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 結果から言えば、御陵衛士の面々を金秋は誰も見つける事は出来なかった。

 御陵衛士の複数人が同時に暗殺されたとあり、相手が必死に身を隠すのは至極当たり前の事であろう。しかも、あいては新選組の局長への襲撃も成功しているのだ。それこそ隊員の総大将的存在の人間に銃撃したのだ、相手が襲ってくるのも想定済みなのだろう。金秋が知っている隠れ家や御陵衛士がよく利用していた店などにも調べに入ったが見つからなかった。今回は隊での命令で動いているわけではない。沖田のためとあっても私怨である。そのため、長い時間陣内を離れるわけにはいかない。ばれてしまえば、金秋に懲罰が与えられる。金秋はそれでもいいと思っていたが、きっと沖田がそれを庇おうとする心配があった。そのため、誰にも見つからないしつつ、襲わなければいけない。相手が行ったように奇襲が一番いいだろう。そして、金秋の姿を見た人間を全員殺すしかない。そんな風に考えながら夜の町を走り続けた。



 近藤を襲撃した相手を、金秋は御陵衛士が一番に怪しいと考えていた。

 だが、問題の御陵衛士が誰一人として現れてくれないのだ。仕方がないので、いつもの仕事通りに反幕府勢力で目をつけていた男たちを片っ端から襲撃した。いつかは斬られる人間だったのだ。新選組や幕府の壊滅を願っている相手なのだ。今回のようにいつ襲撃してくるかわからない。それ芽を事前に摘んでいた方がいいだろう。可能性的に、近藤が他の反政府思想の輩が襲撃したかもしれないのだ。そんな風に自分に言い訳を何人かを斬った後にこっそりと陣内に戻る。その頃にはもう夜が深くなりあと数時間すれば朝になるという時間であった。

 自分の部屋に戻り、体を休めようとした。が、部屋には先客がいた。



「おまえが女遊びをするなんて珍しいな。朝帰りか」

「………土方さん」



 そこには鬼の副長と言われる土方歳三の姿があった。

何もないこざっぱりとした部屋の中央で、胡座をかいて座っている。どうやら、金秋の気配を察知して待ち伏せしていたのだろう。金秋がこの大事件が起きたというのに勝手に動いていたのがバレたのだろうか。それとも、何か急用の仕事を持ってきたのか。金秋は彼の真意が読めなかった。


「俺だって遊びますよ。今までも結構遊んでましたが副長にはばれてなかったならよかったです」

「さすがは、隠密行動が得意な大石だ。今回の仕事も安心して任せられる」

「また仕事ですか。……局長が狙われたんだ、仕方がないですが」



 新しい仕事を伝えに来ただけのようで、当時の鍬次郎は安心する。が、夢だとわかっている金秋は、この副長があまりにも出来すぎる男だと知っているのだ。そして、次に言われる言葉も。


「おまえ、女遊びはあそびでも、斬って遊ぶのが好きなのか」

「………は?」

「血の匂いがするんだよ。俺を誤魔化せると思ったか。何して来た」

「それは………」


 

 やはり土方は鍬次郎がして来た事に勘付いているのだろう。鋭い視線で、鍬次郎を睨んでいる。

 どこまで答えていいものか、金秋は迷う。本当の事を言えば、土方に怒鳴られ、懲罰を受ける事になるだろう。そうなれば、沖田も耳にする事になる。鍬次郎は沖田の部下なのだから。

 どう言えば、一番いい解決方法になるのだろうか。それを必死に模索していくが、その前に土方が口を開いた。



「………その刀、おまえのじゃないな。沖田のものであろう」

「それは、」

「世話をかけるな……」

「………え」



 先ほどまでの威圧的な口調から打って変わり、子どもに語りけるような穏やかな話し方になった土方に驚き、金秋ははっと顔を上げた。すると、そこには少し困り顔を見せながらも、いつものくっきりと見える眉間の皺もない、微笑んだ顔を見せていた。新選組の副長になってからは見ていない表情であった。それを、金秋は「ああ、懐かしいな」と思って見入ってしまう。試衛館にいた頃に、永倉や原田、藤堂、そして沖田のやんちゃを怒りながらも「本当に仕方がない奴らだ」とまるで兄のように温かな表情で苦笑しながらも微笑んで見ていた。その頃と全く変わらない笑みであった。

 そうだ。この男は、きっと昔から変わってはいないのだろう。変わってはしまったのは、自分の体に重くのしかかる新選組の副局長という役職と、この世の中である。


「あいつは昔から近藤さんを慕っているからな。今回の事で無茶をしないか心配していたんだ。やはり、沖田の下におまえをつけていて良かった」

「……土方さん」

「沖田が近藤さんに憧れていたように、おまえは沖田に憧れていたのだろう。あいつは普段は温厚だが、怒るととんでもない事を仕出かすからな。実力がある奴だから、やらかすと事が大きくなる。今回は、あいつ自身の身が心配だったが。止めてくれて、感謝してる。ありがとうな、大石」

「………俺が、沖田さんに憧れてる?」



 土方が自分に向けて感謝の言葉を伝えた事よりも、始めの言葉が衝撃的だったためその後に続く言葉の意味を理解出来ず、耳を流れていくだけであった。


「俺は、沖田さんに勝ちたいだけであって、憧れてなんて……」

「そうなのか?おまえは、部下というだけじゃなく、沖田の気持ちをよく理解していてくれたと思っていた。沖田が言えない事を代弁してくれていたではないか。あいつを病人としてではなく、武士として今でも見てくれるのは、おまえが一番ではないか」

「そ、それは俺が沖田さに勝ちたいからで、病気で倒れられたら困るからですよ」

「そうなのか。だが、それが沖田にとって嬉しい事なのだろう」



 土方は何が面白いのかカラカラと笑いながらそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

距離が近くなると彼の目の下には黒いくまが出来ていた。いつも多忙で、土方の部屋の灯りは朝方になっても消えないと隊士達は知っていた。鬼の副長と言われながらも慕われているのは、こういう部分であろう。


「昔からの隊士を特別扱いをしているわけではないが、やはり頼ってしまう部分がある。苦労をかけるな、大石よ」

「いえ、土方さんの忙しさに比べれば大した事ないですよ」


 その時、外から一段と冷たい風が吹き始め、部屋の行燈が揺れる。

 それを、流し目でみた土方は、ゆっくりと歩き始めた。


「………嫌な風だ。冬の匂いと一緒にきな臭い匂いが混ざってやがる」

「え、………何か匂いましたか?」

「俺の勘だ。これ以上、悪いことが起こらねえといいが」



 その後に土方がぼそぼそと何かを言い残したが、それはまた冬の訪れを知らせる肌を刺すような強い風音によって遮られてしまう。

 それがどんな言葉だったのかを金秋が知ることはもうなかった。夢の中でもわからないのだから、もう知る余地もないのだ。


 こんなにも穏やかな土方を見たのは、金秋にとってこれが最後になってしまったのだから。






  

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