第六十二節 戦いの黒幕の正体・前

吉田よしだ屋殿!

丹波たんば屋殿の申す通り……

我らを裏切って信長に『内通』していたのか?」


織田信長への内通を疑われた吉田屋は、ここでようやく沈黙を破って語り始める。

年齢が20代と一番若く気負いが現れているのか……

語る内容も、弁明というよりは開き直りに近いようだ。


山城やましろ屋殿。

丹波たんば屋殿。

お二人の話を聞いて、一つ摩訶不思議まかふしぎなことがあるのですが」


「摩訶不思議なこと?」

「いつから上京かみぎょう[現在の京都市二条通より北側]の商人は……

?」


「決まっている。

武器弾薬のあきないを『守る』ためであろう」


「商いを守るため?

我らの商いは、何もいくさに必要なモノに限っているわけではないのでは?

人々の暮らしや楽しみのために必要なモノを売って稼いでもいるはず。

『なぜ』、戦に必要なモノの商いばかりにこだわる必要があるのです?」


「何をいまさら。


山城やましろ屋に代わって丹波たんば屋が話を続ける。

「それだけではないぞ?

いくさが起こる度に、大名たちは何度も陣中法度じんちゅうはっと[合戦に参加した者たちへの命令のこと]を出して虐殺や略奪、女子おなごや子供を生捕いけどりにする行為を禁止しているが……

『手ぬるい』ものでしかない」


「民がいくさに参加する理由は、その略奪行為が『したい』からに決まっているのでは?

厳しく取り締まればいくさに人が集まらなくなってしまう。

だから大名たちの出す陣中法度じんちゅうはっとなど、てぬるいものに過ぎないのです」


「おぬしの申す通り、民は相変わらず女子おなごや子供を生捕いけどりにし続けている。

我らは民からそれらを買い取り、権力者や富んだ者へ引き渡すことで……

人の『役に立って』いるのじゃ」


吉田よしだ屋の声が荒くなっていく。

「は?

人の役に立っているだと?

何かの冗談か?」


「冗談とは?」

「権力者や富んだ者が女子おなごや子供を必要とする理由など、一つしかないが?

それは性の『道具』としてだ!」


「……」

「これのどこが、人の役に立っていると?

ふざけているのか?」


吉田よしだ屋殿。

その若さゆえに綺麗事を並べているのだろうが……

現実を見よ。

女子おなごや子供のことを考えてみよ。

いくさに勝てない『敗者』の元にいるより、権力者や富んだ者のような『勝者』の元にいる方が幸せではないか」


「勝者の元にいる方が幸せ?

物は言いようだな。

おぬしの申す通りに女子や子供の幸せを考えるならば……

戦場いくさばさらって奴隷どれいとした女子や子供を南蛮人なんばんじん[スペイン人やポルトガル人のこと]にまで売る必要がどこにある?」


行くあてのない奴隷どれいにも……

食うための飯や、眠るための場所に銭[お金]が掛かる。

その銭をすべておぬしが負担できるのか?

それとも。

誰も買い取らないから、殺せとでも?」


「……」

「一方で。

そんな売れ残りの奴隷どれいでも、南蛮人なんばんじんなら喜んで買い取ってくれる。

奴隷としても、おのれを必要としてくれる者がいるだけマシであろう。

売れ残りのモノを『処分』する方法として、これ以上の方法はあるまい」


「は?

何を馬鹿な!

さらって奴隷どれいとした女子おなごや子供もまた、我らの同胞どうほう[同じ日本人のこと]ではないか。

同胞を他国へ売り飛ばすなど……

上京かみぎょうの商人たちは、いつから『売国奴ばいこくど』に成り果てたのだ!」


「おぬしは相変わらず綺麗事ばかり申しているが。

おぬしの父も、そのまた父も含めて上京かみぎょうの商人たちは……

兵糧や武器弾薬などのいくさに必要なモノ、そしてさらって奴隷どれいとしたモノのあきないで成功して莫大ばくだいな富を築いてきたのじゃ。

おぬしも、そのおかげで贅沢な暮らしをし続けている。

一方で。

商いで成功できなかった下京しもぎょうの商人どもは、相変わらず貧乏な暮らしから抜け出せておらん。

?」


「……」

「そんなに綺麗事ばかり申したいのなら……

おのれの財産を、すべて貧乏人や奴隷どもに恵んでみたらどうじゃ?

まずは『手本』を見せてから物を言え」


下衆ゲスが……」


 ◇


落ち着くために深呼吸をした吉田よしだ屋が、続けて話し始めた。


山城やましろ屋殿。

もう一つ、はっきりさせておきたいことがあるのですが」


「何のことじゃ?」

丹波たんば屋殿はこう申されました。

『信長はさかいに様々な特権を与え、我ら京の都の商人を敵に回した』

と。

まことに……

信長は我ら京の都の商人を敵に回す目的で、堺に様々な特権を与えたのでしょうか?」


「違うとでも?」

「信長がさかいの商人たちに様々な特権を与えたのは、2万がん[現在の金額で20億円相当]もの銭[お金]を差し出し、代官を置くことを受け入れたからです。

信長をあるじとして認め、過酷な要求にも喜んで従う姿勢を見せたからこそ、信長からの信頼を勝ち得たのでは?

おごり高ぶってばかりの京の都の商人たちに、そんなことができるとは思えませんが?」


「我ら京の都の商人たちに『問題』があると申したいのか?」

山城やましろ屋殿。

ちょうど良い機会だから……

はっきり申し上げさせて頂きましょう。

それがしが織田信長に内通したのは、事実です」


「何っ!?」

「なぜだか分かりますか?

京の都の商人たちが『腐って』いるからです!」


「……」

「確かに。

それがしの父は、兵糧や武器弾薬などのいくさに必要なモノのあきないをしておりましたが……

同胞どうほうを他国へ売り飛ばす商いには手を出さなかった!

父は亡くなる直前、それがしにこう言葉を遺しました。

『我ら京の都の商人たちは……

銭[お金]の力で、裏から日ノ本ひのもとを数百年にわたって支配してきた。

ただし。

我らは最初から銭の力を持っていたわけではない。

400

と」


「ん?

ある御方から、ある目的で銭の力を?

どういうことぞ?」


「それがしの父も、そのまた父も、先祖代々からずっと受け継いだ『言い伝え』を大切に守ってきました。

それがしは子に残し、そのまた子に残し続けるつもりです」


吉田屋は、先祖代々から受け継いだ言い伝えを語り始めた。


 ◇


京の都が、この世を焼き尽くすような大火に見舞われる日から……

およそ400年前に時をさかのぼる。


藤原摂関ふじわらせっかん家などの公家くげ[貴族のこと]から政治権力を奪い取って日本初の武家ぶけ政権を確立させた日本史上有名な人物がいた。

その名をたいらの清盛きよもりと言う。


清盛きよもりは武家である平氏一族の棟梁とうりょう[一族の代表のこと]であったことから、『武力』に物を言わせて政治権力を奪い取ったと勘違いしている人が多いようだが……

彼に絶大な政治権力を与えたのは、武力ではなく『お金』であった。


物々交換ぶつぶつこうかんよりも、貨幣かへい[お金]を使って売り買いする方がはるかに便利ではないか。

わしは貨幣の普及におのれの人生を賭けよう」

こう考えた清盛きよもりそう[当時の中国の王朝]の国で使われている宋銭そうせんというお金に目を付け、摂津国せっつのくに福原ふくはらの地[現在の神戸市中央区]に巨大な港を作って宋との貿易を始めた。


実際。

清盛きよもりの予想をはるかに超え、貨幣かへい[お金]は恐るべき早さで日本全国へと普及していく。

福原ふくはらの港はお金を欲しがる人々でごった返し、ありとあらゆる富が平氏一族に転がり込んで来た。


平氏はかつて、同じ『武家』である源氏よりも格下の地位にいた。

それが今や……

地位は逆転し、平氏は財力で他の武家を圧倒し始める。


その武家も、身分の上では藤原摂関ふじわらせっかん家などの『公家くげ[貴族のこと]』よりはるかに下の存在であったらしい。

「我らは番犬ばんけんを飼っているのじゃ。

武家という名の番犬を、な。

あれは人ではない。

汚らわしい犬畜生ちくしょうべたをう虫けらよ。

我らに逆らうやからと戦って一緒に血を流し続けていろ」

と。


ところが!

武家を犬畜生ちくしょうさげすんでいた公家でさえ、やがて平氏一族にこびへつらうようになる。

お金に物を言わせた平氏一族が権力の象徴である官位かんいを次々と『買収』したからだ。


こうして。

数百年もの栄華えいがを誇っていた公家政権は、お金の力によってもろくも崩壊した。


要するに。


 ◇


さて。


平氏一族の成功は、ひとえに清盛一人の『実力』である。

一族の他の者たちに実力などないに等しい。

清盛から指示されたことを、その通りやったに過ぎないのだから。

その程度の働きにも関わらず……

異常に高い報酬を受け取り、異常に高い地位まで与えられた。


平氏一族は、もっと周りをよく見るべきであった。



【次節予告 第六十三節 戦いの黒幕の正体・後】

山城屋が思わず声を荒げます。

「我らの先祖が、『賊』に過ぎないなどと……

そんなことは有り得ない!」

と。

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