風の記憶 三、
風の記憶 三、
風の記憶 三、
「ああ、おかえり。もう少しゆっくりしていてもよかったのに」
「何を言っているんですか!倒れたと聞きました。大丈夫なんですか?怪我は?」
「みんな大袈裟なだけだよ。俺が誰かにやられると思っているのかい?」
「それは心配してませんよ。体が………」
「見ての通り元気だよ。残念だったねー。君は大手柄を残せなくて。褒美も沢山いただける事になったんだ。俺は全く興味ないけど。あ、君に半分ぐらいあげる?新しい刀、欲しいって言ってたでしょ」
「隊長の手柄を横取り出来ません。家族に送ったらいかがですか」
「なるほど、いい考えだ」
家族の事情で、故郷に戻っている間。
隊に大きな事件が起こった。それを知ったのは風が運んできた噂話。事が終わってから大分経った後だ。だが、その大手柄により家族は「早く帰ってお役に立ってこい」と、言って京に戻してくれた。
隊に戻ってくる間も、その事件はよく話題になっているようで、町で耳にする事が多かった。
そんな時に自分は役に立てなかった事が、何よりも悔しかったし焦りがあった。隊に戻ったら、自分も手柄を上げなければ。そんな決意を抱きながら早足に京都へと戻ってきた。
だが、隊員から話を聞くとそれどころではなかった。
あの無敵の隊長が倒れたというのだ。
その話を聞くや否や、すぐに隊長の部屋へと向かったのだ。
だが、本人はけろりとした表情で「戻ったのか」と笑いながら茶を出してくれたのだ。いつもの隊長で安心はしたが、すぐに異変に気づく。目の下に大きなくまが出来ていたのだ。眠れていないのだろう。体調が悪いのは一目瞭然である。だが、彼自身は、隠そうとしているのだろう。というか、隠せていると思っているようだ
「それより、聞いて。僕は人を斬ったよ」
「………え」
「沢山の試合をしたし、不意をつくように人を斬ったことならある。けど、敵地に乗り込んで、優位とは言えない戦況で戦ったんだ。やはり、普段の稽古とは違う。僕はまだまだだと感じたよ。剣の道は、本当に奥が深いね。もっともっと学びたいよ」
そうだ。
この男は、こういう人であった。
命令だから戦うわけでも、富や名声のために刀を握り人を殺めるわけではない。全ては剣術のため。
自分がいかに刀を使いこなせるか、技を繰り出せるか。それが全てあった。
そして、もう一つの理由。
「僕はみんなと一緒に居れればいいからね。だから、強くなきゃいけないんだ」
「俺からしてみれば十分強いと思いますけど」
「君がそんな事を言うなんて珍しいね。ついに、自分が弱いことを認めたんだ」
「今は隊長より弱いだけです。いつか絶対に勝ってみせますよ」
はっきりと弱いと言われて思わずかっとなってしまう。この人は素直というか思った事を相手の気持ちを考えもせずにはっきりと言ってしまう。人懐っこくて面倒見はいいのだが、毒舌になってしまう事があるのだ。それを昔から知っている面子ならば理解されているのでまだいいが、会ったばかりの人間にも遠慮なしに言ってしまうのだ。にこにこして雰囲気がいいだけに相手も、皮肉を言われるとは思いもしない。そして、怒られたり、反感を買うのだ。
だが、剣の腕が立つので相手も何もできない。憎しみだけが増していくという悪循環だ。
それ故に何度、不意を突かれて襲われた事だろうか。だが、それでもこの男は全部斬り捨ててしまうから怖いものだ。
そして、そのうちに襲われる事もなくなっていく。
「僕が生きているうちに勝てるかな。おじいさんになる頃には、僕はゆっくり過ごしたいからね」
「そこまで待たせないですから、楽しみにしててください
「それは楽しみで仕方がないね。とりあえず、そのなまった身体を鍛え直してからの話だけど」
「………今から稽古してきます」
実家に戻っている間、木刀は振っていたが稽古などは出来るはずもなく、忙しい日々を送っていたこともあり身体は動かせていなかった。それを、この男はこの短い時間で見抜いたのだ。
体つきやちょっとした仕草など、この男は人間の事をよく見ている。今さっき「勝つ」と言ったばかりなのに、なまけた身体を見せるのが恥ずかしくなり、すぐに立ち上がり部屋を出て行こうとする。
心配していたが、この男はいつも通りだ。やはり体調不良というのは周りが心配しすぎだったのだろう。ここで一番強い男が倒れたとあっては一大事だ。きっと、騒ぎすぎただけだろう。
「頑張ってねー」
にやにやとした表情で手を振って見送る男に、ため息をつきながら足早に道場まで向かう。
だからこそ、この時は気づかなかった。
足音が聞こえなくなった瞬間に、苦しそうに咳き込む、命を擦り減らす音を。
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