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「おまえが、この刀に宿っている武士の霊……」
『死んだ人間に対して霊って言うなんて、君も失礼な奴だよね。まあ、本当の事だから仕方がないっていえば仕方がないけど』
「……俺はもう人は斬らないぞ」
『だから、霊、何でしょう?君が言ったんでしょ?本当に馬鹿な男だな』
相模をからかうようにカラカラと笑うと、その謎の男は墓石から軽く飛び降りると、ゆっくりとした動作で相模に近づいてくる。口元は笑みを浮かべ、細い足をすり足で近づいてくるだけであるのに、相模は宇都宮城址で感じた恐怖と同じぐらいの恐ろしさを感じられ、思わず後ずさりしそうになってしまう。けれど、ここで逃げてしまえば、何も変わらないのだ。
苦しんでいる金秋の事を助けられないのだ。
ゴクリと唾を飲んだ音が身体中に響く。それは、相模の決意を人身に教え込む警告音のようだった。どんな事があっても逃げてはいけないという警告だ。
『で、僕を呼んだのは理由は何?こうやって刀から抜け出すのがバレたらあのおじさんに怒られちゃうから、早めに終わらせて欲しいんだけど』
「……おまえは、金秋さんの仲間なんだろう?」
『そうだね。旧幕府軍にもいろんな勢力がいたけど、新政府軍を倒したかったという部分では同じかな』
「新選組ではなかったのか」
『それは違うね。俺は、そこには属してない。けれど、新選組って名前を戦さ場で聞くと本当に勇気が出たのを覚えているよ。それだけ、僕らにとっては最後の希望だったんだんだ』
「最後の希望………」
『……けど、金秋とかいう男だけは違う……!!』
ニヤついた表情が一変して、鬼の形相になる。
目はつり上り、歯を剥き出しにして怒りの一蹴を落とす。その凶変ぶりに相模は驚きを隠せずに目を大きくしたまま体が固まってしまう。けれど、どうにかして声だけは出して冷静を装った。
「金秋さんは違うって、どうして…」
『あいつは裏切り者だからだ』
「裏切り者?金秋さんが?」
『おまえに訳を話すのも嫌だね。あいつに刀を持たれるのは吐くほど嫌だったから、おまえが連れ出してくれたのは感謝だけど』
ここでもまた、金秋は裏切り者だという言われている。
それは何故なのか。金秋の正体が新選組だったというだけではわからない事だった。それに、この目の前の男も、その理由を教えるつもりがないのならば、今話すべきことはそれではないのだ。
相模はそれを諦めて、本来の目的の話がを切り出す事にした。
「おまえは、金秋さんが呪いで倒れてしまっているのは知っているだろう?それが誰の仕業か知っているか?」
『呪いを施した奴か。ああ、まあ、心当たりはあるな。けど、あいつは、敵味方からも相当怨まれているからな。誰が呪ってもおかしくないだろうな』
「その中でも検討がついているって事だろう?それは一体誰なんだ?」
『それを俺が教えたら、おまえはどうすんだ?』
「金秋さんの呪いを解くに決まってるだろう」
『それを俺が良しとすると思ってるのか?俺はあいつが嫌いなんだ。呪いでも何でもかかってさっさと本当に死んで欲しいぐらいだよ。そしたら、俺が陰妖士になってやるのにな』
この男が金秋を助ける理由がないのは、今の話を聞いて十分にわかった。
金秋が生きた時代、この男は怨みを持っており、幽霊になった今は、彼の役柄を羨ましく思っているのだろう。そうなると、金秋が呪いで苦しみ死んでしまった方が都合がいいのだ。相模の願いを叶えてくれるはずもない。
『話はそれだけ?だったら、俺は刀に戻るよ。あの人に怒られるのは嫌だし、眠くなってきたし』
「俺の体を使っていい、と言ったら?」
『…………え?』
欠伸をしながら、妖刀影葵の方へゆっくりと歩いて行く男の背中に向けて、相模は挑発的な声音で言葉を掛けた。一種のカケであったが、どうやら男の興味を持ってくれたようだ。男は面白い遊び道具を見つけたかのように、口角を上げて微笑みながら振り返る。相模はそれだけでガッツボーズをしたかったが、何とか堪えて男と交渉を行う。少し話しただけで相模はこの男はどんな生活な奴かわかってしまった。自分にとって面白い事が1番で、予想外の行動や言動をする相手をこの好む、変わり者だ。だが、斎雲に選ばれるほどの忠誠心は厚い。会話によっては、この男が離れていく場合もある。
言葉一つ一つに気を配り、選ばなければいけない。気は抜けない。
背中に冷たい汗が垂れていく。
すでに、目の前の男には相模の心境を理解されているかもしれない。それでも、平然と話さなければ相模にとっても悪い条件で交渉をすすめなければいけなくなるのだ。それだけは、避けなければならない。最悪の場合、呪いってきた者の話も聞けなくなってしまうだから。
『何?僕が君の体を好きに使ってもいいって事?』
