第七十四節 応仁の乱の勝利者・堺

「『厄介』な京の都の武器商人たちを相手にするために……

京の都の商売敵である、堺を我が物となされては?」


愛娘のこの提案に対して……

父の方は、その困難さを指摘する。


と。


ただし。

愛娘が持つ、異常にも見えるほどの強い好奇心と深い探究心は……

こんな程度の指摘で諦めるレベルではない。


むしろ。

本質に辿たどり着くまで『徹底的』に追及することを止めないレベルである。


案の定、愛娘は食い下がって来た。

「お教えください。

お父上。

あの堺が、日ノ本ひのもと一の繁栄を謳歌おうかできたのは……

どうしてなのです?」

と。


こんな娘だからこそ……

信長は、実の子供よりも深い愛情を注いだのだろうか。


 ◇


「堺が日ノ本ひのもと一の繁栄を謳歌おうかできた理由は、おもに2つある」


「2つ、ですか」

「1つ目は……

誰からも支配されない『自治都市』であったからじゃ」


「自治都市?

それはつまり、誰にも『税』を収めずに済んでいたと?」


「うむ」

「京の都の商人でさえ、領主である幕府や公家くげ[貴族のこと]、寺社などにあきないで得た利益の一部を税として収めているにも関わらず……

?」


「その通りよ」

「商いの利益をすべておのれの物にできる自治都市ならば、堺が京の都を上回るほどのにぎわいようであるのも納得がいく話ですね」


「そうであろう?」

「ただし。

一つ、疑問が残ります」


「どんな疑問を?」

「京の都のある山城国やましろのくにだけでなく、大和国やまとのくに河内国かわちのくに和泉国いずみのくに摂津国せっつのくに[五ヶ国合わせて現在の畿内、つまり京都府、奈良県、大阪府、兵庫県の大部分]を支配している三好みよし一族には……

かつて、長慶ながよしという優れた当主がいたはず」


「ああ」

たぐいまれな実力に加えて人望もあった長慶ながよしのことを、人々は敬意を込めて天下人てんかびと[現在の畿内の大部分を統一した支配者のこと]と呼んでいたとか。

?」


「ははは!

いとよ。

そなたはまことに、『鋭い』のう」


「……」

「そなたの今の疑問の答えは……

堺が日ノ本ひのもと一の繁栄を謳歌おうかできた、2つ目の理由にある」


「お教えください。

お父上」


いとよ。

今から話すことは、歴史書に全く記されていない内容となるが良いか?」


「歴史書にない!?

あくまで、お父上の考えであると?」


「歴史書など、所詮は凡人ぼんじん[普通の人のこと]が『現象』を面白おかしく書いたものに過ぎん」

「確かに。

わたくしは多くの歴史書を読みましたが……

その内容は浅く、に落ちることはほとんどありませんでした」


「ははは!

凡人ぼんじんが凡人向けに書いた書物では、そなたの持つ、強い好奇心と深い探究心を満たすことはできまい。

致し方のないことよ」


「ならば、お父上の考えをお教えください」

「2つ目は……

堺が、およそ100年前に起こった『応仁おうにんの乱』の勝利者であったからじゃ」


「えっ?

堺が、あの応仁の乱の勝利者であったと?」


「ああ」


 ◇


いとの生きた時代から、およそ100年前に起こった応仁おうにんの乱。


応仁おうにん元年[西暦1467年]に発生した日本史上最大級の内戦であり、戦国時代の幕開けとして歴史の教科書に必ず載っているものの……

このような『現象』しか書かれていない。


「乱は11年も長く続き、戦場となった京の都は焼け野原と化した」

と。


残念なことに。

どの歴史書も『真相』についてはお粗末だったり見当違いで、全くピンと来ない。


 ◇


応仁おうにんの乱へと至る前。

足利あしかが将軍家は、こう考えるようになっていた。

『わしは将軍ぞ?

室町幕府の頂点に君臨し、武家の棟梁とうりょう[代表のこと]でもある!

それが、なぜおのれの望み通りにまつりごとができない?

まつりごとにいちいち口を出してくる有力大名どもの顔色をうかがうなど、うんざりじゃ!

何とか奴らの力をぐ方法はないものか?』

とな。

こんな身勝手な考えが……

京の都の武器商人どもに、まんまと付け入る隙を与えたのじゃ」


「『隙』?」

「武器商人どもは、足利あしかが将軍家にこう提案したらしい。

『我らにお任せあれ。

有力大名の中にみにくい身内争いを引き起こしてご覧に入れます』

と」


「身内争い!?

それは……

もしや!

