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 ここでかっこよく参戦といきたかった。

 が、そうも簡単にいくはずもない。そういうのは、物語のヒーローがやるもの。どうやら、相模はヒーローではないようだ。


 引き金を引いたはいいが、カチッっと悲しい金属音が鳴っただけで長細い筒から弾が出ることもなく、煙が上がる事もなかった。



「あ、あれ?」


 相模は焦り何回も引き金を引いたり、銃を振ったりするが、それはうんともすんとも言わずに、ただの長細い筒であるだけだ。弾が出てこなければ、ただの重い棒だ。



「なんだ、おまえ。俺たちの銃で何をするつもりだっっー」

「わあ!」

「この人間、俺たちを見えるのか。さては、あいつの仲間だな」

「まだ仲間が居たのか!おい!こいつもやっちまえー!裏切り者の仲間がいるぞ」



 あっという間に金秋と敵対する兵士達に見つかってしまい、相模は咄嗟に逃げようと、体を上げた。

 が、今逃げてしまえば、囲まれて斬られるだけと瞬時に判断する。金秋には敵わないものの、動きは今でいうアスリートである。きっと全日本剣道大会の試合に出たら、一発で優勝するのではないかと思われる者たちばかりだと相模は先ほど物陰から見ていて思った。動きが身軽でいて、刀の動きにも迷いがなく早い。皆が戦慣れをしており、鍛錬を長年してきたものなのだろう。もちろん、動きが遅い者もいたが、そう言った者はすでに金秋によって斬られ消えてしまっている。

 残ったのは、強い者だけという事だ。

 そうなると、運動をしていにひきこもりの現代社会人に勝ち目はない。走りで敵わないはずだ。

 そうなってしまっては、相模にやれることはだた一つである。



「相模!!」

「はい!」



 名前を呼ばれて咄嗟に返事をしてしまったが、それが誰の言葉かわかった瞬間、驚きのあまり目を見開いて声の主を見つめてしまった。

 この場で、相模の名を知っているのは彼しかいない。

 金秋だ。


 金秋が自分の名前を呼んだのは初めてだ。いつもは、「おまえ」や「愚か者」とか「おい」だった。 だが、彼はこの場で相模の名を言葉にしたのだ。覚えていたのか、という驚きもある。けれど、名を呼ぶぐらいに彼との距離が縮まっていたのが驚きでもあり、嬉しかったのだ。



「抜け!生きたいのだった、覚悟を決めろ!」


 戦場で刀を抜けば、銃を構えれば、それはもう立派な兵士。

 相手に殺されても文句は言えないのだ。

 自分が生きるために、相手を殺す。


 それが、戦いの場のルール。


 相模は、金秋から視線を逸らし、相手の兵士を見据えたまま、服の下にこっそり手を入れた。そして、金秋に固定してもらった紐をするりと解く。肩の重みは無くなったが、その変わりに手の中に赤ん坊一人分とも思えるほどのずっしりとした重みを感じる。命の重さだ。それは、本当の重さではない。尊さ故の心の重さなのかもしれない。


 脇差をゆっくりと抜くと、怪しく美しい銀色の音色が辺りに響く。

 あんなにもこの夜を支配していた男たちの怒声も虫の音も聞こえなくなる。誰もが相模の刀の動きに視線を送っていた。


「よし、かかってこい!」

「お主、ふざけているのか?」

「は」

「手が反対してであるぞ」

「あ、ははははは」


 相模は右手を下にして刀を握っていた。が、どうやら反対だたようだ。

 慌てて直すが、目の前の兵士たちの視線は冷たい。


「そして、脇差は片手で扱うがな」

「妙な気配を感じる刀だと思ったが、こいつはもしや農民か。だと、となれば斬り捨て御免か」

「無礼討ちなら仕方がない。相手してやろう」

「やっちまえやっちまえ!」



 斬り捨て御免や、無礼討ちなど相模の知らない言葉が飛び交っており、しかも、相手らは可笑しそうに声を上げて笑っている。相模が何かやらかしたのだろう、その理由はわかりっこない。だが良いことを言われているはずがないというのはわかる。

