5章
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「どこにもいないじゃないか」
相模は大きなため息をついて、読んでいた分厚い本を閉じた。
相模が手にしている本の表紙には「新選組全隊士大全」と書かれている。本屋に行き、新選組関連の本を片っ端から買い、その後に図書館に向かった。もちろん、調べるのは新選組の歴史である。彼が属していた新選組の事を知らなければ、金秋の事を知れない。そうしなければ、彼に怨みがあり呪いを放った人物には会えないと思ったのだ。金秋が斬るのは、人外の存在。幽霊である。そして、武士の幽霊と限られている。そうなると、金秋に呪いを放った相手は、彼に恨み妬みがある人物であり、幽霊だということになる。
そして、考えたのが新選組と敵対していた人物が怪しいのではないか、というものだった。
だが、相模は歴史にはあまり詳しくない。
学生の頃、勉強はしたものの、歴史は暗記するものという意識があり、どうしても単語だけを覚えて流れを覚えていなかった。幕末といえば「大政奉還」「徳川慶喜」「戊辰戦争」「坂本龍馬」の言葉や人名しかおぼえていないのだ。そのため「大人になってから勉強したい幕末」という、簡潔に書かれている本を熟読した。
そうして、新選組は旧幕府軍、そして、薩摩藩や長州藩などが新政府軍という大まかな敵対した部隊の内容を理解する事が出来た。
そして、新政府軍の力が強大なものだとわかると、次々に降伏したり新政府軍の仲間になる藩や武士達が多かったが、新選組は最後まで幕府軍として、武士として生きるために戦い抜いたという事も初めて知った。
そもそもと、国内最後の内戦が起きた理由は外国との交流についてが理由であった。
鎖国を貫いていた徳川幕府は、外国が日本よりも飛躍的に発達している社会だと知っていた。そのため、外国との交渉にも応じる構えであった。諸外国に攻められれば日本は負けるのは必須であり、それを避けたかったためだ。それにより、何も知らない武士や国民から徳川幕府は弱腰であると責められた。中国のように、植民地にされる事を恐れていたのだ。だが、実際には交渉を行わずに鎖国を続けている方が、攻められた時に負けてしまうというというのに。実際に外国の発達した船や武器、食べ物や生活ぶりを知らない日本人は、それを想像することも出来るはずもない。みたり聞いたこともない事を想像するのは簡単のようで難しい事なのだ。
けれど、内戦が勃発した時、旧幕府軍と新政府軍の戦いは外国との交渉の有無で行われたわけではなかった。
徳川幕府が大政奉還で政治の権利を朝廷に戻した途端に、徳川家は領地などを大幅に奪われた。それに、「今までのご恩を知らずに」「日本の文化、武士を守りたい」、そんな強い徳川幕府への忠誠心と、武士への思いが戦いへと発展した。
もちろん、それだけではないのはわかる。だが、現代人の相模にとっては「そんな事で命をかけた戦いをするなんておかしい」「会社のために、自国のために命あげられるはずない」と思ってしまう。
だけれど、調べれば調べるほどに、どうして「そんな事」に命をかけれるほどの思いがどれほどのものなのか、に強く興味を惹かれていた。
が、今はそれを調べる時間ではないと自分に言い聞かせて、相模はもう一度新選組隊大全を調べ直す。が、結果は同じで、金秋の名前はない。金と秋の文字がついている名前がついている隊士を見つけては詳しく内容を確認したが、彼らしい人物は見つけられなかった。
「新選組、だったんだよな?」
宇都宮城址で襲ってきた武士の言葉を疑ったが、それを金秋は否定しなかった
肯定をしたわけではないが、もし間違っていたのならば誇り高い武士当時の武士ならば「私は新選組ではない」と否定しそうだ。金秋の性格からして、もし敵対する部隊と間違えられたのならば、かなり怒るのではないかと相模は思った。
