9、
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「美味しいですね。ここの餃子」
「………」
「迅にも買っていきましょうね」
「あいつにこんな油の塊をやるな。すぐ太ってしまう」
「宇都宮まで走ってきてるんですから、かなりのカロリーを消費してるから大丈夫か?」
「そして、宇都宮の用事があるからと言って俺を引き止めておいて、これが用事か………」
餃子をお気に召さなかったのか、2つほど食べた後に箸を置いた金秋は腕を組みながら、ジロリと相模を睨んだ。どうやら旅路を邪魔された事にご立腹であるようだ。
宇都宮城址での霊との戦いがあった次の日。金秋は、すぐに宇都宮から離れて旅を続けようとしていた。どうしても、北に向かうらしい。
けれど、金秋の顔色は明らかに悪い。金秋が幽霊なのではないかと思うほどに青白く、少し歩くとめまいがするのかふらついてしまう始末である。相棒である迅も、流石に心配のようで、「クウーン」と寂しげな声を上げて彼の事を見上げるが、それさえも金秋は気づいていないようで、一人フラフラと駅にへと歩いて行ってしまう。
それを見かねて、相模は止めてしまったのだ。「どうしても、行きたい場所があります」、と。
だが、実際はそんな所あるはずもない。
どこに行くかもわからずに突然連れてこられたのが、この場所だ。宇都宮など来たこともない。行きたい店や観光名所なども調べているはずもなく、相模は宇都宮といえばという、誰でも答えるような餃子を選ぶしかなかったのだ。
そのため、少しでも金秋が北への旅を遅らせるように、ゆっくりと食事をしていた。が、時間をかければかけるほどに腹は膨れ、金秋の機嫌も悪くなる一方だ。
「昨日は頑張ったのでお腹が空いたんです。それに、せっかく宇都宮まで来たんですから美味しいものぐらい食べてもいいじゃないですか」
「おまえは、北の国へ到着する度にそんな事を言うのか。時間の無駄だ」
「美味しいものを食べれば、元気になりますよ」
「俺は茶漬けと酒、団子があれば充分だ」
「え、金秋さんお酒と饅頭が好きなんですか?」
今まで聞いたことがない金秋の食の好みに、相模は立ち上がり思わず声を上げてしまう。まさか、自分の話をしてくれると思っていなかったのだ。
ただでさえ店内でも目立つ武士の格好をしている金秋が1人で店内に入り、見えない相手としゃべりながら食事をとっているのだ。店の端にあるボックス席だが、目立っている。しかも、金秋はほとんど餃子を食べていないのに、何故かなくなっていくのだ。奇妙を通り越して不気味がっている。
そして、突然ビックと体を動かしたのだ。周りの客や店員も同じように体を震わせたのは言うまでもない。
「何故そんな事で喜ぶ……」
「喜びますよ!宇都宮で有名なお酒は何でしょうね!あ、和菓子屋さんも探して見ましょうか」
「今はもう食わんぞ」
「お酒は腐りませんし、饅頭は帰りの新幹線で食べればいいんじゃないですか?」
「帰りはしないぞ。今度は東北へ行く」
お酒や饅頭を買うのは否定しなかった金秋だが、やはり帰るという言葉にはすぐに反対した。それほどまでに、金秋は北へ向かう事に固執していた。やはり、どうしても任務を遂行したいのだろう。
それが、どんなに自分の体に負担になっていたとしても。
「斎雲さんが、今は止めて呪いを解いた後に行かなければ、今後の任務のも影響が出ると話していたので、やめたほうがいいですよ」
「呪いなどに負けるはずがないだろう」
「まずは、呪いをかけた相手を探すのも重要だと思いますが」
「………」
「それに私に預けた脇差も1回使用した後は、暴走してしまう危険があるから斎雲さんに影葵を抑えて貰わなきゃいけないですよね」
「斎雲め………余計な事をこいつに教えおって」
「1度家に戻りましょう。斎雲さんも、そろそろ戻ってくるでしょうし、万全にしてから臨んだ方が任務も遂行しやすいんじゃないですか?」
「………それも、そうか」
ここにいない相手に対して悪態をつく。金秋の表情は先ほどに増して、険しいものになる。
だが、反論してこないということは、効果があったのだろう。金秋は文句をいいながらも、1度帰る事を検討し始めているようで、腕を組みながら目を瞑って考え込んでしまった。その様子を見て、相模は少しの安堵した気持ちになりながら、餃子に手を伸ばした。たっぷりのラー油を入れるのが相模の好みである。もう1度ラー油瓶を取り、追加すると、赤い油がドプリと落ちる。それを着けて食べる餃子は最高に美味いのだ。もう一杯ご飯お食べれるかもしれないと思うほどだ。
実は斎雲との電話の際に、金秋を言いくるめる方法を聞いていたのだ。
呪いを掛けた相手を探すのは、重要な事だと相模も考えてた。だが、相模が託されていた脇差の事だが、暴走してしまうことは知らなかった。だが、相模はそんな事ぐらいでは、金秋が北への任務を諦めないのではないかと思っていた。だが、実際は違っていた。2つ目の話をした時の方が、金秋の表情が一段と濃く変わったのである。斎雲が言っていた『相模さんに危険があることは金秋さんは絶対に避けると思います』という言葉は当たっていたということだろうか。だが、それを聞いた瞬間の相模は、「ありえないですよ!」と真っ向から否定した。
相模は彼のから受けた過去の仕打ちを思い出しては、その理由だけは絶対にないと思ったのだ。河童が出ると言われる建設途中の家に、夜中一人で待機させたり、山の中にある廃小屋に1人で入らせたりと、危険な目に合わされてきた。幽霊に耐性がなく戦えるほどの運動能力のない相模に対して、かなり無茶な役目を与えてきた。そんな過去から金秋が、相模が危険な事は避けるだろうと言われて、信じられるはずがなかった。
「では、1度帰るか………」
「え……」
だが、今、正に斎雲が言った通りになっている。
「何故そこで驚くのだ。お前が言った事だろう」
「そ、そうですよね。はははは。じゃ、帰りましょうか。この餃子は持って帰りましょう」
善は急げだ。
金秋の気持ちが変わらないうちに、帰宅した方がいい。そう思った相模は店員を呼び会計をすませる。
そして、昼間の街中を歩く。平日の昼とは言え人通りは多い。そして例外なく刀をさした着物の男は注目される。最近気づいたのだが、金秋を見る目は珍しいからというのがほとんどだが、女性の方が大きな反応を見せるのだ。有名人やモデルなど容姿が整っている相手を見る時のキラキラとした瞳と紅色に染めた頬で見つめるのだ。「今の人変わってるけど、かなりイケメンじゃない?」「声かけてみなよ」と、色めいた声で話すのは若い女性たち。「渋いわ」「素敵ね」と小声で話すのはマダム達だ。そう、女性が憧れる容姿なのだ。悔しすぎるが、モテるのだろう。だが、もちろん本人は全く興味がない様子で、その女性に目を向けるはずもない。そんなクールな部分も良いと言われると思うと、意味がわからないし「この人はかなり極悪非道ですよ」と告げ口してやりたくなるが、透明人間の相模には出来るはずもない。
そんな負け犬の悲しい考え事を頭の中で繰り返しているうちに、小さな商店街が見えてきた。その入り口にある店が目に入ると、相模の足は自然に止まっていた。前を歩いていた金秋と迅が、相模の気配が遠くなったに気づき、振り返る。
「おまえは、また寄り道をするのか。遊びで訪れているんじゃないぞ」
「す、すみません。ですが、ですがここだけ寄っていいですか?」
「………陶器屋?何を買うのだ?」
「前に、金秋さんの使っていた食器を割ってしまったので」
「いらん。他のものを使えば良いだろう」
「鍋じゃないですか。いいんです!俺が買いたいんですから。ここで待っていて下さいね」
金秋の返事を待たずに、相模は店内に入った。
店の奥には、沢山の食器に埋もれるように、年老いた女性が座っていた。突然開いたドアに少し不思議そうにしていたが、すぐに読んでいた新聞に視線を落とした。
店内は少し古びた雰囲気があり、沢山の和食器が乱雑に並べられているように見えた。けれどゴミや埃が落ちていることはない。とても綺麗に保管された食器ばかりである。1つ1つの食器が愛されている。そんな温かい雰囲気がある店である。
だが、相模の目的は食器ではなかった。
店先に並ばられたあるものが気になったからだ。
色とりどりのそれが並んでいたが、相模は全く迷う事なく水色を選んだ。夏の青空のような、澄んでいて尚も奥深い青色のそれを手に取る。ひんやりとした感触が手に伝わってくる。彼は喜んでくれるだろうか。いや、彼が喜ぶ姿は全く想像出来ない。だが、相模の頭には1つの光景がすでに浮かんでいた。
迅と静かに過ごす、タワーマンションの一室で、彼がそれを見つめる姿だけは想像出来たのだ。
いつか見た、あの横顔のまま。
「遅い。新幹線に遅れるぞ」と、怒鳴られながら相模は帰りの新幹線の切符を買った。
帰ったら怒り顔の金秋にそれを渡すのを楽しみにしていると、相模は新幹線の中で全く眠れなくなっていた。誰かに贈り物をするなど久しぶりすぎて、それが嬉しいと思う自分に驚いてしまう。誰かにプレゼントをあげるなんて、友達に向けてでは「怪訝な顔をさせるものを贈ってしまったらどうしよう」と不安になったし、家族には「あげなくちゃ」という義務的な気持ちをどうしても持ってしまっていた。
だからなのか、純粋に「プレゼントしたいと」と思った自分の感情に驚いてしまうのだ。どうして贈りたいと思ったのかなんて、自分でもよくわからない。だけれど、彼がきっとこれが好きなのだ、何か思い出があるものなのだろう、と思ったらどうしても買いたくなった。ただそれだけであった。
自分の買い物をするよりも、相手に贈るものを買った方が満足感が大きい、という話を聞いたことがあったが、相模はそれを初めて実感出来たように思えた。
早く、渡したい。そしてどんな反応をするのか楽しみにだなと思っていた。
だが、その日にそれを贈れる事はなかった。
金秋が、新幹線で眠ったきり目を覚まさなかったのだ。
彼の顔や手足の肌という肌に、蛇の鱗がびっしりと浮かんでいた。
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