だが、寄ってたかった笑われるのはいい気分になるはずもない。


 意を決して、相模ががむしゃらに刀を振り上げて斬りかかろうとした時だった。



「な、なんだ!?」


 

 相模の体が勝手に動いたのだ。刀の動きが見えないほどの早さ。動いた相模自身も何が起こったのか全くわからなかった。だが、わかったことがある。相模が動いわけではないこと。

 そして、相模が持っている脇差が勝手に動いたのだ。

 体が勝手に動くという奇妙な体験と同時に、相模は人を斬る感触を知ることいなった。死んだ人間だとしても、元は人間なのだ。骨が肉が斬れる感触に、相模は一気に全身に鳥肌がたった。人を斬ってしまった。血は出てこないが、その変わりはに斬り口からは大量の黒い霧が吐き出され、相模の体も包まれる。匂いもしないし、かかっても視界は悪くならない。けれど、叫び声のような多数の大声が耳を襲った。


 人を斬った感触と、謎の叫び声を感じる、相模は吐きそうになる。

 が、相模の気持ちを理解するはずもない刀は、1人を斬っただけでは満足しないようで、次々に敵に斬りかかる。


「もう、止めてくれ!!」

「な、なんだこいつ。動きがおかしいぞ」

「弱腰になるな。斬りかかれ!」

「や、やめろ!こっちにこないでくれ!」



 敵が怖いから来るな、と言ったわけではない。

 相模自身が、この刀の力が怖くて仕方がなかったからだ。この刀に操られてわかったがこの刀は強い。申し訳ないが相手の力量では敵うはずがない。それが、すぐにわかったのだ。だが、敵は相模が戦いを拒み逃げようとしていると思っているようだ。

逃げたい気持ちは山々だが、握っている刀が相模の手を離してくれないのだ。


 幽霊とは言えども、人を斬りたくない。

 その気持ちとは裏腹に刀は次々に振りかぶり、大きく斬りかかり、突き、辺りに黒い霧をまき散らせていく。

 これが、この幽霊たちにとって血とおなじなのではないか、そう思うと相模は自分がしている事が恐ろしくなり、その惨状を直視することが出来なくなった。

 体は腕は、勝手に動くというのに、相模は目を瞑った。


 人を斬るのには相当の力が必要なのだろう。

 相模の手が痺れ、感触が無くなる頃。辺りから人々の怒声や叫び声、足音や肉や骨が斬られる吐きそうになる程不快な音が聞こえなくなる。

 代わりに耳に入って来るのは、静かな夜に耳障りなほど聞こえて来る聞き慣れた蝉の声。

 一気に現実に引き戻されるが、今の惨劇は決して夢ではない。それを痺れても離してくれない刀が物語っている。

 辺りを見渡すと、そこには先ほど同じ、街灯が寂しく光る公園。闇にまみれて数人の敵兵霊がいるようだが、誰もが傷つき、もう直ぐにでも消えてしまいそうである。

 と、そこに敵兵とは別の武士の姿が目の入った

肩から大きく息を吐きながら、荒く呼吸を繰り返している。その度に体は揺れ、ふらふらとしながらもその場から危なっかしい足取りのままこちらへと重い足取りでこちらで向かうのはもちろん金秋だ。



「大丈夫、ではないな………」

「……金秋さん。俺は、俺は………」



 手だけではないなかった。言葉までも小刻みに震えている。

 そこで初めて恐怖から全身が震えているのだとわかった。

 金秋にも負けない、弱々しい足取りで相模は刀を持ったまま彼に近づいた。だが、彼と距離が縮まって初めて気がついた。もしかして、この刀は金秋にも襲いかかってしまうのではないか。