それに、新選組は元から武士の家である、生れながらに武士家系の人物はほとんどいなかった。武士になる事を心から望んだ農民や商人達の集まりだったという。そのため、真の武士になるために日々の鍛錬を怠らず、体や剣術を鍛え上げていき、武士らしい考えや義を大切にしていたのだ。武士という地位を生れながらにして持っている者は。よっぽどのものでないかぎり、地位に胡座をかいてしまう。大した鍛錬も行わずに日々を過ごしている者も多かった。何もしなくても年貢は貰えるのだから。
だからこそ、新選組は「武士よりも武士らしく」と言われるのだろう。
そんな誠の武士であった金秋は、どうして現代に生き、幽霊を斬りつ続けているのか。
そして、そんな彼を呪おうとした人物は、誰なのか。
相模は、新選組が生きた歴史背景を知る事が出来た事で、やっとやろうとした事を実行出来ると思った。
図書館から出た相模はある場所に向かうために移動を始めた
徒歩でしか移動できないため、数時間は歩き続けた。コンビニで食料を買い込み、休みながらも歩き続けた。透明人間になっていい事と言えば、誰にも襲われない事だ。普通の人間には見えないので夜中に一人きりで歩いても襲われる事はないし、変質者に間違えられる事もない。まあ、例外で武士に襲われてしまったが、それはきっと稀なのだろう。
4、5時間歩いただろうか。
普段運動をしない相模は何度も休憩を挟みながら歩き続けた。息も絶え絶えになり、足も攣りそうになった。1度寝る事も考えたが、それは一瞬のこと。諦めない理由はただ1つ。金秋の呪いを解きたい。それだけだった。
自分を襲い、無理やり任務に付き合わせて怖い思いをさせてくる上司である彼を、相模は助けたかった。
ただそれだけが、相模を動かす原動力になっているのだから、自分でも不思議であった。
「久しぶり。ゆっくり遊べてるか?」
ヘトヘトになってやっと到着した目的地。
相模は疲れた体をすぐに休める事はせずに、すぐに彼らに挨拶をした。返事もないただの石。そこに、ペットボトルと買ってきたドックフードを置く。そして、手を合わせて声を掛けた。もちろん、彼らからの返事はない。
相模が訪れた場所は、以前迅からの依頼で金秋と訪れた、山奥の廃小屋だった。そこで放置され死んでいた犬たちを金秋が斬り成仏させてくれたのだ。そして、全ての骨を集めて土に埋めたのがこの場所であった。
犬達にお供え物をしたかったのもあるのだが、相模がここを目的地に選んだのは、生きた人間や人の幽霊がいないからであった。
「少し危ない事するかもしれないから、見てるだけでこっちには来ないでくれよ。ごめんな、遊びの邪魔して」
相模はそういうと、背負っていたリュックからそれを取り出した。
金秋から勝手に取ってきたもの。
「妖刀影葵、か……」
身を守るためにと、金秋から預かった脇差。
力が宿っているとは知っているはずだったが、その力の威力を思い知ったのはつい一昨日の事だ。
刀を抜いた瞬間に、刀が暴走したのだ。暴走したといっても、刀が勝手に飛び回り暴れたわけではない。相模の体を介して刀が金秋に群がっていた幽霊を片っ端から斬りつけていったのだ。相模自身は刀に体の動きを止められてしまい、ただただ自分が持っている脇差で人間であった幽霊を斬り続けていた。それが、自分の意思と反する行動であっても止められなかった。いくら1度死んでいる幽霊であっても、人間を斬る感触は指や腕から感じられるし、斬られる時の相手の悲鳴や恐怖に引き攣る表情というのは、脳裏にこびりついて離れないぐらいに酷いものだった。トラウマになるという程、生易しいものではない。自分がしてしまった事の罪の重さや、取り返しのつかない行動への強い自責の念に駆られていた。だが、そんな苦しみから救ってくれたのが金秋の言葉であった。「戦争と言う名の地獄ではルールなどない。おまえは死なずに生きた。それをまずは認めろ。そして斬った者の事を忘れるな。弔う気持ちを持て。そして己が死んだ時、そいつらに会ったならば代わりに生きた自分が恥ずかしいと思わないように過ごせ」と言ってくれたのだ。
そして、金秋が「それが武士」だと言ってくれたのだ。
