第七十節 斎藤道三の愛娘・帰蝶
「すべては……
「帰蝶様が?」
愛娘のことを聞いたはずが、
「
『なぜ』だと思う?」
「なぜ、ですか?
織田家と斎藤家の同盟のためでは?」
「覚えておくといい。
父にとって……
愛娘を送り出すのは、とても大きな意味のあることだと」
「大きな意味!?」
「うむ。
そちは知っているか?
「存じております。
油売りの
「
その話、『おかしい』とは思わないか?」
「おかしい?」
「本来ならば、弟ではなく兄が家を継ぐのが道理であろう?」
「確かに、その通りです」
「では……
「なぜ?
分かりませぬ」
「それが、京の都の武器商人の
「やり口!?」
「奴らは武器弾薬で銭[お金]を儲けるために……
国の支配者が兄弟で
「同じ家族、血を分けた兄弟で醜い身内争いを?
巧みに
「武器商人どもから全面的な支援を約束された弟は、こう考えるようになった。
『ふざけるなっ!
このわしが、なぜ!
兄よりずっと実力のある、このわしが……
わずかに遅れて
もう我慢ならん!
よし、今こそ立ち上ろうぞ!
わしこそが当主に
とな」
「武器商人とは、それほどまでに薄汚いのですか」
「ああ。
「お待ちください。
信長様。
京の都の武器商人の『手先』であったと
「最初は、そうであったらしい」
◇
「最初!?
それは、どういう意味です?」
「
すべては
弟を支援して兄を追放した後、今度は弟を裏切って兄を支援し、こうして
「……」
「ところが!
やがて道三殿は良心の
『わしは、この国にとって害でしかない。
これでいいのか?』
と」
「……」
「そして、一つの決意をした。
『わしは……
決めたぞ。
わしは、犬であることを捨てて人になろう』
と」
「要するに
京の都の武器商人と手を切ろうと決意なされたのですか?」
「うむ。
道三殿は、盛んに刃を交えていた我が父[
「信秀様は
もしや!
津島の交易相手は、京の都の商売敵である
「そういうことよ。
「お待ちください。
堺と手を組むことに賛同するはずがありません」
「うむ。
猛反発した
結果として道三殿は……
わしは援軍を率いて向かったが、間に合わなかった」
「そういうことだったのですか」
「あの日。
わしは、父を
『そなたの父の意志は……
わしが必ず継いで見せる。
何年掛かろうとも
だから、
そなたの故郷への侵略を開始するわしを許してくれ。
これからも、ずっと……
我が妻としてわしを支えて欲しい』
と」
「それがしも信長様を見習い、妻を大切にしたいと思います」
「最も身近な
妻を得たなら、己の生涯最後の日まで大切に扱うと誓え」
「はっ」
「話を戻すが。
あの日、
『
2人の御方を側に置かれませ』
と」
「2人の御方とは、誰と誰です?」
「一人目が明智光秀。
そして二人目が、わしの妹の夫である
どちらも抜きん出て優れた男であった」
「
「ああ、そうじゃ」
◇
「明智光秀も
光秀は幕府の家臣であり、
ただし。
直廉の屋敷へ行った際、わしは直廉の娘に『衝撃』を受けてしまった」
「衝撃?」
「千里眼の異能を持っているかのような鋭い目。
加えて、わしのうつけ者の振る舞いが
わしは
『我が手元で大切に育てると約束しよう。
だから、付いて来て欲しい』
と頼んだ。
そして。
娘を勝手に連れて帰ったことを
人を見る目がある帰蝶は……
娘の才能を一目で見抜き、『
「
素晴らしい名と存じます」
「いつしかわしは……
帰ると必ず、
◇
一人の武者が、その音に惹かれたのか立ち止まった。
馬から降りて辺りを見回す。
音は近くの屋敷の中から聴こえてきている。
「この響きは……」
武者が屋敷の中に入ると、一人の娘が
音楽の世界に入り込んでいるかのようだ。
13本の弦にそれぞれ
続いて
曲のフィナーレが近づいているのだろうか。
武者の方は娘の近くに立ったままで目を
最後の命の炎が燃え尽きたかのように演奏がフィナーレを迎える。
演奏が終わって深呼吸して身体中の力を抜いた娘は、ここでようやく武者の存在に気付いたようだ。
「信長様?
あ、お父上様!
いつの間にいらしていたのです?」
武者の正体は織田信長であった。
◇
「
「あら!
それは
「
そなたの
また聴かせて欲しい」
「お父上の願いであればいつでも。
ところで。
わたくしに、何か御用があって来られたのです?」
「用がなければ来てはいかんのか?」
「まあ!
何と意地悪なお父上。
幼い頃はいつも遊んでくれたのに、今は御用がなければ会いに来てくださらないではありませんか」
「そ、それは……
多忙ゆえにいつも遊んでやれぬだけじゃ。
それに、そなたはもう15ではないか。
遊んでもらう歳でもなかろう」
「娘は、いくつになっても尊敬する父に甘えたいものなのですよ」
「分かった。
岐阜にいるときは、できるだけそなたに会いに来よう」
「まあ!
嬉しい!」
「ところで……
わしはようやく
これからどうすべきだろうか?」
「お父上には、
「使命?」
「『戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい』
と」
「……」
「今こそ、その使命を果たすべきときでは?」
【次節予告 第七十一節 使命を果たすべきとき】
弦は、父に対して強く言い切ります。
「武田信玄公に背後を襲われる心配はありません。
安心して『全軍』を京の都へと進め、使命を果たされませ」
と。
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