り、留守の家に忍び入り、服を拝借しながら逃げた。

途中、金秋と同じように新選組から逃げようとする隊士三井丑之助と一緒に途中まで逃げる事になった。



だが、それが全ての間違えであった。



新政府軍からも幕府軍からも無事に逃げられた金秋は、身を隠しながら潜伏していた。

どちらも戦さに忙しいようだが、新政府軍の残党狩りはかなり大掛かりであった。特に新選組の生き残りだと知られてしまえば、執念深くおいかけられた。特に幹部になれば、それは大事であった。


逃げ切れると思った頃、人斬り鍬次郎と呼ばれた大石鍬次郎は捕まった。

しかも、一緒に逃げた新選組隊士である三井丑之助に売られての捕縛であった。


大石鍬次郎は、伊東甲子太郎暗殺の疑惑がかけられていたのだ。だが、その暗殺は事実。だが、鍬次郎は生きるために嘘をつき続けた。が、伊東甲子太郎の暗殺後に御陵衛士の面々とも戦った。その際に取り逃がした者も多かった。そこから、大石鍬次郎の名前が出てきたのだろう。そのため、どんなに鍬次郎が「やっていない」と言っても、相手はそれに納得するはずがなかった。

捕縛された後は、かなりキツイ拷問や扱いが続いた。死ぬ寸前まで痛めつけられて、苦しさを感じなくなった頃に牢屋に戻される。傷が戻るまで痛みに苦しめられ、治ってくる頃にまた拷問が始まる。そんな生活で、体はぼろぼろであった。けれど、鍬次郎はそれでも生きる事に必死であった。

今頃、沖田は何をしているだろうか。まだ咳をして血を吐いているのだろうか。布団から出れずに、悔しい思いをしているのではないか。そんな彼の夢を託されたのだ。こんな牢屋に閉じ込められて死ねるはずがないのだ。

鍬次郎は、それだけを思いを強く生きた。絶対に生き抜いて、強さを極めてやると、牢屋内でもこっそりと鍛える事も忘れなかった。





「幕府軍は負けた。新選組の局長の近藤は晒し首になり、土方は蝦夷地まで逃げて撃たれて呆気なく死んだぞ。他の隊長らも死んだという事だ。おまえも諦めろ。その内打ち首が決まるはずだ」


少し寒さが和らいだと感じられる春の朝。そんな事を言われた。

ついに負けてしまったのだ。自分が逃げた部隊を心配するのはおかしいかもしれない。けれど、それを無関心の振りをして聞けるほど、この頃の金秋は強くはなかった。驚きを隠せなかったし、悔しさで体が震えた。相手はとても晴れやかな表情で勝ち誇っていたが、もし手を縛られていなかったら、殴りかかっていたかもしれない。

大笑いをする近藤や、怒ると怖い土方、寡黙で仕事を黙々とこなす斎藤、何度も稽古をし合った永倉。皆が死んでしまった事が、鍬次郎には信じられなかった。


そんな中で、自分は生き残ってよかったのか。

この決断は正解だったのだろうか。

いくら、沖田の夢を叶えるためとは言えど、新選組を捨ててまで逃げて生きなければいけなかったのだろうか。


そんな迷いが、鍬次郎を襲った。

そして、どうして知りたいことがあった。

「沖田さんはまだ生きているか」、という事だ。


だが、それを聞くことは出来るはずがなかった。沖田が生きているのを信じている。だとすると、沖田はどこかでひっそりと隠れて療養しているという事だ。沖田は名の知れた新選組の隊士である。鍬次郎が下手な事を言えば、沖田が生きているとバレて捜索が始まってしまう可能性があるんだ。だから、この場所で沖田の名前を出す事は出来ないのだ。


けれど、この日だけは我慢が出来なかった。


その日の夜。

牢屋から見える夜空を見つめながら、この場にはいない皆の事を思い出した。

そして、どうしても聞きたい事を空に問いかけた。


「沖田さん、俺は間違ってませんよね。そして、沖田さんはまだそっちに行ってないですよね。俺は一人になってしまったのでしょうか?」



囁きともえる小さな声は、すぐに消えていく。

虚しさと切なさだけが残ってしまい、鍬次郎はまた小さくため息をこぼし目を閉じた。

今日はどんなに辛い拷問よりも、現実が辛いと思えた日であった。



そして、箱館戦争が終結して約5ヶ月が経った10月10日。

ついに、大石鍬次郎の運命が決定した日であった。


「明日10月10日、大石鍬次郎。きさまの斬首が執り行われる事が決定した」

「………」

「何か伝えたい事があるなら、紙に書き残せ。伝えてやろう」

「俺は生き残るんだ。そんな者は必要ない」

「いつまでその強がりを見せていられるか見ものであるな。明日の斬首する際に恐怖から叫ぶ姿を楽しみにしている」


哀れむつもりなどさらさらないのか敵は明日に迫った鍬次郎をを見て笑い声を上げながら去っていく。

自分が死ぬ。いよいよ斬首されるのかという気持ちと、ここで終わるわけにはいかないという焦りの気持ちとが湧き上がる。

何度か脱走しようと試みた事もあるが、警備が厳重であり、見つかるといつも以上に体を痛めつけられたり、警備が一段と厳しいなっていた。明日処刑されるとなると、今夜は見回りもかなり多くなるだろう。

人斬りと呼ばれた大罪人。



「こんな所で戦いもせずに斬首されて死んだら、沖田さんに呆れられるよな」



だからと言っても、自分ではもうどうする事も出来ないのだ。

そんな時だった、どこから甘い匂いが漂ってきた。こんな泥臭い牢獄の中で嗅ぐ事のない甘さに怪訝に思った。瞬間、急激に眠気が襲ってきた。眠気藥とわかった時には、鍬次郎の意識は飛んでいた。

脱走しないように、敵の看守がやった事だと考え、鍬次郎は悔しさから唇を噛んで必死に対抗した。


けれど、それは全く違うと知ることになるのだ。






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