ALL PRO

オーバエージ

第1話



遠く離れた母親から来た、娘へ宛てた手紙は、娘にとっては何よりもかけがえのない大切な手紙には間違いない。


しかしプロのポストマンのランク付けで言うなればそれは、Cランクの手紙となる。


公正証書や小切手、直接の現金封入など、とにかくお金に関わる手紙となるとBランクに位が上がる。


そして位の高い者によるやりとりはAランクとなる。


さらに言うとAAAは大統領命令を取り扱う事のできるポストマンで、世界に数人もいない。


そして、位の高い手紙ほど闇市場で高く売れる。


巨大なハッカー集団「オールプロ」が世界中のインターネットを遮断するウイルスをまき散らして以来、


国家間の連絡手段は皮肉にもインターネットから手紙へと余儀なくされた。


と同時に手紙を安全に配達できるよう、郵便屋は銃の扱いや柔術など、ありとあらゆる戦術を叩き込まれることになる。


―――


カロリーバーを一口かじる。とたんに口の中が砂漠のようになっていく。


ほおばっているのはブラックスーツに身を包んだ猫族である。その証拠に被っている帽子からは耳が飛び出ている。


その猫族はとある町の入り口付近で夕日を眺めていた。




そのすぐ後ろには車があり、バンに倒れ込むボロボロの男と、それを抑え込む女性の姿があった。


スーツ姿の女性は咆哮にも似た叫び声でその男につかみかかった。


「そろそろ懲りただろう!AAAのポストマンはこの町にいるのか!?」


すでに殴るところがない所まで殴られた男は「…しらねぇ」とだけ最期の力を振り絞りぼそっとつぶやいた。


何年も一緒に仕事しているとその女性の気の短さがよくわかる。


案の定その女性は銃を取り出し男にためらいなく突きつけた。




いつもの事なので猫族は背中を向け、相変わらず沈みゆく夕日を眺めていた。


「もうこれ以上は無理ね」


1発の銃声が周囲に手短に響き渡った。猫族の男は振り返りもせずカロリーバーの残りを食べていた。


女性は息絶えた男をバンから払いのけ、銃をホルダーに収め、右手を大きく天に向かって指差し叫んだ。


「雨!」


まもなくポツリと猫族の帽子に冷たいものが弾けた。次第に雨音は大きくなり、本格的に雨が降り出した。


(なぜよりにもよって雨なんだ?)即、疑問が頭を駆け抜けたが、気性の荒い今の彼女には言うことははばかられた。




彼女は銃の腕前はもとより、世界に数人しかいない「気象強行士」であった。よって周辺の天気は彼女の言われるがまま、その様相を変えてゆく。


「ネコパンチ、町に行くわよさっさと乗りなさい!」


ネコパンチと呼ばれた男は小走りで車に乗り込むと、町の入り口へと消えてゆく。


居た場所には殺された男がただ一人、雨に打たれていた。



荒廃した町を一台の車がトロトロと進んでいた。さきほどの女性とネコパンチが乗り込んだ車とは全く違う車種だ。


やや卵型のその車は雨に打たれながら相変わらず徐行運転をやめなかった。


運転手は思わずつぶやいた。


「ほとんど店、しまってるなぁ」


と、明かりがかすかに見える建物を見つけ


「どうか食べ物屋でありますように」と運転手はつぶやいた。


狙いは的中し、ダイニングバーの古い看板を視認すると、車を止め何やら袋を抱え、小走りで店に駆け込んだ。


カウンター数席とテーブル席が4、5席ほど。テーブル席の1つには先客が陣取って陽気に酒を酌み交わしているようだ。


店に入った青年はそれを「いちべつ」し、カウンターに腰を下ろした。




「いらっしゃい」の一言も無かった、カウンター越しのふくよかな女性店員は青年を見定めるようにジロジロ視線を動かし


「ラム酒?ビール?」と、初めて青年に声をかける。青年は慌てたような素振りで


「い、いや。何か温まる食べ物を下さい」と弱腰で店員に言い返した。


店員はハーッとため息をつきながら


「あのねぇ酒じゃないと儲からないんだよ」と食ってかかった。


「とにかく腹ペコなんです。寒いし…どうかおねがいします」


「酒は無しってこと?」いぶかしげに女性店員が言い放った。


青年は震えだし、ズレ下がった袋を持ち直しながらテーブルを両手で軽く叩いた。


「そりゃねぇ!僕だってビールの1杯も飲みたいですよ!でも飲めないんです!それを分かって下さい」


そういうと青年は顔をカウンターに突っ伏した。青年が相当弱っている事態を察すると


「分かった分かった、シチューでいいね?」と諭すように優しく呼びかけた。


青年からの返事はない。目もつむっている。寝てしまったのかと青年を揺さぶろうとした、その時だ。




青年の帽子に身分証がくっ付いており、自然に視線がそちらの方に向かう。


まず名前。テッド・ロスと書かれている。そして名前の下を見て店員は動揺を隠せなかった。




そこには「ポストマンAAA」と書かれていたのだ。




狼狽する店員に、テッドは目をつむったまま応えた。


「僕は悪党に狙われっぱなしだ。たとえあんたが銃を取り出しても一瞬で消すよ」


「わ、わかったよシチュー待ってて」慌てて厨房に駆け込む。


と、その時だ。ドアが激しく開く音でテッドは目を開けた。


ドアの前には2人のいかにもザ・悪党という感じでテッドにゆっくり歩み寄っている。


「店の前にポストマンの車が横付けされてるかと思えば、案の定いるじゃねぇか」


「しかもAAAとはついてるぜ。ブツを早速頂こうか、あぁん?」


テッドはピクリともせず一言つぶやいた。


「当たると痛いよ?」


刹那。


発射2発銃声1。


何が起きたのかわからないような表情で悪党は仰向けで倒れた。


ホルスターに銃を収めた主人公、テッドはやれやれと言わんばかりに、またカウンター席に戻っていった。


「悪党はせいぜい殺しは4、5人くらいだろう。でも僕は一万以上も退治してきた。経験と格が違うんだよ。それがプロなんだ」


つぶやきながらカウンターに座り直す。


シチューを運んできた女性店員はシチューを両手にシチューを持ったまま、その場に立ち尽くしていた。


「お!食事できた?早く頂戴頂戴」カウンターに大盛のシチューが置かれ、テッドは至福の表情でかっくらう。




恰幅のよい定員は、おそるおそるテッドに語りかけた。


「大統領からの手紙なのかい…?」


テッドはスプーンを口にくわえながら


「うーん…内緒」残りのシチューを食べ終えるとテッドは店を出て車に乗りかけたが、嫌な予感がしてドアノブに手を掛けたままピクリともしない。


10秒はたっただろうか。実際はもっと短かったろう。


テッドに向けられた弾丸が飛んできた。すんでにステップで下がったものの、車の影に隠れたテッドは何年かぶりの畏怖を感じた。




「ただもんじゃない。」雨降る中、恐る恐る向こう側をのぞいた。姿は雨のせいもあって全く見えない。


「誰だ…久しぶりに手練れな強盗だなぁ」そうこう考えてるうちに2発目が飛んできた。その弾丸は頭を命中した。


焦ったテッドだったが帽子の上を貫通しただけで、少し違えば脳みそが吹っ飛ぶ1発だ。


理不尽なもどかしさを感じている時、「吹雪!」という女性の声が町に響いた。たちまち町には吹雪が吹き荒れる。


「気象強行士だな?」とつぶやいた。「でも拳銃打ちは別の奴だ」




このままずっと車の裏に隠れるようにはいかない。


「しかし敵を見つけないと…」


悩んでいると、道の横から信じらない光景が現れた。


バイクなのだが、サイドカーの部分が改良してピアノを取りつけ、引き続けている2人組がこちらにやってきたのだ


テッドは思わず叫んだ


「変態だーっ!」


「手紙は頂くぜぇ!」


運転手はショットガンを取り出し、片手でリロードし郵便屋の車に何発かぶちかました。


ピアノ弾きは一心不乱にピアノをはじいている。




変態強盗2組がこちらに近づいてくるとピアノの音量が大きくなり頭に激痛が走った。


「なんだこりゃあ!」


テッドはたまらず耳をふさいだ。しかし敵は見えている。テッドが銃を放つと、ピアノ弾きはあっさりと雪の地面に倒れ絶命した。


しかし至近距離からやってくるショットガン男はたまらない。「貴様相棒を殺して…ゆるさねえ!」


テッドが銃を充填してる時、ショットガン男は車からRPGを取り出した。


「死ねぇっ!」男は興奮のあまり感覚を開けず発射した。テッドは即対応し、1発発射。




RPGはテッドの一発で破壊されRPGを撃った男は相当焦ったのだろう、そのまま棒立ちで立ちすくんでいる。


当然テッドのヘッドショットで男は倒された。




強盗団は手紙の取り合いをするので、強盗団同士の争いが起こることは珍しくない。


しかし最初に現れた気象強行士と銃使いは争いもせず、どこかに行ってしまったようだ。どうもテッドの脳裏にはそのことで


眉間が痛くなるほどだった。気象を変えて有利な戦いをする2人組といったところだろうか。




「長居は禁物だな」


誰に言う訳でもなくポツリとつぶやき、自家用車でとりあえず1泊できる店を探しに行くのだった。


その姿もまた、吹雪ですぐに見えなくなった。


ネコパンチは車のワイパーが左右するのをしばらくぼーっと眺めていた。


ワイパーがどんなに往復しても、降り続ける雪のせいで視界は白く染まってゆく。


「ねぇヨーコ」


ヨーコと呼ばれた女性は明らかにイラついた表情でタバコをふかしながらハンドルを握っている。


「ねぇってば!ヨーコ」


「1回呼んで無視したら、口を閉じてろってルール忘れたの?」


「そうだけどさ、あなたの能力でその、天気変えられないのかな…って」


ヨーコは新しいタバコに火を付けながらだるそうに答えた。


「さっきの連発でエネルギー不足。以上」


ネコパンチは納得したかのように帽子を深々とかぶり、眠りに入ろうとしたその瞬間、


彼のお腹にヨーコが箱をポンと乗せた。なにかと思い、つかむと。


彼女愛用のタバコだった。中には2本、タバコが入っている。


「これが無くなくなる前に店を見つけられなかったら、あんた外出て探しなさいよ」


「ちょ、ちょっと待ってよ!この吹雪でポストマンも外には出れないはずだから落ち着こうよ、ね?」


彼女は無言で走り続けた。


ネコパンチも無言になり、車内は静寂につつまれた。


気を紛らわす為にラジオを付けようとも考えたが、とてもそんな気分じゃなかった。


――――


吹雪がやむ気配はなかった。


どんなにワイパーを最大出力でかけても、雪が張り付いて視界は狭まり、徐行運転で行くほか道はない。


車内暖房も焼け石に水状態で、おまけに電気量メーターも「E」に近づきつつあった。


「もう色々限界だよぉ~!」


その時である。店の明かりがぼうっとではあるが、左手にかすかに付いている。


「宿屋でありますように宿屋でありますように」ポストマンはもう神に委ねるしかなかった。


幸い神はポストマンを見放さなかったようだ。



よろめきながらポストマンが扉を開けると、テーブルとイスに3人の酔っ払いが大声を上げ酒を飲んでいた。


2人組と、1人。


周囲の人数を数えるのはAAAの癖でもある。カウンターには背筋をピンと正した老婆がおり、


「大丈夫?こんな吹雪の中で…」とタオルを渡してくれた。声も大きく、10歳以上若く見えた。


「さすがにこの吹雪で泊まり客がいなくてねぇ」


「そうですか。僕は吹雪が止むまでお世話になります」


老婆はにっこりとした。


「あ、あと自動車用の電気充電機はあります?」


「ありますよ。」


助かった…。どんなに面倒でも小さいズダ袋は絶対に手からは離さなかった。


「じゃあこの台帳に指紋をお願いしますね。」


「はいはい」


指紋を付けることで、暗号化されカードに情報が入り、そのカードでドアが開く仕組みになっている。


こんな小さな宿屋でも導入されているんだなぁと思っていると、老婆が帽子に付けた身分証を見て


「テッド・ロスって言うんだねぇあなた。AAAなんて観たことないよ。うちに来るのはCくらいで…」


と、途端に3人の男たちが一斉に自分の方へと視線が集まる。


帽子に身分証を付けるのは郵便屋絶対のルールなのだ。


「AAAなんか、あんた」


2人組のうちの一人が立ち上がった。合図のように皆立ち上がる。


「大統領命令の書類だろ…売れば10年は酒飲めるぜ」


「あんたたち…」老婆の声がゴングであるかのように4人が一斉に銃を取り出す。


当然ポストマンの初動がケタ違いに早い。一番近くの1人をヘッドショットし、その殺した男を盾に


した。相手が弾が切れるまでその盾を使い、1人は弾が無くなり、もう一人はジャミングしたところで


郵便屋が2人をヘッドショットし、酔っ払いの掃討はあっけなく幕を閉じた。


所詮相手は酔っ払いである。郵便屋はゆっくりとガンホルダーに銃をしまった。


老婆が身動きできないほど驚いていると、ポストマンはにっこりしながら言った。


「こいつら全員外に埋めておきますね」


――――――


よろめきながら2人組の客が入ってくる。


カウンターには老婆以外、誰もいない。


背筋をピンと正しており、10歳以上若く見えた。


老婆は微笑みながら言った。


「大丈夫?こんな吹雪の中で…」とタオルを渡してくれた。


「いらない」女性客は跳ねのけた。片頭痛を呼び寄せるでかい声にうんざりしてる様子を隠そうともしなかった。


「僕はいります、ありがとう」カウンターギリギリのもう一人は、小さすぎて顔も見えなかった。


「自動車用充電器とタバコある?」


「ありますよ。タバコは1種類でショートとロングしかありませんが」


チッ。舌打ちしたが、無いよりは断然ましである。


指紋認証をすませ、手早くカードとタバコをもらうと2階へと上がっていった。


と、小さい少年が床の染みに気づいたが、とにかく眠りたかったので無視をした。


「早く風呂風呂」


女性はフラフラしながら、2階の奥へと消えていった。


風呂の更衣室に散らばった下着の奥の浴室で女性が何やらぶつぶつとつぶやいていた。


この宿には個室ごとに風呂はなく、しかたがないので共同浴場の女湯で我慢をした。


「大統領からの支援物資要求なら1億ドル、建設費に湯水のごとく使う方針なら1.6億、戦争なら…ふふ、3億ドル!夢が膨らむわぁ!」減ったタバコをライター代わりに、新しいタバコに火をつける。


「しばらくはバカンスで息抜きできるわね」


フゥーッと出した煙は、すぐに真上の清浄機に消えていった。


そろそろ体も十分温まったので、浴室を出ようとしたその時。


がらりと扉を開け男がよろめきながら入ってきたではないか。


手には薄汚れた袋を持っている。


「ぎゃあ」女は再び湯に浸かってどなりまわした。


「あんたねぇ!女の暖簾も更衣室の下着も見なかったの?」


「あ…あぁ?そうだったけすみません、もう視界がクラクラしてて…」


湯気で視界不明瞭であっても、その男についてる無数の切り傷、縫ったあと等の跡が無数にあるのを見て


「あなた…何者?」と問いかける。


が、すでに男は消えていた。浴室の女はイライラしながらタバコの火をお湯に突き刺して消した


テッドは風呂も終え、銃の掃除をしてから早々と眠りについた。仕様の枕は横に置き、首にひもを巻き付けてから


古びれたポーチ袋をまくらの下に入れるのが日課だった。さすがに安い宿だけあってベッドが固かったが、そんなことも忘れるくらいのスピードで入眠するのであった。手には愛用のスミス&ウェッソンM66改造型を持ちながら。




頭にICチップを入れられる夢は散々見てきた。麻酔でちっとも痛くはないのだが、やけに眩しいライト。のぞく医師。


テッドはそんなICチップを3枚も入れられたのである。忘れたくても忘れられない、異質な空間、その光景…。




犬は主人の足音で主人かどうか判別できるという。


ネコパンチは自分のスーツにドライヤーをかけながら聞く、ヨーコの足音にうんざりしていた。


ドアが開く。


「おいネコ!風呂入ったか?そこで傷だらけの男を見ただろう!」


ネコパンチはため息を漏らしながら言った。


「ネコは風呂が嫌いだにゃ~」


「この役立たず!」


言い合いに飽き飽きしている猫族の子はそのまま会話を受け流してドライヤーをかける。


ヨーコは窓を覗き込んだ。雪はつもり、止む気配もない。


「あの男…きっと修羅場をくぐってきたに違いない」ポツリと言うとベッドに入り、3秒で寝息を立てた。


「そんな事なら僕も風呂入っとけばよかったにゃあ」服を掛けるとネコパンチもベットに潜り込み、1秒で寝息を立てた。


ほどなく宿屋の女将がやってきて、部屋の明かりを消してくれたのだった。


よろめきながらポストマンが扉を開けると、テーブルとイスに3人の酔っ払いが大声を上げ酒を飲んでいた。


2人組と、1人。


周囲の人数を数えるのはAAAの癖でもある。カウンターには背筋をピンと正した老婆がおり、


「大丈夫?こんな吹雪の中で…」とタオルを渡してくれた。声も大きく、10歳以上若く見えた。


「さすがにこの吹雪で泊まり客がいなくてねぇ」


「そうですか。僕は吹雪が止むまでお世話になります」


老婆はにっこりとした。


「あ、あと自動車用の電気充電機はあります?」


「ありますよ。」


助かった…。どんなに面倒でも小さいズダ袋は絶対に手からは離さなかった。


「じゃあこの台帳に指紋をお願いしますね。」


「はいはい」


指紋を付けることで、暗号化されカードに情報が入り、そのカードでドアが開く仕組みになっている。


こんな小さな宿屋でも導入されているんだなぁと思っていると、老婆が帽子に付けた身分証を見て


「テッド・ロスって言うんだねぇあなた。AAAなんて観たことないよ。うちに来るのはCくらいで…」


と、途端に3人の男たちが一斉に自分の方へと視線が集まる。


帽子に身分証を付けるのは郵便屋絶対のルールなのだ。


「AAAなんか、あんた」


2人組のうちの一人が立ち上がった。合図のように皆立ち上がる。


「大統領命令の書類だろ…売れば10年は酒飲めるぜ」


「あんたたち…」老婆の声がゴングであるかのように4人が一斉に銃を取り出す。


当然ポストマンの初動がケタ違いに早い。一番近くの1人をヘッドショットし、その殺した男を盾に


した。相手が弾が切れるまでその盾を使い、1人は弾が無くなり、もう一人はジャミングしたところで


郵便屋が2人をヘッドショットし、酔っ払いの掃討はあっけなく幕を閉じた。


所詮相手は酔っ払いである。郵便屋はゆっくりとガンホルダーに銃をしまった。


老婆が身動きできないほど驚いていると、ポストマンはにっこりしながら言った。


「こいつら全員外に埋めておきますね」



よろめきながら2人組の客が入ってくる。


カウンターには老婆以外、誰もいない。


背筋をピンと正しており、10歳以上若く見えた。


老婆は微笑みながら言った。


「大丈夫?こんな吹雪の中で…」とタオルを渡してくれた。


「いらない」女性客は跳ねのけた。片頭痛を呼び寄せるでかい声にうんざりしてる様子を隠そうともしなかった。


「僕はいります、ありがとう」カウンターギリギリのもう一人は、小さすぎて顔も見えなかった。


「自動車用充電器とタバコある?」


「ありますよ。タバコは1種類でショートとロングしかありませんが」


チッ。舌打ちしたが、無いよりは断然ましである。


指紋認証をすませ、手早くカードとタバコをもらうと2階へと上がっていった。


と、小さい少年が床の染みに気づいたが、とにかく眠りたかったので無視をした。


「早く風呂風呂」


女性と少年はフラフラしながら、2階の奥へと消えていった。


風呂の更衣室に散らばった下着の奥の浴室で女性が何やらぶつぶつとつぶやいていた。


この宿には個室ごとに風呂はなく、しかたがないので共同浴場の女湯で我慢をした。


「大統領からの支援物資要求なら1億ドル、建設費に湯水のごとく使う方針なら1.6億、戦争なら…ふふ、3億ドル!夢が膨らむわぁ!」減ったタバコをライター代わりに、新しいタバコに火をつける。


「しばらくはバカンスで息抜きできるわね」


フゥーッと出した煙は、すぐに真上の清浄機に消えていった。


そろそろ体も十分温まったので、浴室を出ようとしたその時。


がらりと扉を開け男がよろめきながら入ってきたではないか。


手には薄汚れた袋を持っている。


「ぎゃあ」女は再び湯に浸かってどなりまわした。


「あんたねぇ!女の暖簾も更衣室の下着も見なかったの?」


「あ…あぁ?そうだったけすみません、もう視界がクラクラしてて…」


湯気で視界不明瞭であっても、その男についてる無数の切り傷、縫ったあと等の跡が無数にあるのを見て


「あなた…何者?」と問いかける。


が、すでに男は消えていた。浴室の女はイライラしながらタバコの火をお湯に突き刺して消した。


―――




テッドは風呂も終え、銃の掃除をしてから早々と眠りについた。仕様の枕は横に置き、首にひもを巻き付けてから古びれたポーチ袋をまくらの下に置くのが日課だった。手紙の入ったこのポーチは、頑丈でナイフごときではつらぬけないどころか銃弾の弾も貫通しない強靭なもので、水も通さず防水性もあるため字が滲まないすごいポーチなのであった。

さすがに安い宿だけあってベッドが固かったが、そんなことも忘れるくらいのスピードで入眠するのであった。手には愛用のスミス&ウェッソンM66改造型を持ちながら。




頭にICチップを入れられる夢は散々見てきた。麻酔でちっとも痛くはないのだが、やけに眩しいライト。のぞく医師。


テッドはそんなICチップを3枚も入れられたのである。忘れたくても忘れられない、異質な空間、その光景…。



犬は主人の足音で主人かどうか判別できるという。


ネコパンチは自分のスーツにドライヤーをかけながら聞く、ヨーコの足音にうんざりしていた。


ドアが開く。


「おいネコ!風呂入ったか?そこで傷だらけの男を見ただろう!」


ネコパンチはため息を漏らしながら言った。


「ネコは風呂が嫌いだにゃ~」


「この役立たず!」


言い合いに飽き飽きしている猫族の子はそのまま会話を受け流してパンツにドライヤーをかける。


ヨーコは窓を覗き込んだ。雪はつもり、止む気配もない。


「あの男…きっと修羅場をくぐってきたに違いない」ポツリと言うとベッドに入り、3秒で寝息を立てた。


「そんな事なら僕も風呂入っとけばよかったにゃあ」服を掛けるとネコパンチもベットに潜り込み、1秒で寝息を立てた。


ほどなく宿屋の女将がやってきて、部屋の明かりを消してくれたのだった。


―――


「朝食もありますよ…」


寝ていたテッドの耳元でそう女将にささやかれ握っていた銃を反射的に隠し、思わず身を起こし「はいっ⁉」と叫んでしまった。


食べようか迷ったが、次はいつまともな食事にありつけるのかどうか分からない旅路である。


「分かりました」というと、ふくよかな宿屋の婦人はニッコリと微笑んで部屋を出て行った。


もう朝なのかと思い、カーテンを開け窓越しに外を眺めると、さいわいな事に雪は止んでいたが昨日の分の雪がまだたっぷり積もっている。




すぐ出発できるよう制服を着ていこうとも考えたが、まぁ今日くらいはゆっくり食べようかと、ワイシャツとジーンズ姿で行くことに決めた。


ただし当然手紙の入った袋は背負い、銃はジーンズの後ろに差した。


「悪目立ちするかなぁ~」はねた前髪を鏡で直しながら、そそくさと部屋を出ようした瞬間、


「あードア用のカードも持ってなきゃな」寝ぼけなまこでカードを取ると階段を駆け下りる。




テーブルには2人の先客がいた。


一人は猫族で、魚料理を一心不乱に食べている。


もう一人は小食なのか肘をつきながら、いぶかしげに自分を睨んでいた。


「ミートボール沢山作ったからいっぱい食べてねぇ」


宿主は元気に次々と食事を持ってきた。テーブルに目をやると、もう沢山の料理がすでに沢山並んでいる。


好きな物を食べれるバイキング形式は悪くない。テッドは自分の皿に肉料理だけを山盛りに積み上げて、空いているテーブルに腰を下ろした。


昨日はシチューを少し食べただけだったので、肉に舌鼓をうっていると、もう一つのテーブルにいた女性が皿を持ってツカツカと足早にこちらにやってきて


テッドの向かいに座った。皿を見るとサラダがのっている。食欲がないか、ベジタリアンなんだろう。




黒髪に黒スーツの女性はサラダを食べるわけでもなく、ただ黙っていた。いやな空気感を切り裂こうと


「…なにか?」


とテッドは腫れ物に触るように尋ねた。


「はなみ離さずもっているその袋、よっぽど大事なものがはいってるんでしょうね?」


女性が初めて口にしたその瞬間、テッドは悪党を1万人以上殺してきたカンでもって、手紙狙いの悪党だと直感した。


喉につまった肉料理を水で流し込み、


「だったら?」


「昨日のお風呂の件、しってるでしょう?」


「いやあれは別に見たとかそうゆうわけでは…」


「そんな事どうでもいいの」


女性はサラダに埋まってるパスタを巻きながら話を続けた。


「あんた、体中傷だらけだったじゃない。どうしても…」


「ヨーコ!」


会話を割り込むように猫族がテクテク寄ってきた。


「外のマイカーの様子を見てくるけどいいかにゃ?」


パスタを巻く手が止まる。


「あぁそぅいってらっしゃい」


魚料理をたっぷり摂った猫は、帽子を直しながらドアを開け外へと消えていった。




宿屋から外へと出たネコパンチであったが、あまりの寒さに


「ヨーコにコートを買ってもらわないとにゃあ…」


と思わずつぶやいた。周辺に人影はいない。雪は最低でも10センチはあるだろう。


「マイカーどうなってんだにゃ?」


周囲を見渡すと、店の入り口に雪にまみれてる中、足だけが見えている事を発見した。


「なっ…なんにゃこれ⁉」


ネコパンチは足の見えている周辺を手で掘ってみると、男の死体が現れたのである。


「おかしい…これ絶対おかしい」


猫はまたキョロキョロと見渡し、横付けされているマイカー以外の車1台を発見し、


車の横をしもやけした手でかきわけてみると、赤い「〒」マークが現れ体が固まった。


慌てて銃を2丁取り出し、雪のせいでおぼつかない足取りでも何とか走りながら宿屋のドアを蹴り上げた。


「そいつがAAAの郵便屋だにゃあ‼‼」


瞬間!テッドはテーブルをヨーコの側に跳ね上げた。仰向けで倒れたヨーコをうつ伏せにし、後ろ手に手錠をかけた。


「女性は殺せない体なんだ、ごめんね」ヨーコは屈辱めいた顔でテッドを見た。


刹那、弾丸の応酬がテッドを攻め、その弾丸は何か所かテッドの体を貫通した。


「なんなんだあいつ…」


「あいつは世界で数人しかいないガンマンよ…手錠を外したら止めるよう呼び掛けても…」


すばやくテーブルから姿をだし全弾6発を使う。


「なっ…」


両足に2発命中。ネコパンチは立っていられなくなり、そのまま仰向けに倒れた。AAAであるテッドもまた、


修羅場をいくつもくぐり抜けてきた人間である。それだけにこの被弾は恥ずかしい。




厨房にいた宿屋の婦人が料理を運び戻ると、この凄惨な状況に思わず持ってきた皿を落としてしまった。


「どうしたっていうの⁉」


テッドは青ざめた顔で


「医者を…呼んでくれませんか?」と言うと吐血した。


銀のトレーにピンセットで銃弾を捨て置く。カランと音を立てた4つ目の銃弾。


「これで最後じゃな。あとは弾が貫通しておる。縫っておくからね」


医者は達成感と安堵感からくる溜息をついた。テッドも


「麻酔万歳だね」と落ち着いた様子でつぶやいた。


郵便屋は上半身裸でも手紙はちゃんと肩に掛けてある。


「こっちも治すんだにゃあ!」


猫族のガンマンは騒ぎ立てたが、


「君には自然治癒効果があるから安心しなさい。それに」


医者は眼鏡を上げながら


「君の食らった弾はホローポイント弾だから摘出なんてとてもとても」


ネコパンチの横にいた女性は蔑んだ目で睨みながら


「あぁん?ホローポイント弾だぁ?このド外道が!」


そう吐き捨てると早々に部屋から出て行った。


ホローポイント弾とは、体内に入ると金属片がバラつき、摘出が極めて困難な


非人道的と言ってもよい弾のことだ。テッドはつぶやいた


「仕方ないんだ…目的の為なら手段は選ばない。僕の体を見てみればきっとその意味がわかるさ」


座りながらネコパンチは何も言わなかった。テッドはさらに続けて


「だから…僕を追い回すのは辞めといた方がいいよ。君にどうこう出来るレベルの手紙じゃないんだから」


諭されてもネコパンチは何も言わなかった。複雑な思いが交錯してのダンマリなのであろう。


宿屋の婦人がやってきて


「はいはいネコちゃんはまだ立てないからベッドに戻りましょうね~」


婦人に抱えられても何ら抵抗もなく、ネコパンチはそのまま連れていかれた。


「なぜかはわからんが、猫族は数日で自然治癒による回復能力が備わってるんじゃ」


医者も作業を終え、静かに去っていった。




ほどなく向こうの部屋から


「晴天‼」という女性の狂気じみた声が響いてきた。


テッドはパズルが完成したかのように小さくうなずいた。


「気象強行士が空を荒らしてる間に猫が相手をやっつける…ペアの強盗団ってわけだ」


テッドは全身麻酔を受けたので、しばらくは起き上がる事ができないでいた。


ヨーコが晴天にしたため、雪はほとんど溶けてなくなっていた。これで車も動くだろう。窓を閉めてから


その女性は怒りに震えるように、ベッドで寝そべっているネコパンチを見て吐き捨てるように言った。


「郵便屋は明日にでも車に乗って宿を去るだろう。一方私らはお前の自然治癒を待たないと宿からは離れられない」


猫族は慌てて


「あいつはターゲットとしては高すぎるんだにゃあ。あきらめた方が…」


さえぎるようにヨーコは叫んだ


「私が欲しいのはあの郵便屋じゃなくて、持ってる手紙なの分かる?手紙さえ売れればこの稼業もやめるわ」


飽くまでヨーコは手紙をあきらめていない様子だったので、ネコパンチはやれやれといったていで枕に顔を沈めた。


「あんなに鉛玉打ち込んだのに死ななかったってレアケースなんだにゃ」


「あんたの仕事っぷりにケチつけてるわけじゃない。問題ないわ。でもあいつの信念は伊達なんかじゃない」


ヨーコは続けた


「あの郵便屋は色んな奴に狙われてる。これからもそう。だから他との争いの場で疲れているところを手紙だけかすめとるっていうのは」


「ねぇさん、あいかわらず姑息だにゃあ」


「…両足切断してやろうか?」


再び猫族は枕に顔をうずめた。


「あいつを倒せる自信を失ってしまったんだにゃあ!」


「私も銃はもってるけどネコパンチや郵便屋ほどの腕前はない…。」


ヨーコはソファに体を深々と沈めた。


「だから妥協案なのよ、この選択は…ん?」


窓から車の音が聞こえてきた。


しまった!ヨーコはネコパンチを抱きかかえて急いで自分らの車に降り、猛スピードで彼の後をつけるのだった。


トンネルを走行中は大雪と無縁になるので、ライトをハイビームにして車の速度を上げていった。


対向車線側には車が来る様子はなかった。


「このまま一気にメガロポリスに行ってゆっくりしたいなぁ…」


正直、雪続きでうんざりしているのでモチベーションは下がっていた。


宿にいた黒服の強盗2人組がまだ追っかけてきてる事が、郵便屋を一番憂鬱にさせた。


でないといきなり大雪になんて、なるはずがないじゃないか。


へこんでいると、遠くから白い出口が見えた。やっとトンネル通過だ。


しかしトンネルをでてすぐ、


「パパン!」と車のタイヤがパンクする音が聞こえた。


「何だ何だ、なにがあった?」


外に出てみると雪、まったくもう」


郵便屋がタイヤに触れていると、雪にまみれたマキビシチェーンが敷いてあるのを発見し、


「誰の嫌がらせなんだ‼」


郵便屋はそう叫ぶと同時に


「タァーン‼」


と1発の銃声が山に轟いた。郵便屋はうつ伏せに倒れる。スナイパーライフルの一撃によるものなのは確かだった。


のっそりと近づいて来る紙袋野郎は郵便屋を見て、ぼそっと呟いた。


「血ガなイ…」


その言葉を合図にうつ伏せになっていたテッドは俊敏に仰向けになり、スミス&ウェッソンのリボルバーで6発全弾を心臓に撃ちつけた。


紙袋野郎は後ろに下がりながら思わず転倒した。テッドの肩には血が滲んでいたが雪に染みる程度の血ではなかった。


テッドは紙袋を外そうと考えたが、もう死んでる事だし、何より怖いし思いとどまった。スピードローダーで素早く弾丸を6発装填する。


対抗から原付に乗った青年をみつけ、両手で合図をすると原付は徐行したのち止まってくれた。


テッドは札束を出し、言った。


「その原付、2千ドルでうってくれない?」



トンネルを走行中目の前に、かすかに光を放つトンネル出口が見えてきた。


「やっとか…」


吸っていたタバコを窓から投げ捨て眺めると、トンネルの出口に郵便屋の車があり、


その横に巨体な男が倒れていた。


あきらかに異変を感じた二人は、車を降り近くまでにじり寄っていく。


「あーっマキビシチェーンだにゃ」


雪に埋もれたチェーンを引っ張り出す。


「郵便屋は、これをモロに踏んだわけね」


でもこの紙袋男は一体…。そう思って紙袋を取ろうと手が触れた瞬間。


紙袋マンはゆっくりうずくまり、ぬめりと立ち上がった。


「こいつ、まだ死んでないぞ‼」


ドカドカドカドカッ‼


ネコパンチはすばやく2丁拳銃を紙袋に向けて40発の弾丸を打ち込んだ。


郵便屋が心臓を、ネコパンチがヘッドショットを食らわせた紙袋男はさすがに咆哮を上げて


雪の中に沈んだ。


「よし。どんな手段を使っても郵便屋はメガロポリスに向かうだろう。私らもすぐ後を追うのよ‼」


「にゃーっす」


ネコパンチは弾倉を入れ替えながら車に入ってゆく。ヨーコは新しいタバコを口にして火をつけた。


「行くわよ!」


「はいにゃ!」


2人がトンネルを抜けるとメガロポリスがやっと視界に入ってきた。


「晴天‼」女性が腕を上げながら叫ぶと、いつもの暑い気温に戻っていった。


「もうエネルギー不足だからね。風呂にでも入らないと」


「じゃあ僕と一緒にはいるかにゃ?」


顔面蒼白になったヨーコは吐き捨てるように言った


「きんもちわりぃ~~~~~なお前‼」


何とか無事にメガロポリス入り口まで到着したテッドだったが、まずは肩の傷を見てもらう医者を探さないといけなかった。


弾は貫通しているとは思うのだが、まだ痛むし血が止まらないのでやはり万が一の事を考えて治療をする必要がある。


買った原付の電気電源は車の電池をむりやりつけて何とか走り続けてこれた。


「しかしそれにしても…」


以前来たよりも人並みも活気も無くなっているのは、多分気のせいではない。医者自体いるかどうか。


しばらくまっすぐ走ると、BARのような建物が見えてきた。ネオン看板がBARと淡く光っている。任務に関わる事なので酒は一滴も飲めないが


コーラとハンバーガーぐらいはあるだろう。実際空腹で限界なのだ。


しかしAAAの免許を見つけた客は攻撃してくるかもしれない。通行人は全員敵と思え。AAAの教訓である。


バーの店主なら医者の居場所も知っているはずだ。ポケットにスピードローダーを2個入れて、堂々とバーのドアを開けた。


4人組のメンバーが2つのテーブルを陣取っている。計8人だ。談笑していたが、郵便屋が入ってくると笑みが消えた。


カウンター越しに40代くらいのバーテンがコップを拭いていた。


「ご注文は?」


「コーラと、何か食べれるものを」


「フィッシュ&チップスぐらいしかございませんが」


「充分。たのむよ。」


客の8人はいつもの談笑にもどったので、とりあえずはほっとした。


「バーテンさん」


コーラで喉を潤してから言った」。


「この町に医者はいるかい?」


「闇医者ならいます」主人はテキパキとした喋りで続けた。


「ここの、はす向かいにあるボロい建物です」


「フィッシュ&チップスを堪能してから向かいます」




お腹も満たされた所で、郵便屋は早速闇医者へと赴く。


扉の前で


「いますかー」


と言うと、ちいさい爺さんが顔を表した。


「入れ」


言われるまま部屋へと入っていった。




「弾は貫通してるようじゃな。縫っておこう」


「助かります」


闇医者がテッドの帽子にある身分証に目をやると


「お前さんは気をつけた方がいいぞ」


「慣れてますから」


テッドが照れながら言うと、闇医者は真顔を崩さず続けた。


「メガロポリスが以前より荒廃してしまった理由は、何でもありの強盗団が押し寄せてきたからじゃ。


お前さんなんてすぐ餌食になってしまうぞ」


闇医者は手当を終わらせてから、白いヒゲをなでた。


「雪もやんだし長居はしません。ただどうしても宿で1泊したいのでさがしてみます」


闇医者は請求書とともに、宿の地図をかいてくれた。


郵便屋はお礼を言ってから、早々に宿屋へ向かった。




その頃、ヨーコとネコパンチもメガロポリスに到着した。



「店もあまりないにゃあ」


黒服の2人はあたりを見回しながら、つぶやいた。


シャッターが閉まっている商店街を進んでいると、一件の宿屋があった。


「ここで1泊して休もう。あいつも最低でも1泊はするはずだ。タイミングを見てまた大雪にする」


駐車場に乱暴に車を止めて、2人は宿屋へと消えていった。


ネコパンチが風呂上りで出てくると、ドアを開けてズカズカとヨーコが入ってきた。


「バーで情報を手に入れてきたわ」


そう言うとソファに身を委ねて、タバコに火を付ける。


「この街は今、盗賊団がわんさかうろついてるらしいわ。郵便屋とドンパチがあるかも」


ネコパンチは寝間着に着替えながら、


「まだ懲りてないんだにゃあ」


と呆れた様子で寝室に向かった。


「待てネコパンチ!ドンパチの隙を狙って手紙をかすめ取るって事も…」


言い終える間もなく猫は寝室の奥へと消えてしまった。


「あいつ…本気でやる気あんのか?気合が足りねぇ。ったく…」


ヨーコはタバコをスパスパ吸いながら貧乏ゆすりを始める。


「私はまだあきらめない…だがネコパンチのガンさばきは不可欠…」


ブツブツとつぶやきながらヨーコも寝間着に着替えると、寝室へと消えていった。



「おお、これはっ!」


「いいだろぅ、こいつは…へへ」


テッドは宿に行く前にガンショップに立ち寄った。この世界ではガンショップも少なく


弾丸の確保さえも大変なのである。


そこで凄いブツを見せてもらい、テッドはまるで宝物を見るように目を輝かせたのであった。


ガンショップの店員は続けた。


「マグナム357。6発のライフルだが銃口が2つあって、下からはミニミサイルが撃てる」


「いいね!いくらなの?」


「こいつは特注だからな。千ドルだ」


テッドは車も購入しないといけない為、大いに悩んだが結局店主に押し負けて購入してしまった。


「ちょっと重たいけど、こりゃあいい」


ミニミサイルも数個購入し、そのまま原付に乗って車の販売所へと足を向けた。


思っていたよりも狭い場所だ。店主を探すも見当たらない。


「どこにいるのかなぁ」


そう思って帽子を被り直していると、突然背後から


「何の用だ?」


と言われて驚いてしまった。おそらく店主なのであろう男に郵便屋は答えた。


「車を買いに来たに決まってるじゃないですかぁ」


「どんな車種を?」


「軽でいいんですけど、防弾仕様のってないですかね…はは」


テッドはそう言っておどけて見せた。


「こんな時代だからな。あるぜ。防弾仕様のヤツ」


まさか防弾仕様の軽自動車があるとは思わなかった。驚きつつもテッドは即答した。


「これ買います!」




と、色々あってやっとテッドは宿屋に到着した。闇医者に教えてもらった宿だ。


正直安心して眠れればそれで良かった。


「それにしても強盗団を見かけないな…夜行動してるのか?」


いぶかしげに、そこどこをキョロつきながら宿へと入っていった。ガンホルスターには


新品の銃が入っている。ミニミサイルのホルスターはサービスで付けてもらった品だ。


両方付けてると意味もなく誇らしい。宿のドアを開け消えていく。


まさかネコパンチとヨーコが眠ってる宿にまた入ってしまった事も知らずに。



テッドは妙な物音で夜更けにふと目を覚ました。もちろんいつものように銃は片手に持ったまま眠っていた。


「誰かいるのかな」


トイレにも行きたかったテッドはそのまま自分の部屋を開け、トイレに向かうため渡り廊下を歩いていると、ふと


後ろに気配を感じ振り返ると、突然投擲用ナイフが4、5本飛んできたので、思わずかがんだのだが左肩に1本ナイフを受けてしまって


すぐに引き抜いた。血が滲む程度で済んだが利き手の方じゃないのが幸いして銃を構えることができた。


「誰だ貴様!」


もう一度吠えるとナイフ使いはあっさり姿を現した。背は高く青い髪、鎖かたびらを装備し、投擲用ではない変わった形状のナイフを携帯している。


「盗賊団団長だ。まさかまさか本物のAAAに会えるとはおもってなかったぜ。大人しく手紙を…」


言う前にテッドは銃をドカドカと心臓めがけて打ち込んだ。


「鎖かたびらはそんなチャチじゃねぇぜ」


「あぁそうかい」


テッドは早速ミニミサイルの威力を装填し、


「消えろゴミが!」


盗賊にモロに命中すると、思っていた以上の爆風が辺りを覆った。盗賊団長は窓を突き抜け、外の地面に激しく頭を打って倒れた。


恐らく生きてないだろう。ミニミサイルは伊達じゃなかった、すごい威力だ。



「何の騒ぎにゃ?」


ネコパンチが異変に気付いてヨロヨロと現れたのでギョッとした。まさかまた宿がまた同じだったなんて。慌てながら、


「ちょっとタイム!騒ぎは今は無しにしよう」


ネコパンチは眠い目をこすりながらあっさりと言った。


「前回の銃撃戦で、かなう相手じゃないと悟ってるんにゃよね。だから僕はなにもしない。ヨーコはどう思ってるかわからないけどにゃ」


そう言うとネコパンチはあっさりと寝室へと戻っていった。安堵する。


しかし猫のパートナーの女性は獰猛だ。ここはひとつ早めに宿をでた方が無難だろう。


とはいえまだ夜更け過ぎである。もう少し睡眠を取るため、テッドも大人しくベッドに戻った。毎日の日課である、片手に銃を持つ習慣は忘れずに。


テッドはICチップを3つ埋め込まれているのだが、その中の一つに「女性を殺してはいけない」というチップが埋め込まれているのだ。


郵便屋同士の紳士協定なのかどうかは分からないが、とにかくそういう事になっているわけだ。だから女性にどこまで銃を撃つかの判断はとても難しい。


せめて急所を避け、足止めさせる程度でなくてはならないのだ。


手紙入りのポーチを枕の下に置き、銃を片手で持ち、そんな事をベッドで考えている内にすぐ深い眠りに入っていった。


朝7時。


ネコパンチは寝間着姿のまま、サービスのモーニングを食べていた。左肩がやや下にずり落ちている。


「酒も飲んでないのに気持ち悪ぃ…」


ヨーコは低血圧なのでいつも遅れて来る。長い髪ををかきながら、やはり寝間着姿で階段を降りてきた。


「やぁおはようヨーコ」


「…」


機嫌はあまり良くないようだった。


「サンドイッチとゆで卵、サラダがありますからね」


宿屋の主人は厨房で料理も兼ねているので、そういうとすぐに厨房へと向かっていった。


ヨーコはサラダをフォークでいじりながら、ダルそうに言った。


「昨日寝てたら爆発音がしたけど、夢だったのかしら」


「例のポストマンだにゃ」


「はぁ!?」


「ポストマンも同じ宿に泊まっていたんだけど、朝イチでもう出てったにゃ」


「何!?」


ヨーコは人が変わったかのように机をドン!と叩いた。


「何故それを早く言わない!?追いかけるわよ」


「昨日盗賊団の団長を、知らない爆発物で1瞬で消し去った男だにゃ。僕はもう追いたくない」


黙るヨーコに続けた。


「ヤツはもう無理だにゃ。他の小物狙ってた方がまだマシってもんにゃ」


「分かってないわね!一生暮らせる分の報酬が手に入るかもしれないのよ?強盗稼業からもスッパリやめれるのよ?」


「はぁ…とりあえず着替えなきゃだにゃ」


朝食を充分摂ったネコパンチは、2階へと登っていく。ヨーコも小走りでそれに続いた。


AAAの郵便屋は軽快に車を走らせていた。


お土産用に宿屋の主人から銀紙につつまれた料理にはまだ手をつけないでいた。


左手には山脈が連なっており、何回かトンネルを通る必要がある。警戒だけは怠らずに気持ちを引き締めた。


「ミニミサイル、もうちょっと多めに買っていればよかったなぁ」


そんな事を思っていると、遠方から水汲みの桶をもった12、3歳ほどの少女がこちらに向かって手を振っている。


テッドは笑顔でそれに応えた。


「どうしたんだい?こんなところで」


「川から水を汲んできたの…あ」


少女はテッドの身分証を見て


「郵便屋さん!」


とはしゃぎながら叫んだ。


「私の手紙も運んでくれる?メガロポリスにいるお兄ちゃん宛てなんだけど」


テッドは困ったなぁという感じで顔をかいた。


「お兄ちゃんは特別な手紙しか運べないんだよ」


「今日は私の家に泊まって!寝る場所もあるわよ」


もう日暮れすぎである。泊まるあても確かになかったテッドは


「じゃあお言葉に甘えようかな。お水はこぼさないでね」


と、少女を乗せて少女の家まで車を走らせていった。




少女が動ける範囲の距離だった事もあり、家はさほど遠くない場所にあった。


思っていたよりも大きな2階建てで、ちょっとした農園もある良い家だ。


「いい家に住んでるね」


「そうなんですか?私は生まれてからずっとこの家にいるのでわかりません」


と言いながら、少女は郵便屋が持っているポーチに視線を向けていた。


家に車を止めると、両親が出迎えてくれた


「おおこれは…AAAの郵便屋さんではありませんか」


「寝室はあります。ぜひ泊まっていって下さい」


少女の父と母は快くテッドを迎えてくれた。


「すいません、ちょっとだけご厄介になります」


申し訳ない照れ顔をしながら、帽子を取って挨拶した。




夜はご両親の作った夕食を皆でテーブルを囲んで頂いた。


こんな家庭的な料理を食べたのはいつぐらいぶりだろう。


「すごくおいしいです!」


思わずテッドはそう言って舌鼓をうった。




風呂は体の傷を見せたくないので遠慮させてもった。


とにかく今日は車の運転づくしだったので疲労してたのもあって


郵便屋は早々に寝室でたっぷり眠ろうと寝室に来た。


衣服を引っかける木製の置物があったので、上着だけを引っかけてベッドに入った。


いつものように手紙の入ったポーチを枕の下に置き、片手に銃を持って眠りについた。




3、4時間程経った頃だろうか。


枕に違和感を覚えて目を覚ました。ポーチを引っ張ってるのだろうか。


すぐさま持っていた銃を対象に向け、語気を強めながら叫んだ。


「誰だ‼」


「あっ」


ベッドの横にある明かりを付けると、そこには少女が崩れ落ちるように倒れていた。


「どうして君が…」


「ちがうの、どんな手紙だったか見てみたかっただけなの」


様子を伺いに父親が部屋に入ってきた。


「お父さん…あなたの差し金ですか?」


「何の話だ?」


「娘さんが僕の手紙を盗もうとした件です」


「娘がそんな事を…何てことしているんだミラ!」


父は娘を叱咤した。どうやら娘の単独犯だったようだ。


テッドは気丈に振舞った。


「手紙を狙う人物がいる以上、ここにはもういられません」


引っかけていた上着を羽織ると、父親の反対を押し切って車に乗り、


闇の中へと消えていった。




山脈にあるトンネルから1台の車がすごい速度で現れた。


運転してるのは女性、助手席にいる人物は何重にも折りたたんだ地図を開いて眺めていた。


「次の中継地点の街は?」


運転してる女性はヒステリックな面持ちで相方に訊ねる。


「次は…ホーネットだにゃ」


「郵便屋も次はそこを目指すはず。今度は先に到着して策を練るわよ!」


「まだあきらめていないのかにゃ?」


女性は舌打ちして言葉を続けた。


「私の意思はちゃんと伝えたでしょ⁉まだまだ諦めないわよ」


嘆息しながら黒服の猫族は、地図を再び丁寧に折りたたんだ。


天候も良好な事もあって、車はスピードを落とさず走り続けた。




ホーネット街にある雰囲気の良いカフェ店内で1テーブルだけ異様な空気を醸し出していた。


目だけくり抜いた紙袋を被った2人組である。


被っている紙袋を少し上げてカフェオレに一口、口にすると辛そうな口調で語りだした。


「ボスがやられたって本当の情報なのか?」


相手も重い口調で口を開いた。


「本当だ。顔と心臓に何発も食らってた。今は回収して、片目にある録画を見て犯人を特定中だ」


「特定したら復讐してやる」


もう一人の人物も紙袋を上げて、カフェオレを飲んだ。



法定速度を守りながら、黒い軽車をホーネットという街を目指し無言で走らせていた。


勿論昨日の少女の件もあって、後味は気まずいままだ。引きずっているのだ。


一旦車を片隅に止めて、地図を眺めた。ホーネットの街まではまだ遠い事を確認すると


地図を後ろの席に放り投げて、また車のエンジンを付けた。


「眠いなぁ…」


あれからほとんど眠ってないテッドは、あくびをしながらまた車を走らせた。


今のテッドは寝不足だった。危険なドライブである。


インターネット環境さえあれば敵をサーチして本部から敵の情報を教えてくれるのだが。


ネットが遮断されてから何年たっただろう。そんな事をぼんやり考えいると余計に眠くなっていった。



テッドは睡魔の限界を漂っていた。このまま車を止めて寝ないと非常に危険な水域まで来ていたのだった。


と、左手に「モーテル」の明かりが見える。幸運ここに極まれり。


テッドはすぐにモーテルに車を止め、主人に前金を支払い、いわれるがままに部屋に案内され、室内で1人になった。


「これで…しばらくは寝られるな…」


とにかくポーチを枕の下に、そして銃を片手に持ち、すぐに眠りに入った。



12時間経ってもテッドはまだベッドの中にいた。相当疲れていたとはいえ豪快な快眠っぷりである。


一方、モーテルに1台のランボルギーニがぬめりとやってきた。


出てきた男はどこからどう見ても忍者の恰好そのものである。腰と背中に刀を携帯していた。


忍者は宿屋の主人に紙を見せ、なにやら会話しているようだった。主人は部屋の方向を指差すと、


忍者は部屋へとゆっくりと近づいていった。




テッドは部屋のドアの向こう側から聞こえる、カチャカチャとした不気味な音でやっと目を覚ました。


銃の安全装置を外す。問題はテッドの部屋に入りたがっている人物は誰なのか、である。


最後に「カチャリ」と音を立て、静まった。ドアの鍵が開いたのだ。


「誰だ⁉」


テッドが叫ぶと、数秒の間をおいて忍者が入ってくると同時に間合いを詰め、刀を振りかざす。


すんでの所で刀を銃で受け止める。この近すぎる間合いでは銃が撃てない。忍者はあらゆる方向から


刀を繰り出してくるが、その全てを銃でガードした。


大きく振りかざそうと忍者がのけぞると、やっと1発、弾丸を発射する事ができた。


しかし忍者は素早く後ろに下がったため、被弾は免れた。


「さすがAAA…だがお主がターゲットではない‼手紙をよこすのだ」


「誰がお前なんかに‼」


刀に銃を5発ぶち込むと、忍者が持っていた刀は折れてしまった。それを投げ捨て、背中に背負っていた


刀をさやから抜くと不敵な笑いを見せた。


「やるな。」


そういうと今度は無理に間合いを取らなくなった。テッドはスピードローダーで6発同時充填する。


郵便屋がベッドから飛び移ると、折れた刀を拾う。


「賞金首稼ぎの強盗にしてはやるほうだけど、格が違うな」


「ぬかしおる‼」


忍者は大きくジャンプしながら刀を振りかざした、テッドは折れた刀で忍者の刀を受け止め、同時に腹に2発打ち込んだ。


よろめいた所を4発頭に撃ちこむ。


忍者はドカっと倒れてピクリともしなかった。


「はぁ…雑魚の相手も疲れるよ」


郵便屋はそう言って、またベッドに寝転がり寝息をたてるのであった。


結局2度寝して、目を覚ましたのは昼過ぎだった。


起きると床に忍者が倒れていた。死人だから当然だろう。


一応だが、ベッドの下に忍者を隠しておいた。


充分に寝てさっぱりしたものの、お腹が減ったテッドは、モーテルの主人に食べる所があるかどうか尋ねると


すぐ隣にダイナーがあった。まだ寝ぼけてるのだろうか。早速入店してハンバーガーとフィッシュ&チップスをのんびり食べながら窓を眺めていると、すごいスピードで走り抜けていく車を見た。


お腹も満たされたのでテッドは車に乗り、再びホーネットに向かって車を走らせた。



ヨーコは凄まじいスピードで運転していた。


走っているとダイナーとモーテルが見えてきたので


「ここでちょっとお休みしにゃいか?」


と提案したが、無言の却下を受け止めた。


「はぁぁー…お腹減ったにゃあ」


「あんたはモーニングサービスたらふく食べてたでしょ」


「でももうお昼過ぎだし…」


ヨーコはやはり無言で運転に集中している。


「とにかくあいつの先回りしないと…あいつよりも…」


運転中の女性は何やらブツブツ言いながらギアチェンジする。


「何かもう一種の病気だにゃ」


猫は完全に呆れ顔で、強盗団・犯人速報を読み始めた。


当然郵便屋は犯罪者ではないのでリストには載っていない。


1000ドルや2000ドルの小者があれこれ掲載されていた。


「こういうのでいいじゃなにゃいか…」


ネコパンチはボソリとつぶやいた。


ホーネットはまだまだ先だ。2人を乗せた車は猛烈な勢いで道路を駆け抜けていった。




見えるのは荒野。所どころ大きな茂みがあり、遠くにはうっすらと山脈が見える。


「さすがに疲れたから次のモーテルで休むわよ」


そういって猫族を見ると、静かに寝息を立てて寝ていた。


ヨーコは舌打ちをすると、ネコパンチにビンタをかます。


「寝てんじゃねーよこの野郎‼」


猫族はしばらくぼーっとしていたが、程なくまた眠りについた。


ヨーコはやはり凄いスピードで車を走らせていった。


やはりテッドも同じような光景の道を走っていた。どんなに走っても同じ光景なので


思わずあくびが出る。


「もう寝たいなぁ…」


ぼんやりとした感覚で運転していると、突然フロントガラスにペンキのようなものが


塗られ、視界が閉ざされた。急ブレーキを踏んで車を止めるとホルスターから銃を抜き


ドアを開け、車越しにあちこちを見渡す。大きな茂み以外隠れる場所は見当たらなかった。


「誰だ‼」


叫んでも応答がない。しかし襲われているという自覚だけがあった。


と、首の横に痛みが走った。首に刺さったものを乱暴に取ると、吹き矢のようなもので刺されたようだ。


再び周囲を見ても物陰一つ見当たらない。


「くそっ一体どこから…」


そう言うと体中に麻酔を浴びたような感覚に陥り、頭も朦朧となった。


最後の光景は、紙袋を被った人間たちがこちらを取り囲むように眺めている。そんな光景だ。


そうしてテッドは完全に意識を失った。



ぼんやりと意識が戻ると、移動式鉄格子の中にいた。2頭の馬が馬車を引っ張ている。


馬を誘導してるのは紙袋を被った人間だ。


銃も手紙の入ったポーチも盗まれた様子もない。一体何故…。


「お?意識が戻ったか?」


馬車を操っている紙袋人間が語りかける。


「大丈夫だ、ホーネットに向かってるからな」


テッドは何と言ったらいいかわからず、ただただ戸惑うばかりであった。


とにかく状況を把握できないまま、郵便屋は言葉を何とか集めて語りかけた。


「…何が目的だ?」


「到着すれば分かる」


そういえば以前、紙袋を被った大男を倒した事があった。同じ集団なのだろうか。


ミサイルを使って馬車の男を倒そうとも思ったが


行き先がホーネットでもあるし、しばらくは揺られてみるのも悪くないと思い、


ゆっくりと横になり眠るのだった。



ヨーコとネコパンチは、やっと見つけたモーテルに車を停車させた。


運転ずくめで、どっと疲れていたたヨーコは一刻も早く眠りたかった。


ネコパンチはお風呂とおいしい食べ物がたべたいらしかった。


「ヨーコはお風呂にはいらにゃいのかにゃ?」


「…寝てから入るわよ」


ぶしつけな様子でつぶやくと、モーテルの部屋に入りベッドで眠りこけてしまった。


ネコパンチはというと、隣のダイナーで目玉焼きとソーセージをたらふく食べてお腹を満たしたのだった。


馬車に揺られて何日たっただろうか。テッドは1日3回もらえる食事と水を必死に味わいながら、


耐えていたのだが、時間が経つ度につれ恐怖が頭をよぎってきた。


鉄格子越しに遠くをながめると、ぼんやりと街が見えてきた。ついにホーネットに着いたのだ。


「もうすぐ着くぞ」


馬車を操ってる段ボール男は嬉しそうに言葉を投げかける。


と、馬車が停車した。


紙袋男は言った。


「すまんがここからは目隠しをさせてもらう」


「なんだって⁉」


「大丈夫だ、お前を殺す目的じゃない。さぁ」


テッドは言われるがままに目隠しをされた。ここで暴れるのは得策ではないと感じたからだ。


再び馬車は動き出し、しばらくしておそらくホーネットの街中に入ったであろう喧騒が


テッドの耳に入ってきた。しかし1時間もすると喧騒は止み、森の中にいるような鳥の声が辺りに響いてきた。


(どこまで行くのかなぁ)


