4、




   4、





 どうしてだろうか。

 ライトに当てられた金秋の顔は、瞳より整った顔立ちより、傷が目立っている。

 酷い傷跡だというのに、何故か彼にはその傷跡が似合っているな、っと思ってしまうから不思議だ。

 その顔に刀傷らしき痕が残る金秋が、信じられない事を発言したので、相模は慌ててその傷痕から瞳へと視線を移動させた。



「き、金秋さん。それってどういう事なんですか!?」

「言葉の通りだ。あの犬達は死んでいる」

「な、何言ってるんですか………?さっき、あんなに激しく吠えたり、ドックフードを食べたりしてたんですよ。死んでるなんて、そんなはずないです!?」

「おまえは本当にしっかりと見てきたのか?あの犬達の事を」

「檻の中にしっかりと犬達が……」

「本当に檻の中には動く犬しかいなかったのか?」

「………ぇ」



 何度も続く金秋の質問に、相模はハッとして、すぐに先程の廃墟に駆け戻った。

 確かに檻の中にいる犬しか、相模は見ていなかった。それだけで充分だと思っていたのだ。

けれど、今の自分は昔とは違うものが見えるようになっていたのを忘れ、気づかずにいた。

 もうすでに、それが当たり前になっているのに相模はその時に初めて気づかされた。


 自分が幽霊を、死んだ存在を見えるようになった事を。


 どうしてそんな特別な事を忘れてしまったのだろうか。

 それが自分にとってもう普通になってしまっている事に、相模は焦りを感じてしまった。


 けれど、今は自分の事ではない。

 犬達の事は最優先である。相模は、軽く頭を振って今の考えを1度頭の隅に寄せた。


 勢いよくドアを開けると、また先程の大音量の犬の鳴き声が出迎える。だが、相模はそれを気にせずに手前の檻に近づき中を覗く。

 その中に居たのは、まだ小さいコーギーであった。急に人間が近づいてきたのが怖かったのか、そのコーギーは檻の端に座り込み、ウーッと威嚇している。相模は「怖くないから。大丈夫、だいじょうぶ」と、優しく言葉を掛けてながら、檻の中を凝視する。

 だが、先程金秋が話してい檻の中はどんなによく見ても何もなかった。



「どういう事だ?金秋さんが言っていたのは、何を意味していた?」



 考え込みながら相模は、次々に柵の中を見ていくが、先程と同じく飢えて痩せこけた犬達がいるだけである。相模はさっぱりわからなかった。



「どうやら、おまえの術は相当に強いものらしいな」

「………金秋さん」

「まだわからないのか。そういう時は、この世にまだ生きているもに触れればいい」



 いつの間にか廃墟に入ってきた金秋は、そうアドバイスをすると相模に向かって手を伸ばした。

 生きたものに触れる。それの意味がわからなかったが、相模は金秋につられて同じように右手を伸ばした。すると、彼が相模の手を掴んだ。暖かいぬくもり。人間の体温を感じる。それに驚き、相模はハッとして彼の顔を見た。だが、金秋はいつもと変わらない表情のまま「もう1度檻の中を見てみろ」と言う。

 ゴツゴツとした武骨な手の感触を感じたまま、相模は言われた通りにもう1度犬がいる柵の中に目を運ぶ。

 けれど、先程と同じく犬達がいるだけである。



「さっきと同じなんですけど」

「もう1度見ろ」

「だがら、同じ、………えっ!?」



 突然、相模の視界が先程と変わったのだ。

 コーギーが居たの檻の床に何かが浮かび上がってきたのだ。初めは何かが湧き上がってきたのかと思ったが、そうではなかった。見えるように意識が変わったのだ。

 そこにあったのは、廃墟では妙に目立つ白色のゴツゴツとしたもの。

 白骨だった。


「ほ、骨!?」

「だから、死んでいると言っただろう」

「犬達の骨。じゃ、じゃあさっき俺が見たのは………幽霊」

「そうだ。ここに閉じ込められて死んだのだろう。供養もされてなのだから、幽霊になってもここに囚われているんだろうな」



 先程まで苦しそうにしながらも、餌を食べたり相模を威嚇しながらも必死に生きていると思っていた。これから、助けてあげたいと思っていたし、少しの間でも自然の中を伸び伸びと生きて欲しいと思っていた。

 それに、すでに死んでしまっていた。


 きっと、ここに犬達を閉じ込めていたのは、間違えなく人間だ。

ブリーダーやペットショップを運営している者だろう。それか、野良犬を保護するだけ保護して面倒を見れなくなった者か。どちらにしても無責任な考えをしているものだろう。



「じゃあ、さっき俺が見たのは………」

「死んだものたちだ。おまえ達がいう幽霊っていうやつだな」

「そんな……」



 この犬達に何かをしてやりたい。最後ぐらい、森の中でゆったりと過ごさせてやりたい。

 そんな願いは果たす事が出来ないのだ。死んでしまった彼らには、永遠に無理な事だった。

 全てが手遅れだった。


 相模は足元がぐらりの揺れた気がした。足先に力を入れなければ今すぐにでも倒れてしまいそうなほどであった。それほどまでにショックが大きかったのだ。

 自分は無力である。透明人間にもなって普通の人間としてもまともに生きれていない。

 斎雲のようにどんなに金に貪欲であっても死んんだ人間やその人たちの周りにいる人たちを助けられる。そして、金秋は沢山の依頼を受けて死んだ人を斬る事ができる。

 自分だけが何も役に立たない。力ない透明な人間だ。


 その事実を突きつけられているが、そこで気づいたのだ。



「………犬達が死んでいるならば、どうして俺が呼ばれたのですか?」



 そうなのだ。

 死んだ人間を助ける事が出来ないのだ自分を何故金秋が呼んだのか。それが謎であった。

 この犬達を成仏させるのならば、金秋が刀で斬ればいいである。それか、斎雲を呼べばいいだけであろう。それなのにどうして無力な自分がここに連れてこられたのか。不思議で仕方がなかった。



「犬達を成仏させるのであれば、斎雲さんにお願いするのが1番じゃないですか?」

「こんな数の犬を成仏させえば、いくらの金がとられると思っている。この前、おまえが貰った報酬の10倍以上だろうな。今回の依頼は迅なのだ、誰が金を払う」

「……金秋さん?」

「あいつに金を払うぐらいなら自分で斬った方が早いわ」



 斎雲さんならば、犬1匹成仏させるのに5万ぐらいは取りそうだな、と思うと相模では到底支払えるものではなかった。

 となれば、先程金秋自身が話したように斬るしか方法がない。

 刀で斬られるのはきっと犬達にとっても恐怖を感じるはずだ。だが、死んでもなおこんな狭く汚い場所にいるよりはいいはずだ。それだけは相模だってわかる。



「じゃあ、何故斬って助けてあげないんですか?」

「見ればわかる」



 そう言うと同時に金秋は鯉口を切って抜刀する。

 そして、突如近くの檻に向かい足を早める。相模には彼が犬に向かって刀を振り下ろすまで彼の動きを目で追えなかった。が、金秋の動きが時間が止まったかのように止まってしまうのだ。誰かに襲われたわけでも、本当に時が止まったわけでもなかった。

 金秋と犬との間にいつの間にかあるものが立っていたのだ。



「迅………」



 そう。

 金秋の前に立ちはだかって止めていたのは、ここに金秋や相模を導いた迅であったのだ。

 檻の中の犬を守ろうとしているのだろう、まっすぐな瞳で金秋を見つめており、そしてその視線は力強いものであった。何かを訴えけているのは相模であってもすぐにわかった。



「どうして、迅が……」



 相模のイメージでは迅は金秋に強い忠誠心を持っていると思っていた。金秋の命令や行動には従うはずだと勝手に思っていたが、どうやら違うらしい。


「こやつは普段はいいのだが、自分が嫌だと思った時は頑固でな。今回は何故か犬達を庇うんだ。それで苦労していた。だから、おまえを呼んだ」

「え。今回の役目は迅の説得役って事だったんですか!?」

「斥候役でもだがな。迅がどういう行動をとるのかもう1度確かめたかったが、おまえが小屋に入っても何も出来ないとわかったから行動しなかったんだろうな」

「………」



 説得だけであったら、一人で怖い思いをして小屋に入る必要はなかったのかわかると、相模は大きな溜息を吐いた。やはり、この男は悪人じゃないか。そんなふうに思ってしまう。



「俺にどうしろっていうんですか」

「迅を説得しろ」

「俺がですか?金秋さんがしたほうが納得しますよね。俺とは最近会ったばかりなんですから……」

「こいつが初対面の人間に懐くのは稀なんだ。まあ、おまえのことを妖怪か幽霊だと思っているかもしれないが」

「……そんな」

「こいつは、こう見えても高貴な存在なのだ。伝説に出てくるぐらいに有名なものの血筋をひいている」

「え!?ち、ちなみに、どんな伝説なんですか?」

「…………」



 この状態で説明するか、と言わんばかりに金秋から無言の圧力を感じ、相模は「あとで聞きます」と返事をして迅の方へと視線を向けた。

 ゆっくりと近づくと、迅は何故か尻尾を揺らしてこちらを見返している。相模に対して警戒していないという証拠だろう。だが、今から彼を説得する事に申し訳わけなさを感じる。

 相模は膝をついて迅の目の前に体を低くした。



「迅。おまえはこの子たちを助けたいだよな。仲間が酷い状態にいるのを見てどうにかしてやりたかったんだよな」

「ワン!」

「でも、この子達は死んでいて、今もここに閉じ込められて、迅みたいに走ったりご飯を食べられないんだ。それは可哀想だろう?」

「クーン」

「だから、金秋さんに斬ってもらえばこの子達は成仏出来て幸せになれる」

「ウウウウー」

「ッ!!」



 迅が唸るのと同時に彼は相模に向かって鋭い爪を向けた。迅に襲われると直前に察知はしたものの、迅のスピードに勝るわけもなく、腕に3本爪痕がつき、そして血が流れ始めた。腕を伝いズボンにポトポトと落ちる。

 真っ赤な血を見た一時、迅の表情が強張ったがすぐに相模を睨みつけている。

 痛くないと言えば嘘になる。早く止血をしたかった。


「こうやって斬られたら痛いだろ、って事だよな」

「ウウウウゥゥゥ………」

「じゃあ、俺も一緒に斬られるよ。それでいいだろ?誰かと一緒だったら怖くないはずだ」



 そう言うと、相模は迅の後ろにいる子犬を抱き上げる。

 恐怖で体が小刻みに震えているのが腕に伝わってくる。少しでも安心出来るよに胸に抱きしめながら相模は子犬の頭を撫でた。死んでいるはずなのに、何故か温かみを感じられる。



「おまえ、何を考えているんだ……」

「俺が犬達を抱きかかえているので、金秋さんは俺と一緒に犬達を斬って成仏させてあげて欲しいんです。迅はその剣で斬られたら、駄目ですよね、きっと。そうなると、少しでもこの子達が怖い思いをしないためには、この方法しかないと思うんです」




 人間に酷い事をさえれて過ごしてきたのだろう。

 もしかしたら、抱かれるだけでも怖いかもしれない。だけど、きっと気持ちは伝わるはずだ。

 そして、こことは違う世界に行った時に、金秋に斬られて良かったと思って欲しかった。


 人間も悪い奴だけじゃない。そう、わかって欲しかった。



「おまえは、透明人間という術がかかっているんだ。死なないにしても、多少の負担はかかるのだぞ」

「大丈夫です。それに、何回も金秋さんに斬って貰えれたら、透明人間の術も消えるかもしれませんよね」

「……そんなはずなかろう」


 刀身が剥き出しのまま持っていた金秋は、もう1度刀を構えた。

 呆れ顔のまま相模を見ていたが、刀を握り直せばもういつもの鋭い眼光の侍に戻っていた。



「おまえは本当に馬鹿者だな」



 そう言って金秋は刀を振り上げた。



 その後、相模は70回以上金秋に斬られ続け、犬達を全員成仏させることに成功した。






 が、終わると同時に相模は倒れてしまったのだった。





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