 そう思い、相模はすぐに後退った。

だが、金秋はゆっくりと近づく。後退する度に近づくのだ。全く距離が広まらない。



「何で近寄ってくるんですか!俺、金秋さんを斬っちゃうかもしれないのに」

「お前に斬られるほど俺は弱くないだろう。それに、この刀はわかっている。俺が敵じゃない、と」



 素早く相模に近づいた金秋は、相模の脇差を掴む。先ほどまで自由に動き回っていたはずなのに、今は全く動かなくなり、素直に相模に掴まれている。そして、あれ程までに手から離れなかった脇差が今はいとも簡単に離れてしまう。

 この脇差のせいで、何人の幽霊を斬ってしまったのだろう。相模は考えるのも恐ろしく、そして一刻も早くこの脇差から離れたく、後退ったが震えている足は上手く動かなくなっており足がもつれ、尻から倒れてしまった。

 呆気なく尻餅をついてしまったが、今は恥ずかしさも何も感じられない。


 恐怖。


 それだけが勝っていた。ガタガタと歯がぶつかり音がなるほどに震えている体を自分の腕で抱きしめるしか方法がなかった。


「刀を握ったという事は、殺される覚悟も殺す覚悟も必要だと話したな」

「はい。でも、俺の意思ではなく刀が勝手に………」

「それは結果だ。脇差はお前を守ると伝えた。それは確かだっただろう」

「それは……」

「それにおまえが覚悟を持っていたように、斬られた相手も同じなのだ。武器を相手に向けたという事は、相手を殺す覚悟も、殺される覚悟も持っていた」

「………あ」

「ここは戦場だ。死に場所を探している者以外は、皆がどんな事でもして勝とうと無我夢中に戦う場所。そんな地獄でルールなどない。おまえは、死なずに生きた。勝ったから、土を踏んで立っている。それをまずは認めろ。そして、斬った者を忘れるな。弔う気持ちをもて。死んだ時、そいつらに会ったら代わりに生きた自分が恥ずかしいと思わないように過ごせ。それが武士なのだ」

「………武士」

「刀を持ち、戦地で刀をふるった。そして、死者への気持ちを忘れず、自分の義を忘れずにまっすぐに歩く。それが武士というものなのだから。おまえは違うというのか」

「俺は………」



 刀を持ってまで戦地を行く自分の義とは何だろうか。

 何故脇差を抜いたのか。戦地に足を踏み入れたのか。

 それを考えると、金秋の側に居たかったから。隣を歩いてみたかったから。

 自分の欲求のためだ。それは、果たして義と言えるものなのだろうか、と考えたがすぐに違うとわかる。

「俺の義は金秋さんの側で戦いたいからです」など、恥ずかしくて言葉にすることも出来ない。

 相模は答える事が出来ず、うつむいてしまう。


 相模の代わりに蝉の声が金秋へと返事をする。

だが、それに何かを答えるわけではなく、金秋は黙ったまま荒い呼吸を繰り返す。





「人殺し集団め!新選組は、やはりお揃い化け物ばかりじゃないか!」


 突然蝉の声とは別の叫び声が小さな城跡に響き渡った。その声は、何故かどこまでも遠くに届くのではないかと思うほどに大きく聞こえた。

 金秋に斬られたのか、それとも相模の脇差に斬られたのかはわからない。

 だが、先ほど2人と戦った敵兵の幽霊がよたよたと立ち上がり、叫んだのだ。もう体の下半分が黒い霧になっている。この世界から消滅するのだろう。その直前に叫んだのだ。

 自分や仲間が斬られた事への恨みの言葉を。


 金秋はその言葉を耳にしても、何も動かなかった。ただただ、消えて武士を遠い目で見つめているだけ。

 そして、黒い霧が風に吹かれて消えた頃、金秋は「帰るぞ」と、言って歩き始めた。




 新選組。



 その有名な部隊を相模も知らないわけがない。


 前を歩く金秋の背中が、近くなったはずだというのに、その言葉を耳にしてから一層遠くなったように思えて仕方がなかった。



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