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 悪い事を考えるほど、それが現実になるような気がしてしまうのは自分だけなのだろうか、と相模は思う。

 目の前の金秋という男ははっきりと「人斬り」と言った。そして、人ではないモノを斬るとも。

 それはどういう意味なのか。自分のなかで「もしかして」という考えはあるものの、その考えを「まさか、そんなはずはない」と自分自身で否定してしまう。それはありえない事なのだから。

 けれど、現に自分自身にありえない現象が起こり続けるのだ。

 「ありえない」という自分の考えは通用しないと理解しつつあるが、どうしても納得は出来ないのだ。凝り固まった当たり前という考えが邪魔をして、現実を受け入れられない。



 「どうした。人斬りと聞いて怖気づいたか?」

 「そりゃ人斬りなんて犯罪、怖いに決まってますよ………」

 「だから、人斬りと言っても、生きている者は斬らない。元人間だ」

 「元人間って。もしかして、幽霊って事ですか?」

 「それを現す言葉は様々あるが、幽霊というモノであっている。人外の存在であるものも相手にするが。死んだ人間、妖怪、怪異、化け物、など言われ方はそれぞれだ」

 「それを斬るのが陰妖士……」



 陰妖士。


 初めて聞く言葉だった。その言葉を聞いても、目の前の男が担っている仕事について想像出来なかった。それに、人以外の者たちと関わってしまうと、自分もそのまま人外の仲間入りになってしまいそうだと思った。自分は透明人間という意味の分からない現象から脱したいのに、これでは逆に取り込まれてしまう。そう考えた相模は咄嗟に口を開いた。



 「陰妖士というのは初めて聞きましたが……。そんな難しい仕事には役に立てると思えないんです。お、俺は運動神経も悪いし、刀とか持ったことない武道未経験者なんで。足手まといにいなるだけですので。な、なので透明人間は自分で何とかします。いろいろと教えていただき、ありがとうございます」



 自分でもこんなに早口で話せるかと思えるほど口を滑らせ、言い終わる前に立ち上がり、その場から立ち去ろうと小さく頭を下げ男に背を向けた。



 「……ほう。ここまで聞いて逃げると言うのか」

 


 金秋の冷たく澄んだ氷のような声が、相模に突き付けられ思わず立ち止まってしまう。そのままこの部屋から出て行けば、出会ったばかりの細い出会いの糸はすぐに切れるはずだった。だが、一度突きつけらた刀先の恐怖はすぐに忘れる事など出来るはずもなく、足が凍ったように恐れから動かなくなった。上半身だけを捻り、恐る恐る後ろを振り返るが、金秋は刀を抜いてはいなかった。が、重たい瞳で睨んでいた。殺気を当てられるのは2回目だが、震えることも出来ないぐらいに体が硬直してしまう。



 「先程、茶漬けを食ったな。それぐらいは働いて貰うぞ」

 「……は、はい」


 どうやら目の前の男から逃げる事は出来ないらしい。一度絡まった糸はなかなか解れないのだろう。


 相模は涙声で返事をするしかなかった。








 


 「お前の名前を聞いていなかった。名は何という」

 「……相模です」

 「苗字だな。名は何だ」



 男だって「金秋」だけで、名前しか伝えていないのにどうして詳しく聞いてくるのだ、と愚痴を溢したかったがそんな事を言えるはずもなく、相模は嫌々名前を名乗った。



 「相模白峰です」



 そう名乗った瞬間、金秋は目を見開いた。そして、「やはりお前は妖怪なのか」と言った。やはり男も知っていたか、と相模は大きく息を吐いた。だから、名前を伝えたくなかったのだ。



 「おまえは透明人間の他に、天狗か」

 「違いますよ」

 「八天狗の一狗、白峯山の相模坊天狗。それを連想するのは当たり前だろう」

 「オカルト好きな両親が面白がって名前をつけただけですよ」

 


 金秋が話す通り、相模坊天狗という伝説が有名らしく心霊好きの知り合いには必ずつっこまれていた。それが嫌でいつも苗字か名前だけを伝えるようにしていたのだ。



 「きっと天狗に気に入られるかもしれんな」

 「え、それっていい事なんですか?」

 「神隠しは天狗の仕業だと聞いたことがあるな」

 「……絶対天狗の前では自己紹介しません」

 「相模、連絡先を教えてろ」

 「ス、スマホ持ってるんですね」



 胸元から取り出したのは、最新式の真っ黒のスマホだった。時代遅れの武士の恰好をしている金秋でも近代のスマホを持つのだなってまじまじと眺めていると「支給品だ」と、呟いた。

 それから2人は連絡先を交換して別れた。金秋から「仕事が決まったら連絡する」と言われただけだった。







 いつものようにスマホを改札口に当てて電車に乗る。周りの人達は誰もいない改札が機械音をあげて反応しているのに驚いた表情で見ているが、相模を見れるわけもなく無機質な機械を見つめているだけだった。

 普段通りの事だ。相模が乗り込んだのは最終列車の1つ前だった。随分夜も更けていたようだ。空いている電車内。それでもあまり人がいない車両を選び、呆然と車窓からの夜の景色を眺める。鏡のように普通なら姿を映す夜の窓。どうして自分だけこんな体になってしまったのか。何度も疑問に思った事か。



 けれど、今日は久しぶりに会話が出来た。

 あっという間の時間であったが、それが大きな収穫であった。幽霊を斬る仕事を手伝うというのは、まだ実感がわかない。不安もあるが、想像出来ずにいたため、会話が出来た事の満足感の方が大きかった。


 久しぶりすぎる事で、夢だったのではないだろうか。そう思ってしまい、咄嗟にポケットからスマホを取り出してアドレス帳を開く。すると、そこにはしっかりと『金秋』の名前が表示された。

 あの侍と会ったのは現実だったのだ、とホッと肩を落とした。


 これからあの男とどんな事が待っているのか。

 死んだ人間や妖怪など会った事もないのだから、恐怖しかない。けれど、誰かと次に会う約束が出来た事だけで、相模には笑顔が少し戻っていた。





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