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 仙台に到着したのは日付が変わる約1時間前だった。そこからタクシーでまた1時間以上乗り継いだ。刀を持った武士とお坊さんが乗り込んできたのだ。片方は機嫌が悪く殺気立っているし、もう片方は周りに誰もいない場所を向いて会話をしているのだ。運転手は気味悪がって、顔が青白くなっていた。気の毒で仕方がなかったが、透明人間である相模にはどうしようもなく、ただただ心の中で「ごめんなさい」と謝罪するしかなかった。

 目的地に到着すると、タクシーは逃げるように急発進して帰っていき、その後には夜の静けさだけが残っていた。


 新幹線を降りた時は、東北最大の街である仙台だけあってとても人が多く、ネオンも華やかでとても賑やかだった。だが、今は別の意味で賑やかな場所であった。



 「そのー、すっごい自然豊かですね」

 「正直に田舎だとおっしゃって大丈夫ですよ」



 せっかくオブラート包んでやんわりと言ったが斎雲が相模の本音を見抜いていた。

 そう。目の前に広がっているのは、真黒な大きな山と田園風景だった。今はもう真夜中なので、月明かりが田んぼを照らしている。そして、何の虫なのかさっぱりわからないが、高い音やら低い鳴き声やらが混じり合い大合唱を行っている。都会でしか暮らしたことがない相模にとっては、こちらの方が騒がしいっと思ってしまう。



 「夜遅いので依頼した方にお会いするのは明日にするとして、一度現場を見ようと思います」

 「あぁ」



 2人の会話を聞きながら、相模はその背中を追ってゆっくりと歩いた。



 「そういえば、迅はどうしたのですか?新幹線には乗れないので留守番ですか?」



 新幹線乗った駅まで、迅は3人に着いてきていた。けれど、もちろん駅内には入ってこれないので、気づくといなくなっていた。相模は自分で家まで帰ったにろうと思っていた。

が、どうやら違うらしい。



 「迅か。彼奴は乗り物があまり好きじゃないので、走ってくる」

 「……え?」

 「安心しろ。もう少しで着く頃だろう。迅は走るのが早いからな」

 「は、はあ……」



 気にしているところが違うんですよ、と突っ込んでやりたくなったが、相模は大人しく黙り込むことにした。隣では、その会話を斎雲が面白そうにして聞いている。

 あの街から仙台までは新幹線でも2時間かかった。そして、そこから車で1時間も移動している。狼と言うのは、その距離を普通に走れるものなのだろうか。いや、走れるはずがない。車でも6時間はかかる距離である。それを、もう少しで到着するというのだ。

 そして、前に金秋言っていた、迅はニホンオオカミであると。その後、相模はニホンオオカミについて調べて見たが、やはりすでに絶滅しており、日本では最後に確認できてから、大分時が経っているようだった。となると、迅は誰にも見つかっていない貴重な生き残りなのか。いや、その可能性か低いだろう。

 絶滅したはずのオオカミであり、この世のものとは思えない身体能力と人との関わりが可能な事などから、自然界で生きる動物ではないと考えられるのだ。 

 そして、死人を斬る事が仕事だという金秋。そんな彼と行動を共にしている。



 迅、そして金秋も既に死んでいる。



 それが、相模の出した答えであり、それは、きっと当たっているのだろう。




 「どうかしましたか?」

 「さっさとしないと置いていくぞ」



 考え事をしており、つい歩くスピードが遅くなってしまったようだ。気がつくと、金秋と斎雲の2人と、相模との距離がひらいてしまっていた。すみません、と声を上げて、月明かり照らされる2人の元へと駆けていく。



 彼らは今まで相模が生きてきた場所とは違う、普通だったらありえない世界に生きてきたのだろう。

 その場所に、自分も近づいているのだと、相模は改めて感じ、闇夜に紛れながらおどおどと歩き始めた。








 田んぼに近づくと、虫の鳴き声より蛙の鳴き声が大きくなる。何匹いるのだろうか、と想像すると恐ろしくなるほどの数の鳴き声が聞こえてくる。何処かから突然蛙が眼前に飛び出してくるのではないかとビクビクしながら歩いていた。蛙など触ったことがないが、たぶんぬるぬるしていて青臭いのだろう。想像するだけで、体がブルリと震えた。



 「到着しました。この家です」



 田んぼの中にポツポツと集落がある田舎の風景。だが、斎雲が示した場所は、その集落からも離れており、周りは山と田んぼ、そして微かに聞こえる水の音から近くに川もあるらしい、そんな自然に囲まれた場所だった。そんな田舎の中でも辺鄙な場所にある家だから、相当古い家なのだろうと顔を上げると、相模は「え?」と声を上げてしまった。

 その家はシートで覆われており、まだ家の壁もほとんど出来ていない枠組みだけの家だったのだ。



 「建設中なんですか?」

 「そうなんです。実はこのまだ未完成の家に幽霊が出るというのです」



 斎雲の言葉を聞いて、相模はついに始まった、と唾をごくんと飲み込んだ。



 「それは武士の霊ではないのだろ?」

 「えぇ、それは違うようです。武士の霊は、ここから少し離れた山の入口にある祠の近くらしいです」

 「そうか。それならば、俺はそちらに向かう」



 そういうと、金秋は幽霊が出ると言う空き家からさっさと去っていこうとした。

 だが、依頼をしてきたのはこの家の主人だという。それならば、ここを残り確かめなければいけないのではないか。そう思い、金秋を引き留めた。



 「金秋さん!あ、あの、この家の幽霊はどうするんですか?」

 「おまえが残れ」

 「………え?」

 「どんな霊が出たか報告しろ」

 「ま、待ってください!僕、一人で残るんですか?!」

 「斎雲は俺の案内をしてもらうから無理だろう」

 「えぇぇ……」

 「透明人間を治したいんだろ?」



 これは絶対にめんどくさい仕事を押し付けられている。

 そう確信して、どうにかして回避しようと言葉を続けようとしたが、いつもの悪巧みを楽しむニヒルな笑みを浮かべた金秋の言葉を聞いた瞬間に相模の体は固まってしまった。



 「河童が出るらしいぞ。楽しんでこい」



 楽しめるわけがない。絶対に。






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