「好き勝手にされるのは困る。透明人間とはいえ、一応普通に生活してるいるんだ」
『じゃあ、いつ体貸してくれるの?今回だけとかなら遠慮するよ』
「陰妖士として幽霊を斬る時だけだ。金秋さんと共闘して欲しい」
『あの男と共闘?』
よほど金秋が嫌いなのか、男の顔は苦いものになった。が、それは一瞬だった。その後、じっと相模の事を見つめながら何かを考えている。
「俺は金秋の助けになりたい。そして、おまえは敵である霊を斬りたい。金秋さんと同じ陰妖士になりたい。なら、条件的にはいいと思うんだけど」
『じゃあ、君は俺を持ち歩いてくれるって事?』
「元からそのつもりだったよ」
『へー。あんなに幽霊斬りを嫌がっていたのに。本当にそんな事思ってるの?刀持ち歩いてくれるなんて、信じられないよ。どうせ、金秋かあの胡散臭い住職に返すつもりなんでしょ?』
「確かにおまえが俺の体を使って斬りまくってくれたからトラウマにはなってるよ。だけど、それで逃げてたら金秋さんの隣にはいられないから。だったら、少しでも金秋さんの役に立ちたい。けど、俺は剣術も体術もない。だから、おまえの力が必要だって思ったんだ。おまえが体が必要なように、俺も力を必要としてるんだ」
本当ならば、影葵はすぐにでも金秋か斎雲に返したかった。
目を瞑れば、あの悲惨な光景をありありと思い返せるのだ。もう1度、あんな事をさせられるのかと思うと、今すぐにもでも脇差を土に埋めてしまいたいぐらいだ。そんな事をしてしまったら、目の前の男にどんな事をさせるか、恐ろしくて仕方がないが。
目の前の男はじっと、相模の事を見つめており、本心を探っている。
こうやって軽口を叩く人間ほど、思慮深い事ぐらい人間生活は長いのでわかっている。弱味を見せた方が負け
こちらが有利なのだと、見せつけなければいけない。
不安と恐怖に負けないように、男の鏡になったような気持ちで笑顔を貼り付けて彼の返事をビクビクしながら待つ。
すると、はーっと大きく息を吐いた男は、少し悔しそうな表情を見せた後、小さく笑った。
『しょうがない。君が刀を抜かないかぎり、体は貸してもらえないんだから、俺が条件を飲むしかないかな。君ぐらい面白い存在はいないしね』
「………面白い存在って」
『ああ。……まぁ、透明人間だし、陰妖士にも気に入られているって事だよ』
どうやら相模の条件を受け入れてくれるようだが、男は何かをいい濁しごしていた。そこが気になりはしたが、今はそれを重要視している暇はない。
「じゃあ、金秋さんの呪った奴を教えてくれないか?必ずおまえに体を貸してやることは約束する」
『そう?……じゃあ、とりあえず今すぐに抜いた方がいいかもね』
「今はそんな事をしている暇なんてないんだ」
『………約束通り教えてあげる。あの男を呪ったのは新選組のある一人の男。あの男の裏切りにずっと腹を立てていた男』
「新選組って仲間のはずじゃ」
金秋は新選組に所属していたはずだ。それなのに、見方である存在に呪われたとはどういう事なのだろうか。そう思うのと同時に「裏切り者」という言葉も相模の脳裏をかすめる。
けれど、それについて考える事は出来なかった。
『早く刀を抜かないと、げーむおーばー、だっけ?になっちゃうよ』
「え?………さっきから何を言ってるんだ」
『だから、君の後ろにその呪いをやった張本人がいるって事だよ』
「なっ!?」
『………君、死んじゃうよ?』
その言葉と同時に感じたこともないような寒気と新鮮を背後かた感じた、振り向きながらも咄嗟に後方へと下がる。すると、空気を斬る音と流れ星のような一瞬の煌めきが目の前を通り過ぎる
それが、刀を思い切り振り落とした後の残像だと、相模はすぐに理解した。
目の前に、真っ黒な袴の男が目を光らせて睨みつけ、刀を握っていたのだ。仕留められると思っていたのか、相模が寸前のところで逃げた事に嫌だち、舌打ちをうっている。
長身でガタイがいい男で、髪は所謂丁髷。見た目かたして武士だとすぐにわかる。
そして、幽霊だということも。
『おまえもあの裏切り者の仲間だな』
そう言った新選組だという男はドスの効いた声で雄叫びを上げると、また相模に突撃してくる。
相模はすぐに逃げ、ある場所を目指す。
それは、金秋から預かった脇差だ。あの男のいう通りになるのは気にくわないが、今は方法はない。
『だから、早く体を貸してって言ったのに』
「うるさい!さっさと片付けるぞ」
『まあ、仲間は斬りたくないけど、今後のためなら仕方がないかな。僕が斬ってあげるから、目をつぶらないでちゃんと見ててね』
言葉を耳にしたのと同時に脇差を掴み、急いで刀を抜く。すると、相模の体の自由は効かなくなった。
影葵が体を乗っ取った。
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