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 近藤の襲撃事件から一晩が明けた。

 すると、朝一番で隊士内では敵対する藩の武士が暗殺されたという話で持ちきりであった。だが、それは新選組が目をつけていた人物でもある。誰が討ったのか。噂話で盛り上がっていたが「俺が内密にやらせた。それぐらいで騒ぐな」という、土方の一言でその話は終わった。金秋は土方に一度睨まれてしまい、苦笑を返すことしか出来なかった。やはり、あの鬼の副長には隠し事は出来ないらしい。あの表情は「次はないからな」という意味だと、金秋はすぐに理解した。だが、土方の助けは正直ありがたかった。新選組がやっとと認めなければ、金秋が勝手に人殺しをした事になる。「人斬り鍬次郎」と言われてはいるが、金秋は命令以外では人を斬ったことなどなかった。

 思えば、沖田に近藤の仇をとってきて欲しいと言われ、その相手を斬るはずが見つからず、その鬱憤を晴らすかたちで斬ったんだ。冷静になれば、それはただの人殺しであるな、と金秋は思ってしまっていた。


 自分が人を斬るのは、新選組の命令のためであり、強くありたいためだった。

 それなのに、何をしてしまったのか。昨夜は何故かそんな思いが金秋を襲ったのだ。命令と言えども、人を斬り続けてきた事には変わりがないのだ。

 それなのに、昨夜は何故か違っていた。そして、土方の助けに安堵した自分がいたのだ。その自分の感情の変化に、金秋自身が一番驚いていた。



「焦っているのか。この俺が………」



 寝れずに夜が明け、朝食もほとんど喉を通らなかった金秋は、「頭が痛い」と言い布団に潜った。

 自室はないため、他の隊士が任務に行く頃ようやく一人でゆっくりとする事が出来たが、金秋はただ考え事をするばかりであった。


 大政奉還の後は時勢も新選組も大きく揺れ動いていた。

 伊東甲子太郎の暗殺後、反幕府勢力が動いたのだ。


「王政復古の大号令」が発せられた。

 これにより、倒幕派の政変と言える、日本全土を動かす衝撃的な出来事であった。大政奉還では徳川幕府が政権を天皇に返上したが、それでも徳川の力が衰える事はなかったのだ。それをよく思っていなかったのが、倒幕派だった。そのため、王政復古の大号令を発令したのだ。

 それは武家政府がついに廃止される事を意味していたのだ。

 内容は、五つ示された。


1、将軍職辞職を勅許。

2、京都守護職、京都所司代の廃止

3、幕府の廃止

4、摂取・関白の廃止

5、総裁・議定・参与の三職をおく事


 以上であった。

 新選組に強く影響があるのは、京都守護職の廃止である。新選組は京都守護職から京都の治安を守るために働いている。そうなれば、新選組も廃止となるのだ。そのため、新選組はすぐに解散となってしまうが、すぐに新遊撃隊へ御雇される。 だが、この大号令をよしと思わない人々がまだ大勢いた。徳川家を支持していたもの達だ。特に徳川家は領地のほとんどを返還するように言われたり、新政府になってからどこにも幕府派人物の名前がなかった。その事から、大きな反発を招いた。

 新選組は徳川慶喜の命で、二条城の留守を任されたり、伏見奉行所に布陣したり、要人の警護をしたりと、倒幕派の命令には背き、行動を行なっていた。

 そんな中での、近藤の狙撃であった。


 そして、近藤が襲撃されてから2日目の事であった。


「え、沖田さんが大阪に行くって……」

「どうやら、狙撃されて負傷した近藤局長と共に治療のために下るらしい。いつ戦闘が起こってもおかしくないこの場所にいるよりはいいだろう」



 同じ隊の男にその情報を聞いた金秋はすぐに部屋を飛び出した。

 沖田の体調が思わしくなかったのは、金秋自身も知っていた。そのため、沖田に報告が出来ていなかった。それに近藤を襲撃した御陵衛士の面々を討つ事が出来なかったのだ。報告しずらく、避けてきてしまった。

 だが、それは避けてはいけない事だったのだ。この新選組の一大事である戦局で、大阪へと下るほどに容態が悪化しているのだ。



「……なんで今なんだよ。今こそあの人の剣術が必要なんじゃないか」


 

 独り言を言いながら走る金秋を、他の隊士は怪訝な表情で見ているが、すぐに興味を失う。誰もがこの目まぐるしく動く時勢と隊の行く末を不安に思い、そして何とか守ろうとしている。


 幕府への忠誠心からか、新選組を思ってからなのか、はたまた金のためなのか、自分が生きるためなのか。

 それは人それぞれであるが、全ての隊士が予感しているのだ。

 もう少しで大きな戦が行われる、と。



「沖田さんっ!」


 伏見奉行所の一番奥の部屋。隊士の行き来が少ないその場所は、いつ訪れても優しい風の音と、近所の人々の笑い声が聞こえる、そんな穏やかな場所であった。


「足跡でわかったよ。くわちゃんが走ってきたって」

「………本当ですか、大阪に行くって」

「俺は戦えるって言ったんだけどね。近藤さんが『連れて行く』って言ってきかないんだ」

「もう少しで戦が始まります。街がぴりついた雰囲気なんです。だから、沖田さんの力が必要なんです」

「……くわちゃん。っ、………ごほっごほっ」



 何か言いたそうであった沖田だったが、重い咳が彼を襲った。

 身体全体を使って咳き込む。いや、内臓さえも震えてるような、冷たい咳であった。

 金秋だって、気づいている。沖田さんの痩せこけた黒い肌と身体。髪は艶がなく、乾燥してかさついた唇。もう刀を握れないだろう、筋肉もなくなった細い腕。誰であっても、目の前の男が戦の最前線で戦えるとは思うはずがない。

 だけれど、金秋はそれを言葉にしたくはなかった。声に出してしまったら、自分さえもそれを伝えてしまったら、この男は本当に戦えなくなってしまうのではないか。そう思ってしまうのだ。



「………次に戦えるように、今回は休んでくるだけだから。それまで、死なずに頑張ってよ。刀、返して貰わなきゃいけないんだからさ」


 その時の笑った顔は、いつもと同じ少年のような表情であった。

 だからこそ、金秋は刀を返す事も近藤局長の仇打ちが出来なかったのも、伝える事が出来なかったのだ。


 そして、沖田さん率いる第一部隊は隊長不在のまま、日本最後の内戦が勃発し、新選組もその戦に当然のように参加する事になった。

 鳥羽・伏見の戦い。約1年半にも及ぶ、戊辰戦争の始まりであった。



 これが、夢だとわかっている。

 だけれど、その先に待ち受けている出来事が、今でも怖いと思ってしまうのだ。

 見たくない、もう夢から覚めてくれ。そう願っているのに、夢は次の出来事へと金秋を誘う。

それが必然であり、もう変えられない過去だとわかっているのに。


 過去も夢も、全ては残酷だった。




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