4章

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   ーーー



「それで、生きた人間を仲間にしたと」



 ここは人里離れた神社の中。

 廃神社になった場所が2人の密会の場所である。隠れてこそこそと会うのは敗者故。目の前の御方には似合わぬ場所だろう。だが、本人は至って気にせずに、金秋の話を真剣に聞いていた。


「仲間ではありません。使えると思ったから依頼しただけで」

「剣も使えぬ今時の優男なのだろう。本当に使えると思っただけ、なのか?」

「透明な体を持っているのです。何かの時には役立つ術だと思いますが」

「そうか。だから、脇差を貸しあたえた、と。まあ、そういう事にしておこう」



 目の前の男は、楽しそうな声を上げていた。

 しておくのではなく、そうなのだが、どうも御方は全く信じていないようだ。


 ゆらりと、その男の体が揺れる。

昼だが、大きな木々に覆い隠されているためか、神社内は薄暗い。隙間風が吹き、古びた注連縄に垂れ下がっている紙垂が揺れるのと同じように、靄のような黒い体が揺れてしまう。


「そろそろ時間だな。金秋よ。最近、我ら同胞を見つけられていないようだが」

「いえ、東北で1人見つけました」

「それ以外に見つけていないのだろう。報告を受けていないが」

「それは………」


 

 痛いところを突かれてしまい、金秋は返事を迷わせてしまう。

あの日から、あの言葉を聞いた日から金秋の行動は鈍ってしまっていた。

 あの男が余計な事を言うからだ。



『求められるから斬るなんて、ただの殺人者じゃないですか!』

『何がある悪い』

『悪いに決まってるじゃないですか』



 何故悪い。

 斬られる事を求めている奴の気持ちも知らない奴に言われる筋合いはない。

 彼らが長年苦しんできたのだ。だから、終わりにしたい。

 そう願っているはずではないか。


「金秋」

「は、はい」

「迷っているのか」

「………そんなはずはありません。この名と刀を受け取った時から、最後までやり通すと決めたのです。それを途中でやめることは決してありません」

「お主がこんなにも冷静さを失っているのは珍しい。なるほど、それほどの男か」

「あのような男は全くもって義も生き方も決めれぬ、子どもなのです。そして、弱い男なのです」

「そのようなか弱き男の言葉にお主は迷わされているのだろうに」

「………」

「迷いある時は虫の声さえも気にかかるものだろう」

「………今まで通り、仕事はこなします。北に向かいます」

「………そうか。おまえの事を待っている者が沢山いるはずだ。頼んだぞ」



 北に行く。

その言葉に目の前の御方は目を細めて喜ぶのがわかった。だが、それに反して金秋の心は騒めく。

 北の国は嫌いだ。

 自分が逃げてしまった弱敗者だと見せつけられてしまう。

 後悔の念が襲ってくる。今でも、あの決断は間違っていなかったと思っているのに、自分の意思がぶれてしまいそうにになる。そんな場所だった。


 自分はどんな体になっても、どんな役目を追う事になっても、どんなに罵倒されても、弱き者だと言われても。


 生き抜くと決めたのだ。



 あんな男の言葉に惑わされるはずがないのだ。

 この仕事を失えば、自分も失い、そして託されたものも失ってしまうのだから。


「陰妖師金秋、お役目を全うしてきます」

「………頼んだ」



 そういうと、目の前の霧のような男は、あっという間に姿を消した。

 死して尚、金秋が使えると存在。生きる術を教えた、大切な御方。


 それ故に、任務は最後まで遂行するのだ。

 それが永遠の時間になったとしても、二人の時間は無限にあるのだから。




ーーー





「今日もいない」


 正式に金秋の仕事を手伝うと決めてから、彼から連絡が来ることはなかった。

 仕事も落ち着いてきた頃だったので毎日のように金秋の家を訪れるが、彼はずっと留守にしていた。連絡をしてみると、「今回の仕事はおまえは必要ない」と返ってくるだけであり、彼がどこにいるかは全くわからなった。


