3、






   3、



『本当なら、こんな短い脇差じゃなくて、ちゃんとした刀で闘いたかったな』

「文句言わないで真剣にやれ」

『真剣にやってるじゃない?だって、こんな脇差でこんなデッカいおじさんの刀を受けてるんだから、さッ!』



 刀を突き刺してきた長身でがたいの良い丁髷の男の攻撃を、相模は軽口を叩きながらもいとも簡単に受け流し、そのまま反撃をしかける。と、言っても体を動かしているのは、相模の体であっても本人であはない。妖刀影葵を抜くことで、その刀に宿っていたい武士である男が、相模の体を支配したのだ。憑依に近いだろう。宇都宮城址の時と同じ状態だ。相模の意識はあるが、指一本動かすことができない。金縛りにあっている間に勝手に体が動いてしまっている。そんな状態である。だが、前回と違うのは、刀の男と話をすることが出来ている事だった。宇都宮城址の時は、この男が話もせず、相模の言葉も聞かなかっただけかもしれないが、今回は話を交わせているのだ。それは、相模が意図してこの男に体を貸したからだろうか。理由もわからないが、この男と会話出来るのはありがたかった。何かあれば、この男の行動を止める事が出来るのだから。厄介な事に話を聞いて素直に辞めてくれそうな男ではのないのが痛手だ。


『気配が変わったな。妙なものが入ってる』

『この男の体は僕が一旦借りてるんだ。申し訳ないけど、おじさんを斬らせて貰うよ』

『ほう。おまえも、今の世に未練を残して虚しく生きる武士か。我に楯突くということは、新政府の輩か』

『あんな忠誠心も血も涙もないような奴らと一緒にして欲しくないな。どちかというと、おじさんの味方だよ』


 2人武士は睨み合いながら会話を続ける。

 けれど、どちらの剣先も互いに急所に向けられている。隙を見せることなく間合いを計り、打ち時を探り合っているのだ。表情にも仕草にも、そして視線にもすべて意味がある。相手を欺き、技を繰り出し、斬る。

 2人男の頭の中には、先々の動きを思考しているのだ。会話は、その合間にしかない。けれど、だからと言って蔑ろにしていいはずもない。情報もあれば、相手の心を揺さぶり行動を鈍化させる事も出来るのだ。

 相模は2人緊張感ある雰囲気に押されて、何も口に出すと事は出来ず、この戦いを見守る事しか出来なかった。


『味方ならば何故我を斬ろうとする』

『それは、おじさんがこの男を斬ろうとしたからでしょ。自分が仕掛けてきた事なのにもう忘れちゃったの?』

『その男は、裏切り者の仲間であるぞ。何故、そやつを助ける』

『人にはいろいろ理由があるだ。味方敵とか、そんな簡単な話じゃ解決しないこともあるんだよ。おじさんなら、わかるでしょ?まあ、だからって裏切りとかは簡単に許せる事じゃないけどね』

『だったら何故……』

『この男は裏切者の仲間であって、裏切りはしていないからだよ』

『だが、我の仲間を何人も斬ったと聞いている』

『あ、それ俺なんだ』

『…………では、申し訳ないがその男の体ごと斬らせていただこう。裏切者には制裁を』



 言葉が終わる前に男は後ろ足を強く踏み込み、一気に駆け出した。足音もほとんど聞こえない、静かで早い動きだった。相模はつい体を固めてしまうが、今体を操っている男は違った。

 待っていましたと言わんばかりに、その男に向けて踏み込んで言った。速さならば相模の体を操る男の方が早い。

 だが、操る刀がまず違うのだ。遠い間合いからも、刀が届いてしまう。しかも、男は高身長なのだ。それだけで優位になる。男は振りかぶって斬りにくるだろうと相模は思っていた。が、長身の男はは両手を伸ばして突きの動作に入った。虚を突かれた相模は、やられるっと思って目を瞑る。が、相模の意識は目を瞑ろうとしたが、今相模の体を操っているのは、相模本人ではない。目が潰れないのだ。



「……くっ!!」



 美しい銀色の煌めきを放つ剣先に、恐怖の声を上げそうになる。

 が、相模の体はいつの間にか動いていた。

体が誰かに首の後ろを引っ張られたように後退したのだ。


『目を開けてちゃんと見てって言ったでしょ。大丈夫。君の体は俺にとっては貴重だから。そう簡単にはやられないよ』



 相模の体を操っている男は、トンッと小さく後ろに飛び、左足に体重を乗せると、相手の突きを避けたのだ。つい、「うまい」と声を出してしまいそうになるほど、華麗な動きだった。相手の技を見抜いていたのだろうか。次の一手が来たら、そうしようと考えていたのか。そんな事は、相模にわかるはずはない。剣同士の戦いはどうしても派手で力勝負な気がしてしまうが、先々の、相手の技の読み合いなのだ、と相模がやっとの事で理解した。技を磨くだけではなく、相手の技や考えを見抜いて戦う。知能戦でもあり、心理戦なのだ。

