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「この人たちが河童?……え、でも河童って蛙みたいな顔と肌に亀の甲羅で、頭に皿みたいなのが乗ってて……」
「それは、妖怪の河童ですね。私は会ったことがないのですが」
「じゃ、じゃあ、この人たちが河童というのは……」
斎雲は混乱している相模の様子を見ながら、高山の手を引きゆっくりと家の中に入っていく。いや、混乱しているのは高山だけではない。相模も河童たちもこの状況で悠然と歩いている斎雲を呆然と見ている。そん中、金秋は憮然とした様子で渋々刀を収めていた。まだ、相模の言葉に納得いってはおらず、河童を斬るつもりなのだろう。先ほど、鞘に閉まった方の刀に手を置いている。
「先程、相模さんがおっしゃった事は半分正解です」
「それは、この人達がしゃべらないという事ですか?」
「そうです。やはり、あなたは優しいですね。目の前の存在を人呼ぶんですから」
「それは………死んでいるとは言えども姿形は人間じゃないですか..」
それに、幽霊だって元は人間である。自分だって死んだら幽霊となるかもしれないのだ。
「死んだ人を先人と呼んで慕う方もいれば、嫌悪する人もいますから」
「そういう話はいい。さっさとこの河童だという奴らの説明をしろ」
先程から黙って話しを聞いていた金秋だったが、我慢の糸が切れてしまったようだ。元からイライラしていたのだ。話が脱線してしまい、余計に機嫌が悪くなってしまったのだろう。
「すみません。話がずれてしまいましたね。この河童については大体は検討がついていましたが、先程高山さんにお話を伺って確信が持てました」
「高山さんに話しを聞いてって………。どう言う事なんですか?」
依頼をしてきたのは高山の方だ。どうして高山が知っているのだろうか。ますます疑問は増すばかりであった。
「高山さんのお家は大昔から大工の仕事をしていたそうですね」
「そうですね。記録が残っているのは幕末頃なんですが、それより前から大工の仕事を生業にしていたようです」
「大昔、高名な大工は術を使って人材確保をしていたんです」
「術?」
名探偵が事件を解決する時のように、斎雲はゆったりとした口調で自分の知識を周りに伝えていく。その話に、人間も幽霊もオオカミも関係なく聞き入っている。
「土偶人形やわら人形に命を吹き込み、それを使役して城や社寺を作っていたんです。高山さんの先祖もそうであったと考えられます。人を雇う必要もないのです。かなりの財を築いたのではないかと思います」
「……おっしゃる通り、そういう術を使っていたと曽祖父に聞いた覚えがあります。私も子どもでしたから魔法のような力が使えるなんて夢のようだと思いました。ですが、曽祖父はもうその力がある者はもう高山家には生まれてこないと言っていました。バチが当たったのだ、と………」
幽霊だけでも信じられない話だが、ここまで現実離れしている話が続いていると術も本当にあるのではないかと思ってしまう。高山の曽祖父が話しをしていたのだから、きっと本当の事なのだろう。
もう、相模の頭の中は混乱しパンク寸前だった。
「使役していた者たちを使って建設を行なっていたのですが、曽祖父の祖父が当主だった際に愚かな行いをしてしまったらしいのです」
大きなため息を吐いた後に、高山はまるで自分の事を恥じるように視線を下に向けた後、ゆっくりと話しを続けた。
「……力が弱くなり必要なくなった式神を、……川に捨てていたのです。本来ならば、住職さんなどにお願いをしてご供養してもらわなければいけない所を、その金さえも惜しんで捨ててしまったのでしょう。そのためなのか、その当主はしばらくすると何故か使役する力を失い、そして大病を患ってしまい早くに亡くなってしまったそうです」
「……じゃ、じゃあ、もしかして河童というのは、まさか……」
「川に捨てられた人形達は住む場所と生きがいを失い、川に住むようになった。それが河童という妖怪だと言われている事があるのです。この地域の近くでは河童伝説もあるので、きっと間違いないでしょう」
「………そうでしたか。申し訳ないことをしてしまったと思ってはいましたが、まさか河童の正体が先祖が捨ててしまった式神だったとは。もしかして、とは思っていましたが………」
高山は周りをキョロキョロと見渡した。
きっと式神を見ようとしているのだろう。だが、幽霊を見る事が出来ない高山は見当違いな場所を見ている。
そんな高山を相模は、全部わかっていたのではないかなっと思いながら見つめていた。曾祖父から話しを聞いたことを今でも覚えていて、知らないうちに作業を進めてしまう幽霊。そして、捨てられてしまった式神がいる川の近くに、河童伝説がある事も到底偶然とは思えないはずだ。