?」


「なかなかに鋭い読みをするのう。

そう、そなたの申す通りよ。

しばらくすると……

有力大名である斯波しば家、畠山はたけやま家、赤松あかまつ家、山名やまな家などで次々と後継者争いが起こり始めたのじゃ」


「そもそも。

室町幕府というものは、足利あしかが将軍家一門の筆頭である斯波しば家、二番手の畠山はたけやま家、三番手の細川ほそかわ家などの有力大名たちの『支え』によって成り立っていたと聞きます」


「うむ」

「京の都の武器商人たちと手を組み、有力大名の力をごうとするなど……

おのれの手足を切り取るのと同じほどに愚かな行為だと申せましょう。

心ある幕府の家臣たちは、こう嘆いたのではありませんか?

足利あしかが将軍家も、室町幕府も地にちたわ。

!』

と」


「ああ。

有力大名の力をいだことで、足利あしかが将軍家も一応はおのれの望み通りにまつりごとができるようにはなった。

ところが!

ある強烈な『副作用』を生み出してしまった」


「強力な副作用?

もしや、それは……

下剋上げこくじょう』?」


「その通りよ。

地位の低い者が……

地位の高い者を引きり下ろし、おのれが高い地位に付くことだな」


「有力大名がみにくい身内争いに明け暮れるのを見た家臣たちは、いつしかあるじに愛想を尽かすようになったのですね。

『我が主は……

国を一つにできない弱く愚かな支配者であることに加え、権力や富をいかにおのれで独占するかを最優先に考える小物でしかない。

?』

と」


「ははは!

小物が、いつまでも人の『上』に立ち続けられるはずがなかろう」


みにくい身内争いに嫌気が差した家臣たちの下剋上げこくじょうによって……

足利あしかが将軍家一門の筆頭である斯波しば家と、二番手の畠山はたけやま家は急速に力を失ったと聞きます」


いとよ。

相手の立場になって考えてみよ。

衰退していく斯波しば家と畠山はたけやま家を見た、三番手の細川ほそかわ家はどう感じたと思う?」


「『次は我らの番ではないか?』


「良い読みじゃ」

「このときの細川ほそかわ家の『行動』が、応仁おうにんの乱へと向かってしまうのですね」


「ああ」


 ◇


父と愛娘の会話は続く。


応仁おうにんの乱の発端ほったんは……

足利あしかが将軍家一門の二番手である畠山はたけやま家の後継者争いであった。

畠山家自身が後継者を定めたにも関わらず、京の都の商人どもにそそのかされた足利将軍家が余計な『口出し』をして別の者を後継者に指名したからじゃ」


「まんまとみにくい身内争いを引き起こされてしまったのですか」

「うむ。

こうして畠山はたけやま家自身が後継者と定めた政長まさながと、足利あしかが将軍家が余計な口出しをして後継者に指名した義就よしなりが……

熾烈しれつな身内争いを始めた」


「畠山家は、戦う前に黒幕の存在について考えを巡らさなかったのでしょうか?

お父上」


「名門の畠山はたけやま家も、代を重ねるごとに低能な集団と化していたのだろう。

まあ……

権力や富を受け継ぐ『資格』のない凡人ぼんじん同士が黒幕の手の平で踊っていただけという、ごくありふれた話だな」


「……」

「実にくだらん」


「……」

「さて、話を戻すが。

最初は義就よしなり側が圧倒的に優位であったとか。

細川ほそかわ家の当主・勝元かつもと山名やまな家の当主・宗全そうぜんという2人の実力者が味方に付いたのが大きかったのだろう」


「『京の都の武器商人どもを敵に回すと厄介だ』

こういう気持ちが、勝元かつもと宗全そうぜん義就よしなり側に走らせたのでしょうか?」


「ところが!

武器商人どもがもたらした下剋上げこくじょうに強い危機感を抱いていた勝元かつもとは、突如としてある『行動』を起こす」


「どんな行動を?」

「『京の都の武器商人どもの薄汚いやり方には、もう我慢ならん!』

こう吐き捨てて義就よしなり側とたもとを分かつと……

足利あしかが将軍家もろとも、畠山はたけやま家自身が後継者と定めた政長まさなが側へと寝返ったのじゃ」


「足利将軍家もろとも寝返ったと!?」

「うむ。

ときの将軍である足利義政あしかがよしまさの『正室』が、勝元かつもとに賛同するよう周囲を説得したからのう」


「義政の正室?

日野富子ひのとみこのことですか?」


「ああ。

日野富子ひのとみこの説得で、足利将軍家は正統性のない義就よしなりの討伐を命ずると同時に……

京の都の武器商人どもに正義の鉄槌を下す方針へとかじを切ったのじゃ」


日野富子ひのとみこは歴史書で『悪女』として扱われていました。

やはり、出鱈目でたらめだったのですね」



【次節予告 第七十五節 たった一撃で勝利する方法】

「あの堺に勝利する『方法』が、分かったからです。

お父上」

愛娘は、こう言って父を驚愕させました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る