6、
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昼間が長い夏の時間。
夜は「待っていました」と言わんばかりに、闇を深める。冬よりも夏は暗いように相模は思うことが多い。昼が眩しいすぎるからなのだろうか。
けれど、この日ほど、妙ちきりんな雰囲気を感じ取った事はなかった。怖い。今すぐにでも逃げ出したい。それが今の正直な感想だった。
「今日の目的地はここなんですか?」
「ああ」
その場所は、相模の予想を反する場所だった。
いつも山奥が現場であったので、そう言った場所に向かうとばかり思っていた。だが、その場所は泊まっていたホテルからも近く、周りには沢山の人々が行き来している、街の中の一角だった。
真夜中のその場所は街の光ほどではない、寂しさを感じられる街灯があるだけであった。街中にある場所だが、派手なビルや娯楽施設はないため、人は少ない。しかも今は真夜中。夜中にランニングをする人が数人いるだけの、公園のような場所だった。だが、たった今相模と金秋、そして迅以外には人はいなくなった。
夜中に武士の格好をして、堂々と帯刀している男が、誰もいない空間を向き話をしながら歩いている。その様子を見れば誰であっても不気味に思って逃げてしまう。この場に居合わせた人々も例外はなかったようだ。誰もがそそくさとその場から走り去ってしまった。
「ここは、お城ですか?」
「宇都宮城址」
この広場は普通の公園ではなく、白く小さな白が丘の上にポツンと建っている。その公園を訪れた人々を守るように立っているのだ。
「城って、……こんなに小さいんですか」
「元はもっと大きい。これは現代に作られたものだ」
「じゃあ、昔は大きなお城があったんですね。やっぱり戦争の空襲とかで壊されてしまったんですかね」
「そんなもんではない。この城で戦っていた宇都宮藩が敗走する時に城に火を放って逃げたんだ。歴史的がある城を易々と燃やすなど、全くもって馬鹿が行う愚行である」
「宇都宮藩。それって、かなり前の話ですよね」
相模と金秋は、この宇都宮城址を見上げながら、この場所でかつて行われた戦いを想像する。
が、相模は歴史に強いわけではない。宇都宮藩が負けて敗走、という言葉を聞いてもいつの時代なのかもよくわからない。だが、藩という事は明治よりは前になることはわかった。確かに明治より前は武士もいたはずであるし、刀での主流だった。それぐらいは学生の頃の歴史の授業で勉強していたのでわかる。
「来るぞ。おまえは、あの木の後ろにでも隠れてろ」
「……え」
この城についての話を進めていきたかったがどうやらおしまいのようだ。
金秋と迅は、相模には感じられない何かを察知して、戦闘態勢になっていた。迅はすぐにとびかかれるように、体を低くしてじっとしているし、金秋は抜刀はしていないものの刀に手を置いている。そして、2人は体は一切動かさずに目の動きだけで何かを探っている。気配は感じるものの、そのモノがどこにいるのかはわからないようだ。
「でも、弱っている金秋さんを一人には出来ないですよ」
「俺は弱ってなどいない。それに、おまえが一緒ではかえって足手まといなのだ。いいから、さっさと隠れろ」
「………はい」
金秋の言葉は至って正論である。
だが、それが逆に悔しさを倍増させる。
呪いによって、辛い状況の金秋の手助けをする事が出来ないのだ。
金秋に指示された場所に向かって走る自分が、城を捨てて走る武士そっくりだと思えた。
大きな木の影に飛び込んだ瞬間、多数の足音が聞こえた。
それと共に、男達の罵声が聞こえる。
「いたぞ!敵だ!」
「いや、裏切り者だ。幕府軍の情報を売って卑怯者だ!」
「そんな奴は、あの方の部下とも言えぬ新政府軍と同類だ」
「斬ってしまえッ!」
その声の主は、黒い靄に包まれた人ならざる存在は。