とにかく視界をふさがれている今、どんな場所なのか検討もつかない。


馬車はまだまだ動きを止めず走り続けた。



ヨーコがふと目覚めると、ゆっくり上半身を起こした。頭はぼーっとしている。


「一体どれくらい寝てたんだろ…」


「24時間眠りっぱなしだにゃ」


コーヒーを飲みながらネコパンチは少し開いたドアの角に身を預けつつ、言った。


「なんですって…⁉あんた早く起こしなさいよ‼」


「よっぽど疲れてるんだにゃあと思って、放っておいたんだにゃ」


ヨーコは上着を素早く着て


「追っかけるわよ!」


とモーテルのドアを勢いよく開いた。


猫族は嘆息すると、トボトボとした足取りで出入口のドアに向かうのだった。


目隠しをされてから2、3時間ほど経っただろうか。


何やら騒がしい場所に連れてこられると、馬車使いは郵便屋の目隠しを取り、オリから出した。


テッドは紙袋を被った人間たちに囲まれていた。


とまどっていると、集団の中から拡声器、メガホンを持った紙袋人間が前に出てきて叫んだ


「お前だな?うちのボスを倒したヤツは!」


「沢山倒してるから頭が混乱してるけど…確かに紙袋を被った大きな男を倒したのは確かだ」


ざわつきが収まるのを待ってから、メガホン男は続けた。


「我が『空飛ぶ紙袋団』のおきてとして、ボスを倒したものがボスに就任するというものがある。


従ってお前はうちのボスとなり、指揮系統を取りまとめるということだ‼」


「はあぁ?」


あまりにも突拍子もないその発言にテッドは動揺を隠せないでいると、集団の一人が前に出て言った。


「それはあまりにも古い悪習だ!こいつを倒すって事をやるべきなんじゃないか⁉」


そう言うと一部の人間からパラパラと拍手が起きた。間髪入れずにメガホン男はメガホンで叫んだ。


「これはボス自身が決めたおきてだ!覆す行為は万死に値する‼」


揉めているいる状況に、やれやれと思った郵便屋はメガホン男の頭を狙って銃口を向け1発撃ち当てた。


メガホンは手から離れ、そのままうつ伏せに倒れた。


悲鳴が聞こえる集団に、郵便屋はミサイルを装填して発射した。爆風で10名ほどが吹っ飛んでゆく。


「逃げろーっ」


紙袋の集団はそのまま、ちりじりになって逃げていった。


残されたテッドは腕を回しながら、やっと解放された実感を得ながらつぶやいた。


「また車、買わなきゃなぁ…」


ボソリと愚痴るとマグナム357をガンホルダーに収め、そのまま徒歩でホーネットの街へと向かった。


1時間ほど歩いただろうか。やっとホーネットの門に辿り着いたテッドは、入り口の門番に思わず


「宿はどこですか…」


と力弱く尋ねる始末だった。宿屋への行き方を聞いた郵便屋はそのままトボトボと歩を進めた。


教えてもらった宿に辿り着いたテッドは、部屋に入ると反射的に手紙の入ったポーチを枕の下に隠し銃を片手に持ったまま、即座に眠りについた。



ネコパンチとヨーコはテッドとは違う宿で、ミートボール入りのミートソーススパゲッティーを取り合うように食べていた。


この街は門番がいたり宿も複数あるので、前居たメガロポリスより規模も活気も良い街である。


「んむ…郵便屋が、もうここから離れているとしたら?」


猫は頬張りながら対面の女性に言った。


「ズズ…いや郵便屋はまだここにいるわよ…ンぐ」


「ソースは?」


「私のカンよ!」


それ以上ネコパンチは問わずに、食事に集中した。女のカンはバカにならない。


「この街で、今度こそヤツを捕まえて大金手にするわよ…むぐむぐ」


スパゲッティーはあっという間に無くなってしまった。


腹を満たした2人はそれぞれの部屋に戻り、泥のように眠るのであった。


昼前にテッドは目が覚めた。グーッとの伸びをすると枕の下にあるポーチを肩にかけ、


銃をホルスターに収める。


良く寝たテッドは、かなり体調が回復したように見える。


早速、宿の1階に降り遅めの朝食を取ってから外に出た。


移動手段が徒歩しかないのは、相当なダメージである。仕方がないので郵便屋は


車を売っている店に歩いて向かった。宿の主人に教えてもらったお墨付きの車屋らしい。


通行人の何人かが自分をジロジロと見定めている視線を感じつつも、黙って歩いた。



30分ほど歩いた場所にその店はあった。ドアを開けようとすると


「いらっしゃい‼」


と外から叫び声が聞こえた。振り返ると整備中の屈強な体格の店主が声をかけてくれた。


「あのー防弾仕様の軽車ありませんか?」


「もちろんあるとも!逆に防弾仕様の無い車より良く売れてるぜ!」


郵便屋は安堵した。


見に行くと黒色の軽が店の外の並びに置いてある。


「サービスしといてやるよ!」


店主は店の中に入り、15分ほど経ってからでてきた。


手には〒のマークの型紙と白いスプレーを持っていた。


店主が紙を仮テープで固定すると、白いスプレーを吹きかける。


紙を取ると車の横に〒マークが車に白く残った。


「いいですね!」


テッドがお金を渡そうとした時、銃弾がこちら側に向かってやってきた。


通りを見ると、20歳前後の男がこちら側に銃を撃ち続けているではないか。


「手紙よこせこらぁっ‼」


連射しているが店主も郵便屋もどちらにも被弾はしなかった。


テッドが銃を取り出すと、近くで銃声が3発ほど響いた。


横をみると店主の銃から煙を放っていた。連射男はバックしながら仰向けに倒れた。


「ベレッタM93Rだ。いいだろう、これ?」


「やりますね!」


店主は自衛手段として銃をいつも携帯しているらしかった。


改めて店主に代金を渡すと、車用の電池、水と食料をありったけ車内に積み込み


この街から離れるため速度をやや上げて進んだ。



情報はいつもバーにある。


何百年たってもその風習は変わらない。


ネコパンチとヨーコはビールを頼み、テーブル席で店内に妙な空気感を漂わせていた。


「全然あいつの状況がわからないじゃない」


ヨーコはビールを半分程一気飲みして言った。


「この街は広いんだにゃ。なかなか情報がつかめないのは想定の範囲内にゃ」


ネコパンチは1杯飲み切って、おかわりをした。


バーには2、30人いるだろうか。盛況と言って良かった。


仕事終わりに大いに飲み、はしゃいでる様子だ。


つまらなそうに飲んでるヨーコの耳から、聞き捨てならない大声が聞こえた。


「AAAの郵便屋を見たぜ!」


ヨーコは立ち上がり、言った男の襟首をグッと掴んだ。


「どこの門から出て言った⁉」


ヨーコは興奮している。男は、


「それをなぜお前に言わなきゃ…」


というやいなや、その女性は銃を取り出し、グリップ部分で相手の鼻っ柱にガンと打ち付けた。


たちまち男は鼻血を出し倒れそうになったが、襟首を掴んで再び起こし


「ど こ 門 か ら 出 た ⁉」


周囲の視線を受けたがヨーコは気にもしなかった。


男は慌てて、


「き…北門目指してた嘘じゃねえ」


「どうしてAAAだと分かった⁉」


「うちの店にレーション(戦闘用携帯食)を買い付けに来たんだよぉ」


と言うと、やっと男から手を放し、ネコパンチに手を振って呼びつけた。


「郵便屋を追うわよ!」


そう言うと慌ててバーから飛び出した。


宿屋にある車に乗り、凄いスピードで北門を目指す。


「信憑性はあるんでにゃす?」


「信じるしかないでしょ?状況打破よ」


北門に行くと多くの車が足止めを食らってる状況を目にした。


大人しく最後尾に並ぶ。


「何なのよこれは!」


門番がやってきて、ガラスを上げるよう指示をうける。


「酒気帯び運転の確認にご協力願います」


「あぁそう」


女性は懐からデリンジャーを取り出して門番に2発食らわせた。


そのまま倒れた門番をよそに、2人を乗せた車は北門から


外へと車を走らせるのであった。


テッドは順調にドライブしていた。しかし問題無い時ほど、気を引き締めないといけない。


2時間ほどドライブしたので車を片隅に寄せ、レーションに噛みついていた。


2個目を食べようかどうか迷っていると、突然吹雪に見舞われた。


嫌な予感がテッドの頭をよぎる。


しかし、車を購入した店主にスタッドレスタイヤに変えて貰っていたので多少は滑りにくくなってはいた。


とは言え、奴らとは断じて対峙したくないのですぐに車を走らせた。




15分ほどスピードをできるだけ上げながら走っていたが、バックミラーに吹雪の中、例の車の陰影が


映ると戦闘は免れないと堪忍し、マグナム157を抜き、ガラスを下に下げ、相手のタイヤに狙いを定め


3発ほど銃声を轟かせた。相手の車も防弾仕様なのは間違いないと思ったのでタイヤを狙ったわけだ。




あちら側からは2人が窓から身を乗り出して撃ってくる。やはりタイヤが狙いのように思えた。


テッドはハンドルを足で支えながら、スピードローダーで6発装填し、ミニミサイルも装填する。


敵はどんどん距離を詰めてくる。テッドは吹雪の中6発タイヤを狙い撃ったが視界が悪すぎて外してしまった。


「これだけは当たりますように!」


郵便屋は願いを込めてタイヤを目指しミニミサイルを発射した。視界不良でもすごい爆発音と煙が立ち込めるのが分かる。


と、相手の車が止まり、バックミラーから見えなくなった。


「よし‼あー寒い」


歓喜し、ガラスドアを閉め再びドライブを続けた。


「これであいつらも諦めるだろう」



車を運転していた女性は急に来た爆発音に少しだけ驚いたが、すぐ口を開けた。


「どーなってんのよこれ‼」


「どうしたも何もパンクだにゃあ」


車はガタガタ言わせて停車してしまった。


「くそぉ‼」


女性は怒り心頭でハンドルを叩いた。


「車の後ろに新品のタイヤとジャッキがあるでしょ?それで早く直しなさいよ!」


「え…僕が?」


納得のいかない猫の帽子をガッシと掴んだ。


「は や く はじめろ!」


ネコパンチはしかたがないなという背中で車を出た。


タイヤ交換した車は再び走り出し、吹雪の中へと消えていった。



猫と女性が乗った車がだいぶ離れたので、女性が呼び出した吹雪は止み、太陽が顔を出し


すでに降り積もった雪をだいぶ溶かしてくれていた。


しかしあいつらはテッドの経路を知っている為、できるだけ車は止めずに運転しながらレーションに


食らいついていた。


しばらく走っていると右手に森への道が見えた。反対側は山脈が見え崖になっており、仕方なく森の道を


選ぶほか無かった。


森の道はうっそうと木々が茂っており、やや暗かった。こんな場所にはモーテルどころか露店もないだろう。


そんな事を思いながら走っていると、前方に何やら四角い物体が道の真ん中に現れた。


道幅はそれほど広くはない。近づいてみると、頑丈そうな大盾が道をふさいでいる事に気づいた。


盾はピクリともせずに、盾についてる監視ガラスからこちらの様子を伺っているようだった。


テッドは手を目の上にかざしながら車を停車するほか無かった。どうしようか迷っていたその時。


盾から少年が飛び出し、銃を3発ほど撃ってすぐ盾に隠れた。


ガラスも防弾なので助かったが、賞金稼ぎであることは間違いなかった。


サーモグラフィ双眼鏡で盾を覗くと、赤い物体が2つある。一人は盾を支えているようだ。


要は盾役が防御に回り、少年が銃で獲物を仕留めるコンビネーションプレイなのだろう。




ここ最近頼りかけているミニミサイルを装填し、一気にかたをつけるように発射させた。


ドオン!という勢いで爆風がこちらまで届く中、盾はそのままガッシと地面に立っていた。


ミニミサイルが効かない…?テッドは正直、狼狽した。


少年が盾に隠れたまま吠えた。


「とーちゃん!郵便屋だよ郵便屋!手紙をよこせぇ!」


父子なのだろうか。そう思うと銃を撃つのもためらわれた。


強行突破するしかない。テッドはエンジンを唸らせ、盾使いに突進していく。


そして盾人間に当たる直前、横をジャンプで通り抜けた。車が45度以上傾く。


そして無事着地してから、猛スピードで通り抜けた。


少年がこちらに銃を連射していたが、むなしく音が森の中に響き渡るだけだった。


色んなタイプの強盗を見てきたが、大盾を持った強盗は初めてだっただけに


「色んなタイプの強盗がいるなぁ…」


と感慨深い思いで、再びレーションをかじるのだった。


「この森で間違いないにゃ」


ネコパンチは地図を広げながらそう言ったが、タバコを口にしながら運転中のヨーコは無言だった。しかし言われた通りに森に入ったので話は通じていたらしい。


「妙に暗いわね、ここ」

ヨーコは新しいタバコに火をつけながら、そう言い捨てた。


しばらく車を走らせていると、目の前にぼんやりとだが四角い影が見えた。


「なんにゃ?あれ」


近づくと大盾である事に気づき、その瞬間少年が盾からピョンと飛び出し銃を3、4発連射してまた大盾に戻ってゆく。


「同業者だな、あれは」


「あの大盾には弾丸が通じないだろうにゃ」


ネコパンチはホーネットで買ったヘッケラー&コッホUSPを両手に2丁、ホルスターから取り出した。


ヨーコもまた、ホーネットで購入したFNファイブセブンをホルスターからゆっくりと取り出す。


「GO‼」


というヨーコの合図で車のドアから勢いよく出ると、2人はジグザグに走りながら盾に近づいてゆく。


もうすぐという所で、盾使いは


「ふん‼」


と気合を込めて大盾を素早く前に突き出し、異能力的風圧でヨーコが後ろに転がってしまった。


しかし、その瞬間盾の後ろに回ったネコパンチは弾丸を30発連射して盾の後ろにいた2人にぶち込んだ。


弾倉を捨て新しいものと交換し、銃をクルクル回しながらホルスターに銃を収める。


タバコを吸いながらヨーコが戻ってきて、死体に何発か撃ち込みながら


「この野郎!何様のつもりよ‼」


と咆哮した。


「もう死んでるにゃ」


「分かってるわよ!早くこいつらを横に寄せなさい!車が通れないでしょ!」


はいはいといった体で2人の死体と盾を横に押し込んだ。が、盾が重すぎて動かない。


さすがにヨーコも混じって何とか横に置いた2人は、再び車に戻りすぐに発車した。


「頭イカれてんじゃないの、最近の強盗団は」


ヨーコは運転しながら、ぶつぶつと愚痴をこぼした。


ネコパンチは首をやや曲げて


「郵便屋はあれをどう回避したのかにゃあ…」


と疑問を吐露するのであった。



漆黒の闇から霧とともに現れた病院。


突然シーンが変わり手術室。上から数名が僕を見下ろしている。


「これから3つのチップを埋め込むよ…1つ目は女性を殺すと強い頭痛に襲われるチップ。


もう一つは君が今どこにいるかを知らせるチップ、そして3つめのチップは……」


「うわあぁ‼」


すごいスピードで上半身を上げる。金髪の下から汗が流れ出る。


「リアルな夢だったな…そう、僕の頭には…」


BPSのチップはハッカーのせいで現在使い物にならなくなっている。3つ目は思い出せずにいた。


「すごい声が聞こえたけど大丈夫かい?」


民家の住人は心配して僕に声をかけた。


「大丈夫です、ちょっと嫌な夢を見たもので」


「そうかい。じゃあまたね」


運転に疲れてきた頃、小さい村を見つけ車を止め大きい葉っぱで車を隠し、1泊させてもらっていたのだった。


記憶にないが本能でポーチを枕の下に隠し、銃が近くに置いてある。


3つ目のチップは何に…そう思うと朝まで寝付けずにいた。


ここは本当に小さい集落で、隣の畑で野菜を作り、実ると食卓に回っていくらしい。


そして昨日の農作物いじりの時、畑の一人がすごいスピードで駆け抜けた車を見たらしい。例の2人だろう。


ある意味安堵した。集落に手紙を狙っている人もいないだろうと踏んだ郵便屋は、


「あのーもう一泊してもよろしいですか?」


おずおずと尋ねると、


「もちろんいいともよ。さぁ朝食をたべようや」


OKをもらうと郵便屋は正直に喜んだ。


白いご飯と、たくあんだけで十分いけた。もちろん鮭とサラダもあるので、ご飯をおかわりする。


こんな家庭的な食事を味わったのは何年ぶりだろう。舌鼓を打ちながら全てをたいらげた。


お腹がいっぱいになったら、3つ目のチップの事など気にならなくなっていた。


漆黒の闇から霧とともに現れた病院。


突然シーンが変わり手術室。上から数名が僕を見下ろしている。


「これから3つのチップを埋め込むよ…1つ目は女性を殺すと強い頭痛に襲われるチップ。


もう一つは君が今どこにいるかを知らせるチップ、そして3つめのチップは……」


「うわあぁ‼」


すごいスピードで上半身を上げる。金髪の下から汗が流れ出る。


「リアルな夢だったな…そう、僕の頭には…」


BPSのチップはハッカーのせいで現在使い物にならなくなっている。3つ目は思い出せずにいた。




「すごい声が聞こえたけど大丈夫かい?」


民家の住人は心配して僕に声をかけた。


「大丈夫です、ちょっと嫌な夢を見たもので」


「そうかい。じゃあまたね」


運転に疲れてきた頃、小さい村を見つけ車を止め大きい葉っぱで車を隠し、1泊させてもらっていたのだった。


記憶にないが本能でポーチを枕の下に隠し、銃が近くに置いてある。


3つ目のチップは何に…そう思うと朝まで寝付けずにいた。


ここは本当に小さい集落で、隣の畑で野菜を作り、実ると食卓に回っていくらしい。


そして昨日の農作物いじりの時、畑の一人がすごいスピードで駆け抜けた車を見たらしい。例の2人だろう。


ある意味安堵した。集落に手紙を狙っている人もいないだろうと踏んだ郵便屋は、


「あのーもう一泊してもよろしいですか?」


おずおずと尋ねると、


「もちろんいいともよ。さぁ朝食をたべようや」


OKをもらうと郵便屋は正直に喜んだ。


白いご飯と、たくあんだけで十分いけた。もちろん鮭とサラダもあるので、ご飯をおかわりする。


こんな家庭的な食事を味わったのは何年ぶりだろう。舌鼓を打ちながら全てをたいらげた。


お腹がいっぱいになったら、3つ目のチップの事など気にならなくなっていた。


例の女性と猫はもう十分に進んだはずだ。


次の中継街フォークスに到着しているかもしれない。しかしフォークスはあまり大きな街じゃないので


発見される確率が高いのが厄介だった。


しかし絶対にこの街を通らなくてはならないので食料と水を確保と、できればミニミサイルの調達を


したいのだが、あまり期待はできないほど小さな街だ。


良くしてくれた女将さんにお金を支払おうとしたが、そんな気を使わなくていいと断られた。


おにぎりの差し入れももらったりして、郵便屋は感謝のお辞儀をすると隠しておいた葉っぱを取り除き、そのまま走ってフォークスへと急いだ。


問題は例の2人組に遭遇した場合だ。衝突する確率は高いので冷静になる。


特に黒服を着た猫族のあいつ。かなりの腕前とみているので、気をつけないといけない。


パートナーの女性はICチップのせいで倒すことはできないという、かなり高い難易度である。


「衝突しませんように」


テッドは祈りながら、ややスピードを上げた。





「あいつ全然こにゃいな」


ネコパンチはコーヒーを飲みながら道の真ん中で言った。


タバコを吸いながらヨーコは猫に問う。


「もうフォークスから出た可能性は?」


「さすがにこっちが先に着いたとおもうんだがにゃ」


ヨーコは新しいタバコに前吸っていた火種を押し付けて、白い息を吐きながら言った。


「門の入り口にマキビシチェーンを敷くわよ。そこから銃撃戦」


「防弾車だろうけどにゃ」


「郵便屋は私達を仕留める為、車から必ず降りて来る。」


「まぁ銃撃戦になったらまかせるんだにゃ」


新型の銃2丁をクルクル回しながらホルスターに収める。


「だったらマキビシチェーンを買いに行きなさいよ」


猫は面倒くさそうにコーヒーを飲み切り、徒歩で店に向かった。


「急げ‼」


ヨーコに叫ばれ猫はマラソンクラスの速度で店に向かっていった。


郵便屋は少しスピードを上げて走ったせいか、フォークスという街に予想よりはるかに早く着いた。


門を通ろうとすると、地面に何か謎の線上のような物を発見したので車を止め、双眼鏡で確認する。


「マキビシチェーンだ!」


そう叫ぶとほぼ同時に天候が吹雪に変わってゆく。最悪のシナリオだった。


街中の横から車が出てきて停止し、2人は開いたドアを盾替わりに銃撃戦を開始し始めた。


テッドもドアを開け、相手と同様にドアを盾にしながら銃口を向けた。


(あの女性…あいつから何とかしないと…)


しかし女性を死亡させるとICチップが反応し、とんでもない頭痛が来るので気を付けないといけない。


(足は見えないから肩を狙うか、それとも…)


吹雪で視界不良な中、思考を集中させる。


銃声がひとまずやんだところで、テッドはドア越しに向こうをみる。


と、猫が顔を出した所でテッドは1発、弾を撃ち込んだ。


どうやら当たったらしく、(よし!)と心の中で叫ぶ。


ヨーコはネコパンチに、


「大丈夫か?」


と、めずらしく気遣いを見せる発言をすると、


「すっごぉ――――――――――――――――――――――――――く痛いにゃ‼」


よく見ると耳に丸い穴が開いている。


テッドは標的を女性に変え、ドア越しに撃つ機会をうかがっている。


女性は猫の傷のおかげで感情的になっている。そこにつけ込むのだ。


「こいつめっ」


ヨーコは郵便屋が顔を出したタイミングを見て、ドア越しに何発も打ち込むが吹雪がすごくて弾は当たならい。


その瞬間、肩に痛みが走る。テッドによって撃ち込まれた痛みだ。


(私が…被弾…?)


疼く痛みに耐えながら車の車内へと戻る。


テッドはスピードローダーで6発同時装填し、シリンダーを手で一回ぐるっと回転してから内側に引っ張るように装填させる。


ネコパンチはドアからこっちへ2丁拳銃を撃ちながら向かってきた。テッドも売られた喧嘩は買うことにして、同じく猫に突進した。


テッドの肩と腕に鉛玉が被弾する。猫も腕と足、さらに肺にも弾を受けてしまう。


密接した途端、両者の弾切れ。


テッドはここでミニミサイルを撃ちたかったが、全て使ってしまって無い状況だった。


「僕を追いかけるのは、もうやめろ…」


撃たれた腕を押さえながらつぶやいた。


「ヨーコが諦めない限り…ごほっ、死ぬまで追いかけるにゃ…」


あの女性の名前がヨーコである事に気づく。


「今回は分が悪いから撤退するけど、また決着をつけるんだにゃ」


そう言うとネコパンチは走ってきたドアが開いたままの車に飛び込むと、吹雪の中に消え行った。


「くそっ…また医者探しか…」


そう言うと同時に吹雪は止み、太陽が顔を見せたのだった。


フォークスは小さい街だが、病院があったのは幸運だった。


医師は、台に乗せられ、上半身裸のテッドの腕の傷を糸でぬいながら言った。


「もう君の体は限界に来ている。他のAAAに頼んだ方が君のためじゃないか…?」


傷だらけのテッドの体を見て、率直にそう言うと郵便屋は即答した。


「駄目です。この手紙はどうしても自分の手で大統領に渡さないと…」


「君じゃないと駄目なのかね?」


そう言ってテッドに病院服を着せ、無言で医師に注射をされる。


「少し休んだ方がいい。」


部屋の明かりを消すと、睡魔がテッドを襲う。次第に目を閉じ、睡眠に入っていった。


それから数日は、病院での休息を強いられた。



ネコパンチとヨーコは宿を取り、数日間宿にこもった。


ネコパンチは自然治癒効果があるが、さすがにこの傷が癒えるのは時間がかかる。


ヨーコの肩の傷をネコパンチが治していた。


「こりゃひどいにゃ…」


あの郵便屋はホローポイント弾を使っている。体に当たると体内に破片が散らばる弾で、非人道的な弾丸とされてきた。


破片を取っても取ってもまだ破片が出てくる。ヨーコはタバコを吸いながらのんびりしてるように見せているが、かなり痛いはずだった。


破片除去をひと段落すると、糸を使って傷口を縫う。麻酔がないのでかなり苦痛を味わっていると思えたが、ヨーコはタバコを吸って冷静さを見せていた。


「あの郵便屋…無敵なのか?」


ヨーコが口を開いた。


「いや。頭か心臓を狙えばヤツは倒れるはずにゃ」


「じゃあ何で撃たない?」


「吹雪のせいにゃ。敵も視界が遮られるけど、それはこっちも同じこと。もう吹雪は勘弁してほしいにゃ」


ヨーコは新しいタバコに火を付けながら、


「あっそう。次は吹雪に変わる何かをお見舞いしよう」


「それはそれとして、少しは禁煙しにゃいの?」


「これが唯一の楽しみだから、却下」


もうこれ以上言ってもヨーコは意見を変えないので、フラフラしながらベッドに入って猫は寝息を立てた。






数日が過ぎ、休息を終えたテッドはミニミサイルを買いに小さなガンショップを訪れた。


何しろ小さいし、建物自体古びている。郵便屋はダメ元で入店する。


「あるよ、ミニミサイル」


あっさり店主は期待に応えてくれた。


「ちょっと待ってな。これをどけて…と」


店内は沢山の段ボールで埋まっている。店主は段ボールを1つ1つ置き換えながらお目当ての箱を探していた。


「おおこれだ!段ボールに値札がねぇなあ。まあいいやいくつ欲しい?」


テッドは安価で10本購入し、自分の車に詰め込んだ。ミサイルの爆風は大抵裏切らない。特例を除いては。


(あの時ミニミサイルを撃ってたら猫族を倒せたんだけどなぁ…)


数日前の死闘を振り替えながら、ダイナーでフィッシュ&チップスにポン酢をドバドバとかける。


チップスをワシワシ食べながらテッドは地図を開く。


「まだ半分しか進んでいないのか…この遅れはまずいな」


今後襲ってくる盗賊団はいくつあるのだろうか。考えただけで頭痛が止まらない。


例の2人組はまだ滞在してるのだろうか。それとも次の街に向かっているのだろうか。こいつらだけは一番しつこい。


そう思いながら郵便屋は店の店主におかわりを頼んだ。


「次は雷雨でいくか!」


運転中の女性が威勢良く叫ぶ。


「雷に当たったらいやだにゃ」


猫族の末裔は愚痴をこぼす。


「郵便屋にだけ当たるようにするから大丈夫…ちょっとこのタバコに火をつけて?」


ネコパンチはライターの火をタバコに近づける。


「雨なら吹雪よりは、まだマシにゃ」


「いい?次でケリをつけるわよ?」


「いっつもそのセリフばっかりなんだにゃ…」


ヨーコは無視して、タバコを味わっている。


「次の街は…えーと、フィフタ。漁港がある街だにゃ」


「あいつを倒したら、魚いっぱいあげるから気合いれろ!」


そういうと、自然に起こった夕立ちが降り注ぎ、溜息をつく2人だった。






テッドは次の中継地点のフィフタ街まで、〒マークのついた車を走らせていた。


見渡す限りの荒野なので、どうしても眠たくなる時は、車を1時間だけ止めて仮眠を取りながらスピードを上げ進み続けた。


(サボテンって食べられるのかなぁ?)


サボテンと遠い地面しか鑑賞できない郵便屋は寝起きの中、そんな事を考えながら高スピ―ドは保っていた。


フィフタの街を抜ければ、後は何度も往復した慣れている道を進むのでイッキに辿りつくだろう。


強盗団さえいなければの話だが。


特に例の女性と猫族の2人組は、かなり執拗に追いかけてくる。いや待ち伏せているというべきか。


他にもバウンティーハンターは何人だっている。体に鉛玉を食らうのはもう充分だ。というか最後に受けた弾丸で、もう完全に体にガタが来ているのが、染みが広がるように伝わってきた。


自分のマグナム357とミサイルに命を託すしかない状況になっている。もうヘマはできない。自分を守る為に、片手で気合いのレーションをかじりながら弾をシリンダーに流し込む。


体に付けたミニミサイルが入ったケースを、ポンポンと軽く撫でた。




夕刻時ーー。


荒野からやっと逃れ、やや狭い道路に入り2差路の入り口に来た所だ。1本目は森を抜ける道、ここから目的のフィフタ街へと続く道。もう一つは荒野の続きのようなつまらない道路だ。


そんな2差路の入り口の切り株に、一人の和服を着た青年が座り込んでこちらを伺っている。肩にはカラスが1羽止まっている。


「なんだ?」


郵便屋は車を止めざるを得なかった。青年は動かない。しかし肩に乗っていたカラスが飛び始めたので視線を奪われる。


刹那。


切り株に座っていた青年が助手席に瞬時に移動し、太刀を郵便屋の喉に突きつけた。


「瞬間移動するヤツは初めて見ただろう?」


青年は勝ち誇ったように呟いた。


「AAAか面白い。お前なんぞどうでもいい。ポ―チに入ってる手紙を渡せ」


テッドは重い口をひらいた。


「なあマフィアでは有名な『血の処刑』ってしってるかい?」


「なんだぁそりゃあ」


「簡単さ。腹に1発弾丸くらわせばいい。もがき苦しんで地獄を見ながらしんでゆく。つまりお前の腹もあぶないってことさ」


テッドは反射的に銃を青年の銃を腹にむけていたのだ。


「ほう…」


そう呟くと、また瞬間移動し、テッドの後部座席から太刀を首に当てた。


「命乞いして、いい声で泣いてくれよぉ…飽きちゃうからさぁ」


テッドは次に青年が行く場所を全集中で探っていた。今更後ろに撃っても遅い。かといってほっとくのは大変な事態をまねく。


青年はピューイと口笛を吹くと、カラスの大群がテッドに襲ってきた。


さすがのテッドも視界不良で戸惑ってしまう。カラスがドンドンと車に何匹も衝突してくる。


「実力の差を見せつけられるのは、悲しいよなぁ郵便屋?」


テッドはわざと後ろに弾丸を発射した。そして次にいる場所はどこかを賭けてみる。


その瞬間次は絶対、カラスの大群が落ち着くまで切り株に座るだろう。


それを信じてテッドは、相手が切り株に映ろうかと青年が瞬間に座った瞬間、車の窓からミニミサイルをモロに受けた。


「ぐえっ」


青年は爆発に包まれ、心臓付近に血がしたたり落ちてゆく。


車内はガンパウンダー(火薬)の匂いで車中を駆け巡る。


「トリプルAAAはすごいなぁ…他の雑魚とは違う…」そう言うとゆっくり息を吐き出し、青年は動くなくなった。


この男の名前すら分からなかった。いまではそれはどうでもいい話だ。


大統領命令の手紙は、必ず絶対に渡さなくてはならない、目的の為なら鬼になって手段は選ばない。




そうしてると、一台の車から眼鏡をかけた中年の男がゼイゼイ言いながら駆け寄ってきた。


「どこのどなたさんです?」


郵便屋はちょっと引きながら答えた。


「私はICチップを作っている者とだけ言っておく。きみには3つ埋め込んだね。3つ目のICチップを知りたくはないか?」


「教えてほしい!ずっとモヤモヤしていたんだ」


「1つ目は女性殺害の天罰、2つ目のチップは位置確認に使われるが今は使えない。」


「で、3つ目のチップは…」


さすがにテッドを息をのむ。


「3つ目は、異能力に対する攻撃力、防衛、被弾してからの治癒の速さなどが10倍に膨れ上がるチップだ」


テッドは驚いた。じゃあ僕のガンさばきは10倍のものだったのか…。


テッドはその場で膝間づいて途方に暮れるしかなかった。


「テッド君、あと少しなんだ。あと少しで大統領府の街に向かえる。それまでは何とか耐えてくれないか」


郵便屋は顔を沈めた状態。中年男は焦りながら返事をまった。


「楽勝ですよ~~~待っててください‼


そういうと車にエンジンに火をつけ、森も道を通って消えていった。片手でもって銃をクルクル回していたが、そりゃそうだよな体の傷跡はあるものの、いままでなんとか糊口をしのいできたんだ。


フィフタの漁港街を出たら、少し休憩してからラストスパートをダッシュで駆け抜ける、


テッドのブルーの瞳はよりキラキラと輝いてるようにも見えた。


例の2人組は長いドライブの末に、ようやっとフィフタ街に到着した。


町全体が海の匂いに包まれていて、とてもきれいな海が太陽を受け止めている。


「魚料理だにゃああ!!」


ネコパンチはヨーコの意見も聞かず、全力走りで食堂へと向かっていってしまった。


やれやれと思いながらタバコの吸いがらをマイタバコポケットに入れて、仕方なくヨーコも食堂街に足を運んだ。




猫族は海鮮丼を夢中で食べていた。しかもおかわりした2個目に手をつけているからと言うから呆れたものだ。


「ふー。もう食べられないにゃ」


猫の腹が明らかに膨らんでいる。ヨーコは来た海鮮丼を食べ、ネコパンチは寝そべっている。


体を横に向けながらシリアスめいた言葉を発した。


「ねぇヨーコ」


「何?もうおかわりはできないわよ」


「そんな話じゃないにゃ。例の郵便屋のこと」


はしが止まり、ヨーコは話に耳を傾けた。


「郵便屋とファストドローであいつと勝負してケリをつけるにゃ」


「早撃ちを挑もうとしてるわけ?」


ファストドローとは、とある時間を決め、その時刻に到着した瞬間、どちらかが死ぬまで銃を発射する試合の事をいう。


いかにホルスターから銃を取り出し精密に発射させられるかが鍵となる。


「いくら自然治癒スキル持ってるお前だけど大丈夫なのか?」


「でも顔か心臓に撃ち込まれたら、死ぬにゃ」


ヨーコは沈黙しながら海鮮丼に手をつける。


「…そこまでしないと、もうヤツに勝てないのね」


「そうだにゃ」


ネコパンチはそう言うと上半身を起き上がり言った。


「僕が死んだら、僕の事は忘れてほしいんだにゃ…」


「死なせはしない!私だって銃もってるんだから」


「ヨーコのガンさばきでは、絶対倒せない相手だにゃ」


再び沈鬱な空間が生まれる。ヨーコはつぶやいた。


「どんな天候にすればいい?」


郵便屋テッドは、車用の電池が切れかける中、やっとの思いでフィフタ街に到着した。潮の香りが心地いい。


(色々と買わなきゃいけないものが沢山あるなあ)


快適なドライブを楽しみながら、レンガで出来た道や家を見て回った。


フィフタの街自体はさほど大きくはない。しかし漁港であり、おいしい魚が大量に取れるので街は活気に満ち溢れていた。


まず立ち寄ったのは自動車屋で、多めに車用電池を充電しまくった。もうそろそろの所まで来ているからである。


続いてガンショップに立ち寄り、雑魚を相手にする為の拳銃、ベレッタM93Rとその弾丸を購入。1弾倉に20発詰める事ができる数少ない拳銃だ。


3点バーストできるが、その分リコイル(反動)が大きめなのがデメリットがあったが、AAAなら問題なしだろう。


その後は野菜売り場にいって新鮮なトマトを買ってかぶりついた。トマトとリンゴが好物なのであった。




さすがに車中で仮眠をとったと言え、ドライブしてきた疲れが溜まっていた。前は元気だったのになぁ…と言いながら宿を探す。


レンガで出来た家や道は迷路のようになっていたが、住民に宿を聞いて回り、やっと宿までたどり着いて安堵するテッド。


ただでさえAAAは襲われやすいので、さすがに道を多く走り過ぎた。ただ眠気の方が勝り、車を奥に止め、急いで宿に入ろうとした時である。車を囲むように老婆たちが、ぬめりと現れたのだ。


あまりの展開にテッドも「ひゃあ」と声をあげてしまった。


「何か…御用ですか?」


恐る恐るテッドは老婆たちに声をかける。老婆は黙って車を指差した。そして、


「郵便屋…郵便屋」


と囁いた。


「AAA…AAAだよぉ」


「やってくれるに間違いないんだよぉ…」


次々と言葉を発する老婆の姿にすっかり狼狽してしまったテッドは、焦りの表情で一言つぶやいた。


「はい?」


状況がよく分からないまま、自分の宿に老婆たちを間引いた。今のテッドはもう眠くて仕方がない状況である。そんな中老婆たちの相手をしなければいけない。思わず嘆息しながら宿の階段をギシギシと登ってゆく。


「状況を話しますじゃ」


テッドの宿で、老婆の1人が重い口をあげた。


「この街にも盗賊団がいて長年、街の店などにショバ代を請求されてきたんですじゃ。困り果てた住民は強そうな用心棒を雇ってもみたのですが、全て返り討ちにあってしまった次第でしてのぅ…」


「はあ…」


「もうAAAにしか頼めませんですじゃ!どうか盗賊団を殲滅してくださいまし!お礼もみんなで集めてきたですからに…」


そう言って老婆の1人が袋を取り出した。中には金貨がたっぷりと入っている。


「わーったた…そういうのはいいから!そういうのは!」


テッドは老婆が持っていた袋を押し返した。


「あのですねぇ…僕はAAAなりに大きな命令の元、動いているんですよ。チンピラ相手に動くわけには…」


老婆のすすり泣く声が聞こえて来る。


「あぁ…このままウチの街は金を搾取されていくんじゃろうか…」


泣き声の重奏の中、テッドは深い深いため息を一つ出してから、言った。


「…わかりました。やってみますから敵のアジトを教えてください」


わぁっと歓声が沸き起こる。


「さすがAAAさんだよぉ…」


「勇敢な人だねぇ…」


「そのかわり!どうしても寝たいので行くのは明日の朝になりますからね!」


アジトの場所をしるした地図を受け取った後、そのまま泥のようにテッドは眠りこけた。


数時間後―――――


テッドは何かにとりつかれたように目を覚ました。すでに昼に差し掛かっている事に気付き、あわてて準備をする。アジトの地図がベッドの横に置いてあるということは、あの出来事が夢ではない事が分かる。


「ケガはもう御免だよマジで…」


銃を2丁ホルスターにしまい、アジトの地図をポケットに突っ込んで部屋をあとにした。


2階から1階へ降りて行くと、宿の主人が、


「ご飯は食べていかないのかい!?」


と誘惑してきたので、ついパンとスープだけ食べてしまった。少し落ち着いた郵便屋は、再び帽子を被り直しながら宿の扉を軽く開け外に飛び出していった。


改めてアジトの地図を見る。車で行くのが危険な事は当然分かっていた。そう遠くもない場所なので、仕方なく徒歩で行くことに決めた。


2度道を聞いてしまった。1人は恐る恐る教えてくれたが、もう1人は逃げ出した。


街は何事もないように活気あふれている。そんな中にも闇が覆っているというのか。


中央の広場から少し横道にそれた後にまた現れる細道をかきわけていくと、敵のアジトがあった。30メートル以上あるその建物は、所々ヒビ割れていたり傷んでいたりとずいぶん尖った建造物で、ここに人がいるのかどうか、はなはだ疑問に思えた。


「何人いる場所なんだよ、もう…」


テッドは2丁拳銃をすでに取り出し、ゆっくりと建物の中に入っていった。


――――――


アジトは四角形の建物をしており、内部の外側がゆるやかな螺旋状の階段になっていて、真ん中は吹き抜けのようにポッカリと開いていた。それが30メートル延々と続いているのだ。30メートルのてっぺんまで登らなきゃいけないルールもないから、とりあえず少しだけ登ってみようと決めて歩を進める。


足元には蔓やガラスが散乱していて危険だ。テッドはいつどこから敵が来てもいいように、あくまでゆっくりと歩く。


15メートルほどまで登ってきた時、ここは本当はもぬけの空なんじゃないかとおもいはじめてきた。外気は暑く40度はあるのではなかろうか。テッドは宿屋でもらってきた、ラクダの皮に入った水を取り出しゴクゴクと飲んだその時。


ラクダの皮がはじけ飛び水がこぼれ落ちた。撃たれたのだ!

