4、
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顔に見られる大きな刀傷。
傷跡なのに、彼の荒々しい性格に似合っているように感じられる。なんて、酷いことを思ってしまう。きっと怪我をした時は死ぬほどに痛く苦しかったはずなのに。人間というのは勝手な生き物だ。
そして、体にも見られる無数の傷跡。
あれは、異常な数であった。今の時代でそこまで傷つく事などないはずだ。剣道や柔道、ボクシングなど激しく身体をぶつけ合うスポーツも多くある。 けれど、跡に残るほどの細い切り傷。刀やナイフ、槍などの鋭利なもので傷つけられた証拠であろう。それが金秋の全身に見られる。それは只事ではないだろう。この時代でそれが考えられる事は、数少ない。
戦争、虐待、拷問。
相模の想像量ではそれぐらいしか考えられない。だが、きっと間違ってはいないだろう。
だが、現在の日本では刀傷など考えられないはずだ。
そして、極めつけはあの斬首の跡。
あの傷跡はいったい。
武士は何を背負って生きているのだろうか。
斎雲が言って、自分と金秋は他人のために生きようとしている
それに、ヒントがあるのだろうか。
食事が終ると、金秋はすぐに出かける準備を始めた。刀を念入りに手入れをしたり、持ち物を整理したりと、忙しそうにしていた。
兵糧として忙しい時にも簡単にカロリーが取れるというカロリーメイトが鞄の中に入っているのを目撃して、今時の武士はそんなものも食べるのか、と内心で突っ込んでしまった。スマホも持っているのだから、現代のもとを使っていてもおかしくはないし、彼が過去の人物ではないのではないかという結論になりだから、気にすることでもないのだが。
見た目が、武士そのものだから違和感を感じるのだろうな、と相模は結論づけて、自分の準備も始めた。
だが、相模が準備するものはほとんどない。
慌てて金秋の家に来たので、手荷物は必要最低限だけなのだ。スマホに携帯、充電器にジャンバーがリュックのに入っているぐらいだった。そして、もう一つは金秋から預かった脇差だ。相模は着物ではないのでは脇差を服の中に忍ばせる事が出来ない。ズボンに挟む事も考えたが、どうしても気になってしまいバックへと戻したのだ。
何かあった時に咄嗟に取り出せる場所に忍ばせるのが1番なのだろうが、いかんせん慣れない。
今日の現場に到着したら、服の中に入れようと思っていた。
そんな事を考えていたのは約1時間前の話である。
皆が昼食後の眠りと戦い始める頃に相模はある場所に到着していた。
「餃子食べたいですね」
「おまえは何をしに来たと思っているのだ」
「何しに来たのか全く話をされていないんですけど……」
2人と1匹が到着した場所は、都心から離れた場所にあるが、駅周辺は賑やかな街になている宇都宮だった。今回タクシーを使う事なく電車で移動した。透明人間である相模に気づいた人はいないようだが、武士の格好をしている金秋はすぐに注目の的になっていた。
「何のコスプレ?」
「和服好きな人なのかもよ」
「渋くてかっこよくない?」
「てか、イケメンじゃん。モデルだったりして、てか刀もあるじゃん。本物だったらこわー」
と、電車で一緒になったカップルや奥様方、そして大学生が話している声が聞こえてくる。
コスプレでもモデルでもないんですよ。本物の武士らしいですよ。なんて、透明人間が噂話に紛れる事が出来るはずもなく相模は金秋のと隣に立ってその場をやり過ごした。が、当の金秋はただただ腕を組みながら壁によりかかり窓の外の景色を眺めているだけであった。
そして、到着したのが宇都宮だった。
すぐに移動すると思われたが、彼が先に案内したのは駅近くにあるホテルであった。
「今日はここに泊まるんですか?」
「ここでの仕事が終わったら明日にでも移動するからな。今日はここに泊まる。と言っても今しか滞在しないかもしれないがな」
ホテルの部屋に入ると、金秋は「少し寝る」と言ってベットに横になる。腰の刀を外し、手に持つと握ったまま日瞼を閉じた。そして、1分もしないうちに微かな寝息が聞こえてきたのだ。
その表情は少し苦しげだった。
涼しい顔をして過ごしていたので忘れそうになっていたが、今の彼の体は呪いに侵されているのだ。
きっと我慢していたのだろう。普段ならば「野営する」と言って火をおこしそうだが、今回は違った。夜になるまで待つという事だろうが、彼がそれまで体を休めたいというのが本音なはずだ。
彼が寝ている間、宇都宮の街を散策するのもいいが、今は呪いにより身体が蝕まれている金秋を置いて出かけるのは心配だった。そのため、相模も部屋でゆっくりする事にした。
「あ、そう言えば刀………」
金秋は倒れた時も、そして今も刀を持って寝ていた。
きっと襲われる事を危惧しているからだろう。だが、今は相模は起きて彼の近くにいるし、リュックから脇差を取り出せば多少は時間稼いは出来るだろう。それに、先ほどまで別行動をしていた迅もいつの間にか部屋の中に到着していた。
ならば、今だけでも刀を忘れてゆっくりして欲しい。相模はその思いで、金秋が寝ているベットへと近づいた
そして、布団を体にかけた後に、ゆっくりと2本の刀に手を伸ばした。そして、鞘を掴んだ、突如。
相模の視線が天井へと向いていた。
そして、相模に覆い被さるように、金秋が柄に親指をかけ、冷たく光る刀身が微かなみえるほど抜かれていた。
金秋の血走った瞳と荒い呼吸、そして、恐ろしい刀の光が相模の目の前に広がった。
「俺の刀に勝手に触れるなっ!本当に斬ってやるぞっっ!!」
「…………ッッ」
恐ろしく低い、地響きのような声でそう言葉を発する。斬ってやる、という言葉は冗談ではないのだろう。カタカタと彼の腕が震えている。
今、必死に刀を抜こうとしているのを堪えているのだろう。
「す、すみません。その、……刀持ったままじゃ、寝にくいかと思って」
「これは我の命である。これを我から離すとは死を意味する。今後、一切触れるでないッ!わかったか!?」
「は、はいっ!」
あまりの迫力に相模が大声で返事をする。と、それで少し落ち着いたのか彼は刀を終いまた自分のベットへと戻り相模に背を向けて寝てしまった。
相模は、隣のベットまで体を飛ばされていたのだ。放心状態のままのろのろとそこから起き上がると、迅が心配そうに相模に近寄ってきた。大丈夫だ、の意味を込めて頭を撫でてやるが、内心では動揺していた。
刀は武士の命だ
そんな台詞をどこかで聞いた事がある。正しく、金秋もそうなのだろう。
心配してあげたのに、とは思わない。きっと、ありがた迷惑だったのだ。
それほどまでに、あの2本の刀には思い入れがあるのだろうか。それはわからない。
ただ、あの必死さがどこか気になった。
相模は迅に向けてポンポンとベットを優しく叩くジェスチャーをする。すると、彼は軽々とジャンプをしてベットに上がった。
そして、相模と迅はベットに横になった。
何だか今の出来事でどっと疲れてしまった。襲われた時のために起きていなければいけない。ベットにはただ横になるだけ。そう自分に言い聞かせていたが、相模の意識はすぐに遠い所へと向かってしまった。
武士の考えることはよくわかない。
それが夢の中に入ると直前の相模の気持ちであった。
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