しかし、その見た目は金秋と同じだった。けれど、彼らは和装ではなく洋装で軍服であった。けれど、左腰には刀を下げている。そう、彼らは刀を抜かずに金秋に長細い筒状のものを向けている。
「銃か。そう、もうここの戦いはすでに日本の戦いではなかったのだ。この小さな島国では収まるほど、日本は小さくはない。そんな事は今だから思う事だな」
「幕府を守るのだ!それが忠義をつくる武士の生き様である。おまえのように、自分の命大事に逃げるのは武士とも言えぬ。今すぐにその刀をへし折ってやる」
そう言うと、パンパンッと聞いたことがない乾いた音が辺りに響いた。
聞いたことがなくてもわかる。これは、拳銃の音だと。けれど、よく映画などで聞く音よりも重く聞こえるのは、あの銃が種類が違うものだからだろうか。見るからに古いものだ。
それよりも、その銃が向けた先には金秋がいるのだ。相模は思わず大きな声で「金秋さんっ!?」と悲鳴のような声を上げてしまう。
彼が戦う姿を見たことがあるわけではない。金秋が強いと思ってはいたが、複数人から一斉に射撃されてしまっては変劇のしようがない。そう思ってしまっていた。
だがそれは、金秋の本当の強さを知らないからこそのいらない不安であった。
「な、なんだとッ!!」
上げられた悲鳴の中には焦りと困惑の色音があった。
銃撃が一斉に放たれ、着弾した場所にはすでに金秋の姿はなかった。
1人の敵兵に近づき、金秋は刀を斜め上にあげていた。今から斬り落とすのではない。夜空に向けて鋭い刀を切り上げたのだ。そして、その後にはドスンという鈍い音。その兵士の首から上がなく、頭は岩のように地面に落ちていた。今は夜中。落ちた首がどんな表情をしているのか、相模にはわからなかったがそれでよかったと思う。もし見てしまったらきっと夜も眠れなくなっただろう。
「……遅い。戦場では悲鳴を上げている暇などない」
そう忠告する金秋。言葉通り、口を動かさずに、静かに、けれど大胆に足を運び敵に近づく。そして、相手が気づかぬうちに間合いに入り込み、気づいた時にはもう斬られてしまっている。
そんな状態であった。遠くから見ていた相模でさえ、金秋の動きを目で追うことが出来なかった。
「あの男、やはり只者ではないぞ!」
「話していると斬られる。この間合いだと銃では対応できん」
「刀を抜け!真の武士の生き様を今見せつけてやるのだ!」
「裏切り者には粛清を!」
「偽物の武士などに負けるわけにはいかない!」
そう言うと、兵士達は銃を捨てて刀を抜き始める。
やはり、日本人だからであろうか。兵士達は誰もが先ほどよりも生き生きとしているように相模には見えた。
初めはそれでも金秋が優勢であった。
相模が想像していたように、やはり金秋は強かった。
刀だけ使う戦術ではなく、己の全身、そして戦場にあるものを全て使って戦うスタイルなのだ。
人と人が命をかけて戦う、本当の死闘戦を初めて見た相模であってもすぐに理解する。
彼はここにいる誰よりも戦いに慣れている、と。
相手の刀を刀で受けたと同時に後ろから襲ってきた敵を片足で蹴り上げる。左方面から来た敵に対して、落ちていた銃をで防ぎ、刀を片手で突くように相手の胸を刺している。相手は、多いがあっという間に致命傷を与えていき、ドンドン地面に倒れていく。だが、死体が転がるような事はない。宇都宮城址にいた敵は、相模に斬られると黒い霧のように靄になり消えてしまうのだ。そこに本当に居たのだろうかと思うほど呆気なく消えてしまうのだ。
もちろん、そこには何も残らない。着ていた服も持っていた武器も、そして骨さえも残らない。
やはり、金秋が相手にしているのは幽霊なのだ。
圧倒的な剣術で斬り続けていく金秋。どんどん敵の人数は少なくなっていく。と、思われたが、少なくなった分、いつの間にか霧のように増えていく事に相模も気づいた。そして、金秋の表情も曇り始める。
