第七十一節 使命を果たすべきとき
織田信長の愛娘・
「戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい」
と。
「今こそ、その『使命を果たすべきとき』では?」
こう言って父の背中を押し始める。
ただし。
自分のこの一言が、父の人生を大きく変えてしまうことなど……
今の彼女には知る
◇
「
『なぜ』、今だと思うのか?」
「先程。
お母上[自分を育ててくれた信長の妻・
確信したからです」
「明智光秀?
帰蝶が『味方』にすべき男だと申していた者だな」
「はい」
「光秀は確か、
幕府の使者として来たのであれば……
徳川家康と共に
「その通りです。
「足利義昭は……
実の兄である将軍・
わしが
「恐らく、そうでしょう」
「
わしは
「どんな結論に?」
「足利義昭は、人の上に立つ器ではない」
「どうしてそう思うのです?」
「『行き当たりばったり』だからじゃ」
「……」
「実際。
行き当たりばったりの義昭に協力する大名や
むしろ。
皆、義昭からの要請に
「なるほど。
お父上の力で将軍になったところで、周囲に振り回されて『何の役にも立たない』に決まっていると?」
「その通りよ。
あいつと比べれば、第13代将軍であった兄の
大名や
そのせいで武器商人どもから激しい憎悪を買い、無残な最期に終わったが……」
「
ただし。
志を貫くのに『
「……」
「義輝公の
結果として自らの破滅を招いたとも考えられるのではありませんか?」
「そういう考え方もあるな」
◇
「今、最もすべきことは何かをお考えください。
お父上様」
「最もすべきこと?」
「お父上は、こう教えてくださいました。
『戦国乱世となった原因は……
秩序よりも己の目先の利益を優先する振る舞いこそが、戦国乱世の元凶なのじゃ』
と」
「よく覚えているのう」
「逆に考えれば。
「確かに、そうなるだろう」
「ただし。
お父上一人の力で、日ノ本中にこのことを知らしめることはできません」
「『味方』が必要だと申したいのか?」
「はい。
ただの味方ではなく、強くて、役に立つ味方が」
「……」
「お父上ならばよくお分かりのはず。
『欲』でつながった味方ほど、当てにならないものはないと」
「ああ。
欲でつながった味方ほど、弱くて、役に立たない存在はない。
そんな邪魔でしかない味方こそ真っ先に斬り捨てるべきであろう!
弱くて、役に立たない味方が『足を引っ張った』せいで敗北するものだからな」
「はい。
正直なところ……
人の上に立つ器ではない
「……」
「そうだとしても!
「
なぜ……
そこまで、はっきりと言い切れる?」
「お考えください。
「わしに、『共感』してくれると?」
「はい」
「なるほど」
「今こそ!
銭[お金]を持ちながら、あるいは武力を持ちながら……
利益がないからと何もせず、大勢の人々が苦しむ姿に見て見ぬ振りをし、ただただ
「ははは!
すべて、そなたの申す通りじゃ。
それにしても。
そなたの育ての母である
わしにとって掛け替えのない味方だな」
やがて。
愛娘に背中を押されるままに行動を起こした織田信長は、明智光秀という貴重な味方を得る。
加えて。
将軍に据えた
盟友の徳川家康、家臣の
むしろ命懸けで信長に尽くし、そのおかげで信長は何度も窮地を乗り切れたのである。
すべて、愛娘の言う通りとなった。
◇
愛娘の提案に賛同した信長であるが、大きな心配事を抱えてるようだ。
「
わしには、大きな心配事がある」
「どんな心配を?」
「武田信玄」
「武田信玄公!
「わしは、あれほどまでに優れた『手腕』を持つ男を見たことがない」
「……」
「三ヶ国の大軍を率いて京の都へ軍を進めている間に、信玄に背後を突かれたらどうなる?
終わりではないか?」
「その心配なら、『ない』と存じます」
「ない!?
それは
「わたくしの故郷の
信玄公の話はよく入って来ていました」
「信玄の話を聞いて……
「お父上に、よく『似た』御方かと」
「わしに似ている?」
「協調性に欠け、非常識で、不器用ですが……
並外れた『純粋』さをお持ちです」
「純粋さ、か」
「信玄公ならば、お父上と同じ
「そうかもしれないが……
それだけで信玄を信用するのも難しかろう」
心配を
「わたくしをお信じください。
お父上。
信玄公に背後を襲われる心配はありません。
安心して『全軍』を京の都へと進め、使命を果たされませ」
一方の父は、愛娘の言葉を鵜呑みにできない。
「そなたは鋭い。
わしは、その鋭さを誰よりも理解しているつもりじゃ。
ただ……
並外れて純粋なだけで信用できるだろうか?」
「……」
「仮に。
信玄にわしの背後を襲う気がないとしても、武田家の他の者たちが同じように考るとは限らんぞ?
『織田信長と徳川家康が領地を留守にした今こそ!
こう考える欲深い者どもが必ずいる」
「だから、わたくしが行くのです。
お父上」
「行く!?
どこへ?」
「『政略結婚の道具』として、わたくしを武田家へ送り込んでくださいませ」
「なっ!?
何を馬鹿な!
そなたを武田家へ送り込めだと?」
「はい」
「そんなの駄目に決まっているではないか!
あまりにも危険過ぎる……
織田家と武田家には、何の『
「それはよく分かっています」
「そなた……
よく分かっていて、無茶なことを……
わしを困らせたいのか?」
「そうではありません。
お父上。
わたくしを、お父上にとって掛け替えのない『味方』だと思って頂いているのであれば……
このこともよくお分かりなのではありませんか?
わたくしが一番お役に立てることは、武田軍に一兵たりともお父上の領地を侵略させないことだと」
「そ、それは」
「わたくしもまた……
『使命を果たすべきとき』なのです」
【次節予告 第七十二節 信長と信玄が憧れた天才】
弦は……
ある若者の話を始めます。
その若者は、史上最も多くの幕府軍の兵を葬り去った戦争の『天才』でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます