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「少し遠いですが、南の方に龍蛇神神社という場所があります。海を見下ろす小さな神社なのですが、近くに龍蛇浜と呼ばれる不思議な場所があります」

「不思議?」

「ネットで調べればすぐに写真なども出て来ますが鱗状に薄い石が重なる浜があるんですよ。その浜に龍が横たわる姿だと言われています」



 相模は慌てて自分のスマホを取り出して、それを調べるとすぐに多くのページが表示される。そこには斎雲が言った通りに、見たこともない神秘的な光景が広がっていた。確かに龍の鱗のようにも見える。どうしたら、このように薄い石が作られるのか。不思議なものであった。


「ここに金秋さんを連れて行けば呪いは解かれるんですか?」

「蛇の主に敵うのは、蛇の神様。そう決まってます。上級の神様に話をして、手伝って貰うしかないでしょうね」

「じゃあ、さっそく飛行機の手配を………」



 そう言って、スマホで行き方を検索して航空チケットを取らなければ。そう思ったが、思わぬ所からストップがかかってしまう。


「そんな場所に行っている暇はない。俺には成すべきことがあるのだ」

「き、金秋!?」



 いつの間にか、金秋は起き上がり、着物を整えると腰に刀を差しているところであった



「おい。飯の準備はまだか。風呂に入ったらすぐに出かける。作っておけ」

「今から出掛けるんですか!?そんな体で?」

「呪いなどで寝ている暇はないと言った。私の使命は私にしか出来ないのだから」

「無茶ですって!」

「おまえにはわからぬ。わかかないのなら、口を挟むな!」

「………」



 確かに、相模には金秋が背を負っているものがわからない。

 だが、自分の体よりも使命の方が大切なのだろうか。そんなのありえないだろう。

と、そこまで考えて「あの男はそういう人であった」と考えて直した。命さえかけて成すべき事を成す。

 そういう男である。

 きっと、自分の使命のために今動き、それで死ぬ事が義だと思っているのだろう。



「金秋さんは、殺されてもいいって思ってるんですよね?」

「使命を遂行する途中で死ぬならば、それが私の死ぬ場所だったのだろう」

「使命は金秋さんしか出来ないんですよね。金秋さんは生きて、何を成したいのですか」

「それは………」



 そこで金秋は言葉を迷わせた。

きっと「使命のために生きているのだ」と、言ってくると思っていた。だが、その言葉はなかなか出てこない。

 金秋は、迷っている。いや、使命以外に何かを抱えているのだろうか。


「金秋さん。では、私だけで龍蛇神神社に行って来ます」

「え。でもそれでは………」

「神の力をお借りするんです。時間は少しかかるはずです。それまで耐えられますか?」

「俺を誰だと思っている」

「わかりました。では、時間が惜しいので私は今すぐに出ます。金秋さんの報酬で1ヶ月は海外旅行を楽しみますからね」

「1ヶ月でも2ヶ月でも勝手に行ってこい」

「それは楽しみだ。きっと豪華な旅になりそうですね」



 そういうと、あっという間に斎雲は玄関へと歩いて行ってしまう。相模は慌てて彼を追いかけた。


「斎雲さん。大丈夫なんですか?本当に、あの呪われた体のままで過ごしても金秋さんは平気なんですか?」

「あまり良いことではないでしょうね。普通の人間ならば立っているだけでもやっとです」

「じゃあ、やっぱり無茶なんじゃ」

「彼を止められると思いますか?」



 たった今、お風呂場に向かってしまった金秋を追うように、脱衣所のドアを見つめる。相模も後ろを向きながら「無理でしょうね」と溜息混じりの返事を返す。彼は頑固者であるし、今は普段よりも使命を果たそうとする焦りが大きい。今の彼を止める事など誰だっても出来ないだろう。


「相模さん。金秋さんをよろしくお願いします」

「……え」

「金秋さんはあなたを傍を置いている。それが何故なのかわかりませんが。でも、彼の傍にて守れるのはあなたしかいないのです」

「ですが、俺には何も出来ません。襲われた時に守れる力もないし、呪いを止められる力もないんですから」

「でも、あなたの言葉を金秋さんは聞いてくれるじゃないですか。先ほどのように」

「……どうなんですかね」

「あなたも生き続けなければ理由があるように、金秋さんにもあるんです。お互いに他人のために生きようとする。優しいじゃないですか」

「え、どうしてそれを……」



 自分が生き続けたい。

 そう思い続けている理由。それは誰にも話した事がない。斎雲が知るはずもないのだ。

驚きながら、彼に問いただそうとする。が、彼はいつもの余裕な笑みを浮かべて、玄関のドアを開けてしまう。



「何かあったらすぐに連絡ください。では」


 そう言うと、バタンと扉は閉じられ、斎雲はいなくなってしまう。



「………他人のために生きようとしてる。俺も、金秋さんも?」


 その質問に答えてくれる人はもうこの場にはいない。

 モヤモヤとした感情だけが、相模には残った。





 金秋がお風呂に入っている間に、相模は先ほど彼に言われた通りにお茶漬けを作ることにした。

が、お茶漬けの素でしか作ったことがない相模は、 炊飯器にお米をセットしてから動きを止めてた。

次の行程がわからないのだ。困った時のネット検索。この時代に生まれた事を感謝しながら、冷蔵庫にあった具材を調べる。


「な、何にもない……」


 金秋は長い間家を留守にしていたのだ。自宅に食材がないのも頷ける。

 中には、卵と味噌、長ネギ、水菜に調味料。そして、しらすぐらいしかない。肝心の鮭がない。



「これで思いつくのは1つしかないぞ」



 昔、風邪を引いた時に母親がよく作ってくれたもの。

 母親に唯一作り方を聞いたぐらい、時々食べたくなるおふくろの味というものだった。金秋が好むかはわからないが、ここで何か作っておかないと彼は何も食べずにまた遠出してしまうだろう。

 そう考えると迷っている暇はない。母親のアドバイスを頭に思い浮かべながら、手を動かし始めた。月に1度は作っているものなので、考え事をしながらでも作れる。

 そうなると、考えてしまうのは、金秋の事である

金秋は誰かに呪いの術をかけられた。それは誰なのか。斎雲がいうのには人間以外の存在らしい。となると、相模が思いつくのは、河童事件があった際に襲われたあの武士の幽霊の存在だ。あの武士は、相模を金秋と間違って襲ってきたように思えたのだ。「裏切り者」と罵倒しいた。あの武士は、金秋に対し何か対等する存在なのだろう。そして、金秋自身どうやら武士の幽霊を探しているようだ。

 そうなると、金秋は自分の敵を斬っているのだと考えられる。死んでもなお斬りたいと思っているのだろうか。そう考えると、過去の戦争や合戦を思い浮かべてしまう。けれど、金秋は今も#生きている__・__#。そうなると、現代の争い事になってしまう。けれど、金秋も武士の幽霊も昔の格好をしているし、武器も刀である。到底現代人とは思えないのだ。


 そして、相模はどうしても金秋が敵を憎んで斬っているとは思えないのだ。

 憎しみが原動力ならば、あんな寂しげな横顔を見せるだろうか。彼は復讐のために生きているのだろうか。

 それを使命だと思っている。

 それがしっくりこないのだ。

 何かのその気持ちに理由があるのかと問われれば何もない。けれど、そう感じてしまうのだ。



「出来た」



 考え事をしている間にいつの間にか出来上がったものを呆然と見つめながら、食器を3つ出す。

迅はリビングで寝ているが、きっと彼も腹が減っているはずだ。

 そして、食器を置こうとした時だった。ある事に気付く。



「金秋さん。いつまで風呂に入っているんだ?」



 そう思った瞬間、血の気が引いていく。

 もしかして、風呂場で倒れているのではないか。そんな風に思った時にはもう体は動いていた。咄嗟に走り出してしまい、相模がもっていた1つの食器をシンクに落としてしまう。ガシャッと物が壊れる呆気ない音が耳に入ってくるが、相模はそれに気にする余裕さえなかった。

こういう時の人間は焦りで人への配慮など忘れてしまう。人命が大切であるのだから、仕方がない事だ。

 が、それが杞憂だった場合が最悪である。




「き、金秋さん!?大丈夫ですか!?」

「ッ!!」



 脱衣所の扉を躊躇せずに開ける、とそこには無事な金秋の姿があった。

 先ほどよりも幾分顔色もよくなった彼が立っていた。が、タイミングが最悪だった。

 金秋は風呂から上がったばかりだったのか、素っ裸のまま刀に手をかけていた。何故か1本の刀を紐で結び、体に巻きつけていたのだ。そして、相模に向けて構えポーズをしており、すぐにでも抜刀出来る状態であった。



「き、金秋さん。何で風呂にも刀を持って入っているんですか?」

「おまえ、それよりも先に言うべき台詞があるのではないか」

「し、失礼しました」


 心配して損をした、とはならなかった。

 いや、金秋の気分は最悪なものになるだろうし、 きっと後ほど怒られまくるのだろう。


 だが、それよりも大きな事を知ってしまった。代償としては、安いほうだろう。

風呂場に刀を持っていくほどに警戒心を持っていることも知れた。が、それよりも驚くべきことがあった。


 金秋の体はどこも傷だらけであった。顔にも大きな傷があるのだから、きっと武士として戦ってきた証なのだろう。痛々しくはあるが、それできっと争いの中での傷なのだとわかる。

 だが、相模が目にしたもので、驚きを隠せないものが1つだけあった。


 いつもは薄いショールのようなもので隠されていた首。

 そこに、大きな傷があった。

 横に一本の跡が残る傷。


 それはまるで、斬首された跡のようだったのだ。




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