 先ほどから、挑発するようにしゃべり続けていたのは、男の作戦だったのだろう。


 相模の体は無駄のない動きのまま横にずらすと、下げていた刀を勢いよく斜めに引き上げた。 体いっぱいに斬ろうとしたのっだろう。それは成功したように思えた、次に来る人を斬る感触に備えて体を硬くしたが、その感触はいくら待ってもやってこなかった。長身の男は、相模の体が放った渾身の一撃を、いつの間にか戻していた刀で払った。あまりの力で刀を落としてしまいそうになったのをどうにか我慢し、お返しとばかりにがむしゃらに相手の男に向けて刀で斬りまくる。が、それさえも長身の男は体を動かしながらかわしていく。

 想像以上に出来る男のようだ。

 男は勝てるのか。そんな不安と焦りを感じた相模だったが、その瞬間に終わりが訪れていた。

 相模の体を操っている男は、予想外の行動に出たのだ。先ほどまで相手の首を狙うかのように上半身のみ狙っていた、はずだった。が、突然相模の体をしゃがませたのだ。足払いかと思い、相手男は咄嗟に飛び跳ねる。人間の体というのは、1度飛び跳ねると体を動かす事が出来ない。鳥のように自由に空を飛ぶ事が出来ず、重力に逆らい少しだけ宙に浮いた後は、落ちるしかないのだ。それが、短いジャンプであればあるほどに、自由はなくなる。



『……ぅぅっ!!』



 低い唸り声と肉を裂く音が当たりに響く。

 短い刀、ずっぷりと相手の心臓をついていた。相模の体をしゃがんだ後にすぐに立ち上がり、無防備になった長身の男に体ごと飛び込み、体重をかけて刀身を体にねじり込んだのだ。


『………少し油断したじゃない?おじさん。戦いで怒っちゃだめだよ。負けちゃんだよ、こうやってね』

『油断、ね。我が油断したと思うおまえの方が油断している』

『何負け惜しみ言って……』

『厄介な裏切者を倒すために、誰が一人で来る。それほど、我は自分の実力に驕ってはおらんよ』

『………何だって』



 相模を襲って来た男は、致命傷を負い傷口から黒い煙のようなものを出しながら、その場に倒れてしまう。彼の体を支えていた相模の体と刀が離れたからだ。


『呪いをかけたのは我だ。それで裏切り者が死ねばいいが、もし死ななかったとすれば、きっと我を探して仲間がバラバラになる。そうすれば、我たちの勝利は近いのである。どんなに強いものであっても、我らがまとめて戦いに挑めば、勝てぬかずはないのだから』



 もうすぐ2度目の死が訪れるというのに、その男は笑み浮かべて、遠くを見ている。その視線の先には、相模が通って来た街へと続く、電灯もない田舎道が続いている。

 が、そこには夜より暗い影がゆらゆらと動いていた。そして、それがこちらに向かって歩いていているのが相模の目にも写った。それと同時に多数の足音も聞こえて来たのだ。



『友よ、我が友よ!裏切り者はここにおるぞ!我らに勝利を!』



 最後の言葉とわかっていたのだろう。

 その男は体のほとんどを黒い煙に覆われ、そして少しずつ消えて来ているというのに、笑みを浮かべながら今まさにこちらに向かい来る仲間へ雄叫びともいえる声をあげた。それは勝利を確信した歓喜の声にも聞こえた。


『あっちから声が聞こえて来たぞ!』

『あそこに人影が見えるぞ』

『急げ!助けるんだ!』



 そんな声が遠くから聞こえて来る。そして、かなり多い足音も響いてくる。



「まさか、あの大群がこの人の仲間?」



 人の幽霊を斬ってしまったという悲しみを感じる暇もなく、また新たな戦いの時間が迫っているのを肌と目で感じる。そして、体が震える。

 だが、それは相模の感情がそうさせているわけではない。


『………これは、ちょっとやばいかも、ね』



 妖刀影葵を強く握った男は、初めてそんな弱気な発言をした。

 そう、目に前には100人を超える武士の霊がこちらへ向かって来ていたのだ。


 これが絶体絶命という窮地なのだろう。

だが、相模たちには逃げるという選択肢はなかった。

 

 相模は金秋を救うため、そして刀の男は体を欲するがため。


 戦うしか道はなかった。





 

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