反対側の螺旋階段から、レザー姿の屈強な男が銃を連射しながら、


「キャハハーッ!ザコがアジトに入って来んなぁ!!!」


テッドは銃を取り出すと、適格に1発撃ち出し敵に命中させ、窓へと落ちて行った。


このくらいの知能の敵なら、油断さえしなければ大丈夫だろう。

始めの敵が乗り込んできたのを合図に、敵が次々と押し寄せて来た。テッドは被弾しないよう、慎重に鉛玉をブチ込んでゆく。20人以上倒した所で弾切れになり、敵のマシンガンを使い掃射した。このままだと色々やばい。そう思った途端、敵の気配が消えてしまった。敵を倒しているうちにアジトの頂上まで来ていた。


息を切らしながら頂上地点に目をやると、そこには図体のデカい生き物がグーグー音を立てて寝ていた。おそらくこのアジトのボスなのではないだろうか。

銃のリロードを終えたテッドは、試しに尻に1発撃ってみた。


すると突然暴れ出し、テッドの体に馬乗りになった!


「だれだおんめぇ~!!」


一言叫ぶとボスはテッドの顔を思いっきりぶん殴った。歯が欠け飛ぶ。

まずい。馬乗りにされて銃口もむけられない。完全に油断した。

危機一髪と思ったがその時。

ワイヤーが飛んできてボスの首回りに巻き付いた。


「なんだぁこんれは~!!?」


そのままボスは引っ張られ、建物の空洞に寄せられる。


「や、やんめろー!!!」


やがて空洞に引き寄せられたボスはそのまま空洞へと真っ逆さまに落ちて行った。


危ない所だった。が、しかし誰がこれを…。


「やっほー!」


ワイヤーをこちら側に張りつけ、滑車のようなものでテッドのいる地点まで来たその人物は、テッドの前までくると挨拶をした。


「いやー危なかったねー。顔痛そー。大丈夫?」


「大丈夫じゃない、が、ありがとう」


「私はリタ。魔導士プラス盗賊プラス、バウンティーハンター」


バウンティーハンター!?もしかしてこの手紙を狙いにきたのか?


テッドは念のため銃を構えた。


「…何が目的だ?」


テッドは静かにリタに訊ねると、リタは元気よく答えた。


「ここのアジト攻略で500000万金貨!イヤー助かったわー」


天然なのかどうかはわからないが、手紙の事は知らないようだ。


「ねぇ」


リタはスキップしながら言った。


「何?」


「キミが何者かなんて聞かないけど、1人でここまでこれた腕前は見逃せないな。実はね…」


「思わせぶりなのはいいから、早く言って」


「盗賊のアジトはここだけじゃないのよ!もうひとつあるの」


「なんだって!?」


「そこのアジトもやっつけにいけないかな?2人で」


僕は大事な使命を背負って旅をしているのだよなぁ…。テッドが悩んでいると、


「もちろん報酬もあげるわ。体が強靭になる実よ」


「なんだいそれは」


「銃なんかで撃たれても、限りなく耐えれるようになる実よ。いいでしょう?」


それは確かに魅力的だ。そんな実があるなら、もっと早く食べたかった所だ。


「…わかったよ。アジトまで案内してくれるんだろうね?」


「もちろん♪じゃあ早速出発しましょう!」


ーーーーーー


敵のアジトに行く前に、ガンショップで弾丸を補充し、医師に寄って殴られた所の応急処置をしてもらってから、2人はアジトへと歩を進めた。


もう一つのアジトはやはり中央広場から少し外れた細道を通った場所にあった。うんざりするくらいの茂みを超えると、建物が見えてきた。


「ここのようね」


リタは腰にかけてある袋から小さな棒を取り出し、手に握りしめシェイクするとながい魔法使いが使うような棒が現れた。そういえば魔導士と言っていたような。恰好は魔導士とは程遠いのだが。


円筒形の建物だが、上のほうは草や蔦で覆われていて高さが分からない。なのでこの場も真っ暗だ。テッドも銃をホルスターから取り出し、2人で入口から入ろうかどうしようかという時。


上空から幽霊のようなものが何体か飛来してきた。テッドは慌てて銃を発射するが当たらない。


「チカヨルナ…タチサレ……」


幽霊たちは攻撃してくるわけでもなく、2人に警鐘を鳴らしてくる。音が不快だ。

リタが魔法の杖を突きつけるとビームが発射され、幽霊が1体消え去った。


「やった!」


次々とビームを放ち幽霊を消してゆく。リタはなかなかの魔導士の腕前とみた。

幽霊も消え、再び入口のドアまで来た2人。中が見える小窓がついているので、そっと覗いてみる。


と!ゾンビのような人間が小窓にべたりと張り付いてこちらを驚かせた。うう…といううめき声の束が窓の向こうから聞こえている。


「これは…」


「1階でゾンビを飼ってるんだわ…」


かといってここでうだうだしていても仕方が無い。


「準備はいい?」


「OK!」


テッドは足で思いっきりドアを蹴るとドアは奥へと倒れ込んだ。ゾンビが両手を上げてがなり込んできた。テッドは2丁拳銃でドカドカとゾンビの頭に向けて撃ち続けた。ゾンビは奥からも大勢で、しかも飛び跳ねながらやってくる。リタはビームを放ちゾンビを掃討していった。


最後の1匹を倒した時にはゾンビが床にまみれていた。


「うええっ」


リタは気味悪そうに肩を縮めた。テッドは弾丸をリロードすると、見つけたはしごをつたって2階へと上がっていく。


2階は大広間になっていた。窓は無く、ドアが1か所あったがどうやっても開かない。とりあえず大広間の真ん中に来た2人は、


「どうしようか…」


「とりあえず油断だけはしないほうがいい」


そう言った時、2人を囲むように魔導士の群れが突如現れた。10体以上はいるはずだ。テッドは即時に銃を放ち魔導士の頭に当て消し去った。やった、今度は銃も効いている。


リタは腰の袋からキラキラした色んな色の魔法石のかけらを数十個ほど床に放り投げた。スローモーションで魔法石は床に落ちてゆく。そして魔法杖で魔法石をいじり始めた。


「リタ!こっちはもう持たないぞ!そっちも早く攻撃してくれ」


「もうちょっと…待ってて」


リタは杖を動かし、赤い石を縦に並べている。敵の魔導士が雷の魔法を発動し、なぜかテッドだけ攻撃をモロに喰らってしまう。


「いでぇっ…!!」


リタの魔法石の赤色が縦に揃った。


「発動!ファイヤーオール!」


リタが魔法杖を振り回すと全員の敵魔導士が炎に包まれた。阿鼻驚嘆の声を上げながら次々と倒れていく。


「ふう…あぶなかったわね」


「強力な魔法みたいだけど、もうちょっと早く発動してくれないかな」


「何言ってるの!これでも早い方なんだからね!」


小競り合いをしていると、この部屋に一つしかないドアがゆっくりと開いた。


「リタ、ここのアジトはさっきのアジトよりも、どこよりもやっかいだ。今のうちに引き返したほうが身の為なんじゃ…」


「何、弱気な事いってんの!どうやってもこのアジトは攻略するわよ!さぁ先にいきましょ」


リタはテッドの手を引きづるようにドアへと向かっていった。


3階はダンジョンのような迷路になっているようだった。2人は挟み撃ちに合わないよう背中を合わせながら、慎重に迷路に挑んでいった。歩いていると前から魔導士がやってきて詠唱を唱えて来る。魔法を放たれる前にテッドが銃で仕留める。

しばらく歩いて汗が噴き出してくる頃、真ん中付近に来たのか少し開けた間に辿り着いた。そこには棒状のものが立っており、先端にはボタンのようなものが付いていた。


「押せってこと、か?」


「簡単に考えちゃいけないよ、罠かもしれない…」


「えいっ!」


リタはテッドの忠告を無視してボタンを押した。すると、


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」


轟音である。思わず耳を塞いでしまう。


「なんだこれは一体!?」


「スクリーマーよ!早く倒して!」


「どこにいるんだよ!」


テッドはダンジョンを駆け足で捜索した。声が大きくなるほど近づいている証拠ということになる。走る事20分。テッドはやっと宙に浮く白い顔を発見、ミサイルを使ってスクリーマーを強引に黙らせた。


「やれやれ…」


「倒した?」


すぐ横には次の階へ進む階段があった。


「登るのか?」


「当たり前でしょ!」


「鼓膜が破れそうだよ全く…」


次の階も大広間になっていた。同じく窓もない。リタが見回すと、隅っこに何か気配を感じたので駆け寄ってみると、金色のゴーレムが震えているではないか。


「うおっ!これはマネーの匂いがする!」


テッドもリタの元へ駆け寄る。


「何かいるのかい?」


「見て!金ゴーレム!」


「金ゴーレム?」


テッドの視界には何も見えない。何かがおかしい。そう感じていると、向こう側から老人らしき魔導士が現れ、白い球を作り出した時、テッドは勘づいて叫んだ。


「リタ!それは欲にまみれた者だけに見える幻想だ!目を覚ませ!」


リタは聞く由もなく、魔法石をばら撒いて杖で石をいじり始めている。その間、老人の白い球はぐんぐんと大きくなってゆく。おそらくあれをリタにぶつけてくる気だろう。テッドは銃を撃って反撃するも、電磁的歪みのようなもので弾を避けられている。


老人魔導士はいよいよ球をリタに投げようとしている。テッドはリタをかばうしか策がなく、リタの背中に陣をとって銃を撃ち続けた。老人が白い球を投げつけて来る――――


テッドの背中に何本も矢で刺されたような痛みが走る。リタはハッとなると金ゴーレムはいなくなっていた。同時に老人魔導士のバリアのようなものも消えた。


「作った魔法を放て!」


「う、うん。発動ファイヤオール!」


老人魔導士は炎に包まれ塵と消えた。


「あれ、私今何を…」


リタが混乱していると、空色のドアがゆっくりと開いた。出口へとつながる階段だ。つまりさっきの老人がアジトのボスだったというわけだ。


「終わったな…頼むから今すぐ強靭になる実をくれないか。背中が痛くて立てないんだ」


「う、うん。いいよ」


リタが実をテッドの口に入れる。そうするとどうだろう。100%とはいかないまでも、かなりの痛みがスッと消えたではないか。少なくとも嘘ではないだろう。


「よくなった。帰ろう」


「うん。ありがとね」


2人は嬉しそうにアジトを後にした。


かくしてこの街にはゴロツキが居なくなったのであった。


―――――

とある場所に立ち寄った後、ネコパンチはふらりと酒場に立ち寄った。


ヨーコは宿でタバコをふかしてるか、寝てるだろう。


街の中央広場にある一番大きな酒場のドアを開けると、怒号に押しつぶされそうになった。ケンカをしてるやつらもおり、喧噪の中をかき分けながらカウンター席に辿り着く。


「何にする?猫ちゃん。ミルクかな?」


周囲から笑い声がこだまする。ネコパンチは素早く銃を取り出し酒場の主人に突きつけ言った。


「俺の名前はネコパンチだ、一生忘れるにゃ。テキーラ」


主人は愛想笑いでテキーラを多めに注ぐ。


全くこの街も他の街同様ロクなやつがいない。品性を求める方がおかしいって話か。


テキーラをチビチビやっていると、酒場の主人がカウンターの上に立ち叫んだ。


「今年もファスト・ドロウをやるぞ!トーナメント方式で、勝者1人が宝箱にある金貨を独り占めだ!勇気のある者、腕に自信のある者は手を挙げてくれ!!」


「俺は参加するぞ!」


うおおお、と客から怒号が湧き上がる。


「1人じゃ試合にならないぞ!もっといないか!!」


「私の名前も加えてくれたまえ」


いかにもなハンターらしき中年が名乗りを上げる。


「オレ、絶対シナナイ!サンカだ」


次々と名乗り出る中、カウンターにいた猫もまた、静かに手を挙げる。


「ネコパンチを加えておいてくれだにゃ」


「…あんた、銃撃てるのかい?」


ネコパンチはテキーラのショットグラスを上にほおり投げ、それを銃で撃ち抜いた。

クルクル回しながらホルスターに銃を収める。


「なめんにゃよ、やろうと思えばここにいるヤツ全員撃ち殺す自信があるからにゃ」


「…わかった。ネコパンチ参加」


再び客から歓声が沸く。


その後も次々と参加者が集まり、トーナメント表が埋まっていくのであった。


――――――


次の日―――ネコパンチは酒場の宿で目を覚ました。


そして視界にはヨーコがいた。


「たーらぁ!!!どこほっつき回ってるのよ!!」


ヨーコはくわえタバコで朝からかなりいらついていた。


「落ち着くにゃ…実は酒場主催のファスト・ドロウに出る事になって…」


「だれが命令した?」


「にゃっ?」


「誰がファスト・ドロウに出ろなんて命令したって言ってんのよ!!」


「まぁ…1位になれば金貨ももらえるしにゃ…最近心細いでしょ、金貨」


「勝手にしろ!!」


ヨーコはドアをバタンと閉め、どこかに行ってしまった。


「相変わらずヒステリックな人だにゃあ…」


ネコパンチは目をこすりながら、朝食をとりに1階へと降りて行った。


魚料理とテキーラ、最高の朝食だ。昼食でも夕食でもいいくらいだ。


食べ終わりかけに、宿屋の前の外が騒がしい事に気付き、何かと様子を伺ってみると、ファスト・ドロウの1回戦が早くも始まろうとしていた。野次馬の歓声だったわけだ。ネコパンチも野次馬の中に紛れてみる。


酒場の主人が叫んだ。


「私の持っているこの旗を振った事を合図に撃ちあう事!フライング等、守らない者は即、射殺する!相手が試合を放棄した者は敗者となり、立っていた者が勝者となる。なので必ずしも殺すわけではないのが注意点だ。いいか!?」


酒場の横には、ひょろ長い挑戦者が2人、距離を取って睨み合っている。


ネコパンチには挑戦者がド素人にしか見えず、少し引いていた。主人が旗を振ると、2人は動き回りながらバンバンと子供のように撃ち合っている。見ていられなくなったネコパンチは酒場の中へと戻り、テキーラをおかわりした。飲みながらトーナメント表を見ると、ネコパンチの順番は7番目になっていたので、まだ出番は先のようだった。それまでは食っちゃ寝させてもらおう。


ネコパンチはフラフラしながら階段をあがり、自分の宿へと消えた。


―――――


そんなこんなで6日間が過ぎ―――――ネコパンチが目を覚ますと目の前には酒場の主人がいた。


「出番だぞネコパンチ!外に出ろ!」


「もう出番かにゃ…魚を食べたいにゃ」


「勝ったら死ぬほど食わせてやる!さぁ!」


主人に引っ張られながら猫は酒場の外へと連れられて行った。


外にはチンピラ風情の男が立っていた。


「少しは楽しませてくれよ、猫ちゃん」


ネコパンチはあえて何も言わなかった。チラリと銃をみると整備されてないようなガラクタのような銃をぶら下げている。勝敗はすでに決していたが、あくまでこれは勝負である。2人とも配置に着いた。賭博が行われているので、野次馬で埋まっている。


ネコパンチは体勢を内股に構え、指をかすかに銃に届く距離で離れて添えている。これはネコパンチの本気の時の構えである。酒場の主人が旗を振る。銃声は悲しきかな一つを刻んで、チンピラは前のめりに倒れた。ネコパンチの銃からは硝煙が上がっている。客の1人がチンピラに近づいて喚いた。


「し、死んでる!」


野次馬からどよめきが起こった。ネコパンチは銃をクルクル回しながら叫んだ。


「死ぬ覚悟がないヤツは今すぐ棄権するにゃ!ガキの遊びじゃないんだにゃ」


客席はシン…と静まり返った。


ふと後ろに視線を感じたネコパンチは、後ろを振り返ったが、誰もいなかった。


ま、いいかと思った猫は銃をホルスターにしまってから、また酒場へ戻り、魚料理に舌鼓を打った。


それからも試合は続き、勝負の度に勝者と敗者が生まれていった。ネコパンチといえば、参加者はタダで食べられる魚料理とテキーラを飲んでは寝ている天国のような暮らしをしていた。今までのつらい旅を思うと、つかの間の休息だと思って過ごしていた。


5日後、2回目の勝負の時が来た。外へ出てみると侍のような男が立っている。


「いざ尋常に勝負!」


ネコパンチの強みは何と言っても銃撃戦の経験の多さからくる冷静さが売りだった。どんな男女でも感情を捨て、殺すことが彼には出来るのだった。


酒場の主人が旗を振る。今度は銃声が2つ聞こえた。当然のごとく、侍がしなりながら突っ伏した。侍は銃を撃てただけ少しはマシだった。が、所詮そこまでのこと、猫にはかすりもしない。野次馬はいよいよもってガヤガヤとし始める。やれやれという感じでネコパンチは酒場に戻り、魚料理に手をつけるのだった。


その日の夜である。ネコパンチが寝ていると、急に何者かに口を塞がれた。反射的に持っていた銃を相手の顔に向ける。


「いいかバカ猫…次の試合で負けるんだ」


ネコパンチは喋れなかった。口を塞いでる男は、銃口を突きつけられたのが意外だったのか、それだけを言い残し、ゆっくりとドアへと引き戻った。


「お前は誰にゃ!」


「…お前に勝たれちゃ困る男さ」


男はドアの向こうへと消えて行った。なんだったのか。検討がつかず仕方なくネコパンチは2度寝した。


男に襲われた次の日の日中は、ガンショップに行ってマイガンの清掃と弾道の調整をしにきた。ガンショップの主人が思ったより年寄りなので心配になったが、腕は確かだった。


「元々普段から掃除してるようじゃから、綺麗なもんじゃよ。弾道のブレもない。あとは弾丸いかがかね?」


そう言われて弾丸を1パック購入したネコパンチは、そのまま中央広場の屋台で魚料理を堪能した。帰りに酒場に戻ってきて、テキーラをチビチビやっていると、となりの客が別の客となにやらボソボソと会話をしている。耳をすますと…


「あいつの銃は本当に早いな」


「猫よりもか?」


「ああ、ダンチで早い」


ネコパンチはがなりこんで、その早いヤツを突き止める事もできた。しかし絶対の自信をもっていたネコパンチであったから、ここは黙ってテキーラを飲み干した。


「あと3回戦か…」


そう思い周囲を見渡すと、客のほとんどが猫に視線を向けていた、


「なんか俺の顔についてるかにゃ!?」


そういうと客は視線をそらした。何か分からないが嫌な気分だ。こんな時は寝てしまおう。フラフラと2階へ行き、自分の部屋に戻ってグースカと寝てしまった。


2日後―――――


ネコパンチは朝早くから身なりを整えていた。3回戦目ともなると、それなりの者がでてくるはずだ。だらけて試合に出てはいけない相手というわけだ。


だがしかしネコパンチは負ける気は全くしなかったので、気持ちの良い朝に変わりはなかった。


「ネコパンチ、前へ!」


酒場の主人に誘われて、酒場の横からヒョイと顔をのぞかせる。相手の顔が初めて見える。清純そうな青年が銃をいじっていた。全くどいつもこいつも命が惜しくないのか…。


2人は主人の旗振り待ちとなった。小さな生き物はいつもの構えでじっと相手を見据えている。相手の青年も緊張の面持ちで手を震わせている。


主人が旗を振った。敵の青年は2丁拳銃を取り出し、撃ちながらこちらへ駆けてきた!意外な行動だったので少し躊躇したが、すぐにホルスターから銃を取り出し撃とうかとした瞬間。


青年は周辺の一斉射撃を受けて倒れた。何が起こった。ネコパンチは主人の言葉を待った。


「えー…2丁拳銃はルール違反のため、クックル・ハートブレイクを射殺した」


そういうことか。でもラッキーだ。何もしなくても勝ち上がった。客は静まっている。歓声をあげる者はいなかった。とことん猫には冷たい観客である。ブスっとしながら酒場に入って行く。野次馬もチリジリに消えて行った。


テキーラをしこたま飲んでから、宿のベッドに横たわった。正直もううんざりしていた。早く大量の金貨とともにこの街から立ち去りたかった。そんな夢でも見れるよう願いながらベッドに寝そべった。


次の日―――――朝から1階の様子が騒がしいので降りると、客が楽し気にお酒を飲み交わしていた。どうしたのか主人にたずねると、この街に居ついていた悪党が消えたので、ショバ代を払わなくて良くなったので、お酒をおごるとのことだった。せっかくなのでテキーラを頼むと、


「いや、お前さんはだめだ、これから試合だからな!」


そういえばもうそんな時間だったか。準決勝試合に気合も入る。


「ネコパンチ、前へ!」


「へいへい」


ネコパンチはおなじみの酒場横の配置についた。


「ミスターシャドウ、前へ」


怪傑ゾロの黒い衣装版のような男がしゃなりとやってきた。


「ミスターシャドウ様~~~~!」


観客は敵側を随分大げさに押していた。シャドウコールが酒場横を占拠している。


「にゃんだこれは…」


「ネコパンチ君…といったかな」


シャドウは黒薔薇を取り出し続けた。


「君のはかない命も、もはやこれまで…覚悟することだ!」


野次馬から黄色い声があがる。どうせ騒いでいるのは、賭博でシャドウに賭けているギャンブラーだけだろう。ネコパンチに勝たれてはいけない人達がいる。つまりはそういうことなのだ。


「では健闘を祈る!」


主人が旗を上に掲げる。まだ撃ってはいけない。主人が上げた旗を振った時が、その時だ。

主人が旗を振る。銃声は一つに聞こえた。ミスターシャドウは呻くように言った。


「どうですか私の力…私の全て……」


シャドウはそう言ってバタリと倒れた。心臓を貫通していたからだ。


ネコパンチは立ってはいたが、いつもと様子が違っていた。肩を撃たれたのだ!


「ネコパンチ、平気か?」


主人はネコパンチに叫ぶ。


「あ、ああもちろんだ」


「ではこのまま決勝戦を行う」


「ちょまっ…ちょっと病院に行きたいんだがにゃ」


「だめだ。大丈夫とさっき言っただろう」


そういうと、シャドウが運ばれて行き、全身真っ黒な衣装の男が顔を出した。


こちらは肩を負傷していて断然不利である。さすがのネコパンチも不安が付きまとっている中、もぞもぞしていると、ポツリポツリと、突然雨が降ってきた。ネコパンチは雨を降らせた人物の予想がついたので、ため息が出た。


「こんな天候でもやるのかにゃ?」


「雨天決行!あんたも構わないな?」


「俺はいつでもいいぜ」


黒い男はずぶ濡れになりながらも、高速で銃を回して遊んでいる。かなりの手練れにはちがいなかった。こちらは肩をやられているので、手ブレする可能性があった。


雷雨の中、2人は主人が旗を振るのを待っていた。


観衆は酒場から顔を覗かせていた。雨で体温がどんどんもっていかれる。早く旗を振れ。珍しく気持ちが急いている。


主人が旗を振る。タターーンと銃声が不思議と2発に聞こえた。敵はネコパンチの肩を再び狙ってきた。被弾してしまい絶叫する。敵の心臓付近には何故か2発の銃弾が当たっていた。


「こんな…なにを」


黒い男はうずくまるように倒れた。

後になって分かった事だが、敵に当たった2発の弾丸は、一つはネコパンチのもの、もう一つは背後からの応援弾だということがわかった。バレていたら射殺ものだったがバレずに良かった。


「優勝、ネコパンチ!」


拍手をする野次馬は一人もいなかった。が、1人がネコパンチに駆け寄ってきた。


「さあ病院にいくわよ!」


ヨーコだ。すぐ近くで見ていたのだろうか。とかく病院送りになったネコパンチは治療を受け、金貨はヨーコが受け取った。


「いやーやるとは思ってたけど、やっぱりやってくれたわ、さすがよねー」


これで宿代とタバコ代には事欠かないと、ホクホク顔のヨーコであった。


「あんただけの金貨じゃにゃいですからね」


腕に包帯を巻いた猫が、助手席で静かにつぶやく。


「なに湿気たツラしてんのよ!景気よくぱーっと郵便屋を追いかけましょう」


「郵便屋のことなら心配ないにゃ。こちらからおびき寄せるからにゃ」


―――――


病院から出て来たテッドは、心の底からため息を吐いた。


リタという娘とアジトを2つ攻略して、心身ともに膠着状態にあったのだ。


もう宿でゆっくりと眠りたい。徒歩でトボトボと歩きながらそんな事しか思い浮かばなかった。


やっと宿に着くと、以前見た老婆たちが再び待ち構えていた。


「郵便屋さん!待っていたよぉ」


「さっきギルドで確認してきたよぉ!アジト殲滅お疲れ様だよぉ」


「はいはい、お礼はいいから寝かせてくれ…」


そう言うテッドの腕をガッシリと老婆が掴む。


「まだ何か用事でも!?」


郵便屋は声を荒げた。もううんざりしている気分に水を差したのだ。


「あのぉ…もうひとつお前さんに頼み事があるんだがね」


「どうしてもやってほしい案件なんだよぉ…」


「無理!!」


テッドは老婆の手を振りほどき、宿に入ろうとした。しかしまた老婆たちの手がテッドの手を掴んで離さない。


「あーもう何!?何なの!?」


テッドはもう、やけっぱちになりながら雄たけびを上げる。


「この街には1年に一度、大きなお祭りがありますじゃ。もうすぐなんじゃが、そこでバンドに加わって1曲、曲を披露していただけませんかのぅ…?」


「バンドマンが足りなくて困ってるんじゃのぉ…」


テッドはあきれ顔で言った。


「正気で言ってんの?僕は多くの人に狙われてる身なんだよ?第一そんなスキルないんですけど?」


「そこをどうかひとつ、おねがいしますじゃ…」


「皆、楽しみにしてる一番の見せ場じゃからのぅ…」


悪夢である。アジトを2つ潰した後は、祭りでバンドをやれと?狂っている…何もかもが。すでに思考能力は停止し、思わず口にした。


「わかった…わかったから寝かせてくれ……」


「ありがたいありがたい…」


「みんなも喜ぶよぉ…」


テッドは宿に辿り着き、ベッドにボフッと倒れ込み秒で寝た。


―――――


次の日の朝。夢もみなかったので、一瞬でワープしてきた気持ちだ。昨日の事を思い返していた。そうだ、バンドだ。再び意気消沈する。背中の痛みは完全にとれていた。強靭の実は相当効いているようだ。どこで摂れるのだろうか。


窓を開けて外を覗くと、老婆たちがすでに外で待機していた。逃げる事もできないらしい。この老婆たち、かなりガードが堅い。テッドはつくづく嫌になった。


「郵便屋さま~こっちですじゃ」


老婆は車に乗っている。


「これで行くの?」


「これで会場までご案内させていただきますのじゃ」


車に乗ったテッドは、勢いよく走る車の運転に驚きながらも街の中央広場まで揺られていった。


今日も皆威勢よく商売に勤しんでいる。アジトも無くなり、より健全に動いていくことだろう。


「ここですじゃ」


降りると、中央広場の真ん中にバカでかいステージが広がっている。観客の規模を物語っていた。


「ちょ、こんなに広いの!?」


「周りには沢山の出店もでますし、みんな楽しみにしてるんですじゃ…どうかよろしくおねがいいたしますえ」


「はっきり言って迷惑かけるだけだと思うよ?」


「郵便屋さんなら、しっかりこなしてくれると信じてますのじゃ…どうか…」


その確信はどこから来るのだろうか。老婆たちはステージを降り、車で早々と立ち去ってしまった。


ステージを見回すと、端っこのほうに数人の塊があるのを発見した。バンドメンバーだろうか。近づくと楽器の音がしてきたので間違いないだろう。


「あーやる気がしねぇなぁ…」


バンドメンバーの一人が愚痴をこぼしている。


「あの…」


テッドは勇気を振り絞ってバンドメンバーに声を掛ける。


「おっ!新人か?」


「新人が来た!」


バイトメンバーは突如テンションがあがり、テッドを取り囲んだ。


「あたしはボーカル&ギターのミラ」


「俺はギターのジミー」


「僕はドラムのキミヲ」


テッドは八ツとなった。


「ということは…」


「そう、ベースが逃げていってしまったってわけよ。あーもう本当にやってられねー」


そういうとジミーは仰向けに突っ伏した。


「キミは…ベース弾けたりするのかな?かな?」


「すいません初心者ですが…お手伝いするように言われたのできました」


「おお!新メンバーってわけか!」


ジミーが紙っぺらを取り出し、叫んだ!