だが、自分では解決出来ない。だから、斎雲に頼んだのだろう。そして、その話しが出来なかったのは先祖の行いを恥じての事なのだろうか。自分の考えだが、きっとそうなのだろうな、と高山の表情を見て相模は確信していた。
「斎雲さん。お願いがあるのですが………。私にも式神たちが見えるようには出来ませんか?」
「見えるようになりたいのですか?」
「しっかり顔を見て謝罪したいのです。可能でしょうか?どうか、お願い致します、斎雲さん」
深く頭を下げて頼み込む高山に斎雲は「今回は特別ですよ」と肩に優しく触れて微笑んだ。腹黒い部分があると思っていたが、やはり困っている人を助けるのが住職さんであり、阿闍梨という職種なのだろうと、相模は内心感心していた。
「では、この札を額に貼り付けてください」
そういう、斎雲は袖から1枚の和紙を取り出した。縦長の一般的に「お札」といわれるものだ。だが、そこに書かれているのは文字ではなかった。墨と筆で描かれた、目だった。その目が縦に3つ描かれている。
「これは……」
「幽霊を見れるようになる札ですよ」
高山は額にそれを貼り付けようとするが、こんなもので見えるようになるのだろうか、と疑心に満ちた表情で問いかける。それに対して、斎雲は至って普段通りに笑顔で返事をする。相当な自信があるようだ。阿闍梨の自信だろうか。
「はぁ……」
高山は不安そうなにしながらも額にその札を貼り付ける。相模は昔流行った「キョンシー」という妖怪を思い出して少し不安になる。
が、その心配は杞憂になる。
「…………お、おおお!見えます。ああ、君たちが私たちを助けてくれた式神様か!やっとお会いできた……」
「見えましたか。この札は第三の目をより鮮明にさせる札になります。少しも霊を感じられない人には使用しても無意味なんですが。式神をつくりだせる方が先祖にいらっしゃる高山さんならば見えるようになると思ったのです」
「式神を作り出して使役して使い捨てにするぐらいならば、そんな力など必要ないと思っていましたが、今は少しだけ感謝してます。やっと彼らに会えたのですから」
そういうと、よろよりとした足取り大工姿の式神に近づく。
そして、斬られそうになった式神に元に辿り着くと「ありがとう、家を作ってくれて」と微笑んでその言葉を口にした後、高山はその場に膝をつき、そして正座をした。
感動している高山とは裏腹に、式神たちはどうしていいのかわからずに、呆然と高山を見ていた。怒るものは一人もおらず、ただただ今の当主である高山の言葉を待っているようだった。
「君たちを川に置き去りにしたのは私の先祖だ。だが、私もそれを知っていて何もしてこなかった。私の責任でもある」
高山は彼らの羽織っている半被に手を伸ばした。そこには「く」の字を反転させて屋根のようにしたものの下に「高」の字が書かれた屋号が描かれていた。それは高山家の大工である証でもある記号。それを着ているということはやはり高山の祖先が式神を作り出していたという証拠になるだろう。
その手を下ろすと、高山は両手を床につき、額が床につくほどに深く土下座をした。
「誠に申し訳ないことをした。詫びはこの私が何でもする。老いぼれの命でもよいのなら、差し出そう」
「た、高山さん!?」
まさか、自分の命と引き換えに許しを得ようとするとは思うわずに、相模は思わず声を上げてしまった。だが、それを制するように斎雲が言葉を被せた。
「この者たちはそんな事は望んでいませんよ。もう長くこの世に生きすぎたのです。休ませてあげてよろしいですか?」
「それは、斎雲がご供養してくださるんですか?」
「高山さんに頼まれましたら、喜んで。きっとこの者たちも喜ぶでしょう」
「それならば、ぜひ…………。よろしくお願いいたします」
2人でそう決定する様子を見て、相模は何故か煮え切らない思いが胸の奥に広がっていた。
どうして、そう決めつけてしまう?
本当に長く生きたら疲れてしまうのか?それは、生きた人間の考えなんではないか。長く生きたい人もいるんじゃないか。
あいつのように、苦しみながらも「生きたい」と泣き続けたように。
相模が考えを巡らせているうちに、斎雲は数珠を掴み、両手を合わせて歩き出していた。もちろん、向かう先は式神たちの元だ。彼らは戸惑い、オロオロとするばかりだ。「怖がらなくて大丈夫です。次はこの世でまた生きてください」と斎雲は伝えている。
が、彼らが怖がっているだけだとは、相模はどうしても思えなかった。
この人達の本当の言葉は何なんだ。
「ちょっと待ってください!」
その思いが強くなった相模は自分の意思のまま、斎雲の腕を掴み、彼らが成仏するための言葉を止めた。
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