1対大軍という激戦をこなしているのだ。こうなってしまうと、耐久戦になる。
「無理して攻めるな。相手が弱ったところを突け!」
「おお!」
相手軍の指揮をとっている男も戦況を見ておりすかさず大声で指示をする。
相手も易々とやられるつもりはないのだろう。金秋から距離を取り、なかなか攻撃をしなくなった。
耐久戦になると不利なのはもちろん金秋の方だ。ここからどう戦っていくのか。相模は不安になりながら、強く脇差を握りしめた。
「待たせたな、迅。行っていいぞ!」
その言葉を言い終わる前に待ってましたと言わんばかりに、大きな影が戦地に走った。
今まで姿を消していた迅だ。迅は大軍の中に入ると、そこから男達の悲鳴があっがった。そして逃げ惑い、刀を振り回したりするものが現れて、陣形は一気に崩れていく。金秋はそれを見逃すわけものなく、統率がとれなくなった部隊の中に斬り込んでいく。迅に攻撃された者や動揺して周囲に目がいっていない者から容赦なく刀が体をつらぬいてくる。
その繰り返しだが、先ほどの激戦続きがたたり、金秋の呼吸は荒く激しくなっている。刀を握っている腕も斬る以外はダラリと伸ばされている。
疲労が限界なのだ。呪いのせいで、体が弱っているのだろう。
離れた場所で生死を決める戦いが行われている。
幽霊とは言えども、斬られてしまえば、この世界とは違う場所にいく事になるのだ。2回目の死と言っても違わないだろう。
そんな壮絶な戦いをしているのを、ただ木の影から見ているだけの自分。
客観的に見ても「何やってんだよ。助けろよ」と、言いたくなる状態だ。
ここに一緒に連れてこられた意味は何だ。
金秋は、どうしてこの場所に相模を連れてきたのか。それを考えてもよくわからない。けれど、ここで見ているだけでは、辛いだけだ。逃げるより酷い。
正直に言ってしまえば、怖いし逃げたい。ゲームの世界ならば、死んでもやり直せたが、目の前の戦いは違う。斬られた、撃たれたら終わり。そんな世界なのだ。
そんな場所に金秋は立っている
そして自らその場所を選んで仕事をこなし生きているのだ。それが、どうしてなのか。彼らを斬ることが彼が生きる意味だというのなら、相模はその場所に立たなきゃいけない、そう思った。
立たなければ、武士である金秋がこの世界で今も尚戦い続ける理由を知る権利がない。
金秋に本当の事を教えてもらえる資格がない。
そんな風に思えてならなかった。
ここまで足を突っ込んでしまった世界だ。
透明人間を治すため、なんて理由だけが本心ではないのは自分がよくわかっている。
金秋という武士の生き方がどうしても気になるのだ。
泥臭くて、強気で、我儘で、頑固者。けれど、刀を握らせれば強い、使命のために生きる男。
それが、相模の生きてきた世界では、かっこよく見えたのだ。
彼の背中ではない、隣で彼と同じ景色が見て見たいと。
その自分の気持ちとけりをつけられた瞬間。
相模の体は動いていた。
静かに戦場に入り、敵兵士が落とした銃を手に取ったのだ。
この銃を撃って、仲間が来たと油断させればきっと勝機は見えてくるのではないか。相手に隙が見えれば金秋が戦いやすくなるはずだ、と考えたのだ。
もし、敵が自分に斬り込んでくれば、金秋から渡されていた脇差を抜けばいいのだ。
覚悟を決めて、相模は震える手で銃を持ち、戦場とは関係のない壁に銃口を向けた。
見たこともない銃であったが、引き金を引けば弾が出てくる事に変わりはないだろう。
ずしりとした重みを腕で感じる。
脇差を持った時にも感じた、見た目よりも重さ。これが、人を殺してしまう武器の重みなのだろう。
戦いに参戦するため、相模は小さな引き金を大きな決意持って引いた。
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