「ここにあるのは、ベースを2週間でマスターできる方法が書かれた紙であるっ!これさえあれば誰でもベースが弾けるようになるから安心したまい」


「あの…祭りはいつなんですか」


「2週間後」


「ええええええええええええええええええええええ」


2週間ギリギリでベースをマスターして、さらに新曲を披露しなければいけないと言う事なのか。


「ベース君はとりあえず1週間、宿にこもって練習あるのみ。それから1回会って音合わせをするぞ。ベースは自腹で買ってね。あ、それから」


「新曲の歌詞がまだ決まってない。全員歌詞を書いてくれ。ウチのバンドは結束しているからな」


やることが多くて無茶すぎる。とにかく一刻も早くベースを手に入れて練習したかった。


「楽器屋まで来るまで送ろっか?」


ボーカルのミラが優しい一声を掛けてくれる。お言葉に甘えて楽器店まで車で乗せて行ってもらった。


「名前はなんて言うの?」


ミラが不思議そうに尋ねて来た。


「えっと、テッドです」


「テッド君ね、ついでだからいい感じのベースを選んであげるよ」


なんて優しい子なんだろう。ハニートラップじゃない事を祈りながら思いのままにミラに任せてみる。


「テッド君は初心者だから…このくらいのでいいんじゃないかな」


黒い照りを見せているカッコいいベースである。型番は知らない。


「ちょっと肩に掛けてみてよ」


テッドはベースを肩に掛け、鏡を見つめた。間抜けな姿が逆にカッコよくも見えた。


「いいじゃん!そうれにしなよ」


「う、うん…」


店員に金貨18枚を渡した郵便屋は、俄然気合いが入ってきた。あとは宿屋に戻ってひたすら1週間練習するだけである。


「じゃあ頑張ってね」


ミラは宿屋の前まで車を走らせてくれ、テッドを下ろして帰っていった。テッドは宿屋に入り、兼ねている酒場へと歩を進めた。


「主人!ビール!」


郵便屋が酒をのむのは、ごく珍しい事だったが、飲まないとやっていられない案件に突入した時は飲んで良しとのお達しがある。そこでテッドはビールを3杯飲んだ。ベースを肩に掛けたままだったので弾き流しと間違われた。


フラフラと階段を上がり、やっと自分の部屋に到着する。上着を脱ぎ、手紙の入ったポーチはぶらさげてベースを装着し、ジミーからもらった2週間でベースを弾けるようになる方法という本をぺらりとめくった。


しばらく本を眺めていたが、


「コードとかいっぱいあるんだなぁ…まずはコードの習得からいきますか、ボブ流で」


宿屋の2階の角部屋からは、朝までベース音が漏れ聞こえていたのだった。


朝―――――


「朝までやってしまった―――――しかもまだ眠くない―――――ベースを弾いていたい―――――」


テッドは宿から出て酒場に行き、ビール3杯を口にしてから再び部屋へ戻って来た。


「まだ眠くない―――――本に書いてあるミッションをっこなしていきたい―――――」


そう言ってテッドは再びベースを弾き始めた。


ジミーの本は、読んだ者を中毒にしてしまう本だった。そういう意味では名著とも言えた。


テッドは今日も寝ずに夜までシャカシャカとベースを弾き続けた。


そのまま夜中までやっていると指から血が噴き出した頃、始めてテッドはハッとした。初心者は指が柔らかいので、血がでるのはあるあるだ。


指に絆創膏を貼って傷口を塞ぐ。もうこれ以上はしばらく弾けないので我に返ったテッドは寝ようかとも思ったが、夜風に当たりたくなり、銃をホルスターに入れて外へと飛び出した。そのまま中央広場へと向かう。


夜中にもかかわらず、1杯飲めるような出店がいくつか明かりを灯して客待ちをしている。そのうちの1軒に潜り込んだ。


「いらっしゃーい!」


「らっしゃい」


そこには店の親父と10歳くらいの息子が働いていた。


「こんな時間まで働いてるの?偉いけど大丈夫?眠くないの?」


テッドは10歳くらいの子供に刹那気に声を掛けた。


「うん!平気です!それよりビールでいい?」


「あ、ああ…それとつまみもなんか欲しいかな」


そうして何十分かはお店で談笑しながらビールを飲み続けた。


親父がテッドの指を見て言った。


「おや、旦那さん指ケガしてるじゃないですか。なにかあったんですかい?」


「これはね~話せば長くなるんだけど、バンドやることになってぇ~」


テッドはすっかり酩酊している。店の親父と息子は不気味なアイコンタクトを取った。


「あ、テーブルかたしますね~」


少年がテッドに近づいた。


チョキ―――――――


僅かな音がしたような気がしたが、気のせいかと思いビールをグイッと飲んだ。


チョキ―――――――


今度は確かに音がしたのをテッドは見逃さなかった。ポーチに手紙がない!


「逃げろ息子!」


店の親父が叫ぶ。息子が手紙を持ってダッシュし逃走を図った。テッドは振り返りざま取り出した銃で息子めがけて躊躇なく1発発射した。少年は前のめりに倒れる。テッドは少年に近づき手紙を奪い取る。倒れた少年からは血だまりが広がっている。


「この野郎!息子を殺しやがった!!」


店の店主は息子の前で肘をついて泣いた。


「命令したのはあんただろ。AAAは甘くはないぞ」


銃をホルスターに収めた郵便屋は、そのまま振り返りその場を後にした。


やはり誰からも狙われている。祭り会場からも狙ってくるヤツは必ずいるだろう。しばらく歩きながら考えていたが、ふと何か浮かんだテッドは、宿屋に戻ると自分の使っているベースを持ち出し、そのままガンショップへと向かったのであった。


次の日の朝―――――――


強靭な実を食べたせいか、翌朝には指は完全に回復していた。ビールを飲み過ぎて少し頭が痛いが、ベースの弾きたさがそれをはるかに上回っている。目の色が変わり始める。早くミッションをこなしたい!


テッドは早速、朝食もとらずベースをかき鳴らした。ミッションをドンドンこなしてゆく。難易度は高くなっていくが、不思議と苦にはならなかった。その後もテッドは睡眠も食事も削って、ひたすらベースを弾いた。


宿屋の主人がテッドを訪れ、


「ちょっと!音の苦情がきてるんだけど…」


と言ってきたが、テッドの耳には入ってこなかったので、そのまま無視してかき鳴らした。主人はあきれ顔で部屋を出て行った。


そうしてバンドマン達との待ち合わせ日である1週間が過ぎた。


ジミーやミラたちがおぼろげに音を出している会場に、テッドはベースを引っ提げて現れた!


「お、きたね」


「逃げなかったのは褒めてやる」


テッドの目にはクマができており、只ならぬオーラをかもしだしている。


「僕の演奏、聞いて下さい!!」


バンドマンはテッドを囲むようにゆっくりと座った。


―――――――デデデデデンデデデドドドドダダダ、ヂュイーンドドダダ…


ジミーは目を輝かせ演奏を聞いていた。それをミラが嬉しそうにみつめている。


「どうでしたか、僕の演奏。とりあえずミッションは全てこなしました」


ジミーはグッドの手だけでテッドを評価した。


「さすが俺様だよなぁ。俺の本がなきゃこうはいかないぜ」


ジミーは立ち上がると、


「よーし今度は残りの1週間で新曲を作るぜ。曲は俺が作るが、作詞は全員のを見てみたい。翌日までにみんなで作詞を書いてくれ。いいやつを採用する」


えええ…!テッドはまたもや壁にぶち当たった気分だった。自分に作詞なんかできるのだろうか…。


「それじゃあ解散だ。明日を楽しみにしている」


それぞれチリジリに自宅へと戻っていく。テッドも自動車で帰路についた。


その日の夜は、食堂のカウンターで出された食べ物をスプーンでいじりながら、ずっと作詞のことを考えていた。どうしてもモヤモヤが晴れずにいる。丁度向かいにいる食堂の主人に思わず訊ねてみた。


「主人、主人が歌の作詞をするとしたら、どんな詞を書く?」


「そりゃあんた、『人生』を書き切るにきまってまさぁ!浪花節だよ」


そうか。人生を振り返るなら多くの事がありすぎる。どこか雲が飛んでいった気持ちになった。飯をかき込みながら、


「そうか…人生か!浮かんできたぞ…!ごっそさん!」


そう言ってテッドはご飯を食べ終わると、自分の宿に引きこもった。


今まであった多くの事。つらい事嬉しかった事、ありったけ詰めて作詞に勤しんだ。


夜過ぎても、テッドの部屋の明かりはついたままだった。


翌朝――――――――


「何とか…できた!」


一夜漬けで書いたテッドの作詞は、自分の人生経験を元にして書いた泥臭いものだったが、大いに満足した大作の出来だった。


「急いで会場いかなきゃ!」


寝ていないのもお構いなしに、ベースを持ってバンドマンのいる会場まで自動車で一気に向かう。


会場にはいつも通りのメンバーが揃っていた。


「はぁはぁ…僕も作詞してきました、良かったら見てください」


「おぅ、君が最後だ、拝見させてもらおう」


テッドはジミーに紙を渡すと、目をこすりながら評価を静かに待った。最近ろくに寝ていない。少しは寝ないとやばいかもしれない。


程なく、ジミーはブワッと涙をこぼした。どうしたどうしたとメンバーが焦っていると、


「あんた…すごい人生歩んできてるんやな…」


「はは…人並みには生きてるつもりですので」


「決めた!作詞はテッド!」


おおっと皆からどよめきが巻き起こる。


「おめでとう、テッド君」


ミラも拍手で素直に喜んでくれた。


信じられない!自分の作詞がまさか通るなんて!


ジミーは涙を拭きながら、


「じゃあこれから1日でこれを元に俺が曲をつくるから、明日からは毎日音合わせに来てくれ。じゃあ解散」


―――――――


エンダー街のお祭りが刻一刻と近づいてきている。音合わせの期間は時間が決まっているので、テッド自身規則正しい生活ができた。ベースの調子も上々である。ミラの歌声も初めて聞いたが、美しく透き通った良い声をしていた。そんな声で自分の作詞を歌われると気恥ずかしかったが、同時に嬉しくもあるのだった。


音合わせの期間もあっという間に過ぎ、お祭りが盛大に始まった!いきなり花火が打ちあがり、テンションはマックスだ!


バンドの出番は最後のほうなので、テッドは出店に寄ってイカ焼きやタコ焼きを食べたりした。それにしてもすごい人手である。浴衣を着た大勢の人の波をかきわけるだけでも大変だ。りんご飴をかじってる時に、人に声を掛けられた。


「テッドさんですよね?」


「ああ、君はAAの…」


「プレロと申します。今月分の金貨の支給を渡しにまいりました。こんな場所ですみませんが…」


「ありがとう。僕今日、舞台でバンドするんだ。良かったら見に来てよ」


「そうなんですか!ぜひ拝見します」


プレロと別れたテッドだったが、まだ少し時間がある。チョコバナナや焼きそばなどをたしなんでみた。


そろそろ時間なので、舞台裏にベースを持って駆け寄ると、メンバーが集まっていた。


「頑張ろうね!」


「はい!」


アナウンスが入る。


「次の出し物はジミーズによる演奏です!」


ワッと歓声があがり、幕がゆっくりと上がってゆく。


「ジミーだ!今日は楽しんでくれよな!ワンツー!」


演奏が始まる。


♪僕は1人 荒野を駆ける 色んな傷 常に埋めながら


歌が始まる。意外と演奏に緊張はしなかった。演奏が始まると、怪しい人物が何人か前ににじり寄って来るのがステージ上でもわかった。


♪戦う事でしか 前に進めない それが僕の 僕のさだめ


曲が終わりかけた時、怪しい人物たち数名が銃をこちら側に構えて来た。テッドは焦らずベースの下部分を横に掲げ、キラキラした物体をドカンと発射する。視界は塞がれ歓声だけが聞こえて来る。


キラキラが無くなった頃にはメンバーは舞台から完全に消えていた。かくしてメンバーによる演奏はクライマックスで無事、終えたのである。


――――――


フラフラした様子で宿屋に帰った郵便屋の姿があった。やるべきことはやった。後はもう眠ることしか頭になかった。


ポーチを枕に隠し、銃を片手でつかむと即座にベッドに横になると、すぐにいびきをかいたのだった。


夜に起床したテッドは心底陰鬱だった。寝すぎたためである。帽子を脱ぐと金髪のアホ毛がビョンと弾み震えた。上着を着て拳銃をクルクル回し2丁をホルスターに収めた。


夜なのでモーニングサービスもない。そのままドアを開けようとすると、ドアの下のスキマから紙が出てきている。なんだろうこれは。寝ぼけまなこに書かれたメッセージを読む。


「最後の中継街エンダーで銃によるファストドローを挑む。最後の戦いにゃ。毎日18時、エンダー街の大きな時計台で待つ。―――ネコパンチ」


印鑑代わりに、黒色の肉球が押されてある。


(あの猫族、ネコパンチって言うのか…しかし僕が寝ている部屋を判別してたのか…まいるなぁこういうの)




宿の主人に宿屋台を払いつつ、コーヒーを1杯お願いした。良い目覚ましになる。車のエンジンを吹かせて宿屋を後にする。大統領のホワイトハウスまであと半分にも満たないので、テンションは上がっていた。


ファストドローには溜息しか出なかった。僕はファストドローが訓練所の時代から一番得意だったからだ。


しかし目的の為には手段を選べない。鉄則だ。僕の邪魔をする者は全て敵とみなすべし。AAAの大事な言葉。だから僕は感情に流されない。敵と分かれば空気のように人を撃ってゆく。


そんな事を考えていたら、出口の門に到着した。一時停止をして双眼鏡で門の周辺を観察する。どうやらマキビシチェーンもなく大丈夫そうだ。そのまま前に進め、門をくぐり無事出口を通り過ぎた。あとはスピードを上げるだけだ。慣れている道なので気も楽になった。車用の電気パックもいっぱい積み込んでいた。戦闘用レーション(戦争時のパン)は買わなかったが、元々小食なのであまり気にしなかった。そして拳銃2丁。弾をポーチのように肩からかけていた。




馴染みがある暗い森の中をひた走っていた。車一台通れるかどうかという夜のケモノ道だ。持ち帰り用のコーヒーを飲みながら片手運転をしていると、前方から怪しい影がかすかに見えた。車をハイビームに変え、双眼鏡を覗くと。


突然いくつもの火の玉がテッドの車に向けて放たれて来た。そのうちの1、2発が車に直撃するも、頑丈な車の為フロントガラスはビクともしなかった。


車のスピードを出して、突っ込んで当てる事も考案したが、相手が女性だった場合、大変な頭痛に見舞われる事になってしまうので悩ましい。


とにかく姿を見ないと話にならないので、徐行しながら相手の方に近づく。大きな帽子と細かく刺繍された上着を膝まで来ている。見た目はいかにも魔術師といった具合だ。しかも近づくと幼女と分かり、テッドは頭を抱える。


再び火の玉を飛ばしてきたが、全く支障はない。


(もしかして、まだ魔術師レベルが低いんじゃないだろうか)


考えてる間に、また魔術師が現れた。


そして魔法で竜巻を起こしてきたが、宙に飛ぶわけでもなく、全く異常はなかった。やはり自分の考えは正しかったようだ。テッドは車の窓を上げて、


「あのー君達に関わっている時間はないんだ。道をあけてくれないかい?」


僕がそう言うと、幼女たちが4人ほど増え、道を完全に封鎖されてしまった。肩に鳩をつけたリーダー格の幼女が代表となって僕に叫んだ。


「空飛ぶ紙袋団を壊滅させた人です‼」 「なのです‼」


そう言えばそういう団体もいたなぁと思い出すと、すなおに疑問を吐いてみた。


「どうしてその事を君らが知ってるの?」


「この鳩が手紙を持ってきたです‼」


鳩か。鳩がそんなに正確なら、僕は職を追われる感じになるなぁ。


「空飛ぶ紙袋団とは同盟関係にあたるのです‼」


「です‼」


テッドは大いに悩みながら、口を開いた。


「紙袋の件はごめん!でも君達はもっと修行してレベル上げた方がいいよ?紙袋団もすごくモロかったし」


鳩リーダーはちょっとショックだったのか、闇の中に消えてしまった。他のメンバーもそれに続いて闇夜に消えて行く。


僕は空暗い中、ハイビームで徐行運転をしながら様子を伺っていたが、どうやら魔術師幼女軍団はいなくなったようで安堵した。




それからは特に何のイベントもなく、車のビームを頼りに暗い道を進んだ。


問題はここからだ。


夜明けが近づき、森をもうすぐ出ようとした時だ。


出口に、2足歩行で棒を持ったゴリラ2匹が道を塞ぐように立ってこちらを眺めている。


僕は訓練所生活での1件を鮮烈に覚えている----




訓練所生活の時、みんなで一人の部屋に集まって下らない話で盛り上がっていた。その中で『1番強い動物は何か』と言う話題をだれかが投げかけた。カバやライオンなどが出て来る中、メンバーの一人が


「棒を持ったゴリラだな。あとは大きくなったカマキリ。考えても見ろよ、ゴリラだけでもやばいのに棒をもってるんだぜ?」




その話題通りの動物が今、ここに立ちはだかっているのだ。しかも2匹。


「おおおーっ‼」


と叫ぶとゴリラはこちらに突進してきた。今までで恐らく1番、畏怖したかもしれない。


ゴリラは手持ちの棒を使って車を叩き始めた。1匹は車のボンネットに登り叩き始める。耐久性は抜群な車なのに、叩いた箇所が軽く凹んでいる。


何?何が目的なの?車の窓を開けながら銃をうちたいのだが、絶対危険である。とりあえずベレッタを構えたテッドであったが扉を開けるのは自殺行為とも思える。


今はとにかく突き進むしかない。幸い道が開いたので、全速力でスピードを上げた。そして急ブレーキを踏むと、ボンネットにいたゴリラは車から倒れた。そのスキを突いて再びスピードを上げる。


ゴリラは追いかけてきたが、遠くに離れていき見えなくなった。


「何だったんだ…夢に出て来るよ絶対…!」


そのままスピードを落とさずに、最終中継所のエンダー街へと向かっていった。





エンダー街の名所である大きな時計台に2人の姿があった。


「ハクシュ‼」


猫族は、この寒い中スーツだけなのは真面目につらいのだった。


「今日はもう郵便屋来ないにゃ。帰ろう」


猫族の隣にいる女性はタバコをくわえながら言った。


「あんた、絶対に勝てないわよ。それでもやるの?」


「オス猫は負けると分かっていても運命を感じたら、徹底的にやるんにゃ」


「ネコパンチ…」


ヨーコは吸い殻をタバコポケットにねじ込み、


「もう帰ろう」


と言いながらスタスタと宿へ歩を進めた。


「コートの1着ぐらいはほしいんだがにゃあ」


そういって猫族は女性の後ろを追った。






夜中から朝までドライブしまくっているのだが、朝は気持ちが実に晴れやかだ。なにより知っている道を走るのはとても安心感があって、勇気がわいてくる。


しかし最後の中継地点になかなか着かない。こらもまた手慣れた街なので、それだけが不安だった。


「街が引っ越し?いやそれはない」


それでも街に到着し、街をグルっと回ってから、門を見つけ入って行く。門番はさすがにAAA(トリプルエー)の存在は知っていたようで、


「お仕事お疲れさまであります!」


と丁寧な口調で敬意をはらっているような言動に身震いする。




戦争用パンであるレーションとミサイルを買い込んで、最後に好物の新鮮なトマトにかぶりついた。


ファストドローがあるなぁ。とにかくここらでケリをつけたいようだった。ネコパンチがたおれたら気象強行士も、もう追っかけては来ないだろう。


せっかくなので1泊しようと、宿を探してから敢えて外食はぜず、宿の料理人にオムライスを注文し、最後の戦いのため蹴りやパンチ、一本背負い投げなどの特訓しているとさすがに汗が頬をつたう。


腕に自信のあるヤツは、ホワイトハウスの直前で待機してるのだ。


ベルボーイがオムライスと炭酸水を持ってやってきた。ベルボーイにチップを渡し、ドアを閉めた。


そしてこの炭酸水はガスを使って人口的につくられた炭酸ではなく、山脈から取れる自然の炭酸水である。当然値段もやや高い。




おいしいオムライスを食べながら、これから起きる事を心の頭の中で整理を整理する。


ホワイトハウスの周辺には、手練れの強盗団や単独異能者が多く現れる。ここで見張っていれば手紙をもった郵便屋が往復してるのが分かり、手紙を奪い取りやすいわけだ。なので大統領に手紙を渡すまでは耐えきるしかない。


だから銃も新たに買った。最後のヤマである。




心が重いのは、18:00からのファストドローだ。毎日待ってるらしいので、今日はさすがにいかねばならない。


それより眠いのがまずいので、タイマー付きの時計を借り、17:30とセットし、郵便屋はまた二度寝をした。




17:30




時計の音がうるさいので速攻で止める。そうかファストドローなのか。リボルバーだけで事は済むだろう。


スピードローダーを2つポケットに入れる。


風がとても冷たい。ただテッドのコートは暖かいので、まだ耐えられる範疇(はんちゅう)だった。


徒歩でも、時計台までそれほどかからないので、歩くことにする。


この街の名所は大きな白い時計台である。さすがに地元の人は、さほど気にはとめてないだろう。


18:00ちょうどに時計台前まで行くと、2人の影が見えた。例の女性とネコパンチである。


「やっと来たにゃ?」


テッドは言葉を選んで、語りかけた。


「ネコパンチ。君はすごいガンさばきだ。僕が今まで出会った中での刺客としても1番強いガンナーだ。でもファストドローは僕が1番得意としてきたものだから。命をムゲに捨てることはない。」


「それはこっちのセリフにゃ。気候も風もない正常な場所で、どれだけ早いかわかってるのかにゃ?」


ネコパンチは銃を取りクルクルと回しながらほたホルスターに収める。そしてヨーコは叫んだ。


「ルールを言う。時計台が音を立てて6:44分をさしたら、私が合図する。そして時計台が1分後の6;45分に針が移動した瞬間にホルスターから抜いて撃つこと。フライングしたら私が銃でしとめる。ネコパンチもそうだぞ?」


「はい了解」


「承知したにゃ」


しかし今は6:32分。目的の6:44分まで時間がたっぷりある。郵便屋はその場であぐらをかいて、銃をホルスターから抜き、銃を手になじませるようにゆっくりホルスターに収める。


ネコパンチも座り、目をつむってそのまま全く微動だにしなかった。ヨーコは焦りを隠すようにタバコに火をつける。闇に赤い点が浮き上がる。




「開始1分前!」




ヨーコが叫ぶと2人はスックと立ち上がった。手をホルスターぎりぎりの所まで持ってくる。長い時間に思えた。僕はもう体にガタが来ていたが、それを見透かされたら闇に向かう。


ネコパンチもホルスターの手前で銃を掴もうとしていた。猫には以前、5発ほど鉛玉を受けている。あなどれない。僕が死んだら手紙は闇市で高額で埋もれてしまう。


これは命のやりとりである。時計台の音に完全集中する。


時計台がギイィと音が鳴った瞬間、バン!という銃声が外に手短に伝わった。


2発ではなく、1発の銃声に思えた。


「痛えええぇぇぇ‼」


あしのももを押さえてポストマンが先に倒れた。ネコパンチは仁王立ちしている。


(ポストマンに勝った‼)


そう思いながらネコパンチに向かう。


「やったね猫!」


そうして近づいてみると、ハートブレイクを食らっていたネコパンチは喋ることさえ出来ず、そのままうつ伏せに倒れた。


「ネコパンチ‼」


ヨーコはくわえていたタバコを落としてしまう。テッドは言った。


「君はもう故郷に戻るんだ…故郷はみんなあるはずだろ…?」


ヨーコはポストマンに銃を向けた。


「ホローポイント弾をまた浴びたいのかい?」


ヨーコは次第に銃を構えるのをやめ、涙を隠そうともせず猫族を抱えた。ヨーコが人生の中で泣いたのは、故郷に火を付けられて以来だった。


「それでいい。君に恨みもない。だから僕をは医者まで車で届けてくれないか?お願いだ」


ヨーコはネコパンチを殺した人間を車に入れるのをためらったが、天才的なガンナーのネコパンチを倒した人間である。


「この子の墓を手伝ってくれたら、乗せるよ」


「…もちろんいいとも…痛た…」


そう言って2人は和解し、一緒に車で医者の緊急外来へと急いだ。


医者は郵便屋のももから銃弾を取り出してから、言った。


「前の医者からも言われなかったかね?もう体中が限界にきていることを」


「そうですね…言われましたね…」


麻酔が効いてるので痛みはほとんどなかった。テッドは話を続ける。


「ホワイトハウスの周辺が一番強盗団、刺客が多いんです。死にかけてでもホワイトハウスに入らないと…」


「ふうん…」


医者は困惑していた。


部屋の開いたドアの入り口にヨーコもいた。タバコを切らしてしたので中毒性からの貧乏ゆすりが止まらない。


医者は困りかけた様子で、天井を眺めていたが、何とか医師は口を開いた。


「君は世界で数人しかなれないトリプルエーなんだ。体を傷つけずに何とか戦い、そしてホワイトハウスまで行ってくれないか」


「…そのつもりです。もう僕はこりごりなんですよ。麻酔が収まったら、すぐにでも出発します。それから君の名前は?」


「私?ヨーコだけど」


「ホワイトハウスまでの道中だけでいいので、助けてくれないか」


「まぁ…いいけど」


急な依頼にとまどいを隠せないヨーコは貧乏ゆすりをピタと止めた。


「充分に気を引き締めて行ってきなよ」


そう言うと医者は部屋から出て言った。


森の獣道を1台の車が猛スピードで駆け抜けていった。


運転手はヨーコ、その隣でぐったりしているのがAAAのポストマンだ。


あまりにも力無く揺られている郵便屋を見て、思わずヨーコは疑問を投げかける。


「あんた、本当に強盗団全員やれんの?」


ゆっくりヨーコの顔に郵便屋は頭を向けて、


「…やらなきゃしょうがないじゃないか…」


力無くそう言ったテッドは、再び車の揺れで左右赴くままに揺れている。


(本当に大丈夫なのかしら…)


そんな事を思いながら久しぶりのタバコに火をつけ、気持ちを落ち着きつかせる。


ポストマンはただ揺れてるだけのように見えたが、風景をしっかり視認していた。


そしてドアの窓を少し開け、手を出し『風』の感覚を掴んでいた。


「…気味悪い位に無風だ…」


そう呟くと窓を閉め、再び体をシートに沈めて揺れていた。




もう1時間は走っただろうか。ヨーコの持っているタバコが少なくなっているので舌打ちをしていると、


「車を止めてくれ!」


急に言われたヨーコは慌ててブレーキを踏み、車を止める。


郵便屋は先ほどやった行動、窓を少し開け手を出し、しばらくしてから窓を閉める。


「…無風なのに道路の道沿いの草が揺れた…もう奴らは潜んでいる…」


テッドはシートベルトを外して話を続けた。


「いいかい、君は吹雪を呼んでくれ。僕は特殊訓練で吹雪にも慣れてる。あと君は車にいてくれ。死んだら吹雪が収まってしまうからね」


そう言い残してテッドは2丁拳銃、マグナム157とベレッタM93Rを握ると、ただ揺れていた彼からは想像できない程、体が引き締まり背筋もピンと張りつめた。


ヨーコは車の中で天を呼び叫んだ。


「吹雪っ‼」




郵便屋はゆっくりドアを開け、数歩歩くと、敵が突然出て来るという予想は外れ、ゆっくりと草むらから魔法使いの集団が現れた。以前出会った幼女魔法使いでは決してない、プロ級のそれだ。


5人いる事をテッドは確認する。魔法使いの帽子は、わずかではあるが雪を受け止めている。


「手紙を渡せば魔法は使わないわ。だから…」


魔法使いが言い終わる前に、テッドはミニミサイルを撃ち込んだ。魔法使いは攻撃力は高いが防御力が弱い。5人は5人とも血を吹き、倒れた。


直後に今まで経験した事の無い頭痛が電撃のように訪れた。女性を倒してしまったからだ。


「うううううわぁああああ‼‼」


撃ったミサイルの爆風とテッドの叫び声で、盗賊や刺客に気づかれてしまうだろう。


「おおおおこのICチップめえええぇ!こんな時にいいいい…‼」


大雪の中叫んでいた、その時である。草場の影から、ケモノの皮をまとい、槍を持った人間どもが一斉に現れた!


