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「金秋さん、先ほどはすみませんでした。その、金秋の戻りが遅かったので心配になって焦って飛び込んでしまいました」
「先ほどから大丈夫だと言っておるだろう。無駄な心配など必要ない」
「でも、斎雲さんでも祓えない呪いを受けているんですよ。苦しいはずじゃ」
「呪われる事など何度もしている。たかが、呪いで心配しすぎなんだ」
「………」
風呂場から戻ってきた金秋は先ほどよりも顔色もよく、呼吸も少しはマシになっていた
だが、少しよくなった程度で到底普段通りとはいかない。
歩く時も少しふらついていつし、相模が話を聞く時も虚ろな瞳をしていた。これで心配しすぎだと言われても無理がある話だ。
それに、相模は先ほどからあの首の傷跡が頭から離れなかった。今はしっかりといつもの布で隠されていて見えない。だが、ちらりちらりと隠れ見てしまう。
あの傷はやはり斬首された後なのだろうか。だとしたら、何故彼は生きている?あんなにも温かい体温を持っているのだろうか。
「で、これはなんだ。俺は茶漬けを作れと言ったはずだが」
考え込んでいた相模に彼が質問を投げかけてくる。それにハッとして意識を取り戻す。そうだ。今は首の傷を気にしている場合ではないのだ。呪いを解決するのが先なのだ。
そう思い直し、相模を一旦は忘れることにした。
「材料がなかったんです。金秋さん、すぐにでも出掛けたいのかと思ったのであるもので作ってみたんです。おじやなんですけど」
「おじや」
「見た目は悪いかもしれないですけど、美味しいんですよ。いいから食べてみてください」
おかゆに出汁と味噌で味を整えて、そこに卵を混ぜる。細かく斬ったネギとしらすを入れて軽く煮込めば完成する。相模の母親特性おふくろの味だ。これは絶対においしい自信がある。食べたくないと言わんばかりの歪んだ表情でおじやを見つめる金秋に、相模はレンゲでそれを掬い、彼の目の前に差し出す。
すると、彼はムッとした表情になり、「自分で食える」と言ってそれを奪い取った。
別に「アーン」という行為をしたわけではなかったのだが、結果としては彼が食べようと口を開けてくれたのだから成功した。相模は、金秋が味わう姿をジッと見つめた。
きっと「不味い。作り直せ」と言われるのだろうと予想をしていた。作り直しか、内心では諦めモードのままに金秋の表情を瞬きせずに見つめる。緊張の瞬間である。
と、言葉の前に金秋の黒い瞳が一段と大きく開かれた。
「ん」
「………ん?……え、金秋さん、それって美味しかったって事ですか?」
「嫌いではないと味だ」
「本当ですか!?やった!」
思わぬ反応に相模は思わず立ち上がってガッツポーズをしてしまう。
すると、その相模の反応も金秋にとっては予想外だろう。ポカンとした表情で見上げていた。
「俺が食っただけで何故そこまで喜べる。おまえの行動はよくわからん」
「自分が作った料理を美味しそうに食べてもらえたら嬉しくないですか?」
「………そうか。そうだな」
その時の金秋の視線は相模を見ていた。だが、きっと瞳には相模が写っていないのだろう。あの日、風鈴を見つめていた時と同じ、懐かしむ表情であった。昔を思い浮かべているのだろう。その姿は、幽霊斬りをする男とは思えぬほど、ただの人間だった。
悲しげに過去を思い返す憂さえ感じられる表情に相模はまた目を奪われてしまう。
この人は、どれほどの辛い過去を背負っているのか。そう思っていたが、それだけではないのだ。思い出す穏やかな気持ちにさせてくれる過去があるのだろう。
それがどんな過去なのか。いつか、この男は話してくれるのだろうか。
「いつまで茫然と立っている。さっさと食わんか。いらんなら、食ってやるぞ」
「食べますよ!迅も食べるか?おじや」
「ワン!」
「わかった準備するから、食べよう」
そして、束の間の穏やかな時間を2人と1匹で過ごした。自分が寝込んだ時に母親が作ってくれた思い出の味。それが、今度は金秋と迅の思い出の味になるのだろうか。
そう思うと、何故か照れくさくも嬉しなる。そして、相模もこの料理を食べる時に思い出す事が増えた。
今度も少し怖い思い出と温かい仲間の思い出を。
「で、おまえはなんでその土鍋のまま食っている。同じ器があっただろうに」
「すみません。実は、さっき1つ割ってしまいました」
先ほど金秋が倒れたと思って駆け出した時に誤ってシンクに落として割ってしまったのだ。
慌てていたといえども自分の落ち度である。相模は素直に謝る。金秋にはほとんど食器がなく、3点揃っているのはいつも茶漬けを食べている大きめな茶碗のような器のみであった。金秋の瞳のようにつるりとした黒い黒い器。少しかけていたる、見た目からもこの時代に作られてものではないとわかる、食器。古びた風貌のそれをきっと金秋は大切にしていたはず。
だからこそ、素直に謝ることしかないと思った。
「今度も同じようなものを探して弁償しますので」
そう言って、相模はその場で深く頭を下げ下げて謝罪をしつづけた。
「形あるもの、いつかは朽ち、壊れ、無くなっていくのだ。それも寿命だったのだろう」
「……だけど」
「元から古いものであったし、そこまで高級品でもないだろうからな。よくこの時代まで現役で活躍したものだ。今は器には困らぬ世界であろう。安いものを買ってくる。気にするな」
先ほどから、やけに優しい。
呪いに体を侵されているから、話すのさえも億劫になって投げやりに返事をしているわけではない。
顔色はまだ少し悪いものの、先ほどのように苦しんで息も絶え絶えという状態ではない。
だかからこそ、先ほどから機嫌がいいのかがわからない。
相模が台所から割れた食器を持ってきて彼に見せる、「それは置いておけ。俺が処分する」と、ちらりと視線を移してすぐに離した。
けれど、その刹那的とも言える時間だったが、彼がまた悲しげな視線を相模は見落とすことはなかった。
「何とかして代わりいい食器を見つけてこよう」と、相模は思い急いでおじやを口にかっこんだ。
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