風の記憶 四、

風の記憶 四、


   一、



「おい!何ぼーっとしてる。見廻りに行くぞ」

「わかってる。で、今晩は、誰を斬ればいい」

「見廻りだと言ってるだろう。だから人斬りは………」


 そう言って文句を言いながら、その隊士は先に集合場所へと向かってしまう。これ以上遅れると、幹部殿達が口うるさく言ってくるはずだ。告げ口されては面倒だと、金秋は重い腰を上げた。



「……人斬り、ね。誰のせいだよ」




 そんな風に一人文句を言う。

 金秋が諸上調役兼監察役という役職だった。諸上調役とは、過激派浪士の情報を集めたり、隠密活動行う仕事であり、監査役は新選組内部での違反行為が行われていないかを調べる仕事だった。どちらも内密に仕事を進める闇の部分を主に行うのである。そして、内外共に粛清が必要であれば内々に処分の命が下る。そうなれば、金秋は刀を抜かなければいけない。外部の敵であれば、躊躇することなく斬れるが今まで味方として戦ってきた相手と刀を交えるのは初めは戸惑いがあった。だが、命令のため、そして新選組のために斬ってきた。

 が、1番の理由は他にある。勝ちたい相手がいたのだ。だから、負けて命を落とすわけにはいかなかった。



「あー、またサボってる奴見つけた。そんな事してると土方さんにまた怒鳴られるよ」

「………俺はちゃんと仕事してるんで大丈夫なんです。寝てばかりいる隊長とは違います」

「ほんと、君は遠慮とかないよね。みんなは、腫れ物を触るようにその話は避けるって言うのに。まあ、そこがおまえのいいところだけど」

「どうしたんですか。隊長が俺のことを褒めるなんて珍しい」

「あんまり褒めてないんだけど、まあ今日は気分がいいからかな」



 金秋が出動しようとした瞬間に後ろから声をかけてきたこの人物。

 金秋が全く気配に気づかずに後ろを取られている。声を掛けられるまで、そこに誰かがいるとは気づかなかったのだ。それほどまでに気配を消すことが出来る人。

 彼こそが、金秋がどうしても勝ちたいと思える男だ。



「やっと仕事に復帰ですか?ほんと、隊長がいないと俺に仕事ばっかり集まってきて迷惑したんで。今日は、その分働いて貰いますよ」

「………」



目の前の隊長がと呼ばれる男は、痩せて更に大きくなった目を見開き、少しの間驚いた表情で金秋を見ていた。が、すぐに面白がってからからと笑いはじめる。その笑い声は以前より低くなり、乾いている。けれど、太陽のように明るい笑みは、何も変わってはいない。


「……何ですか。俺をそんな珍しいものを見ような表情で笑いながら観察して」

「いいや。何でもないよ。君はそういう男だったな、と思っただけ」

「どういう意味ですか、それは。そんな事はいいんで、早く仕事しまくって、俺の人斬りっていう異名を世間に忘れさせてくださいよ」

「人斬りなんて呼ばれてるの?君、出世したじゃないか。さすがは、俺の第一部隊隊員だね」

「もっと早く出世して、茶を飲んで過ごしたいです」

「出世したら、土方さん見たい不眠するだけだよ」

「それは勘弁して欲しいです」

「なら、俺と見廻りしたり、人を斬るしかないね。そして、剣技を極めていけばいい。その先にはどんな世界が広がってるのかな。楽しみだな」



 目を輝かせてずっと話している夢を語る彼を、相模は必死に笑顔を作って「隊長ならなれますよ」と言葉を返す。すると、金秋の憧れる男は嬉しそうに屈託なく笑う。

 けれど、肉という肉はなくなり、紙のように細くなった全身と、青白い肌。こうやって少し話しただけでも、咳き込みそうになるのを我慢して、苦しそう呼吸を繰り返す。誰が見ても病魔に侵されているとわかる。

 もちろん、金秋だってわかっている。

 この人がもう刀をふるえる日は多くないという事を。そして、夢を果たせないという事も。


「君は本当に時勢とか興味ないんだね」

「はい。全く。生きるだけで精一杯なんで」

「僕と君は、一緒だね。だから、剣技を極めるという夢を語っても苦い顔をされたり、笑ったりしないのは、君だけだからね。だから、剣技を極めたら見せてあげるよ。だから、君は縁側でお茶でも飲んでて」

「何年かかるんですか。本当に爺さんになって、お茶飲みしか出来なくなるまでは待てませんからね」

「僕を何だと思ってるの。すぐに見せてあげるから、楽しみにしててよね」

「わかりました。期待してますよ、沖田さん」



 見廻りの仕事があるというのに、話し込んでいた金秋と沖田を部下である1人の隊員が呼び来た。そして、沖田の姿を見ると「ダメですよ!部屋から出ては!」悲鳴に近い声を上げて走ってくる。

 金秋以外は、こんな風に沖田の体調を心配して、任務に出てる事を止める。それが沖田の事を思っての言葉と行動なのだろうが、それが1番沖田を傷つけている事を金秋は知っている。

 今もまた、大人に怒られた時の幼子のように悲しげに笑うのだ。それ表情を見るのが金秋は嫌だった。



 新選組 第一部隊隊長 沖田総司。

 新選組の局長である近藤、副局長の土方と古い知り合い同士であり、近藤に認められた剣術の天才である。

 彼の名前は新選組結成以前より有名であり、自分の腕に覚えがある者は戦ってみたいと思わせるほどであった。後に近藤の道場である試衛館に訪れた永倉や齋藤など名だたる剣士であっても、彼には敵わなかったという。

 それほどの剣術を持つ、若き剣士であるが剣を握っていない時は、柔和な雰囲気をもち笑みを絶やさない、人当たりのよい人物であった。子どもと一緒に遊んだり、隊士をからかって悪ふざけをしたりと、彼の周りにはとても天才剣士だとは思えぬ、穏やかな空気をまとっていたのだ。そのせいか、彼の周りにはいつも誰かが居た。

 だが、稽古になると誰もが逃げるほどに厳しく、金秋であっても「勘弁してくれ」と思ってしまうほどだった。


 これからの活躍が期待される、沖田の未来は誰もが輝かしいものだと思っていた。

 だが、剣の神様は彼に試練を与えた。超えられことは敵わない、とても厳しい試練だ。


 沖田総司は、若くして病に侵されたのだ。

 その頃不治の病と言われいた魔の病気。「肺結核」であった。

 沖田は必死に戦っていたが、沢山の人間の命を奪った病の力は強い。沖田は日に日に目に見えるほど衰え、寝ている日が増えた。


 そんな弱っていく沖田を見る事を恐れ、金秋は仕事に没頭した。

 人斬りと呼ばれるようになったのは、その頃からだった。






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