「テガミ渡せ!」


激しい頭痛は収まったが余韻がまだ半端ない。6人と把握すると、いの1番に襲ってきた毛皮男の心臓をベレッタで1発即死させる。


まだ頭痛が残る中、2人組の男をベレッタとリボルバーで同時に倒す。


頭をかかえながら、リボルバーにミニミサイルを装填し、ベレッタで仕留める。


と、槍が降ってきたので、すんでの所でかわし、最後の1人をリボルバーで倒す。


 


そして頭痛が完全に止むと、テッドから謎の青いオーラが出て来たのを窓越しからヨーコは見ていた。これがAAAの力なのか。それともICチップの能力アップなのか。あまりの驚きでタバコを落としかけてしまう。


はげしい音と叫び声、銃声を聞いて、盗賊が雪の中2人襲ってくるも、テッドの車のボンネットを回転しながらリボルバー2発撃ちで、あっけなく亡骸となる。


車に隠れたテッドは、リボルバーにスピードローラーで1発再充填する。


原始人スタイルのアマゾネス女4人組が草を割って道路へと入ってくるのを確認する。


女性はもう倒せない。あの頭痛は二度と味わいたくない。腕か足にでも銃を撃って、動かないようにするしかなかった。


車越しにアマゾネスの1人の肩に命中させると、アマゾネスはオオオという咆哮を残し倒れていった。


アマゾネスの技は突進しか無いようなので、慎重に全員の肩へ作業のようにベレッタの鉛玉を置いていく。


吹雪が降りしきる中、白い息を吐きながら銃を向け、アマゾネス達を確認しようと思ったその時である。




ホワイトハウス方面から銃声が聞こえ、ポストマンの2の腕を捕らえ貫通した。


「痛っ‼」


被弾したテッドは慌てて車の後ろに飛び込んだ。テッドが被っている帽子から、溜まった雪が落ちて来る。


最悪の集団がやってきた。雪降る中歩んでくる『ガンナーの集団』である。


郵便屋が被弾したのを見て、ヨーコは思わず銃を抱えて扉を開けた。


刹那。ヨーコの髪の毛寸前のところで、鉛玉が飛んできた。ヨーコは驚愕して車のシートに飛び移った。


「ヨーコ!スナイパーもいるから車の中でかがんで、じっとしてるんだ!吹雪を消すなよ⁉」


そう叫んだ郵便屋は、いまだ青いオーラに包まれている。服の雪を払いながら車から少しだけ先を覗くと、何やら会話しながらこちらへ向かってくる。


テッドは獣男が持っていた槍を、ガンナー集団に向けて投げつけた。


集団が槍を見ている隙に、車の屋根からベレッタとマグナム2丁で銃弾をばら撒いた。まだガンナーが何人いるのかは把握できてないが、槍を注視していた2人は倒した。


再び車の裏に戻り、ベレッタの空弾倉を雪の中に落とし、新しい弾倉を入れ、銃の上半身を後ろに引っ張り弾を充填させる。


右奥の草むらの遠い場所にスナイパーはいる様子だった。しかし今は目先のガンナーを退治するのが先決だ。あと何人いるかは把握できないでいた。


「郵便屋~出て来いよ!」


声のする方へ耳を傾けるが、吹雪にまみれた音なので声が吸収されてしまう。2丁拳銃を握り、とりあえずこちら側から積極的に飛び込んでゆく。


ガンナーは2人いた。片方にベレッタをばら撒きながら、もう1人のほうにはマグナムでほぼ同時に仕留める。


しかしガンナーが横にもう1人いて、郵便屋は鎖骨付近に被弾してしまう。


「こいつ…!」


さらに2丁拳銃で被弾させたヤツを何とかしとめたが、鎖骨が折れたのだろう、銃からくるリコイル(反動)が銃を撃つごとに鎖骨に響いて痛みを感じるようになった。


テッドはとりあえず車内に潜りこむように入り、ドアを閉めた。ヨーコは気が気でない様子で、


「あんた大丈夫なの?」


と声をかける。郵便屋は苦痛を通り越した笑みで、


「大丈夫じゃないよ」


と返した。しばらく車内にいたが、あらかた盗賊団を倒したせいか、いっとき静かに吹雪だけが吹いていた。スナイパーも劣勢とみて、帰ってしまっていたようだった。


「もうみんないなくなったのかしら」


ヨーコはそうあって欲しい願望を込めて、つぶやいた。


「いや。まだいる。気配を感じるんだ僕は」


テッドがそう言った瞬間、吹雪の中から一人の人間らしきものがこちらへ歩み寄ってきた。


「やはりね」


郵便屋はドアを開け、鎖骨が大丈夫な方の腕でベレッタを持ち、近寄って来るのを待った。


敵は視認できるまで近寄ってきた。そして大声で叫んでくる。


「私は盗賊団に体力を奪わせ、君が弱った所でやってきた者だ。おとなしく手紙を渡せば万事解決‼」


テッドも吹雪の中、大声で言った。


「渡すわけがない事くらい分かるだろう‼」


「そうだよなぁ‼AAAだもんなぁ‼」


刺客は吹雪の中、そう叫ぶと手を使って『印』をふむ様子を見ると、刺客から赤いオーラが漂い始める。


まずい。


煙越しに、刺客の青年は人間からテッドより3倍ほど大きくなったケンタウロスに変貌を遂げていたのである。


頭にICチップを入れないと出来ない芸当だ。慌ててテッドは車のドアを開け、ヨーコに


「雷雨に変えて、雷をターゲットを落とす事はできるか⁉」


気象強行士は普通のレベルだと周囲の天候を変える事しかできない。しかし今の私ならーーーー


「やってみるから死なないと約束して!」


「oh, yeah‼」


ヨーコは今まで変えてきた天候の全てを濃縮還元し、最高の集中力でもって己を高めながら車中で両腕を天に向け


「雷雨‼ケンタウロスに雷‼」


と叫ぶとすぐに吹雪は止み、雷響き渡る豪雨へとスイッチした。(いいぞ)テッドは心の中で囁く。


郵便屋はまた外に出る為、車のドアを閉め、決死の2丁拳銃でケンタウロスに銃を連射した。


が、相手に効いている様子が全くない。ケンタウロスは武器さえも持っていなかった。武器なんていらない程の強さと言うわけだ。


突如敵が突進してくる。瞬間的にかわしたはずだが右半身に、当て身を食らって3メートルほどテッドは吹っ飛ぶ。


ケンタウロスは赤いオーラをまとったまま、高笑いしているかのような咆哮を周辺に響かせた。


ラスボス登場といったところだが、僕はこの敵に勝てる気がまったくしなかった。


敵が余裕を持っていたその瞬間、これ以上聞いたことのない音量の大きな雷がケンタウロスに直撃し、程なく青年に戻ってうつ伏せに倒れている。


(ヨーコ、君はネコパンチと同じくらい凄い人だよ…)


心の中でそう呟くと、意識が遠くなってゆく。ヨーコがやってきたようだが意識はさらに遠くなっていき完全に闇の中へねじり伏せていった。


テッドの頭には少し昔の自分の苦い思い出が入り込んでいた。


郵便屋で特殊訓練をしていた時である。


通常の天候の他、豪雨や雪の日での戦闘を想定して、郵便局長が軍曹となり厳しい訓練が続いていた。


当然途中で辞めていく者もいたが、郵便局長は特に留めることもせず、マシーンのように訓練に没入していた。


その時のテッドの郵便屋ランクは『A』だった。


テッドはすでに精密な射撃が非常に高かったが、ターゲットが現れた瞬間から撃つまでの時間が遅かった。


2丁拳銃での突撃でも、迷路の中での射撃も、森の中でのスナイパーライフルの扱いに関しても同じように射撃までの時間に遅れが目立ったが精密射撃度は非常に高かった。


軍曹はテッドがただの郵便屋だった頃からみてきた男である。それなりに思う所があり、彼を夜に局長に来るように伝達した。




夜更である。テッドは郵便局長の部屋をノックした。


「入りたまえ」


声を合図にテッドは局長の部屋に入ってゆく。


「Aランクのテッドです。」


「うむ…」


両者椅子に座り、局長は水を飲み喉を湿らしてから喋りはじめた。


「なぜ呼ばれたか分かるかね?」


「分かりかねます」


テッドは正直にそう言って水をわずかに飲んだ。局長に嘘は通じない、そんな人だ。


「君の射撃能力は群を抜いていることは分かっている。正直な所ナンバー1だ。先天性のものなのか努力してそうなったかは知らんが結果しか私は見ん」


「ありがとうございます。」


「だが標的が出てきてから射撃するまでの時間が遅い。本番では死んでしまうレベルの深刻な問題だ。その理由を君は分かっているはずだろう?」


「…」


テッドは数秒、沈黙を貫いた。もちろん原因は分かっている。しかしどうしてもそれを言葉にできないでいた。


郵便局長は葉巻を吸い始めた。そして言葉を続けた。


「普通タバコや葉巻を吸う人は人間の心が弱いからだと昔の上司に言われたよ。そういう1面で言うなら、私も心は弱いんだろう」


「そうですか…」


「君はAAAになりたいだろう?」


「…はい、できれば」


「だったら敵に感情を見せるな‼」


「!」


「君はターゲットに感情的になり、それがまさに遅い原因なんだ。AAAの現実は生易しいものではない!大統領の手紙は世界を変えるものなのだ!それを渡すには敵の感情などいらん!道中いくらでも襲ってくる刺客を冷静に確実に仕留めなくてはいけない!それを意識して結果が出たのならば君には特殊訓練を受けてもらう」


そう言って葉巻を口にした。


「失礼します」


テッドは部屋を出た。やはり完全に局長に見抜かれていた。強盗団に入った者も、家庭の事情があるだろう。生きるための手段の一つ。


それを思うとどうしても僅かな遅れが出てしまう。精密な射撃力は努力を努力と思わずやっていた賜物だった。


考えているとお腹が鳴ったので、皆がいる食堂で駆け足で移動した。




「お!テッドどうしたんだよぉ」


訓練仲間のマァニーが席をポンポンと叩いた場所に座る。


「局長とちょっと、ね…」


「局長と話してたのかぁ?なんか秘密の事かよ?」


同じく仲間のボリスがテッドに肩に手を伸ばす。


「そんなんじゃないってば…ぼくは」


テッドの言葉を遮るようにプルンが喋り出す。


「射撃力満点のテッド様だからねーこれは推理しないとね!」


プルンは背が少年並みだが、頑張ってAクラスになった子だ。尊敬に値する。


「頼むからカレーを食べさせてくれ!お腹が減ってたまらないんだ」


そう言ってカレーを食べる事に集中した。


ボリスは少しひそめて言った。


「俺たちはAA(ダブルエー)には上がれるだろう。でもAAA(トリプルエー)になりたい奴はいるか?どうだ?」


プルンが会話に割って入る。


「そりゃあAAAは報酬がケタ違いだからねぇ。まよっちゃうよねぇ~」


「馬鹿!AAとAAAは格が違う。夢見るのはよせ」


マァニーは現実主義者だ。AAでも充分給料は高い。それでもAAAになりたい人間も、この食堂に集う数十名の中にいるはずだ。


テッドはカレーを食べ終えて、じっと手を見た。


(僕はなれるだろうか…AAAという名の悪魔に)


食事を終えた僕らは、食器をカウンターに戻し、それぞれの部屋へ戻っていった。テッドも自分の個室に戻り、服も着替えず、あっという間に眠りに入った。




幾日も訓練は続いた。そもそもインターネットも電話も使えなくなった原因のハッカーを探し、暗殺するのが先ではないのか。


なぜハッキングを続けているのかさえ分からない。その為、『手紙』が重要な位置に着いたのだ。




テッドは日に日にガンアクション・スピードを上げていった。ターゲットは人ではなくトマトだと思って射撃すると、段々とスピードが上がっていったのだ。


1週間もたたずにテッドはマシーン化していった。郵便局長もテッドの成長ぶりにうなずく。仲間がAランクからAAランクに上がったりもして、気合いを貰ったりもした。


それから2週間ほど経ったある日、また郵便局長から部屋にくるよう招集され、テッドは食事も摂らずに郵便局長の部屋をノックした。


局長はやはりいつものハバナ産の葉巻を手に持ち、味わっていた。


「テッドです。参りました」


「そう堅苦しくするな。まあ座れ。」


高級そうなソファに身を沈める。フィット感がとても良い。郵便局長もソファに座って葉巻を実に美味そうに味わいながら話かける。


「君は明日からAAに昇格だ。実際良い結果が出たのは大変喜ばしい」


「ありがとうございます」


ここは素直に喜んだ。


「ここから核心なんだが通常訓練を離れ、君だけに特殊訓練を行うことにした」


「えっ?」


「銃の扱い方はもちろんの事、柔術、銃の為の医学、サバイバル術、羅列したらキリがないが、大統領の手紙を無事に届けるための全てを君に注ぎ込む」


「僕が…ですか?」


「AAAになりたくないのかね?」


「それは…」


そう言うとテッドは戸惑った。AAとAAAでは格が全然違う事が局長の話が瞬間的な速度で追いついてきたからだ。


「……なりたくはないのかね?」


郵便局長が再び訊ねると、テッドは肘の黒ジーンズを両手で一度だけかき回して、


「その特殊訓練に耐えられるのなら…僕はAAAになりたいです。大統領の手紙を持って、命を賭けた戦いをしたい!」


感情的になっているテッドをなだめてから、葉巻の煙を吐き出した。


「その時はいづれ来るとだけは言っておく。とにかく明日から特別訓練場にきたまえ。以上」


局長の部屋から出ると、膝がガクガクと騒ぎ出した。本意なのか?少なくとも僕にとっては勇敢で孤独な決断だった。


そう思うとそこからしばらくは動けなくなっていた。




次の日。


訓練生のマーニィがいつものように訓練場に半分駆け足で到着すると、


「あぶねー遅くなる所だった。あれ?テッドがいなくね?」


訓練生プルンが切なく言った。


「まさか脱退したんじゃ…」


「ありえねぇ。テッドが逃げ帰る理由がねぇ」


マーニィは断固プルンの選択を投げ捨てた。隣に居たボリスが断言する。


「彼はAAAになるんだよ。ここは彼にとって修行の場所じゃなくなったんだ。」


沈黙が手短に響き渡った後、マーニィが、


「俺たちはAAを目指そうぜ!俺たちだってAAAになれるかもしれねぇじゃんかよ!」


「そうだな…ここは騒ぎたたずにAAを着実にねらっていこう!」


そう言うと、プルンはピョンと跳ねた。


「ジャンプだけは得意だなプルンは!あはは!」


誰も傷つけながら、皆は各々いつもの訓練生の朝が始まった。




テッドは特別訓練場初日。ドアの前に立ったまま、動けないでいた。後ろから明らかに集団の靴音がして振り返ると、各分野のエキスパート達が半透明な足音を軽く響かせながらやってきた。


「そこで何をしている。早く入り給え」


(郵便局長も参加するのか…)


心の出口が見えないまま、集団に押されるようにドアへと入っていった。




それから何か月経っただろうか。




仲間たちは全員AAに昇格していた。その中にはやはりAAA志望者も幾人かはいた。


特別訓練のドアが開き、テッドがゆっくり顔を出した。目に輝きがない。郵便局長がテッドの肩を叩くと、


「さあ。あとは『こめかみ』に極小ICチップを3枚埋めるだけだ。手術室へ行こう」


テッドは極小さく頭を縦に振ると、局長にいざなわれて足を踏み出した。




運命とも言える次の日。


AAAを志願したAAの集団が、白い息を各々吐き出しながら森かすむ平原に集合していた。


「なんでこんな所に…?」


「ターゲットなんて何にも無いじゃないか…」


十数名が騒ぎかけたその時、軽自動車がこちらに向かってくるのが見えた。


ややざわつきながら支持を待つと、郵便局長とテッドが降りてきた。


「テッドッ‼」


始めに皆が驚いたのは、テッドが青いオーラに包まれていた事だ。


全員、言葉の密度がきつくなってしまい、つまりは喉から言葉が出なかった。


一気に不穏な空気が白い息となり、寒いのに汗が止まらない者もいた。


「テッド!しばらく見ない内にどうしたっ‼」


テッドは集団を一瞥しただけで、


「…18名」


と呟いただけで、マーニィの問いには答えなかった。


局長が一喝する。


「そう…18名だ。AAAになる為に集まったゴミくず共」


「ゴミだぁ⁉」


さすがに局長のその言葉にアーチのように罵声が連なってゆく。


「皆黙れ!」


局長のその声で、罵声がたたまれてゆく。


「AAAになる方法は簡単、ここに居るテッドを殺した者にAAAの称号を与える」


「はあ⁉」


「逆にテッドが皆を殺したら、テッドがAAAとなる。チャンスだぞお前ら!これだけおいしい訓練はないだろうが?ええおい」


「急すぎる…!急すぎだろうがっ‼」


「テッドは俺たちと一緒に汗水流してきた仲間だろうが!」


テッドは2丁拳銃、弾薬を体に巻き、手榴弾をあらゆる所に配置している。その上青いオーラに包まれているのだった。


「怪物め‼」


罵声をモノともしない局長が叫ぶ。


「私が手を1発叩いたらスタートだ。叩いたら今ここで殺ってもいいんだぞ?ほら、どうした、いいか?」


そう言いながら、局長は手を叩く。響いてゆく。


刹那、プルンが血しぶきを上げて3メートルほど飛ばされる。喀血して死んだ。


「森に逃げ込めーっ‼」


テッドは走ってゆく仲間を森に逃げる前に仁王立ちで数名倒した。


「…残り13名」


「ああよくやった!森に行って獣狩りをして来い。わしは明日の朝ここでまっているからな」


テッドは2丁拳銃を抜くと銃をしばらく回転させてから、素早く移動して森へと消えていった。




次の日の朝---------------




郵便局長が白い息を吐きながら昨日いた平原でただ1人の人間の帰りを待っていた。


朝もやの中から、1人の人間らしき者がこちらに向かって漂ってきた。もやを消し去り現れたのは、返り血を全身に浴びたテッドの姿だった。


さすがに無傷ではなかったようで、腕とふとももに布を巻いて止血していた。




局長はテッドの胸に、手をグーにして優しく押し込み小鳥のように囁く。


「おめでとう。君こそはまごうことなきAAAだ」


すると急に体が動かなくなり、暗闇が訪れ、かすかな声に耳を傾けた。




「……屋……便屋…………郵便屋‼」




ハッとしテッドは上半身を素早く起こす。鎖骨はじめ全身に痛みを感じる。


横にはヨーコがテッドを生まれ立ての子犬のように抱きかかえていた。


「脈はあったけど、なかなか起きないから心配したぞ、このっ」


暗闇の中に詰まった回想をもう一度掴もうとしても掴めず、全身とヨーコの涙からすり抜けていった。


折れているだろう鎖骨もそうだが、肋骨もいくつか折れているだろうと感じた。


「肋骨もやられているようだ」


テッドがそう言うと、


「車に乗っていかない?」


とヨーコ。


「いや。ここまできたら車でなく、歩いて…這ってでもホワイトハウスに行く…」


ヨーコは速攻で葉っぱで車を隠す。


「ヨーコ…人の肋骨の数知ってるかい?」


「わからないわ」


「男女とも24本もあるんだ。1本や2本折れたぐらいで…ゴフッ」


テッドは喀血する。


そして血の匂いに誘われたコヨーテ達が2人を囲み始める。


テッドは銃を抜いて言った。


「ヨーコは僕を支えておいてくれ、そうすれば僕が…」


言葉を遮りヨーコが叫ぶ。


「雷!コヨーテ全員に!」


叫ぶと轟音がしてコヨーテは全員死体と化していた。


「こりゃいいや!傑作だね」


「笑うとまた骨に響いちゃうから!それにもうパワーが尽きて、気象強行士はただの女になったんだから。」


そう言うとヨーコは銃を取り出し、


「でもこれがあるから!」


「期待してもいいかな?」


ヨーコに支えてもらいながら、1歩1歩あるいてゆく。


歩きながら、ネコパンチの事を心底考えていた。


「ネコパンチさえ生きてたら最高だったのにな…」


テッドは贖罪を吐露すると、


「…そうね」


とだけ呟いた。そして、


「ネコパンチはどこか死に場所を探していたのよ。いつも口癖のようにいってた。魂を解放するためにね」


「…そうか…僕はあがくけどね。それって駄目な事かな?」


「いえ。私だってそう。生きてる内が花なのよ」


そんな話をしながらしばらく支えられながら歩いていると、ホワイトハウスがやっと顔を出してきた。


テッドはヨーコに力無くつぶやく。


「ヨーコ、ここまでありがとう。ここからは自分は這ってでも進む。醜悪な姿を晒すけど、ヨーコには後ろから付いてきてほしい。いいかな…?」


「いいもなにも…」


ヨーコはこの郵便屋との間に新しい何かが芽生え始めていた。簡単に言葉にはできない、密かな何かだ。




テッドは血まみれの中、這いつくばってホワイトハウスを目指した。


何度も手伝おうとしたヨーコだったが、断った。這ってく男なんて本当は見せたくないのだが、AAAの使命感を帯びた何かが彼を突き動かす。


ヨーコはすこし後から付いて来た。恥ずかしさで耳が熱くなったが、大統領に渡す時だけは立っていなきゃいけない。ヨーコに頼めない場合、それをどうするかが問題である。


車は少し前の道に置いてきてある。もちろん2人の帰り道用だ。念のため大きな葉っぱで車を隠しておいた。


建物は近いのに遠く見える幻影を振り払い、カタツムリのように何とか進んでいくテッド。


手紙を入れたポーチを背中の方に回して、汚れないようにする余裕はまだ残っていたらしい。




ここまで来ると、もう敵は近寄ってこないラインを超えた感じだ。それだけでも安心感が痛みを押さえてくれる。少し止まり銃をホルスターに収める。


這って動いたその後ろには血の道路が広がっている。だがそれも気づかず這いつくばった。


ホワイトハウスの囲いには花や葉っぱで覆われており、移動を少し辞め、花に見惚れていた。そしてテッドは何とか力を振り絞ってひとつ花を取り、再び這いつくばっていった。


「花って綺麗だよね…」


「まあ、そうね…」


心配しながらヨーコは囁いた。ヨーコとの出会いは最初は敵同士だったが、今は上手く説明できない絆で結ばれていた。そんな事を思う度にネコパンチの事を思い出し冷や汗が止まらなくなる。


ホワイトハウスのドア前に、門番が2人いた。


僕がドア前まで着くと、門番2人は急いで駆けつけ、


「AAA様!どうなされました⁉」


と慌てた様子で駆け付けた。門番はAAAランクの重要性を心の底から知っている同士である。


「悪いけど2人で僕を支えて、立たせてくれないか…?」


2人の門番は片方づつ、脇を支えながらゆっくりと郵便屋を立たせた。


「ありがとう…大統領の前で這いつくばっていくのは問題だからね」


そう言って何とかホワイトハウスの前まで、ふらつきながらドアをノックした。役人がドアを開け、AAAの証明書を一瞥し、郵便屋の血みどろな姿を見てすぐ、


「官邸内の医者を2人ほど連れてきます!」


役人は事の重大さに気づき、急いで消えていった。大統領室は向こうだったっけ。そう思うとゆっくりと歩み寄り、大統領室まで何とか手紙入りポーチと花を手に持ち、ゆるりと自力で歩きながら大統領の部屋まで歩いていった。立ち上がる手助けをした門番2人とヨーコは、万が1に備えすぐ後ろに付いてきた。


官邸内はキレイである。血で汚してる僕が心底情けなかった。


これでやっとポーチを渡す事ができる。その事だけが歩ける要因だった。




大統領室前だ。なんとか気合いでもって丸い鉄でできたノックをトントンと打つ。


「入りたまえ」


テッドは力不足でドアが開けない。慌てて門番2人によって開ける事ができた。


始めは逆光で見えなったが、ミジンスキー大統領が鎮座している。


大統領はAAAのボロボロな服や血にそまった体をながめ、称賛した。


「君ならできると思っていたよテッド君。君こそナンバー1のAAAだ。」


郵便屋に新人として入った頃やAAAになった回想や、これまでの道中を思うと思わず涙を流してしまった。


1番つらい旅だったと感無量な思いが、今になって走馬灯のように回りながら僕を放さないでいる。


「バイラ国セレンスキー大統領からの手紙です。」


力を踏ん張って絞るような声でポーチを開けると、手紙が入っている。その手紙を血で染めないように慎重に開け、さっき拾った花を添えて大統領に渡した。


「この花はなにかね?」


「官邸の庭に咲いていたムラサキケマンという花です」


「見知らぬ花だな。花言葉なんてものはあるのかね?」


テッドは深呼吸しながら


『貴方の助けになる』


大統領は僅かに微笑みながら視線を手紙に移す。しばらく読んでから、ミジンスキー大統領は言った。


「同盟国でね。ハッカー集団をやっつける手はずが書かれた手紙だ。これは大変重要な手紙だ。これでインターネットと電話が復活するのだよ。素晴らしい。実に素晴らしい手紙だ。大変体を酷使した旅であったろう。それでもこれを私に渡してくれた事に賛辞を申したい。ありがとう。これは君にしか届けられない手紙だ」


テッドはただただ涙を流していた。今まで何度もAAAになった時、ICチップを入れられた悪夢に悩まされていたが、これで悪夢を断ち切れる。


テッドは込み上げる涙を隠そうとせずに、大統領に言った。


「大統領、僕がここに居られるのは道中で出会った1人の女性の助けがあったからなんです。ヨーコ、こちらへ」


彼女はえっ、とした表情で顔が真っ赤になったが、カチコチと大統領の前で固まった。


「ヨーコデス。コンニチワ」


「彼女は気象強行士なんですが、特別にポストマンランキングを付けていただけませんか…?」


大統領は物珍しそうに眺めながら、


「気象強行士には初めて会うね。助けてくれたのなら、喜んでポストマンの称号を与えよう。大統領命令により、ヨーコ君をポストマンAAに任命する。証明書は可及的すみやかに送付させよう」


「私が…ポストマンに…!」


ヨーコの涙はまた溢れ出し、やや顔を上げた。


ここに使命は達成された。危うく転びそうになりながらもドアに向かって帰ろうとしたその時、


「待ちなさい」


大統領がテッドを慌てて引き留める。


「はい?」


「返答の手紙を送ってほしい。当然ながら君にしか出来ない仕事だよ。もちろんホワイトハウスで充分療養してもらった後で構わない。官邸内には医者もいる。養生したまえ。ヨーコ君もポストマンの証明書を待ちながらホワイトハウスでゆったりして欲しい」


「あは…あはは。そうですよね…傷を治して頂けるなら勿論お引き受けします。ご返答は届けないといけませんよね」


「その通りだとも。すぐに医者に診てもらうから、たのむよ」


旅の片道切符だと思っていたが、往復券だった。しかしAAAである以上は困難を乗り越えなければいけない。


医者が駆け込む。テッドはドアの前で倒れてしまった。


心配する周りを見ながら郵便屋は言った。


「何なら手紙を渡しつつ、ハッキング集団をやっつけてきましょうか?」


そう言ってテッドは医者によって運ばれてゆく寸前、大統領の目が光った。


「本気でそう思ってるのかね?」


「え?え?は、はい…」


「実はここだけの話なのだが…」


ひっそりと大統領がささやく。テッドとヨーコは大統領の口に顔を近づける。


「ハッカー『オールプロ』は集団だと思っていたのだが、3人の天才ハッカーによって起こされたネットテロである事が手紙で判明している。勿論生存場所もだよ。手紙を届けながら、ハッカー3人を消してくれないか。一生暮らせるギャラを大統領の私が保障しよう」


「ほうあああ…」


すごく秘密裡な情報を聞いてしまったテッドとヨーコはお互いに顔を見合わせ魂が抜けるような声音をだしてしまう。


「療養さえしていただければ、2人でその件解決いたしましょう。それで…世界が救われるのなら…」


「テッド!本当にハッカーやっつけられるの⁉」


「見つかりさえすれば…このミニミサイルで脅して…コードを書き替えさせれば…」


「そんなに簡単に見つけられたら苦労はしないけど」


大統領が再び囁く。


「手紙に場所の詳細が書かれているのだ。だからこの手紙は極上なのだよ君達」


「とにかく…やりますからお医者さん…下さい…」


意識が薄れる中、達成感だけが心の奥底に潜んで離れなかった。


その後のテッドとヨーコが気になってる人はいるかい?


もちろん貴方が今、お急がしい身であることは重々承知しているよ。


それでも、どうしても届けたい物語があるんだ。


何たって世界を救っちゃう物語だからね。


よければ聞いていってくれても損はしないはず。



約1か月間、ホワイトハウスで数人の医者の手によって、テッドの体調はほぼ回復していた。


テッドのこめかみに付いているICチップも増強スキル以外の2つのチップを取り除くことにも成功していた。


これで堂々と敵の女性も倒せる。おそらく1番嬉しい出来事だったかもしれない。


銃の腕がなまらないように、ガンプレーも毎日欠かさなかった。銃は命であり力の源なのだ。AAAなら、なおさらの事である。




ヨーコはというと以前、鉛玉を食らった肩を医者の手によって再手術され、腕の違和感がなくなっていた。


「ありがとう」


ヨーコが笑顔を見せると、医師もマスク越しに笑顔を見せていたように見えた。




ヨーコ用の証明書付きのポストマン・ハットが届くと、早速被ってみる。いつも黒スーツなので、帽子も大統領の命令一言で、黒色の帽子にしてもらった事が嬉しくてたまらなかった。


「どう?似合うかな」


「いい感じだよ!」


実際被ると、落ち着かない感じというか、気恥ずかしい気持ちでいっぱいだったが、AAの証明書がくっついており、ヨーコが言った。


「道中で郵便をうけとったら、AAの仕事もしていいかな?」


テッドは笑顔で返す。


「もちろん!道中は今回来た道よりも長い旅になるんだ。そこで困っている人がいるのなら助けるのは当然だよ!」


またヨーコの耳が赤くなってゆく。


「大統領がお呼びです」


兵が伝達してくると、


「行こう!」


と2人で大統領室で急いだ。




2度ノックをし、大統領室へと入る2人。当然ながらそこには大統領が鎮座していた。


「だいぶ体調が戻ったようだね。実に喜ばしいことだ、うん」


「大統領のおかげです!ありがとうございます!」


「ございます!」


テッドとヨーコはいつもの90度お辞儀を欠かさなない。


大統領は椅子から立ち上がり、気持ちがぐっと引き締まる。


「では、大統領令を授ける。この手紙の返答をバイラ国セレンスキー大統領に必ず届けよ。しかし今回は特別、3人のハッカーを倒し、ジャミングを消し去る令を先に行ってほしい!そのために、1か月前に君が持ってきた手紙のコピーを私の権限で2人に渡す。以上だ!」


