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 またやってしまった。

 金秋が心配だからと、絶対に眠らずに守らなければ。と、思っていたはずなのに気づくと眠っており。

 目を開けると、金秋が身支度を整えて相模の事を見下ろしていた。焦って飛び起きると、カーテンからうっすらと見える窓には太陽の光はなく、どっぷりと闇だけがあった。もう夕方とも言えないほど、しっかり夜になっているのだ。


「え、夜!?」

「出発の時間だ。行くぞ」

「は、はい。でも、金秋さんは大丈夫なんですか?」

「誰の心配をしている。己の身の心配をしておれ」

「………はい」



 金秋の鋭い言葉にハッとした相模は、すぐにベットから降りて使い古したリュックから、木目が美しい脇差を取り出した。見た目からは想像できないほどの重み。それを感じながら相模は自分のTシャツの中脇差を入れる。そして、ズボンの中に先だけを入れる形になった。それを見た金秋は呆れ顔だった。


「おまえ、その脇差がどれほど重要なものかわかってないのだろう。そんな持ち歩き方をする奴がいるか」

「……それ以外に方法が思いつきません。竹刀袋みたいに袋に入れるのも、相手に武器を持っていると知らせることになりますし。だからと言って着物も持ってないし、着れたとしても不慣れで動きにくいですし」

「仕方がない奴だな」



 そういうと、金秋は自分の着物の袖から何かを取り出した。そして、相模から脇差を受け取ると何かを結び始めた。


「それは?」

「私が着物を襷掛けにつかう布切れだ。それを貸してやるから、脇差を結んで、肩に掛けて置け」

「あ、ありがとうございます」




 相模はすぐに意図に気づくと洋服を脱いで、金秋に結んでもらう。しっかりと結んでいるため、体に脇差が当たりくすぐったいが、それでも先ほどよりも体は動かしやすい。



「この紐の端を引っ張ればすぐに布は解かれる」

「わ、わかりました」


 いつもより距離が近いところに、金秋の顔がある

そうなると、彼の顔にある刀傷にどうしても目が入ってしまう。



「金秋さんのその顔の傷って、やっぱり戦いの中で斬られたものなんですか?」



 ずっと気になっていた事が、近い距離になってしまったからか、自然に口から質問が出てしまった。

話したくなければ、金秋は「余計な事を話すな」と言って誤魔化すだろう。そうすれば、もう聞かないようにすればいい。

 いつの間にか、相模は彼に怒られる事がそんなに怖くはなくなっているのに気付いた。

そして、内心一人で笑ってしまう。金秋と同じように、自分も大分変わり者のようだ。



「これは己の未熟さが招いた傷。戦いの時だけ気を張っていればいいものではない。この傷を見る度に思い出させて貰っている」

「戦いの中での傷じゃない?そんなに大きな傷なのに」


 ますますその傷の意味がわからず混乱していると、金秋は苦笑しながら昔話を簡単に話してくれた。


「その昔に遺体の検視をしていた。どこから斬られて、どんな技で、どこが致命傷で死んだのか。そして、その男が敵であるのか。誰に斬られたのか。そんな事を調べていた」


 遺体の検視。

 そんな事を現代の一般人がするわけない。しかも、それが斬られた事による死だというと、どうしても今の時代の話ではない。やはり、という気持ちが湧いてくるが、今は金秋の話を聞く事に集中した。せっかく話をしてくれる気分になっているのに、横槍を入れてられたら話したくなくなるかもしれない。突っ込みたい気持ちを押さえ込んで、相槌だけうって話の続きに耳を傾ける。



「すると、死んでいたはずの男が突然蘇り、一刀を浴びせられたのだ」

「し、死んだ人が蘇るって。それって、もしかして幽霊とかですか?」



 あまりの話しに驚きながらも自分の見解を伝えると、金秋は「おまえも、こちらの世界に染まってきたな」と小さく笑った。どうやら、その答えは不正解だったようだ。


「死んだと思って近づいたら斬られたのだ。完璧に隙を突かれたのだ。自業自得だ」

「死んでいたと思った、ってどういう状況だったんですか?」

「隊に密偵として忍び込んでいることがわかり、斬られただけの事だ。腹を刺さぬかれても抜打ちで向かって来ようとするぐらいの根性はあったが、敵は敵なのだ」

「密偵。金秋さんは一体、何をしていたんですか?死体の検視なんて、普通の生活ではしないですよ」



 珍しく金秋の内容を自分から話しをしてくれたのを好機と見て、相模は思い切って質問を重ねた。今ならば、教えてくれるかもしれない。

 もう少し彼に近づけるのではないか、と淡い期待をしてしまう。


「俺の生活が普通だと思うから」

「……思いませんね、絶対」

「この傷を見る度にに油断は禁物なのだと思い直せる。傷があっての今の俺があるのだ。#七五三之助__しめのすけ__#には、ある意味では感謝だな」



 この話はおしまいとばかりに、金秋はそのまま相模から離れてドアの方へと向かう。もちろん、すぐ後ろに迅もついていく。

 相模は呆然と先ほどの彼の話しを思い返す。あれ程の傷だ、かなりの深傷だっただろう。痛みや苦しみを味わったはずだ。しかも相手は密偵と話していた。敵が情報を持ちざすための役割。はっきり言えば、卑怯な行為だろう。そうなれば、その七五三之助という男は、相当憎まれたのだろう。案の定、見つかって殺されてしまったようだが。そんな恨まれていた相手に、斬られてしまうのは金秋にとってかなり悔しかったのではないか。

 あの金秋の事だから、蘇った相手をボロボロになるまで斬ってしまったのではないかと思う。

 だが、彼は感謝としているというから驚きだ。

 やはり、彼の気持ちはどうも読めない。

 そして、話を聞く限りでは、やはりかれはこの時代を生きていた人間ではないはずだ。隊、密偵、死体の検視、そして大きな切り傷。


 全ては、大昔の話なのだ。やはり、金秋という男は死んでいる。

 それが決定的になった瞬間だった。



「何をしている。今更、怖くなったか」

「だ、大丈夫です!」


 相模は急いで金秋と迅の方へと駆け出す。

 歩く度に体に硬く冷たい脇差が当たる。この刀はこんなにも冷たい。


 けれど、金秋の体温は自分と同じように温かい。


 となると、彼は不老不死の体。


 そこまで考えて、相模は口元を緩めた。

 そんなはずがない。人ならざる存在はいる事はわかったが、死なない人間などいるはずもないのだ。

漫画やゲームのような創造物からの影響を受けすぎている。


 相模は、服の上から脇差をギュッと掴んだ。


 彼が重要視している依頼が今から始まるのだ。

 考え事をしている余裕などない。


 相模は気を引き締めて、夜の街に繰り出したのだった。




 

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