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「金秋さんが昨夜話していた、迅の伝説ってどんなものなのです?」







 ずっと心待ちにしていたお茶漬け。

 出てきたのは前回同様の鮭茶漬けであった。「米を炊きすぎた」と言い訳をしながら相模の前に置かれた茶漬け。涎が出るほど美味そうで、舌を火傷する覚悟でかっこみたかったが、それより先に突っ込みたい所があった。

 問題なのは茶漬けではなく、それが入れられている容器であった。



「ど、土鍋………」



 茶碗ではなく、家族で鍋パーティーにでも使うほどの大きさであった。それに入れられた茶漬けからは冷房の入った部屋に熱い湯気を出していた。



「いいから食え」

「いただきます!」



 ほぼ1日何も食べていない相模にとって、この量はかなりありがたいものだったし、喜んで食べたいものであった。

 何よりも、ずっと食べたかった鮭茶漬け。感動さえ感じながら相模は長い時間をかけることなく完食したのだった。


 そして、満腹になり心も腹も満足した頃には相模は金秋に気になっている事を質問したのだ。

 金秋は、窓の外をじっと見つめている。

 今日は雲ひとつない晴天である。きっと、真夏日になるだろう。けれど、彼は眩しそうに目を細める事なく青く澄んだ空を見つめている。何か考え事でもしていたのだろうか。相模が話しかけても、すぐには反応はせず、視線を察知して「何だ。食い終わったか」と、言って立ち上がろうとした。



「あ、あの。迅の伝説の話。教えてくれませんか?」

「ああ。………あの話しか」



 返事をすると軽く上げかけた腰を下ろし、話しの主人公である迅へと視線をうつした。当の本人は定位置の座布団の上に包まって気持ちよさそうに寝ていた。相模と同じように茶漬けを食べて満足したのだろう。



「光前寺という寺に伝わる霊犬、早太郎伝説を知っているか?」

「………霊犬、伝説?」

「お前が知るはずもなだろう。そう有名な話でもないからな」



 そういうと、金秋はその早太郎伝説について簡潔に話をしてくれた。面倒がられるかと思ったので、相模は少しは意外に思ったが、何も言わずにその話に耳を傾けた。


「今より700年も昔の話。光前寺に早太郎という強い山犬が飼われていた。その頃、別の場所では田畑が荒らされないようにと毎年祭りの日に白羽の矢を立てられた家の娘を生贄として神に捧げる人身御供という馬鹿げた習わしがあった。ある時に村を通りかかった旅の僧が神様はそんな悪いことをするはずがないと、その正体を見届ける事にしたのだ。祭りの夜に様子を伺っていた僧が見たものは大きな化け物であった」


 よく耳にする日本の昔話。

 今までは「所詮作りば話だ」と、馬鹿にしていたが、今となってはわかる。

 本当に化け物がいるのだと。そして、こういう伝説は作り話もあるだろうが、実際にあった場合も多いだろうと。

 人ならざるモノたちを見えるようになったのだ、信じるしかないのだ。



「その化け物が「今宵、この場所に居るまいな。早太郎は居るまいな。信州信濃の早太郎には知られるな」などと言いながら娘を攫った。その旅の僧はすぐに光前寺の早太郎を探し当てると早太郎をかり受けて急ぎ村へと帰った。まあ、あとは想像通り早太郎が化け物と戦い、村人を困らせ続けた化け物、老ヒヒを退治した。そんな話だ」

「じゃあ、その早太郎は英雄になって帰ってきたんですね」

「だが、早太郎は戦いで傷を負い、光前寺までなんとか帰ると和尚に化け物退治をしたことを伝えるように一声高く吠えるとそのまま息を引き取ったそうだ。その早太郎の墓が光前寺本堂の横にまつられているそうだ」

「それじゃあ、その早太郎というのが………迅?」

「いや、その子どもだ。迅も親のように強く走るのが早くてな。たまたま見つけたのだが、何故か俺から離れなくなって、そのまま一緒にいる」

「人懐っこいですもんね、迅」

「だから、こいつが早太郎の子どもだと言ったのは斎雲だ。あいつの言うことだから信じられない場合もあるが、嘘をついても仕方がないことだがら、たぶん本当であろう」



 700年も昔の早太郎伝説。それが本当であれば、その子どもという迅はとうの昔に死んでいるはずだ。そうなると、今の迅は生きておらず、霊なのだとわかる。

 

 ならば、彼も。



「これから正式に仕事をする、というのは本当だな」

「はい。もちろんです」

「寝坊や無視をしたら斬るからな」

「お、お手柔らかにお願いします」

「では、これを持っておけ……」


 そういうと、金秋は懐に手を入れ、あるものを取り出した。

 そして、すり足気味で相模に近づくと、持っていたものを手渡した。



「これって刀ですか?」



 金秋が腰にさげている2本の刀よりも大分短く懐に入れられるものだ。そして、木で包まれている。小さな木刀のようだ。

 刀を持つと、ずしりと重く冷たかった。



「脇差だ。無銘のものだが、まだ刀の扱いに慣れてのだ。これでいいだろう。正式に働けるようになったら他のをやろう」

「ま、待ってください!この刀で俺も戦うって事ですか!俺は剣道もしたこともない、素人ですよ」


 

 両手で受け取ってしまったが、どうしていいかわからずに、金秋に向けてそれを返そうと腕を伸ばす。が、彼は受け取ってくれるはずがなかった。



「おまえは戦わなくていい。期待していない」

「だったら………」

「だが、危なくなった時はこの脇差を抜け。斎雲の術がかかっている。人ならざる存在を斬ることができるであろう」

「………身を守ることため」



 自分で金秋と迅と共に仕事をすると決めたのだ。それは、幽霊や妖怪と対峙し戦闘になる場合があるという事。そうなれば、自分にも危害が及ぶ場合ももちろんあるだろう。1番はじめに河童の依頼を受けた際、武士に襲われたのを思い出しながら、相模は思った。あの時は途中で迅が助けてくれたが、1人で行動している時に襲われてしまえば1発でやられてしまうだろう。いくら幽霊や妖怪と戦うという現実味がない話で、ゲームのように思っててしまうが、やれられば本当に死んでしまう。やり直しなどきかない世界なのだ。

 自分が飛び込んでしまった世界が危険過ぎると、改めて感じてしまう。

 が、ここで引けるはずはないし、そんなつもりはない。


 ここで止めれば、また一人の生活になる。

 透明人間の体も治らないであろう。

 そして、金秋の事もわからないままだ。



「ありがとうございます。大切に使います」



 考える時間は一瞬だった。

 伸ばした腕を引き戻し、相模は小さく頭を下げた。そして、金秋を見ると、何故か彼は目を細めて微笑んでいた。


「おまえという男はよくわからんな。刀を持つのは怖くはないのか」

「怖いですけど。でもこれは俺を守ってくれるんですよね。だったら怖くないです」

「だが、相手を傷つけることにもなる」

「………」

「武器を持つというのはそういう事だ。覚悟して持て」

「……はい」



 対峙する相手がどんな相手かわからない。

 純粋に傷つけるために襲ってくる存在などほとんどいないはずだ。何かしらの理由があるはずだ。それを知らずに相手を傷つける事は相模はしたくはなかった。

 だが、守らなければ自分も死んでしまう。相手のために死ねるほど、自分は優しくはないはずだ。生きるために刀を抜くだろう。だけれども、相手を傷つけないように守る事だけを考えて慎重に使用しよう。相模はずっしりした刀を手に感じながら、そう決めた


「あ、そういうえば。これって銃刀法違法になるんじゃ」

「お前の事が見えるほどの霊感がある警察官がいれば、捕まるだろうな」

「隠しながら過ごします」

「そんなやつは滅多にいない。普通にしていろ」



 穏やかに微笑む金秋。

 今は機嫌がいいのだろうか。戦いの時とは比べ物にならないほどに、にこやかだ。


 彼と仕事をすれば、少しずつ金秋の事を知っていけるのだろうか。


 彼の悲しげな横顔の意味も、霊を斬ることへの執着の理由も。





 そして、彼が死人なのか、という事も


 死んだはずの犬を見せるために、金秋は「この世でまだ生きているものに触れればいい」と言って自分に触れさせる事で、相模に犬の本来の姿を見せた。



 それは、金秋自身が生きている。



 そういう事なのだ。


 武士の格好をし、刀をふるい幽霊を斬り続ける。

 金秋という男は、今を生きる人間。


 謎多き、武士を相模はもっと知りたい。知らないといけない、と思うのだった。



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