テッドは声をやや張り、


「了解いたしました!必ず成功して世界を救います!」


大統領はヨーコにも視線を移し、


「テッド君の成功はヨーコ君の肩にかかっているといっていい。どうか頼むぞ!」


「は、ひゃい!」


ヨーコは大事な場面で噛んでしまい、舞台俳優がセリフを忘れたかのような恥ずかしさを噛みしめる。


「はは、気負わず、しかし確実に頑張ってくれたまえ」


翌日の出発の日。兵士によって車用の電池、レーション、飲料水などを続々と車のバックに詰め込んでいく。


しかも新しい超防弾・ハイスピード仕様の軽車を新調してくれたのには2人で驚いた。


「行ってきます!」


門番の兵士に手を振りながら、ヨーコはアクセルをフルスロットルで走らせた。


しばらく走ると強盗団タイムである。早速現れた盗賊7人。テッドは銃を抜いたがヨーコは


「雷‼周囲の強盗団へ‼」というやいなや、轟音とともに盗賊がバタバタと倒れていく。


「ナイスヨーコ!」


ヨーコは気象強行士のレベルが既にトップクラスになっていた。標的に向けて雷を飛ばす事も可能になったのである。


いくつかの集団を雷鳴で倒し、ヨーコのパワーが無くなったらテッドが降りて、素早いガンプレーを見せつける。


もはやテッドとヨーコは最強のコンビとなっていた。もう何でもできるんじゃないか。テッドはそう思いながら車の窓を注視した。


かなり早いペースで以前通過したエンダー街に到着し、早速宿の予約を取る。物資はホワイトハウスで充分1杯になっている。


あくまで休息と作戦会議の為に宿を取った二人は交互に風呂に入り、ベッドで大統領から貰った手紙を広げる。


「ジャミング3人組がいるだろう?」


「そうね」


「奴らは得体の知れない場所に潜んでいると思うだろう?でも手紙によると、3人組の1人『ピップ』は、ここエンダー街にいるんだ」


「本当⁉」


「手紙によるとエンダー街の中のスラム街に居るらしい。街の人間は正直行かない場所だけど…あのヨーコ」


「何?」


「バスタオル姿なのはちょっと、その…パジャマに着替えてくれないかな?」


「わ、わかった」


ヨーコは耳を赤くしながらも向こうの部屋へ行き、急いで宿に常備されているパジャマ姿に着替えた。


「おまたせ」


ヨーコはそう言って再びベッドに帰ってきた。


「OK!それでだね、スラム街に行って探さなきゃいけないわけだけど、法令でこの帽子は絶対に被らなくちゃいけないんだ。」


「そうなの?じゃあ潜入捜査じゃなくて力づくで?」


「そうなるね。スラム街住人全員に雷を当ててくれないかな。あとはピップを手紙の似顔絵と比べて確かめていくしかない…へっくち‼」


「貴方もパジャマ着た方がいいんじゃないの?」


「そうみたいだね…ごめんごめん」


「スラム街に何人人がいるのかしら…それ次第で使うパワーも違ってくるから」


パジャマ姿になったテッドは手紙入りポーチと銃をパジャマ姿で持っている姿を見て、ヨーコは思わず吹き出して笑ってしまう。


「何か変なとこ、あるかな?」


「いえいえ…正装でしょ」


「スラム街の住人を倒し逃した場合は、僕が全員銃で倒してゆくから」


「じゃあ明日ね」


そう言ってヨーコは自分のベッドに転がると直ぐに寝息を立てる。運転してるだけでも疲れているのだろう。


テッドはいつもの所作、ポーチを枕の下に置き、銃を片手で持ちながら眠りについた。




夜明けに確かな異音がして、銃を力強く握る。意識はあるが目は閉じたままにしておく。音がいよいよ近くに来た時、テッドは上半身を素早く起こして銃を向けた。


「ひゃあ‼」


宿の婦人が腰砕けになる。宿の管理人だった。安堵すると銃を下げる。


「ごめんなさい、敵かと…」


「ちょ、朝食の準備をお伝えに…うう」


婦人は腰をいわせてしまったらしく、申し訳なく婦人に手を出し、立たせた。


「何…朝?」


「うん。今日は騒ぐから、しっかり朝食とろう」


「ネコパンチと同じ事いうのね」


短い沈黙が立ち込めたが、ヨーコは微笑しながら、


「もういいのよ。お墓だって作ったんだし」


「そっか!じゃあ飯、食べよう!」


目玉焼きを乗せたパンをほおばりながら、テッドは言った。


「良い点は、いままでこの道中1度も被弾してないことなんだ。この調子で今日も行こうと願ってるよ」


「痛いのはもう御免だわ。パワーは最大値だから平気よ!」


そういうと2人はしばし無言で朝食を摂った。




テッドとヨーコはスラム街の入り口に立っていた。


大きなゴミや紙袋を風が浮かせ宙を舞っていた。


「なるべくスラムの中心まで行こう。一人でも多くの住民に雷を撃たせたいからね」


「了解」


そう言うと2人はスラム街へと歩を進める。


ドラム缶に火を焚き、暖を取っている数人がこちらをジロジロ見ているが、あえてスルーし歩いてゆく。


窓やドアからも住人の視線をひしひしと感じる。ヨーコは少し背中が寒くなっていたが、恐れを見せてはいけない。そう思いテッドに付いてゆく。


10分ほど歩くと、濁った水が噴出している噴水があった。ここが中心地だろう。


「ヨーコ、雷を頼む」


テッドが言った瞬間、ドアから男がAK47を手に持って走ってきた。撃たせる前にテッドのマグナム157が火を吹き男は噴水に半身埋めて倒れる。


早い。パワーマックスのAAAがここまでガンプレイが素早いものなのか。ヨーコは汗をハンカチで軽く抑え、すぐしまった。


「ヨーコ、早く!」


ヨーコは両手を天に向け、


「雷!スラム街の住人へ‼」


そう言うとヨーコの体が黄色のオーラで満たされ始めた。レベルマックスの象徴であるオーラ。


今まで聞いた事のない轟音が何秒も鳴り始めた。周辺の住人に雷が当たったのだが、パワーをかなり分散させたので、気絶程度のダメージしかないだろう。


「ここはA棟とB棟がある。2手に分かれてハッカーを探そう!」


「わかった!」


分かれた2人は銃を手に持ち、片っ端からドアを開け住人を探す。とにかくゴミが散乱して上手く動けない。それでも必死に順番に探してゆく。


ヨーコも銃を手に1つ1つ部屋を見て回る。部屋の中ゴミだらけの部屋があり、


「ここも入るわけ?うわぁ」


ゴミを掻き分け進むが、子供が気絶しているだけだった。


どれだけ部屋に侵入しただろう。ゴミの匂いと何かの腐臭が漂って気が変になりそうだ。


そう思っていると、倒れていた男がうなりながら起き始めた。まずい。気絶から覚めてしまっている。


と、向こうのA棟から銃声が数発聞こえた。何らかのトラブルだろうか。テッドが手すりを掴んで、


「ヨーコ!こっちにきてくれ!なるだけ早く!」


聞いたヨーコは素早くA棟へと走り向かう。すでに何人かは起き上がり始めている。




「ピップだ。間違いない」


先ほどの銃声はピップを倒す銃弾だったのか。手紙を死体の横に起き、確かに確認すると、


「見てくれ、このPCの数」


ジャンク品でつくられたPCやサーバーが狭い部屋に詰まっている。


「それで、ジャミング解除の方法はあるの?」


「ジャミング解除法もこの手紙に書いてあるから、この手紙は紙、いや神なんだ」


テッドがジャミング解除を試みている。ヨーコはそれを見ていたが、後ろに気配を感じ、銃を持った男に向けてオート銃を数発食らわせる。


ガンパウダーの匂いを感じながらテッドは作業を真剣に進めていた。ヨーコは護衛側にまわる。


「早く早く早くしろ、このっ」


するとサーバーがダウンし、PCの電源も煙を上げながら落ちた。


「よし!」


どうやらジャミング解除に成功したようだ。


「車に帰ろう!」


2人は狭い階段を駆け抜け、スラム街を駆け抜けた。銃弾がそこかしこからやってくるが、プロ2人には到底当てるのは無理というものだ。


止めていた車に乗り込んだ2人は窓越しに銃を撃ちながら逃げ切り、達成感をやっと得たように嘆息したのであった。



「やったわね!」


「やったね!」


2人は車内でハイタッチした。


「やっぱり僕らは息が合う。ネコパンチには劣るかもしれないけどね」


「もうその話はいいから!」


ヨーコはようやっと吸えるといった体でタバコを吸いながら、


「残る2人のハッカーはどこ?」


「ふふ…どこだと思う?」


「焦らすの禁止!」


「何と、メガロポリスでパン屋を堂々と営んでいる女性だって言うんだからたまらない」


「女なの?何それどういう事?」


「何と言われても、そのまんまだよ」


「なるほど、完全に住民として溶け込んでるわけね」


「そういう事だろうね。メガロポリスまではちょっとかかるけど、宿をとりながらゆっくりいこう。確実に勝てる自信がある」


「出だしは好調よね」


そんな会話をしながら2人は早々にエンダー街を離れ、次の街へと車を走らせた。


タバコを欠かさないヨーコに、思わずテッドが突っ込みを入れる。


「ネコパンチはタバコの煙に何か言わなかった?」


ヨーコは窓を少し下げながら、


「しょっちゅう言われてたわよ。無視してけど」


「う、うんなるほどね…」


道中何度も盗賊団やハイエナが現れたりもしたが、そうは言っても2人の相性は群を抜いた相性で、メガロポリスに到着するまで全くの無傷でいたのだった。




数日後、メガロポリスに到着した2人だったが、さすがに運転疲れなヨーコは宿に置いて、テッド一人でターゲットに近づいた。




パン屋は目立つ中心街の1角にあり、外からガラス越しを見る限りとても繁盛してるように思えた。


なるべく客がいない隙を狙ってテッドは店内に入る。カランカランと綺麗なベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


綺麗なゴスロリのような制服で優しく出迎えてくれた。


パンを取る器具とトレーを無視し、テッドはとあるパンをわし掴みにして女性に見せた。


「お客様…?」


明らかに戸惑いの表情を見せた女性に、笑顔で答えた。


「僕はジャムパンを消しにきた。ジャム(ジャミング)をね」


女性は手を後ろに隠したが、


「後ろに銃持ってるでしょ。分かってるよ全部」


女性が銃を向ける直前、テッドのマグナム157が炸裂し、ヘッドショットで女性を倒す。


「ヘッドショットは『愛』だよ。もがき苦しめる事のないようにね」


そう言って店の奥へとズカズカ入っていく。しばらくすると煙が店内にまで充満し、テッドが戻ってきた。


AAAはジャムパンをかじりながらパン屋を出た。


「パンの味はなかなか上手いけど、世界を舐めてる奴は女性でも、もう容赦はしないよ」


呟きながらヨーコのいる宿へ向かった。




宿の部屋に戻る音を聞いて、ヨーコは目を覚ます。


「どこにいってたの?」


テッドは誇らしげに言った、


「2人目のハッカーをやっつけてきたのさ。僕一人でね」


「えッ…」


「僕はAAAになった時に、女性を殺せない『ICチップ』をこめかみに埋められたんだ。でもホワイトハウスで除去したから、女性が敵でも躊躇なく殺れるってわけ」


「そう…」


「んん?元気が無いねどうしたの」


「ねぇテッド」


「んん?」


ヨーコは耳たぶがもう真っ赤になっていた。何のことやら分からないでいると


「男女の友情って…あると思う?」


「もちろん!今の僕らがまさしくそうじゃないか!」


テッドが被せるように言ってくる様子を見て、ヨーコはため息をついた。でも吹っ切れた様子で、


「そうよね!あるわよね‼」


「ああ!最高の相棒さ!これまでの道中、無傷だよ?なんて素敵な昼下がり!AAAは本来こんな感じで手紙を運ぶんだと思ったよ。ヨーコも配達したいなら手伝うよ」


ヨーコはテッドの優しさに包まれながら、幸せを嚙みしめていた。それがたとえ相棒という名の友情だとしても。




---




後の展開はおわかりでしょう?


もはや無敵の2人のポストマンは3人目のハッカーを退治し、世界を変えるんだ。


ポーチに入った手紙も無事に届けながらね。


一生暮らせるお金はもらったけど、2人はポストマンの帽子を被り続けた。


インターネットと電話が使えるようになった事を知らせる伝道師として、街中動き回ったんだ。



郵便屋の制度が根幹的には崩れ去るだろうけど、困っている人がいるかぎり、ポストマンはいつだって走り続ける‼




――――postman AAA外伝 クランク・ロドリゲス―――――



ポストマンAAAは世界に数人しか居ない。しかし動き回ってるのはテッドだけではなかった。

俺、フランクもまたAAA数人の内の1人だ。正式名称はフランク・ロドリゲス

AAAになった手順と経緯はテッドとほぼ同じだ。だが違うものがあるとすれば、AAAの訓練中もその後も、理性を保っていた点だ。

1年後輩のテッドは死んだような目をしていたそうだが、俺の眼は明るく澄み切っていた。ガンプレイも俺の方がわずかに早いはずだ。


そう、今眺めてる澄み切った空のように。

今は車を止めて小休止していた。持っていたタバコに火を付ける。毎日命がけの日々の中で、味方はこのタバコをくゆらす時間だけだった。

2本目にいこうかという時に道の両端の小さな茂みが動きだしたのを俺は見逃さなかった。

多分オークかゴブリン、コヨーテあたりだろう。

ガンホルスターから愛銃FNファイブセブンを2丁取り出す。マガジンキャパシティが20発という数少ない銃の1つだ。その分ジャム(弾詰まり)も多かったが、毎日手入れしてるのでその心配はほぼなかった。

両側の茂みから現れたのはゴブリン達だ。

車を挟んで両側から飛び込んできたゴブリンに、両手で同時に発射し、ゴブリン2体が即死する。

俺は車から飛び出し、跳ねて飛び込んでくるゴブリンに2丁拳銃で対応した。

後ろから来たちょっとは頭がありそうなゴブリンにも、両手で2発ヘッドショットする。

辺りは再び静かになる。あいつらはそもそも手紙目的ではないから腹が立つ。弾の無駄遣いと言ってもよかった。

車に再び乗り込んだ俺は、2本目のタバコを堪能してから、ゆっくりまた走り出した。


AAAは大統領宛ての手紙を授かっている。テッドも間違いなくそうだろう。その内容が例え稚拙な内容だったとしても、大統領の手紙は命がけで運ばなければいけない。そして目的の為なら手段は問わないという文言が効くのも、AAAの強みだった。だが俺は当然人間であるわけだから、情にほだされる時もある。その点テッドはホローポイント弾を使ってるというから驚きだ。

コメカミに入れられたICチップも位置特定機能の他に判明してる事はなかった。まあ今は位置特定なんでできやしないので意味ないのだが。


そうこうしてる内に日が落ちかけている。目的中継地点であるホワイトバレーまであと少し…だと思う。方向音痴なのが実に痛い弱点でもあった。


ここまでで、ゴブリン以外の敵は見当たらなかった。逆に嫌な予感がしたが、街の門が現れたおかげで、最低でも方向は間違えてなかったという事がわかり安堵する。


門番が2人、門に立っていたが松明を照らすと、AAAマークを見つけたところで

「ご苦労様です‼」

と元気に通してくれた。

弾丸やレーション(戦闘用食料)はまだ車の後ろにたっぷり積み込んである。重要な問題はタバコが切れかけている所にあった。

大き目の宿屋に行けば売っているだろうと思い、宿屋へ急発進した。


「ここでいいか…」

俺は規模が中くらいの宿を見つけ、車を奥に隠し、宿の入り口へと入っていった。

「泊まりたいんだが、タバコ売ってる?」

宿の主人が震えながら静かにささやいた。

「事情があって…街全体でタバコが売れないんです…」

興味を持って掘り下げてみる。

「それは困るな。事情ってのは?」

「それは…小さい規模なんですがマリファナ売人がいまして、代わりにこれを売れと…」

そういって紙巻された大麻がケースに入れられていたブツを俺に差し出してきた」

「別に大麻売ってようと俺は知らんが、タバコまで規制するのはいただけねぇな。」

俺は話を続けた。

「俺がそのカルテルをぶっ潰したらタバコが買えるようになるのか?」

「そりゃもちろんですとも。」

「やっつけてやるからタバコを1箱だけよこせ」

主人は奥の方に行き、タバコを1箱持ってきた。

「ようし、寝る前にいっちょやるか‼」


宿の主人からもらった地図を元に、バッテンのついた位置を目指しているのだが、方向音痴のせいで到着が2時間も遅くなってしまった。到着すると2丁拳銃を持ち、何件かある平屋の1つのドアを叩き開ける。

ちょうど大麻制作中の男が2人いたので両手で2発同時撃ちでヘッドショットする。奥にはいるが人影がいない。

と、思ったがトイレに隠れていた男がAK47を持って弾をばら撒き始めたのでねころがり、男に弾を同時に2発叩き込む。

「まだ、制作場所があるだろうな」

俺はもう一軒の平屋のドアを叩き開ける。

中にはお金を勘定してる男が1人だけいた。

「お前か?胴元は」

何も言わないのでやれやれと1発放ち、金の束をポケットに入れた。

「もうバカな真似はしねぇだろう。小さい組織だしな」

そう思っていると向こうから少年2人がやはりAK47を持って撃ち始めた。

運悪く帽子に当たったが、頭からはずれているようだ。

俺は寝転がりながら少年の足を狙って撃ち、2人に命中。再び静かになった。

向かいの人間が電話を持って何やら喋っている。多分警察でも呼んだのだろう。

おおごとにならないうちに、俺は車に乗り、宿屋へと猛スピードで走り抜けた。


「親父!カルテルぶっ壊してきたぞ!」

「もうですか…!さすがAAAさんは格が違う。」

「堂々とタバコ売れるからな。とりあえずこっちにタバコカートン3つくれ、あと宿賃」

数枚の札をカウンターに投げると、主人は3カートン持ってきてくれた。

「ありがとよ」

「2階の一番端になります」

俺は目的も達成できて、あとはシャワーでも浴びて寝るだけだった。腹はそれほど減ってなかった。

シャワーを浴びた俺は無精ひげも気にせずパジャマに着替え、いつものようにAAAは手紙の入ったポーチを枕下に隠し、銃を片手に握りながら、即、眠りについた。


そして朝───────────


空腹で朝に起きた。ポーチを持ってパジャマ姿のまま、1階に降りると、

「モーニングがございます」

と主人の言葉を聞いて、

「ありがてえ」

と思わずこぼしてしまった。

マーガリンをたっぷり塗ったパン数枚をレンジで2分ほどチンすると、グジュリとしたパンが出来上がる。これが俺の大好物な食べ物だ。

果物もたくさんあったのでたっぷり食べておく。道中はレーションだけになるから、モーニングは実に豪華な食事だ。

「いかがですかお食事の方は」

主人が訪ねて来る。

「問題なく堪能してるよ」

「そうですか」


部屋に戻り制服に着替えた時、昨日の少年にAK47で撃たれた帽子に穴が開いていた。どうやら貫通したみたいだ。誰か縫ってくれないだろうか。

火のついてないタバコをくわえながら、主人に軽く礼を言って、奥に止めてある車に乗り込んだ。次の中継地点の街までは結構な長旅になるだろう。

車のエンジンをかける前に、タバコに火を付けしばし吸った。

そして無言のまま地図を見た。方向音痴な俺は無事到着できるだろうか。街名はエンダー。道中が変にクネクネしていて、敵が現れる確率もダンチだ。

考えていても仕方がないので、やっとエンジンを吹かし、車をエンダーの方向に向け走りだした。


しばらく走っていると、前方に何やら不気味な集団を見つける。紙袋を被った集団が道の端を歩いている光景を目の当たりにして、畏怖感がマックスに引き上げられた。

武器は持ってはいるが、こちらに攻撃してくるわけでもない。ただ行脚している紙袋を被った集団──────


ちょっと怖い俺は普通にドライブし、立ち去るのを待つのみだ。ややあって紙袋集団は通りすぎていった。

ほっとしたのもつかの間、雑魚盗賊団がヒャッハーしてきやがった。また弾の無駄遣いをさせる気か。ドアから出た俺は2丁拳銃でドカドカッと倒してい行く。リコイル(はんどう)が気持ちいい。数名は逃げ帰ったのでもう俺の相手はしないだろう。胸糞悪くなるから雑魚は雑魚なりに格下を相手にしていろ。

俺は弾倉を両側はずして、新しい弾倉を2丁入れ、後ろに引っ張って装填する。ホルスターに銃を収め、再び走りだした。


30分ほど走行していると、片側には草原が広がり、大繁殖中のウサギが散乱している。

サバイバル的にいってウサギは御馳走だ。車を降りて、ウサギに照準を合わせドカドカと銃を撃ち始める。結局2匹しか取れなかった。2匹を助手席に入れ、また車を走らせる。またしばらくすると、テントのあるスペースを見つけ、サーモグラフィー双眼鏡で覗いてみる。生命はいないようだ。ちょうどいい、今日はここで野宿しよう。車を止め、葉っぱで隠す。ウサギは皮を剝ぎ取り、内臓を全て取ってから焚火でじっくり焼いていく。レーションも豊富だし、これといった文句はない。

タバコを吸いながら、ウサギが焼きあがるまでしばし待つ。焼きあがったウサギの肉はくどい味ではあるが美味だ。レーションをかじりながら、ウサギの肉を食べて充分腹いっぱいになった。テントの中を開けてみると、乾いた砂状の地面があるだけで死体などは一切なかったので、ここでひと眠りしようと思った。ちょっと狭いけど、眠るスペースとしては充分である。焚き木の火を消し、テントで早朝まで眠りについた。


早朝──────


テントの中にしてはよく眠れた方だ。今日も快晴だろう。実に気持の良い朝だ。改めて地図を見返すと、まだまだ距離がある事がわかり舌打ちする。

とにかく起きたら長居は無用だ。葉っぱで隠しておいた車に乗り込むと、ポーチを確認し、スピードを上げて再び歩を進める。

道が広くなり視野の効く光景になってから1、2時間ほどだろうか。向こうに1人、ポツリとした光景が目に入ってくる。誰なんだろうか。


俺は車を止めて、向こう側にいる人物に喋り始めた。

「おーい!じゃまだからそこ、どけてくんない?」

和装をした格好に刀、足にジェットエンジン的なものが備えてある。

「お主こそ我が獲物…まいる!」

そう言うと足のジェットエンジンで、瞬間的に目の前まで来て刀を振りかざした!

寸でのところで刀をかわし、2丁拳銃を持った。

「…早い!」

俺は狙いを定めドカドカ撃つが、瞬間移動のせいで全く当たらない。

「覚悟っ!」

侍のようなヤツのトリッキープレイで長い刀を横一閃に浴びせてくる。

避けたつもりが横側に攻撃をかすかに浅い傷を負ってしまう。

密着状態の2人だったが、腹に1発モロに侍に当てることがきると、一転うずくまう。

チャンスを逃さず頭と心臓に一発あてて、侍との勝負ありと確信する。

が、横に食らったダメージが思いのほか痛み出してきて、くそっと思わず俺は吐いてしまう。

手練れの手紙強盗だったが、なんとか勝利はできた。そのまま車にヨロヨロと戻り、アクセルを吹かすと、侍がいた道路を通っていった。


エンダー街はまだまだ距離があり、負った傷を直すには街にいくしかないわけで、スピードを上げて先へと続いた。とにかく今はそうするしかなかったのである。車用電池はあるがギリギリまでしかなかった。そう思って傷に耐えながら入ってくると、蝙蝠の集団が俺の軽車にぶつかってくる。嫌な気分しかしなかった。

想定の範囲内でドラキュラが浮遊してきた。もうすっかり夜なのである。ドアから降りた俺はドアを盾替わりに2丁拳銃でドカドカやっていたが、自由に浮遊していて全くこちらの攻撃がハマらない。なるだけ惹き付けて、杭を打とう。といっても杭がない。地面から適当な杭をひっそり探して準備する

「手紙をよこす気になったかね?」

ドラキュラは得意気に俺に近づいてきた所を狙って心臓に杭を突き立て、2丁拳銃でガシガシ敵の体に鉛玉を入れている。ドラキュラは絶命し蝙蝠と共に消え去った。

(やばい…この道は手練れが多いぞ…)

「気づいた俺は車を超スピードで駆け抜けた。そうすれば朝には街に着くだろう。強盗団さえ来なければ、の話である」


幸い侍やドラキュラ級のような格上の強盗は出る事は無かったが、横一閃の傷がまだ痛むので、先に医者をみつけるのが最優先だった。いざとなれば闇医師でもいい。

自分にしては早めに病院についた。


「傷跡は残りますぞ」

医師は全体麻酔をほどこしてから、糸で傷を縫っていった。

こんな所でつまずいている様じゃ先へは到底進めない。もっと…もっと強くならないと。

その日は病院で療養次いでに泊る事にした。病院飯な夕食も朝食もおいしくてびっくりする俺なのであった。


糸を取るまで病院から抜け出し、活気あふれる街の中心部に来ていた。パンの匂いがするので、パンを買おうかどうか悩んでいたその時である。

「フランクさんじゃありませんか!」

後ろから呼ばれた俺はガンホルダーに手をかけながら、振り返る。

「もしかして…テッドか?」

「そうですよ、奇跡ですねAAA同士が会うなんて」

目立たないよう、わざと暗い湿ったカフェの隅のテーブルに2人は着席した。

「お前はどんな感じの手紙を運んでるんだ?」

「何でも世界の命運を左右する手紙と言ってました」

フランクが頷く。

「俺の手紙は確かに大統領のものだが、テッドの手紙を先に渡してから効果を発揮する手紙だそうだ。だから俺より早く辿り着いてくれよ、テッド」

「なんかもう色んな人に追いかけられてまして…」

「はは、AAAはそんなもんだ。」


俺らはしばらくカフェで談笑していた。AAA同士が出会うなんてめったに起きない。


「じゃあお互い目的地まで頑張りましょう!」

「お互いにな!」


握手を交わすと俺はタバコに火をつけて、わざと安全対策としてお互い反対の道を進み、街中に消え行く。

それから車用電池とレーションを買った俺は、その重さに耐えて病院へと戻った。


「医師、もう糸を外してくれ」

医者は慌てて言った

「まだ1日しか経ってませんよ?」

そうだ、思い出した。ICチップの中には治癒を早めるものが一つ、入っていると。

「いや、早く糸を切ってくれ」

「じゃあお願いしますからあと1日だけ居てください。これはあなた自身の問題なんですよ」

深いため息をついた俺は、

「1日だけだぞ?」

そう言っていつものベッドに飛び乗る。

拳銃のトリガーを改良したり、油を差したりしてヒマを潰していた。

さすがの俺もこの無駄な時間に付き合っていられない。

医師を呼んで糸を取るよう命ずる。

俺は2丁拳銃をつきつけると、医師はゆっくり糸を切り始めた。

「すごい…もう皮膚がくっついてるなんて」

糸を外し終えると、数枚札を置き、

「じゃあな。あとチンコロ(通報)するなよ?」

俺は吐き捨てるように言ってドアを出る。タバコを吸いながら、エンジンが温まるのを待つ。

そして次の中継地点の街まで急ぐのだった。


「テッドも無事街を出られただろうか…」


運転中もそんな事ばかり考えていた。


しばし休憩とばかりに、片隅に車を止め、タバコを吸いながらレーションをかじっていた。

コーヒーがたまらなく欲しかった。タバコとコーヒーは相性が抜群に良い。

2本目にいこうかどうか悩んでいると、100メール先の草むらから、コヨーテの群れがやってきた。

これ以上無駄な弾を使いたくないので、エンジンをかけ急スピードでその場を後にする。1、2匹ほど車で引いたらしく、車はガタゴトと揺れた。


夜もお構いなしに荒野を走っていった。同じような風景が並び、しかも車のビーム以外、真っ暗だ。退屈なドライブだったが、1日でも早く辿り着きたい。


考えたら、誰か相棒と一緒に行動したいと急に思い立つ。AAランクのを一人見つけて、今度は街中で声をかけてみる事にした。

タバコを吸いながら暗い道を進んで行く。タバコはすでに1カートン消費している。タバコが切れると本領発揮できないのが俺の弱点だ。

早く街の中でたっぷり寝てから相棒を探したい。美味い肉料理でも食べたかった。

と、いきなり道の真ん中に子供がいるのを発見し、急ブレーキをかける。車から降りて近づいてみると、少女だった。

「どうした?」

「ママがいじめるの。怖くてここにいたの。」

少女は泣き始めた。家は夜でも分かるあの屋敷だ。

「よし、俺が付いていくから屋敷に戻ろう」

俺は少女を連れて屋敷のドアを叩き、2人は屋敷へと消えていった。


「こいつの母親はどこだ?」

2階からバタバタと母親が降りてきた。

「まぁなんてことでしょ。ポストマンさん少女の投函、ありがとうございます」

「お前か、子供を虐待したのは」

「まさか。食事中のマナーが悪いので注意しただけなんですのよ」

「そうか…じゃあ俺はこれで」

母親が俺を引きとめる。

「せっかくですからポストマンさんも中でお食事でもいかがです?」

正直腹の減っていた俺は快諾し、制服のままでいいならという条件付きで飯を御馳走になっていた。

ステーキが出てきたので驚いた。何年ぶりだろう。もちろんステーキをがっつき始める。

そこへ母親がやってきた。

「どうですもう夜更けですし、1泊お泊りになられては?」

「いやもう充分お世話になりましたし」

母親は食い下がりながら

「1泊だけでいいんですのよ。恩人なんですから」

そうか。と思うと札束から数枚渡した。

「借りを作りたくねぇから渡しとく」

そう言って俺は帽子だけ取った制服姿のまま、ポーチを枕に挟み、銃を片手に眠りに入った。

早朝直前である。物音がして、ぼんやりと意識が戻ると、ポーチに手をかけた少女がいた。

当然ポーチを奪い取ると

「やられた…‼」

そういう魂胆だったのか。俺は帽子を素早く被ると、すぐに屋敷から出ようとした。出入口のドアが開かない。

そこへ母親が向こうからやって来た。

「AAAさん、もう諦めなさいあなたはもう…」

言い終える前に俺のFNファイブセブンが火を吹いた。女から鍵を奪い取ると、屋敷のドアが開き、早々に屋敷を後にした。

運転しながらタバコに火を付ける。腹が減っていたために起こった事件。旅人は一宿一飯には弱い事を見通していた。

屋敷から遠ざかると、料理が美味かったから、まあいいかぐらいの考えに落ち着いた。

街までもう『ひとふんばり』だ。これ以上盗賊団に会わないよう祈りながら俺は走り続ける。次の中継地点の街はホーネットだ。車の電池がすでにヤバい。

頼むから電池切れなんて起こさないでくれよ。そう願っていると崖から巨大な生物が落ちてきた。落ちてきた場所からほこりまみれになる。

「一体なんだ⁉」

ほこりが段々と消え、頭が3頭ある謎の生き物に出くわした。つくづく運が悪い。俺は後部座席からRPGを掴み、真ん中の頭めがけてミサイルをぶち当てた。

そうすると真ん中にいたヤツの頭が完全にこうべを垂れた。でかい割には弱いんだなと気づき、車を出てボンネットに上がり、相手の頭めがけて2丁拳銃でドカドカとヒットさせると、もう1頭の頭もぶら下がった。激高したのか、残りの1頭は頭を揺らしながら車に長い首でぶつかり、車がへこんでしまう。

「こいつ‼」

俺は残りの1頭に鉛玉をたっぷりブチこむと、最後の頭もしなってしまい、この生き物は死んだのだった。

こいつ、車をへこませやがった!片方のドアは開かなくなった。しかし反対側のドアからは車内に入ることができたので安心だ。

車を直して、車用電気買って、か。


エンダーからホーネットの街まで。道中長かったが、やっとホーネットに着いた。見ると、門が崩れており、大勢の兵士が修復作業にとりかかっていた。

近くまで行って、兵士に訊ねる。

「3頭もあるモンスターが、門を突破しようとぶつかってきたんですよ!」

「俺んとこにも現れたけど、倒してやったぜ」

「本当ですか!ありがとうございます‼」

そういうと兵士は、車1台通れる道を作ってくれた。

もうヘトヘトだったので、夜ということもあり、宿を探して辿り着いた。

「お部屋とモーニングございますよ。前金いただきます」

俺は大麻野郎から取った数枚の札束を力なく渡し、部屋へと入ってからAAAの儀式を済ませて眠りについた。


あまりにも疲れていたのか、昼前に目を覚ました。制服のままで寝てしまったので、生地がよれている。

俺は階段を下がり、

「親父!モーニングはあるのか?」

「もうすぐ終わりですがご要望であれば延長いたします」

「頼む」

俺は制服姿でモーニングでたらふく食べた。得に果物が実にありがたい。満足した俺は主人に礼を行って向かうべき所まで車を進めた。


車屋に辿り着いたのはいつ頃だっただろうか。タバコ10本は消費しているだろう。

「兄さん、これは新車を買った方がマシですぜ?」

店長は続けた。

「これは商売の為じゃなくて、本当にこれを修復するぐらいなら、新車買った方がいいという訳でさぁ。防弾用の軽車があるんで」

俺は訊ねる。

「防弾用?」

「今はどこでも防弾用じゃないと売れない時勢でさぁ」

「ガラズも黒か。分かった買おう。タイヤもスタッドレスにしてくれ」

「まいど!車電池もたっぷりサービスでさぁ」

レーションやタバコなども買い込む。大麻会計係から奪った札束だが、うしろめたさはこれっポッチもない。欲しい物は何でもこの札束が役に立つ。

この街にはギルドが存在し、要はパーティーマッチングする場所だ。

俺は相棒を見つける為にここに足を運んだ訳だ。

さすがにAAのポストマンははなから期待してなかった。何か抜きんでた物を持ってるタフガイを求めていた。

ギルド内は大きなホールがあり、受付があり、想像と違って広かった。早速受付に訊ねてみる。

「ポストマンなんて登録してないよな?」

「少々お待ち下さい。」

ネットが使えないPCを使って登録者を検索する。

「お1人おりますね」

「本当か⁉そいつは今どこにいる?」

「かなり最近登録されてますので、まだこの街にいると思われます。」

「どこを探せばいいやら…」


とにかく、そいつを見つけて相棒になってもらいたい。希望はAAランクなんだが、この際Aランクでもいい。ポストマンは厳しい訓練を突破した証なので、一番気の合う相棒になる。

受付で途方にくれていると、声を掛けられる。

「AAAさんですか!」

「お前、誰だ?ん…AAだと⁉」

「ポストマンのフィリップです。」

「お前に頼みたい事がある!」

そう言うとひざまづいた。

「俺の道中の相棒になってくれないか。1人と2人では特に戦果の中では全然違ってくる。着いてきたら金も充分やるから!」

「僕もそういうの憧れてたんで嬉しいっすよ。しかもAAAランクなら…」

「OKとみていいか?」

「宜しくお願いします!」

こうして強力な助っ人を得た俺は最終地点の城まで、一気に行ける自信が溢れ出てきた。みなぎってきた!

