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金秋と共に部屋の外に出ると、そこには迅がいた。
だが、いつもとは違い、廊下をウロウロとしている。落ち着きがなく、今にもその場から駆けだそうとしているのが見て取れてた。今まで見てきた迅は、普段はとても落ち着いており、静かに金秋の側に佇んでいることがほとんどであった。例外でいえば、金秋と敵対するものや、霊や妖怪と会った時だろう。そんな時は牙を剥き出しにして戦意を露わにしている。だが、今はそれとも違う。
部屋から出てきた金秋と相模にやっと気づいた迅は、寂しげなクーンという鳴き声を出して、2人に近づいてきた。さっさと行こうと言わんばかりに、金秋の袖をクイクイと引っ張っている。
いつもの凛々しいオオカミの威厳はなく、迅は目尻が下がり、寂しげな表情をしていた。やはり、彼は何か事情があるらしい。迅に直接話が出来ないので、理由を知っている金秋に依頼内容を聞かなければいけない。前回大声で怒鳴ってしまった事に加え、依頼を断ったばかりなので、相模は妙に話しかけずらかった。
それでも迅のためならば、事情を喜かなけらばいけない。少し戸惑い、金秋の様子を伺いながら相模は意を決して金秋に話をかけた。
「あの、金秋さん。迅から依頼というのは何でしょうか?」
「………」
「えっと、金秋さん聞こえていますか?」
「………」
「おおーーーい!金秋さん!?」
「聞こえているわ!うるさい奴だな!」
「「ッ!?」」
「おまえと話すと運転手が怖がるから嫌なんだ。少し黙っておれ!」
金秋の突然の怒鳴り声に、2人は同時に体を大きくビクつかさた。一人で静かに乗っていた金秋が大声をあげたので驚いたタクシー運転手と、こっそり乗っていた透明人間の相模である。
そうだった。自分は今、透明人間であったのだった。あまりに迅が心配になりすぎて、忘れてしまっていた。それに、最近は自分の事を見えて普通に会話出来る人たちに囲まれていたから忘れてしまっていた。
そう、普通の人間には自分は見えていないのだった。
黙って運転していたはずだったのに、突然五月蝿いと怒鳴られてしまったのだ。気の毒でしかない。ただでさえ武士の格好をして帯刀している男を乗せてしまった事を後悔していたはずだろう。金秋は前回と同じように、心の中で運転手に何度も謝罪の言葉を繰り返した。
「そして、何回も呼んだという事はそれ相当の話なんだろうな。くだらんことだったら斬るぞ」
「ひぃ!?」
「金秋さん、運転手さんが怖がってます」
「おまえは黙って運転していろ!今から話す内容は聞くな」
「は、はい!承知しましたぁ!」
運転手は大きく返事をした後、まっすぐ前を向き緊張で肩を上げながら運転に集中し始めた。
恐怖からハンドルを握る手はカタカタと震えている。きっと、運転手は車内で何が起こっているのか全くわかっていないだろう。だが、知らない方が身のためだと相模はしみじみと思ってしまう。
「………くだらない事ではありません。今回の依頼内容について教えてくれないんですか?」
「先程話をしただろう。迅からの依頼だと」
「それは聞きました。ですけど、迅が依頼したというのは一体どういう事ですか?金秋さんは迅の言葉が理解出来るのですか?」
「オオカミの言葉などわからん。あいつが、俺を引っ張ってある場所まで連れていったんだ。助けを求めていた」
いくら幽霊であっても、動物の言葉はわからないらしい。死んだからといって、そんなに都合よくはいかないのだろう。
「じゃあ、金秋さんは1回行っているんですか?それなら一人で解決できるんじゃ……」
「それが出来なかったから言っている。一人で解決出来ているなら、おまえになんて頼むわけがないだろう。貧弱な男に本来なら頼みたくもないわ」
「………俺だって帰りたいですよ」
ここまで馬鹿にされるのはわかっていた。わざわざこの武士に命令されて仕事などしたいわけがなかった。引き受けた理由はただ一つ。迅を助けたかったのだ。
透明人間になって、誰からも相手にされなくかまっても貰えなかった。見えたとしても、怖がられたり逃げられたりして、自分は他人から恐れられる存在になってしまったのだと、相模自身の方が自分が怖くなった。
そんな相模に飛びついて、懐いてくれたのは、尻尾を振って甘えてくれたのは迅だけであった。
迅は日本オオカミで人間ではない。それに、多分人外と呼ばれる存在だ。けれど、種族や生きているか死んでいるかなどは関係ない。
久しぶりに自分以外の体温を感じ、そして関わりを持てたことが何より嬉しかったのだ。そして、純粋な気持ちで生きていると実感し、そして笑顔になれた。
それは、全て迅のおなのだ。そして、そんな迅が今、困っているならば助けたい。
金秋からの依頼は全て断るつもりだった。けれど、その気持ちを変えたのは、迅から貰ったぬくもりのせいであった。
「帰りたいですけど、帰りません。迅が元気になるまでは」
「なら黙って働いてもらう。おまえの仕事は、斥候だ」
その言葉を聞いた瞬間、相模は大きなため息と共に「またですかー」と、夏の終わりの蝉のような弱々しい声を上げたのだった。
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