第七十九節 愛娘、駿府に火を放つ
「
この事実を知った
「
ここまでやるのですか!
しかも。
あの上杉謙信殿が、こんなモノをもらって喜ぶような御方ではないことくらい、考えればすぐに分かることではないの?
行き当たりばったりに加えて、やることなすことがあまりにも『的外れ』でしょう!」
「恐らく。
塩留も、情報を漏らしたのも
誰かから勧められたことを、ただ勧められるままにやっているだけではないだろうか」
「そんなのは、ただの
こんな
「我らと同じく、父である
『今川家を裏切って織田信長と結んだ家康を討つ!』
こう申して領民から税を取り立てておきながら、一方的に討伐を中止し、奪い取った銭[お金]を返すこともしなかったと聞く。
領民たちの心はもう、嘘付きの
「……」
「氏真の過ちは、それだけではないぞ。
奴は、守るべき領民たちを死地へと追い込んだのだ!」
「死地?」
「
「……」
「家康は、税の取り立てで苦しむ『民を救う』という大義名分を掲げて
そして。
我ら武田家は……
『国を守る』ため、敵方に軍事情報を漏らして国を危険に
「
わたくしは、武田家と織田家が手を携えて一緒に
ねえ、あなた!
どうしてこうなるの?
わたくしは、三国同盟を破綻させる引き金を引いてしまったの?」
「それは違う!
違うぞ!
そなたは何も悪くない。
すべては、
『自業自得』ではないか!」
「……」
「目先のことばかりに
「でも。
あなた。
わたくしのせいで、
「まだ、そうなると決まったわけではない。
幸い。
信長殿と
だが!
問題は、『我ら』だ」
「我ら?」
「
一族の重鎮である
この2人は、血統に優れるが実力はないという点で
出入りしている武器商人から勧められるままに、略奪と人の売り買いに手を染めるだろう」
「そ、そんな!
あなた!
何とか止める方法はないのですか?」
「一つだけ、ある」
「どんな方法です?」
「武田四天王に先陣を務めてもらうことだ。
先陣を務める分、犠牲は多いだろうが……
武田軍本隊が着く前に今川家の本拠地である
「お願い。
あなた……
◇
1568年12月6日。
しんしんと降る雪の中を、
武田軍最強と恐れられた
そして。
勝頼は、地形で有利な
「
そちたちは肝心なことを忘れていないか?
三国同盟では、互いを援護しやすいよう軍事情報の共有まで図っていた。
どこに、どんな規模の城や都市があるのか。
どこに、どれだけの兵が
どこに、どれだけの広さの道があり、どこに川の渡し船があるのか、など。
我ら武田軍はすべてを知っているのだ!
薩埵峠への補給路となっている道も。
薩埵峠を避けて
今!
武田軍最強の
こんな場所を守っている場合ではないぞ!
直ちに駿府へと引き返し、妻や子たちを安全な場所へ避難させよ!」
と。
こうして。
1万人を超す軍勢が、勝頼の策にまんまと
あっという間に霧散した。
武田軍本隊が着く前に
◇
「
一大事ですぞ!
「何っ!?
このままでは、山県と馬場に戦利品を全部取られてしまうではないか!」
付き添っている武器商人から事情を聞いた
「慌てる必要などありません。
今は戦国乱世。
「ん!?
それは、つまり。
武器商人たちは道という道に精通していると?」
「
多少狭くはなりますが……
峠の登り坂を通らず
急ぎましょう!」
◇
駿府へあと一歩と迫った
「奴ら、どんな手を使って?
早い!
早すぎる!」
「落ち着かれよ。
確か……
あの2人には、出入りの武器商人が付き添っていたはず。
道という道に精通しているのでは?」
「あの、薄汚い武器商人めが!
奴から血祭りに上げてやろうか!
それにしても、
このままでは占拠する前にあの2人が
「そういえば……
昌景殿。
おぬしは、出陣前に
「ああ。
弦様は、こう申されていた。
『どうしても駿府の占拠が間に合わなかったら……』」
「間に合わなかったら?」
「『駿府に火を放つのです。
火を放ってしまえば、略奪も人の売り買いもできないでしょう』
と」
「火を放てだと!?
確かに、略奪も人の売り買いもできないだろうが……」
「
『武田軍本隊の略奪行為を決して許してはなりません!』
と」
「……」
「信春殿。
今は戦国乱世。
だから何だ?
普通だから、みんながやってるから、薄汚い行為に手を染めても構わないとでも?」
「……」
「いや違う!
断じて違うぞ!
誰かから勧められたことを、ただ勧められるままに実行するなど……
ただの
そこらにいる
人ですらないわ!
わしは、どんな手を使ってでも駿府の住民への略奪行為を止めて見せるっ!」
「昌景殿。
おぬしの申す通りだ。
武田軍の一番手は、おぬしだ。
おぬしがしたいようにすれば良い。
わしはこの道を塞いで、できる限り時間稼ぎをさせてもらおう」
「信春殿、痛み入る。
それでは御免!」
◇
「略奪を目的とした別の軍勢が『東』から迫っているゆえ……
それでも。
できるだけ多くの家財を持っていこうとする住民たちのせいで、避難は遅々として進まない。
これを見た
「致し方ない。
東より火を放て!
背後から火が迫れば、住民たちも慌てて避難するに違いない」
と。
一方。
道を塞いだ
やって来た
「我らは今、飯を食ろうておる。
しばし待たれよ」
と。
【次節予告 第八十節 侵略戦争は、愛娘の命を奪う運命へ】
略奪行為を阻止したい武田四天王と、略奪行為を働きたい武田一族は一触即発の事態となります。
これによって足の不自由な氏真の妻が徒歩で逃げ出す羽目に陥り……
ある人物の逆鱗に触れてしまうのです。
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