 最後に彼に会った日から半月が過ぎた頃。



「斎雲を呼んでこい」



 という突拍子もない連絡が入った。いつものように、突然の来訪ではなかったが、注文であった。

 だが、長い間音沙汰もなかったため、連絡が来ただけで安心してしまう。斎雲が連れて来てほしいという理由がわからないが、相模は斎雲にすぐに連絡をした。

 斎雲も話を聞き「いつもなら金秋さんから連絡がくるのですが、おかしいですね。すぐに向かいます」と言って駆けつけてくれる事になった。

 斎雲が到着するまで時間がかかるはずだ。相模は、先に金秋の家へ向かう事にした。



 金秋から連絡があったのは明朝の頃。

 相模が金秋の家に到着したのは、人々が朝の支度をし始める時間帯であった。

 チャイムを鳴らしても応答がない。だが、ドアが勝手に開いた。そこからヒョコリと顔を出したのは迅だった。相模が来たとわかると、「わん!」と吠えた後に飛びつく事なく部屋の中に入ってしまう。 こっちにこい、とでも言っているようだった。その行動が、相模をさらに不安にさせた。

 金秋から連絡があった後、相模は何回か電話やメッセージを送っていた。だが、彼からの返信はない。元から連絡が早い方ではなかったが、相模は妙な胸騒ぎを感じていたのだ。

 それは、部屋の中に入ってから更に大きくなる。暗い廊下を早足ですすむ。と、そこにはいつものリビングが現れる。が、いつもと違った。



「金秋さんっ!?」



 いつもは背筋を伸ばし、正座をしながら座り窓の外の空を遠い目をして眺めていた。どんな時も隙がなく、だけど憂さを感じさせる武士の姿。

 だが、今日は全くその凛とした姿はなかった。

青々とした畳の上で金秋は刀を握ったまま倒れていたのだ。その表情は苦悶を表しており、額からは大量の汗が流れていた。クーラーがついていない部屋だから、ではないだろう。脂汗といった重いものであった。



「金秋さん、どうしたんですか?金秋さん!」

「うるさい、聞こえている」



 掠れてた声を出して、いつもの強気の言葉を発する。が、その声はとても弱々しい。



「怪我したんですか?それとも具合が悪いんですか?」

「………怪我などしておらん。腹が減っただけだ。茶漬けを作れ」

「そんなはずないじゃないですか。こんなに苦しそうなのに」

「………おまえは黙ってさっさと………飯をつくればいいのだ」



 強がっているが、さすがの相模もそれが嘘だとわかる。

 彼に近づいてわかったが、所々に擦り傷や痣が出来ており、袴も薄汚れており髪もいつもの艶はなく汚れていた。

 それを見れば、わかってしまう

 彼は、どこかで戦ってきたのだろう。いつも帯刀していた刀を自在に操り、まるで時代劇の役者のように華麗に舞っていたのだろう。金秋が戦っている所をみた場面は、相模は実はほとんどない。だが、金秋は強いのだと思い込んでいた。いや、実際実力があるからこそ、斎雲も信頼しているはずだし、彼自身も堂々としているのだろう。

 だが、目の前の彼は疲れ果てて倒れている。見た感じでは大きな傷はないようだが、もしかしたら見えない部分で傷を負っているのかもしれない。


 だが、実際のところ金秋の言う通り、自分は何も出来ない。

 医療の知識があるわけでも、斎雲のように人ならざる存在や術などに対処できる訳でもない。食事を準備するとしか出来ないのだ。だが、どうしても苦しんでいる彼を放っておくことは出来ず、相模は台所から水を運んだり、自分が持っていたタオルを濡らして、顔についた泥や汗を拭っていた。



「………何をしている。さっさと、飯を作れ……」

「汗をかいたままだと気持ち悪いですよ」

「かまわん。………そんな事など慣れておる」

「斎雲さんが来たら準備します。俺だって心配なんです」



 金秋の隣で寄り添うように座り、金秋の顔を心配そうに覗き込んでいる迅を見ながらそう言うと、金秋は「心配など不要だというのに」と小さく息を吐きながら言葉をもらした。が、その後は目を瞑ってしまった。

