第伍章 信長と勝頼、決戦の章
第六十一節 正義と悪の境目
千年の都が、この世を焼き尽くすような大火に見舞われている。
「おのれ……
織田信長!
『権力や富を持つ資格のない
実力ある者から、実力を磨く努力を怠らない者から、権力や富を
だと?
親から子へ権力や富を受け継がせる制度の何が悪い?
正しいことではないか!」
思わず声を上げたのは、
彼の主張はこう続く。
「『
末代に至るまで呪われるがいい!
と。
◇
その武器商人は、すぐ後ろに控えている男に話し掛けた。
「
「はっ」
「我ら上京の5人衆は、そちたちに莫大な銭[お金]を払い……
長年に
「はっ」
「代は替わっても、飼い主への忠義を忘れてはいないだろうな?」
「
「敵軍に潜ませた我が配下の情報によると……
信長の軍勢は数万人もの大軍ではあるが、上京全体を包囲しているために『薄く』広がっているらしい」
「……」
「わしが何を望んでいるか、分かるか?」
「それがしに……
配下の
「うむ。
そちの率いる
薄くなった包囲陣の一角を突破するなど
「そうかもしれませんが」
「加えて。
あそこに、信長の本陣があるらしい」
武器商人の指さす方向を見た
「何と!?
あそこに、信長の本陣が?」
「信長を討つ
「あれが
全軍の総大将がこんな危険な最前線に出てくるなど聞いたことがありません。
安全な後方にいるのが『常識』では?」
「奴に常識など、ない。
虐殺や略奪を直に見たいのであろう」
「果たして……
そうでしょうか?
他人ばかりを危険な場所に置かず、自ら陣頭に立って
武器商人は
「そういえば。
そちの故郷、
ある話を聞いた」
「どんな話を?」
「
「伊勢国の名族、
「それらの名族の中でも、幕府から伊勢国の支配者に任命されていた北畠一族の養子に送り込まれた信長の息子が……
ついに行動を起こしたらしい」
「どんな行動を?」
「養父である
「何と!?」
「当然ながら……
すべて、信長の指示でな」
「要するに。
伊勢国が、信長の元に一つにまとまったと?」
「元々、
ただし!
そのおかげで……
隣の
「信長の息子が伊勢国を完全に掌握したことで……
伊賀国は、いつ侵略されてもおかしくない状況になってしまったのですか」
「うむ。
だからこそ、そちは信長を討たねばならんのじゃ」
「……」
「故郷の国の平和を脅かす『悪人』を、な」
「……」
「そちは……
どんな犠牲を払ってでも信長という悪人を討たねばならん。
故郷に残した妻や子供を、
これは『正義』の戦いぞ!」
「はっ」
武器商人の飼い犬・
◇
「皆の者。
信長の本陣が、我らの目と鼻の先にある。
信長を討つ
「信長が目の前に!?」
「そうだ。
信長の首を取れば、どうなるか想像してみよ」
「褒美の銭[お金]がたんまりもらえると?」
「ああ。
今、
彼らを救えばどうなるか、分かるであろう?」
「おお!
これは……
計り知れない銭[お金]をもらえる機会ではないか!」
「そうじゃ!
わしはやるぞ!
信長の首を取れ!」
配下の
「信長の本陣には必ず精鋭の鉄砲隊がいる。
敵が鉄砲を撃ち尽くした頃合いを見てから、斬り込むのだ。
良いな」
「
数百人の
◇
「敵じゃ!
敵襲!
鉄砲隊、構えっ」
前方の敵陣もこちらの動きに気付いたようだ。
さすがは信長の本陣を守る兵だけあって、隙がない。
「撃ち方、始めっ!」
敵陣の鉄砲隊が射撃を開始したが、そのすべてが
「これは……
いけるぞ!
あと、もう少しじゃ」
盾を構えながら進む
「よし!
敵を切り刻めっ!」
盾を投げ付けて敵へ一気に肉薄した瞬間!
伊賀者たちの地面が突如として消えた。
「ぎゃあっ!」
「何じゃこれは!」
「奴ら、落とし穴を掘っていたのか!
いつの間に!?」
落とし穴の中には、念入りに無数の竹や刀を配置していたようだ。
数十人の
それでも、まだ……
悲劇は終わらない。
「今だ、一斉に射てっ!」
大地を揺らさんばかりの射撃音が
敵はさらに後方へ多数の鉄砲隊を
至近距離から一斉射撃を食らい、伊賀者たちの大半が射殺された。
「何と!?
信長め、自らを囮にして我らを罠に
まんまとしてやられた!」
慌てて配下の伊賀者に退却を命じた
「ん?
なぜ、ここに!?」
武器商人とその一家が、自分のすぐ背後にいたのである。
◇
「
我らを囮にして、逃げる算段でしたか」
「……」
沈黙する
「ぐはっ!」
武器商人は……
自分の身体を一本の刀が貫いたことに、やや遅れて気付く。
「この不忠者め!
人でなしの犬のくせに、飼い主に刃を向けるとは!」
断末魔の絶叫を上げて死んでいく武器商人を見て、側にいた
「平兵衛殿。
こ、これは?」
「わしは……
仕える
「我ら伊賀者にとって、銭[お金]をくれる者こそ主では?」
「わしも最初はそう思っていたが……
やがて『疑問』を感じるようになっていた」
「どんな疑問を?」
「『犬のままでいいのか?』
と」
「……」
「わしは、犬ではない。
人だ」
「……」
「わしはな……
京の都が炎に包まれている中で……
ずっと考えていたことがあった」
「何を考えていたのです?」
「戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したいとの
無関係な人々もいる
一方で。
努力ではなく
どちらが正義で、どちらが悪なのだろうか?
と」
「どちらが正義で、どちらが悪……
難しいですな」
「わしには、正義と悪の『境目』がどこにあるかは分からん。
ただし!
一つだけ、はっきりしていることはある」
「何をです?」
「わしはな……
それよりは、陣頭に立って己の身を危険に
「信長に仕えたいと?」
「わしも、
今こそ……
犬であることを捨て、人になろうではないか」
「何と!」
「
信長の息子に、こう願い出るのだ。
『
とな。
一緒に来てくれ」
「はっ。
その前に、残された一家をどうします?」
「一家には恩がある。
安全な場所まで送り届けてやろう」
【次節予告 第六十二節 復讐を優先する主君】
万見仙千代を労った主はこう言います。
「これで。
『愛娘』の無念を少しは晴らせたかのう……」
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます