第伍章 引き金、弦の章
第六十一節 戦いの黒幕、登場
1573年4月2日。
千年の都が、この世を焼き尽くすような大火に見舞われる前日のこと。
5人の男たちが集まっていた。
上京を代表する商人であり、屋号を
筆頭格らしき男が、口火を切った。
頭を剃り上げているため年齢がよく分からないが、見た感じは50代だろうか。
「本日。
織田信長の軍勢が京の都の
真っ先に反応したのが、
年齢は40代半ばだろうか。
「
何を慌てているかと思いきや、その話でござるか。
さすがの信長も、京の都を焼き討ちにする度胸はないらしいのう」
「慌てる必要はないと?
「いかにも。
去る、3月29日。
信長が東の高台にある
我ら
銭[お金]を受け取った上で焼き討ちになどできるはずがない」
「それは、そうだが」
「しかも。
この数日間、信長の軍勢は
わしは
ほうほうの体で逃げ出したと聞く」
「それは
家臣を助けるために信長の軍勢が動くはずでは?」
「信長は、
よほど追い詰められているのか……
幕府との和平を何度も懇願しているらしい」
「和平を懇願している状況で、軍勢を動かすことなどできないと?」
「そういうことでござる。
むしろ最後のあがきよ。
ははは!」
◇
沈黙していた
丹波屋が全く『逆』の話を始めた。
「果たして。
我らは
「ん?
どういう意味じゃ?」
「よもや。
お忘れとは……
我らが、織田信長からとてつもない『恨み』を買っていることを」
「恨みとは?」
「武田信玄を信長の敵とするために、『一人の
「一人の女子?
それは……
信玄の後継者である
「その
「ま、待たれよ。
姪の一人を抹殺した『程度』で、信長からとてつもない恨みを買ったと申されるのか?」
「
その
信長が手元に置いて大切に育て、実の子供以上の愛情を注いだ愛娘なのです」
「何と!?
それは
大名ほどの地位にありながら、
「面倒を見てでも、
「……」
「これはあくまで噂に過ぎませんが……
織田
要するに。
信長は常に『孤独』を抱えていたのでしょう。
そんな状況で、一族の中に己のすべてを理解してくれる娘を見付けたとしたら?」
「
一族の中に、もしそんな娘がいるとしたら……
手元に置いて育てたいと思うかもしれん。
ん!?
待てよ。
今、思い出したのだが……
その
おぬしではなかったか?」
「いかにも」
「
おぬしは……
その
「……」
「何か申されよ、
自分に対してとてつもない恨みを抱いている男が、数万人もの大軍を率いて東の高台にある
楽観していた
対照的に。
◇
一呼吸を置いて、
「
我ら
「そうであろう!」
「思い出して頂きたい。
我らは元々、
「それは……
『わしは決して
わしに味方すれば、銭[お金]が儲かり放題だぞ』
こう訴えて人々を
「『戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい』
これこそが信長の
決して
むしろ平和な世を達成するために人々を働かせようとしていたのです!」
「それは、そうだが……」
「
以前、こう申されていたのをお忘れですか?
『やがて。
圧倒的な武力を我が物とした信長は必ず、
これは
従わない者たちに加えて……
武器弾薬で銭[お金]を儲けようと、各地で争いや分断を引き起こしている者たちも
我らと信長は決して
と」
「覚えてはいるが……」
「まだありますぞ!
信長は、あろうことか……
我ら京の都の『
「……」
「こうして信長は
「……」
「
信長のこんな振る舞いを見過ごしたらどうなりますか?
我ら京の都の商人と手を切り、堺の商人と手を組む者が次々と現れますぞ!」
「それは、そうかもしれないが……」
「愚かな選択をする者には痛手を与えねばなりますまい。
他の者たちへの『見せしめ』のためにも」
「……」
「我らはまず
次いで
しかし!
もっと『大きな』勢力を信長の敵にする必要があったのです」
「東の武田家と西の毛利家を、信長の敵とすることであろう?
「その通りです。
それがしは、まず東の武田家を信長の敵とする策略を立てました。
策略の最後の3つ目が……
信玄の後継者である
「
わしは……
その
知っていれば反対したものを」
「甘い!
甘いですぞ、
信長とは
「……」
「相容れない相手とは最後まで『徹底的』に戦うしかない!
明日この上京すべてが焼き討ちにされ、前代未聞の虐殺と略奪が行われるとしてもです」
「何っ!?
明日この
「恐らく信長は……
「まさか!
それが
「違いますかな?
吉田屋殿」
「ん!?
吉田屋殿、とは?」
肝心の吉田屋は沈黙したままだ。
続けて
「
我ら
『京の都の商人たちは信長を敵と見なす』
こう多数決で決めた以上……
おぬしには従う義務がある。
ところが!
おぬしは
違うか?」
「
我らを裏切って信長に『内通』していたのか?」
【次節予告 第六十二節 戦いの黒幕の正体・前】
織田信長への内通を疑われた吉田屋は、ここでようやく沈黙を破って語り始めます。
「いつから京の都の商人は……
平和な世を達成しようとする者を敵と見なすようになったのですか?」
と。
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