 勝手にリビングの棚を漁り、薄手のブランケットを見つけると金秋の体にかけてやった。

 だが、彼は眠ってしまったのか無反応のままであった。慌てて彼を見つめるが大きく胸が動くのを感じて安堵する。

 2本の刀を抱きかかえて眠る金秋。刀は武士の命と言われているが、正しくそうなのだろう。それでも、寝にくそうにしているなと思いつつも、それに手を伸ばす事は出来なかた。彼がそれほどまでに無防備に寝てしまっていたからだ。


 傷を負っているならば医師を呼んでくる必要があるはずだ。だが、彼が必要としたのは斎雲である。

となれば、何か斎雲でしか出来ない事があるのだろう。そう思うと、彼の到着が待ち遠しくなる。そして、自分の無力さに悲しくなるのだ。

 相模は迅の頭を撫で「大丈夫だ。おまえのご主人はこんな事で倒れるはずが」と、何度も何度も言い聞かせた。






「これはまた………。悪い術にかかりましたね」


 斎雲が到着したのは、相模が金秋の部屋に来てから約1時間後だった。

玄関のドアが開く音がした瞬間に駆けだし、半泣きの状態で「遅いですよ!」と出迎える。と、金秋はすでにいつもとは違う厳しい顔つきで「金秋さんはどこですか」と、急いで部屋の中へと入った。何かをすでに感じとているのだろう。焦りと固い表情を見て、相模も不安が一層強くなる。

 荒い呼吸を繰り返しながら眠る金秋を見て、眉間に皺を寄せた斎雲は、彼の胸へと手を載せる。

が、すぐに弾かれるように手を離した。


 そして、そんな言葉を漏らした


「悪い術って。どういうことですか?」

「術というか呪いですね。彼には呪いがかかっています。この部屋に入った瞬間から悪い空気を感じていましたが。タチの悪いものをやってきたものがいますね。面倒なことだ」

「斎雲さんにも難しいのですか」

「蛇の呪い。これ自体は別に簡単に出来る呪いなんだが使った蛇が高等なものを使ったのか。私だけでは対処出来ない。私が祓おうとしたら、逆に殺されるでしょう」

「………そんな」



 呪い。

 言葉は聞いた事があるが、実際に呪いにかかったという話は耳にした事がないし、小説やアニメだけの話かと思っていた。それにメジャーなのは、丑の刻参りやコックリさんなどだろう。蛇の呪いなど聞いたこともない。


「どんな呪いなんですか?」

「餌を与えず餓死寸前のところに呪いたい者の名を書いた札を置き、喰わせて殺す。すると、蛇の怨みや悲しみは呪いとなり、殺した者ではなく体の中にある札に書かれた名の元へ呪い行く」

「………そんな」

「普通の蛇であれば、大した力はないので私でも呪いを祓えるでしょう。失敗する心配もないはずです。ですが金秋さんにかかっている呪いはかなりの力だ。そして、白い姿が見える。神聖な白い蛇。そして、主とも呼ばれるほどに長い間この世に生きた蛇を使ったのでしょう。本来なら、死んだ後はその場所の守り神になるような存在を呪いのために使った。かなりの術者。それか、人間ではない存在か」



 そんな事を普通の人間が簡単に出来るものなのだろうか。

 まず、その主の蛇を見つける事だって難しいはずだ。となると、人間ではない存在か。

 人間以外でも呪いという何とも趣味の悪い事をする存在がいるのか。それとも、元は人間だったものなのか。


「斎雲さんでも治せないとなると、どうすればいいんですか?まさか、このまま見守るしか出来ないとかではないですよね?」

「このままでは、本当に金秋さんは呪いで殺されてしまいます。ですが、一つだけ方法があります」

「………え」

「目には目を。蛇には蛇を、作戦です」



 いい策が思いついたのか、斎雲は得意げにそういうと、口元だけいつもの笑みに戻った。

だが、瞳だけは鋭いまま。

まだまだ、油断は出来ないという事だろう。


 いかにも恐ろしい作戦名であったが、金秋が治るのならば何でも「さっさとやれ」と言いそうだ。

そんな風に思いながらも、相模と迅は不安のまま横たわる金秋を見つめた。









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