自分の義というのは、まだわからない。
けれども、脇差を抜こうとしたのは、自分がまだ金秋の隣にいたいと願ったから。助けになりたいと願ったからだ。それでも、いいのだ、と金秋は言ってくれた。
金秋は、何度相模を助けたのだろうか。
彼はきっと「そんなつもりはなかった」と言うだろうが、金秋は実際助けられたのだ。
だからこそ、この妖刀影葵が、目の前にあるのだ。本当ならば、もう触りたくもないものだった。
けれど、そういう訳にもいかないのだ。金秋を助ける手段を、もしかしたらこの脇差によって助けられると思ったのだ。
相模は、斎雲の話を聞いて思ったのだ。この脇差、妖刀影葵はある武士の霊が宿っていると話した。宇都宮城址での暴走を考えると、その武士は新政府軍ではなく旧幕府軍の武士なのだと考えられる。となれば、新選組であった金秋と仲間になるはずだ。
「影葵って呼べばいいのか?おまえがこの刀に宿っているなら、俺の声は聞こえているだろ?少し話がしたいんだ。出てきてくれないか」
「………」
「金秋さんに呪いをかけた奴を探してんだ。おまえなら、その相手が想像出来るんじゃないか。じゃなかったら、金秋さんに仕事をまわしてきている上の奴でもいい。誰でもいいから、助けられるような人を教えてくれないか?」
陰妖士として行動している金秋さんは、きっと誰かから仕事を降ろされているのだろう。もちろん、金秋自身に依頼してくる事も多いはずだ。だが、金秋の上司と呼べる人物ならば、呪いの事を知っているのではないか、と思ったのだ。
何回か脇差を見つめて声をかける。が、当たり前のように返事は返ってこない。そう簡単にはいかないとわかってはいたが、相模は長い時間をかけている余裕はないのだ。こうしている間も金秋は蛇の呪いに苦しんでいるのだから。そう思うと、次第に焦りから怒りへと感情が変わっていく。穏やかな口調も早口になり、言葉も強くなる。
「おまえ、俺の体を使った好き勝手やったんだろ!?だったら、少しぐらい話しを聞かせてもらうぐらいいいだろう。それに、俺を守るどころか勝手に幽霊斬りまくりやがって。金秋さんの助けになったからよかったものの、あれはやりすぎだからな!今度、そんな事をしたら、おまえに石を括り付けて海へ落としてやるぞ!」
いつの間にか、影葵への文句になってしまい、相模の口からどんどん言葉が紡がれていく。文句を言いたくても言えなかった分と、不安からの八つ当たりになっているのは自分でもわかっていたが、1度口を開いてしまったら止まらなかった。
「大体、何で幽霊とは言えど人間を斬るのを躊躇わないんだよ。昔はそうだった?自分が死ぬかもしれないから?確かにそうかもしれないけど、現代人にとってはそれを簡単に受け入れられるはずないだろ?それなのに、自分の敵だからって勝手に斬りやがって!俺は耐性出来てないんだから、かなりヤバイ状態だったんだぞ!これで血とか出てたら絶対吐いてたからな。って、考えると当時の人は辛かったとは思うけどさ。だからって、俺の体で幽霊を斬るな!今度からは俺に聞いてからにしろ」
『なるほど。聞いてからならいいんだね』
「へ………」
『君が呼んだんでしょ?僕の事を』
若い中性的な声が後ろの方で聞こえた。
相模はハッとして後ろを向く。と、そこには金秋がつくってくれた犬たちの墓石がある。その上に悠々と腰を下ろしている男がいた。
相模よりも随分と若い、今でいうと高校生ぐらいの低身長で細身の男が笑みを浮かべながらこちらを見ていた。髪型はきっちりと剃り上げた髷姿であり、この時代の人間ではないのが一目でわかる。黒の羽織袴に灰色の袴、そして刀を1本腰に下げた、時代劇に出てくるそのまんまの姿である。
そう、金秋と同じような武士そのものだった。
『初めまして、相模殿。これからも俺のために、沢山人を斬ってね』
その言葉は遊びに誘うような明るさがあり、それが故に狂気を感じられるものであった。
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