「一緒に儲けようぜ相棒」

俺は続けた。

「銃はどんなの使っている?」

「ワルサーP99っす」

「1弾倉につき16発しか出ないじゃないか。弾数が足りない武器屋へ行こう」

武器屋をめざして2人縦に並んで武器屋2人。

「今俺が使ってるFNファイブセブンを2丁買ってやる。マガジンキャパシティは20発、さらに30連マガジンを付ける事もできる」

「いいっすね?」

「それだけ激しい戦闘になってくるがお前がいると、とてもありがたいぜ」


2人道中になったので、レーションや弾丸、タバコなどを買い込んで、一旦宿に戻る2人。

フィリップは風呂に浸かっている。俺はタバコを吸いながら地図を眺める。ホーネットまでは最低でも7日かかる事を思い憔悴気味にため息をもらす。

「フランクさんは風呂入らないんすか?」

「明日の朝風呂に入る。その方がヒゲをうまく剃れる」

「そうっすか」

地図を見たフィリップは俺に言った。

「次はどこを目指すんっすか?」

「ホーネットだ」

「結構距離ありますね。でもAAAさんがいれば問題ないでしょうね」

そう言うとシャツ姿に着替えた。

「いや~ワクワクしてきたなぁ」

そう言ったかと思えば、すでに寝息を立てている。

AAも相当つらい訓練を突破してきた猛者である。新しい銃も難なく使えるだろう。

フィリップは何か思いついたように目を覚ました。

「フランクさん、そう言えばAAA試験あったじゃないですか」

「あるな」

「自分、生き残ったんすよ。でも気が付くと誰もいなくなってたんで悲しかったっす」

「それは過失だ。郵便屋のトップに手紙を書いとけ、AAAに昇進される可能性が高い」

フィリップは思ってる以上に強そうなのが伝わってきた。

2、3本タバコを吸うと俺にも睡魔が来て、暗闇になる。


目覚めたのは8時頃だった。持っていた銃をホルスターに戻す。

モーニングを食べようと2階から1階へフラフラいくと、フィリップがすでにモーニングを食べていた。

肉を大量の皿に乗せてモリモリ食べている。

「よく朝っぱらから肉食えるな」

呆れながら言う。

「美味いっすよ肉!やっぱ元気の元は肉っすよ肉!」

「そうかいそうかい…俺は果物と『ぐちゅぐちゅトースト』だな」

「何すかそれ」

「教えてもしょーもないからパス。それより早く制服着て来い」


道中の2人になると、大抵こんな感じである。俺はフルーツだけ取ってから再び2階に戻り、制服に着替えた。

「よし行くか!」

2人は防弾用軽車に乗り込んで次の街目指してエンジンを吹かした。

タバコを手放さない俺に対し、

「窓あけますよ!」

といって相棒は副流煙対策を始めた。

「すまん、これだけは許してくれ」

俺はそういう他無かった。

相棒はつまらない荒野の風景を眠そうな顔で眺めていた。

「お前は絶体絶命の目に遭遇した経験はあるか?」

「AAっすからねぇ。格下の盗賊団か狂暴化した動物っすかねぇ」

言った先から前後より盗賊団が現れた。車を止める。

「俺は前の敵を片付けるから、後ろを頼む」

「イエッサー!」

車を開け、勢いよくフィリップは2丁拳銃でドカドカと次々倒してゆく。

やはりこいつ、やるな。

俺も車のドアを開け、ドア越しにドカドカと鉛玉をはじいて前方の敵を全滅させた。

「そっちはどうだ⁉」

フィリップは銃を回しながら、

「かたはついてますよ」

銃をホルスターに収める。

「よし、また車に乗ろう」

1台の軽車が再び動き出した。俺はフィリップの有能さにニヤリとした。ポストマン以外だとこうまではいけない。

「いいか、あんな奴雑魚中の雑魚だぞ。他にも強敵がいるからな。街中でも気を付けろよ」

「アイサー」

そう応えると、フィリップは銃の弾倉に使用した分の弾込めをした。


そうは言っても2時間退屈な荒野を走るのは、2人にとって地獄かもしれない。フィリップはすでに眠りに入っていて、話し相手を失った俺は、ひたすらタバコを吸って眠気を飛ばすしかなかった。


更に2時間後、ポツリと雨音がして、あっという間にスコールのような豪雨が辺りいっぱいに落ちてきた。

「何で急に…ん?」

俺はサーモグラフィー双眼鏡を取り出すと、遠い場所を眺めはじめた。

まずマキビシチェーンが並んでいる。そしてその少し前の崖の端に赤色を確認する。2人…か?

フィリップは目覚め、

「なんかあったんすか?っていうかすごい大雨!」

「想像だが、気象強行士が降らした雨だろうな」

「向こうに敵がいるんすか?みえないっすけど…」

「とにかく先にマキビシチェーンがあるから、車の後ろに入れてある工業用ワイヤーペンチで断ち切れ。敵が居るから注意しろよ!俺はすぐ後ろで援護する」

フィリップはペンチを片手に、もう一方の片手で銃を持ち、冷静に近づき、マキビシチェーンを切ってゆく。それをすぐ後ろで俺は援護した。

チェーンを切ったフィリップは、横1線へ走りチェーンをどかした。その時。

車が崖から現れ、こっちに向かってくるじゃないか。フィリップが片手に持っていた銃で車に弾を当てるが、敵の車も防弾仕様の上、大雨で視界不良が激しくて当てるどころじゃなかった。俺も敵影が見えなくなるまで撃ち続けたが無駄弾だった。

「俺らも車に乗ろう!」

すると今度は敵の車がバックしてきた。窓を開け猫族らしき者が撃ってきた。

「こいつ!」

フィリップも窓を開け、FNファイブセブンで応対した。猫族とフィリップが撃ちあいをしていたが、フィリップは腕に被弾してしまい、

「うっ…‼」

と叫ぶと窓を閉めた。

「もう先に進むぞ‼」

俺はそのまま走り続け、マキビシチェーンを横目にスピードを上げて去った。何故か敵は追走してこない。いつしか雨もやみ、太陽が顔をみせた。


俺は一旦車を止めて、フィリップの腕に包帯を巻いていた。弾は貫通してるのが幸いだった。

フィリップは力無くつぶやいた。

「自分も相手の肩に当てたっすよ…」

だから追走して来なかったのか。

「あの雨の中、よくやったなフィリップ。街まで急ぐから頑張れ」

「イエッサー…」

そのまま後部座席でフィリップは静かに眠り始めた…。


あの猫族はどこかの街を焼き払った事実がある。その一味か?そして気象強行士とタッグを組んでいるペアの強盗団といった所か。

もうタバコを吸う気力も無くなっていた。


夜更けすぐに、やっと次の街に到着した。いの一番に医者の元へ向かう。当然閉まっているが、ドンドンと叩いて騒げば起きてくれるだろう。

「医者!急患だぞあけろ!」

4分ほどして部屋の明かりが灯り、ドアを開けた。医者はパジャマ姿である。

「何の騒ぎだ」

「腕を撃たれたので、どうか見て欲しい」

「入りなさい」

医者は患部を見たりさわったりしている。

「弾は貫通、何針か縫っておくから、あとは治癒するだろう」

もう帰れとばかりに2人を外に出し、医者はドアを強めに閉めた。

「良かった…すぐ相棒がいなくなるんじゃないかと心配していたぞ、良かったな」

「はい…」

フィリップは麻酔のせいか、また眠りに落ちた。

3泊くらいできる宿屋を探すか。そう思い俺はフィリップを車に乗せ、徐行しながら車を走らせた。


宿に到着した。俺はフィリップを抱きかかえたまま、ドアを入り、受付にフィリップの経緯を説明すると2人部屋に案内してくれた。助かる。

フィリップをベッドに寝かせて、ようやく安堵した。窓を開けタバコを吸う。ああいう上級者盗賊とは対峙したくないものだ。2本ほど吸うと、いつもの儀式で(ポーチを枕で隠し銃を片手に握って)俺も久しぶりのベッドで寝息を立てた。


次の日の朝────────


モーニングを食べるため、俺はフィリップを支えながら1階へ降りた。椅子に座らせ、対面に俺が座る。

「フィリップ、何が食べたい?」

「…………肉」

ボソッと一言つぶやく。

「はいはい肉たらふく食って元気だせよ」

フィリップの目の前に肉を置くと、反対側の腕で肉をゆっくりとだが確実にブツを胃へ流し込んでいる。

「水もちゃんと飲めよ?」

果物しか口にできない俺はフィリップに水を差し出す。

のんびりと朝食を食べた俺たちは、部屋にまた戻った。

「フィリップはベッドでそのまま寝てろ。俺は買い出しに行ってくる。」

そう言って俺は私服で買い出しをした。3日間もいるんだから急ぐことはないが、レーションと水、そして車用電池とタバコを抱えて落ちそうになるも、なんとか車まで辿り着き、どっさりと積み込む。

宿の部屋に入ると、フィリップは寝息を立てていた。また窓越しに座りタバコを口にする。

ネットや電話がジャミングで使えなくなって何年経っただろう。恐らくこの手紙の内容はハッカー関係だと踏んでいる。俺たちがすぐ届けないといけない事は分かっていた。

テッドは今頃どこでどんな活躍をしているだろう。そんな事を考えながらタバコをギリギリまで吸い続け、灰皿に落とし沈めた。

次の中継地点の街メトロポリスを地図で見ると、目を覆いたくなるような長さがそこに広がっていた。敵は半分に分かれ、テッドと俺のどちらかを狙っている。ここからは死闘になってくるだろう。フィリップには面倒をかけるが腕は確かだ。

ここからが本番だ。タバコの煙は外に吸われ消えてゆくのだった。


あれから3日間が過ぎ、フィリップの調子も大分良くなってきた。

「もう被弾した手で銃も撃てたんで、全然大丈夫っすよ!」

そうか。急がなきゃいけないのでフィリップが問題無ければすぐにでも車を飛ばしたいので、チェックアウトして車に乗り込む。

「いや~意外と早く治って良かったっす」

「頼りにしてるから、もう被弾しないでくれよ?」

「あいつの腕前は確かでしたっす」

「いや、お前の方が有能だよ」

そんな感じで久しぶりに談笑していると、森のような道を走る事になった。

「いかにも何かが出そうっすね」

「そんな道だな…」

木々がうっそうと茂っており、身を隠すには最適な場所だった。

「迂回ルートがないから仕方が無いな」

「…敵発見っす‼」


堂々と目の前に一人の男が現れた。どこかの民族なのだろう。槍を持っている。こんな奴らにまで手紙の価値を知ってる事実が鬱陶しかった。

両側の茂みと後ろからも同じ格好をした奴らが現れ、完全に包囲された。

「だめだ関わっていられねぇ」

俺はくわえタバコでアクセルを踏む。強引に前方に車を走らせる。槍で突かれるが防弾仕様なので意味がなかった。

前にいた2人が、前のボンネットにしがみ付いたので、急ブレーキをかけると、2人は前方に投げ出された。そしてアクセルを踏み2人をひきながらそのまま走り続ける。

後ろで民族どもが怒っているが、車のスピードにはかなわない。そのままドライブを楽しめそうだ。だがしかし先は長い。

フィリップはレーションにかぶりつきながら、地図を見ていた。

「メガロポリスまでは遠い道のりっすね」

「だが、メガロポリスこそ俺らの最終地点だから、行くしかないだろう」

タバコばかりで食事を食べるのがおっくうになってるのは、良くない兆候だろう。実際俺は体重が減っている。

逆にあれだけ肉を食っても体重が減らないフィリップはどうしてだろう。痩せの大食いを地でいってるようだ。


「フランクさん…ちょっとトイレいいすか?」

「大小どっちだ」

「小のほうっす」

車を一時停止してフィリップは茂みに入って用を足していると。

茂みから小さい魔法使いたちが次々と現れた。

クランクももちろん視認しているが、あまりにも小さいので

「なんだありゃあ?」

と首をかしげる。

「手紙、よこせ~~~‼」

幼女の魔法使いがフィリップに火の玉をぶつけてくる。やばい!だが今は動けない‼

火の玉がフィリップに直撃したが、全然痛くない。ちょっと暖かかったぐらいの感じだ。

「レベル低っ‼」

用を足したフィリップはすぐ車に戻り

「あいつら超初心者レベルっすよ」

「そうか…全くしんどいなぁ」

窓を開け叫ぶ。

「お前らの出る幕はねぇんだ!さっさとどっかいけ!」

言われた幼女たちは、がっかりして茂みへと戻っていった。

道が空いたので、徐行運転してから、一気にアクセルを踏んだ。

「この森から早く出たいぜ」


3時間ほど経っただろうか。いくら車を飛ばしても森から抜け出せない。まるで同じ道をループしている感覚だった。

俺の疲れがピークに達した時、何やら明かりのようなものを見つける。

「人がいるのか?こんなところで?」

蛍のような光に導かれると、そこには屋敷があるじゃないか。

「ここで一度、寝たいなぁ」

ダメ元で玄関をノックすると、目が見渡せるように一部の箇所を横にスライドさせる。と、すぐにドアが開いた。

「ポストマンかね?やあようこそ」

屋敷の主人が握手をして迎えてくれた。

「AAAか、めずらしい。大統領宛ての手紙を運ぶ道中かね?」

「良くご存じで」

「ははっ。私も昔はポストマンだったものでね」

引退した元ポストマンは、その苦行をよく理解してくれた。

「御馳走しよう。あちらへ」

案内された場所は食事を取る専用の部屋なのだが、無駄に広かった。

「食品は定期的に車でこちらに送ってもらってるのだよ。だからこんな所でも暮らしていけるわけなんだ」

「なるほどですね」

2人は端っこに隣同士でチョコンと座った。館の主人は食事を作ってくると告げると厨房へ消えていく。

「どうにも居心地が…悪いな」

「そうっすね」

30分がとても長く感じた。そこに主人が料理を持ってようやく現れた。

「フォアグラなんかもあるよ。お気に召すかは自信ないけどね」

俺はフォアグラを一口で食べると、

「うん、おいしい」

「おいしいっすね」

「ステーキも用意したよ」

フィリップは肉に超反応した。

「頂きます‼」

まさかこんな森の中でステーキが食べられるなんて。焼き加減がレアなのは新鮮な牛肉であることの証であった。

主人はがっついてる光景をまじまじと見て、終始笑顔を絶やさなかった。

「ごちそうさまでした」

食べ終わると俺は重要な点を突いた

「あの…金渡しますんで、一泊泊めてはくれないだろうか?」

「何泊でもしなさい。私も一人身でね、にぎやかしは歓迎だよ。そんな事よりAAAの君」

「ん?」

「AAAはICチップを3つ埋め込んだだろう」

「何故それを?」

「元ポストマンだからね。色んなポストマンがここを訪れるんだ。嫌になるほど聞いたよ」

「聞いただけではICチップの中身を知らないでしょう?」

「そこでだ。私は大枚はたいてICチップの内容を知らせる装置を持っているのだよ」

「それは興味深い…」

主人は椅子に腰かけながら続けた。

「一つ目はGPS、位置確認チップなのはわかっているのだが、あとの2枚は気まぐれなんだ」

「気まぐれで決めていると?」

「事実その通りなんだ。前に来たポストマンは女性を殺すと、死にたくなるような頭痛が走る代物でね」

「それも…気まぐれで?」

「その通り。君も中身を知りたくないかね?自分の気まぐれICチップの中身を」

俺は少し考えたあげく…

「ポストマンとして知っておきたいですね」

「そうか。じゃあお隣のAA君は寝室で休息しておきなさい。AAAは私の地下室で…どうぞ」


そう言うと2人は別れ、俺は地下室へ移動した。こんな場所でこのような状況になるなんて、誰も想像できないだろう。

地下室にある沢山の明かりが灯る。

「痛みとかは全くないから安心したまえ。さあこのベッドに上がりなさい」

俺は主人の言われるがまま、ベッドに寝そべる。

「さあて…」

と言ってペンのような物を持って顔のコメカミ辺りに焦点を当てた。するとモニタがペンから内部映像を映してるようだ。

「うん…1つ目は位置確認GPS、これは分かる。他には…」

俺は固唾をのんで見守った。

「これは…承認して見えてくるぞ…どれ…」

何だか主人が悪魔博士のような顔になってきているのが少しだけ気になったが、自分は寝そべるしかなかった。

「2枚目は、銃の火力効果アップだな!」

「本当ですか⁉」

「ああ間違いない。あともう一つは…どこだ…あぁ…あ」

しわくちゃな顔をして絶望している。

「3枚目はどうなんです?」

「壊れとる」

「え?」

「そのままの意味だ」

そんな…神は気まぐれすぎた。

「残念だよ。本当に」

俺もこれには少しがっかりした。火力アップは何となく察しがつく部分はあった。敵が吹っ飛んでゆく光景などなどだ。

でもいいじゃないか。1つだけ良いスキルを与えられたのだから。

というかそうやって割り切るしかなかったというべきか。

「寝室は登ってあちらだ。では朝までゆっくりしてくれ」

「助かる」

老人の後ろ姿は、悔しさ満載だった。でも仕方ない。割り切れ俺!


「どうだったんすか?」

当然ながらフィリップも興味深々な体で帰って来た俺に喋りかけた」

「火力アップだとよ」

「え、それだけっすか?」

「ああ」

「そうすか。じゃ自分トイレいってくるっす~」

俺もパジャマ姿になり、ポーチを枕の下に隠し、どっと疲れが出た。

「ただいまっす~あれ?」

俺は早くも寝息を立てていたらいかった。

フィリップは色々察し、音をたてないようにベッドに戻って目を閉じた。


森の中なのにまぶしい朝だ。フィリップはまだ寝ている。すると主人が、

「モーニング用意してるよ。早くきたまえ」

俺はフィリップの肩を激しくゆする。

「フィリップ、朝だぞ?」

「ファ…?」


制服に着替えをしてからモーニングを頂いた。

「このコーンポタージュ、激うまっす‼」

フィリップがそう叫びながら平らげると、ポタージュだけをおかわりした。

もうこんな食事、メトロポリスに行かないと食べられないだろうな。

そんな事を思いながら食事していると、主人がポタージュのおかわりを持ってきた。

「制服に着替えてるって事は…もう旅立つんだね」

「その通りっす。ありがとさんでした!」

「色々礼を言う」

2人とも頭を下げた。

「あと少し走れば森を抜けられるから。健闘を祈ってるよ。」

握手を固くかわした俺らは、車に乗り再び道中に入った。

「ありゃ~まだこんなに距離あるんすかぁ?」

フィリップは地図を眺めて呆れている。

「仕方ない。これがAAAなんだ」

「ううむ…」


何とか森を抜け出した俺らは、素直に喜んだが、また荒野だ。

「退屈な道になるんすねぇ…」

「もうすぐ草原に変わるからよく見といてくれ。特に敵が見えた時な」

「へーい」


いつもの癖でタバコに火を付ける。

「自分までタバコ吸いたくなってくるっす」

「吸うか?」

「やめとくっす」

荒野をひたすら走り続ける1台の車。雑談にもほとんど花が咲かない。

「フランクさんは恋系の話題をしないっすね」

「仕事がすべて。興味がないからだ。」

「こうして話題が終わっちゃうじゃないっすか‼もっと花咲かせましょうよ…」

「長い間1人だったからな。雑談は苦手だ。それとも仕事のグロイ話でもしようか?」

「いやっす」

「だろ?だから俺は仕事が全てなんだ、それしか無い」


風景は荒地から草原に切り替わった。やっとメガロポリスの鼻先が見えてきた。

「開けた場所に出てきて敵もいないし、うさぎ狩りをしよう」

「何のゲ~ムっすか」

「ゲームじゃない。食べるんだ」

「ええーっ自分昔ウサギ飼ってたからむりっすよー」

「じゃあウサギの肉はやらないが、いいか?」

「…」

俺は車を停止し、ウサギめがけて狩りを始める。ウサギの大繁殖によって荒地が増えていった。腹が減ったらウサギは食う物でしかない。

「あーあ…夢中で飼ってるよ…」

今日は4匹も仕留めた。大量だ。

フィリップは死んだウサギを両手で4匹持ってこっちにやってくるフランクに畏怖した。

「お前はウサギ肉の美味しさを知らないだけだ。肉は好きだろ?」

「でも犬や猫を食うみたいなもんじゃないっすか?AAAだからできる芸当っす!」

呆れた俺は車のエンジンをかける。

「分けてやらないからな。レーションでも食ってろ」

再び草原を行く1台の車。俺はウサギを4匹仕留めた満足感でタバコに火を付ける。


車を5時間ぶっ続けで走ったツケを今、味わっていた。空はすでに星々が輝いている。

「エコノミー症候群っすよそれ」

下半身から突き上げるような痛みを感じて悶えている。上手く足が動かない。

「焚火を作りますから、温まれば治るんじゃないっすか?」

「うさぎ…俺のうさぎはどこだ」

「どこからでてくるんすか、その執着心は。車の相席の所っすけど自分はとりにいかないっすからね」

俺はなんとか車と内緒話をするように立ち上がりドアを開け、ウサギを4匹連れて来る。

「自分の前でさばくの、やめてくれないっすか?」

フィリップの『本気嫌がり型』の言葉をぶつけられても、俺は4匹のウサギの調理にかかる。皮を剥ぎ、内臓を全て取り除いてから串に差し、充分加熱してから食べる事ができる。

フィリップはウサギ肉の匂いについ反応してしまうが、首を横に振り、レーションにかぶりつく。無味無臭な何かの塊レーション。ご飯でもパンでもない何か。

俺がウサギ肉を食ってる所をちらちら見られ、思わず1本差し出した。

「とにかく食え‼」

ついに誘惑から離れられず、1本受け取るとかじりつく!

「熱…ウマ!」

1本ペロリといってしまったフィリップは自分のカルマが上昇していく、そんな気分で棒を眺めながら涙した。

サバイバル術はポストマン訓練中に嫌でも習っただろうが。人間は動いてようと座っていようと腹が減る生物なんだ。

「残りは全部俺のものだからな。欲しいなら夜行性のウサギを自分で駆ってこい」

フィリップは泣きじゃくりながら

「もういいっす…」

と、涙がとまらないご様子。

今日は食べたら、明日に備えてすぐ寝よう…そんな事を思いながらウサギ肉を美味そうに全部平らげた。


焚火も自然と消えていく夜。横風微風。俺らは2人とも熟睡していた。


翌朝、テントから身を元気に乗り出し、柔らかい風を浴びた。フィリップはまだ寝ているようだ。

「フィリップ、出発するぞ!ほらフィリップ!」

肩を強引に揺すると、涙で枕を濡らしていたフィリップはやっと身を起こした。

「もうっすか?」

「もうも何も、遅いくらいだ。行くぞ」

草原のゾーンに入ると、己の身を隠せないので敵の数もだいぶ減った。

タバコの味も充分感じるようになった。健康な証拠だ。

「フランクさん!窓はあけていきましょ?」

後部座席の両側の窓は全開である。

「悪いがタバコを止める気はゼロなんだ。本当にこれだけは許してほしい」

そう言ってまた新しいタバコに火を付ける。

「自分も、もう吸おうかな…いやだめっす」

フィリップの気を害しているが、まじめな話辞められないのである。禁煙外来に駆け込んだこともあった。しかしやはりニコチンガムやニコチンパッドなんかより、電子タバコといい自分にはこのタバコが無いと手は震え、まともな判断ひとつ出来ないだろう。要は中毒の一言に尽きる。

しかし敵が恐ろしい程出ない代わりに、メガロポリスもちっとも現れない。道を間違えてる可能性も無きにしもあらずだったが、フィリップにも言い出せないでいた。


そして結果辿り着いたのは、元炭鉱場の道である。

「ここホントに渡れるんすかぁ?」

何度も地図を見たが、確かにここのはず…なんだが。

「まあ道はありそうだし、せっかくだから通ってみようや」

そう言い捨てると、徐行運転で探鉱場に入った。

中に入ると、下が複雑な道路で入り組んでいるが、今こちらが渡ってる道は一本道だった。

まあまあ、真っすぐいけるなら、それはそれで道には変わりない。しかし右端がすぐ崖になっており、運転には注意しないといけなかった。

「あぶねぇ道だなぁ…」

テッドもここを通ったのであろうか…。疑問しか浮かばないが安全運転を保って進んでゆく。


すると目の前で大爆発が起こった。風圧が凄く、ブレーキも不要なくらい動けなくなった。

「何が起こった⁉」

目の前の埃が消えると、先の道路が分断されてしまっている。幸い、こちら側の道路が上向きになっているので、ジャンプすれば通れると踏んだ。

「ジャンプするぞ、耐えろよ!」

「フランクさん!横!横に!」

フィリップの横視点からは、巨人が爆弾を投げようとしていた。俺は知らずにジャンプしたが、恐らく最良な選択だったようだ。

ジャンプした瞬間、後ろ側に爆弾が飛び、再びその風圧でジャンプ力があがり、なんとか道路に着地した。

俺は始めて横にいる巨人をみたが、

「あんなのに関わるだけ無駄だ。全速力でいくぞ‼」

巨人はデカいが動きはのろかった。何とか危機を回避した俺たちは、そのままフルスピードで探鉱出口に向かった。

出ると、また柔らかい風に包まれた。

「あぶなかったっすねぇ~」

「AAAはこんな仕事だっつーの。理解してくれとは言わないがな」

大草原の中、車は少しスピードを落として、またタバコに火を付けた。


そうこうしてる内に、僕らを必ず巻き込んでくる夜が訪れる。

夜間は敵が動きやすいので、焚火は欠かせないが、反面敵が寄ってくるデメリットもあった。

今日はウサギ狩りをしていないので、俺もフィリップも焚火を囲んでレーションを無言でかぶりつく作業に入った。

フィリップは以前いた屋敷で食べたステーキの味がまだ消えてないようだった。

「屋敷で食べた品々をおもだしますねぇ…」

「あれはレアケースだ。忘れろ。そのかわりレーションはいくら食ってもいいぞ」

「と言う事は、メガロポリスが間近なんすか?」

「そう願ってるよ」

地図を焚火の近くで何度も見ながら、俺はつぶやいた。

今夜はお互い喋る事も無かったので、テントで熟睡する2人であった。


翌朝────────


今日の朝は快眠だったおかげか、ほぼ同時に起きる事ができた。

焚火はとうに消えている。

「じゃ行くか!」

車のバックを開けると、車用電池があともう1個しかない事に気づく。

…まずいなぁ…しかしフィリップにはあえて説明はしなかった。

再び車が動き出した。電力を見るとほぼ満タンである。だから残りの電池は2本分という計算になる。

「うさぎがうじゃうじゃいるっすよ。狩らないんすか?」

「お前やっぱりウサギ肉の良さが分かりかけたな?」

「そ、そういう意味で言ったわけじゃないっすよ!断じてないっす!」


しかしウサギ肉はタバコと同様、中毒性があるのだ。焼かれたウサギを見たら、フィリップは反射的に食いつくだろう。


何時間も草原を走り続けた。疲れきった俺は、

「フィリップ!今更言うのもあれだが、お前も運転しろよ!動かせるんだろ?」

「自分は免許ないっす」

「AAがそんな『ざま』か!聞いて呆れるぜ」

「何と言われようと構わないっす」

そもそも運転を半分にすることを考えてたのだが、当てが外れた。


また夜が来たのだが、うっすらと見えるアレは…城の明かりじゃないか⁉

既に寝ているフィリップを叩き起こして、

「フィリップ!あれは城じゃないか?なあフィリップ!」

「ん?…城っすか?」

「メガロポリスは街だが全体を城に囲まれているんだ!いいぞこれは!」

「やっと到着っすかぁ~ふぁ~~」

フィリップはまだ寝足りない状態だったが寝そうになる度、揺らして起こしつつ車を走らせた。

そうこうしてる間に、やっとメガロポリスに到着した俺たちであった。

門の前に車を置き、門の前にいる門番2人に言った。

「AAAだ。開門を頼もう」

門番は噛みタバコをくちゃくちゃしながら、

「誰だお前は?知らん顔だな」

「だから証明書を見ろ!まごうことなきAAAだ。開門を早くしてくれ」

もう一人の兵は酒を飲んで酔っ払っていた。

「何と言う体たらくぶりだ。頭がいかれてんのか?」

噛みタバコの液体を横に捨てながら門番は口を開いた。

「今は軍部側が革命を起こし、今は絶賛政府転覆中だ。大統領は幽閉、その他の役人どもは皆殺しにした。」

「何だと⁉革命?」

「だからお前なぞ要らぬ只の野良犬よ」

俺はフィリップと目を合わせ、軽く合図をした。

俺とフィリップは同時に銃を突きだした。

「何が革命だふざけるな!開門しないとお前なんぞ一瞬でハチの巣だぞ!」

兵士はしばらく噛みタバコを噛んでいたが、ここまできてやはり自分の命は捨てたくないらしい。兵士は叫んだ。

「開門‼‼」

裏の門番に伝わったらしく、ゆっくりと門が開いてゆく。すると。

街が一斉に火の手が回っている。最悪な状況だった。俺はためらいなく門番の目を次々と倒していった。もちろん酔っ払いもだ。

そしてフィリップに指示を出す。

「ありったけの弾丸持ってこい!」

フィリップは駆け足で車に向かう。すると門の奥から群衆が押し寄せる。なんの罪も無き国民が逃げていった。火だるまになっている者もいる。

「これが革命だってんのか?ふざけんな」

フィリップは何十にもたすき掛けされた弾丸を持ってきた。もちろん俺も半分たすき掛けして街へと入ってゆく。

民家も宿屋も火の手が回っていた。もう出口も火の手で通れなくなっているかもしれない。仕方ないので城の入り口までノンストップで走り続ける。

入り口にいた兵士を2人をかたずける。

「幽閉されてる大統領を探すぞ!」

そう叫んで城内部に侵入した。

城は焼けてはないが、その分軍部側に回った兵士たちが沢山居た。一人一人倒してゆくが、弾丸はすぐに切れてしまう。

「俺が再装填するから、援護射撃を頼む!」

フィリップは前に出て兵士をかたずけていく。あっと言う間に兵士の死体の山ができていた。

「再装填完了、今度はお前が再装填しろ!」

フィリップはここに来ても冷静だった所は素直に褒めたい。

「完了っす!」

「よし進もう!」

城の奥に入ってくる度、兵士の数は増えてゆく。が、あえて果敢に侵入する。兵士の恰好をすれば良かったと後悔したが、もう遅い。

1つだけ色のついていない部屋があったので、銃を撃って無理やりこじ開けて開いた穴から中を覗くと。


串刺しにされてる大統領の姿があった。遅かった。やはり俺らは遅かったのだ。

「大統領が死に、幹部も民もいなくなった…」

「…」

フィリップは何も答えられず、強く拳を握った。

「退散するぞ!ここに居る意味はなくなった」

「アイサー!」

2人は兵隊を倒しながら脱出を開始した。

串刺しにされた大統領の姿が目をチラつかせ離れない。何とか外をでると、民衆は皆出てゆき、残兵がいたので炎をかわしながら処理してゆく。

炎に包まれた建物が下に崩れていく様を見て、

「フィリップ気をつけろよ!建物が崩れ落ちてくる」

振り向くとすでに炎の壁が出来上がっていて、もう城には入れない。脱出するしかなかった。

2人が門をくぐると、少し先は民衆の生き残りの場と化していた。2人は民と合流する。

「皆慌てるな!落ち着けというのは酷だが、とにかく皆落ち着いて欲しい!」

すると民衆の1人が立ち上がり、

「郵便屋が何を偉そうな事言ってんだ、この!」

「貴方が来るのが遅かったせいで起こった悲劇なんじゃないの?」

民衆は一人また一人と立ち上がり、文句を浴びせてきた。

返す言葉もなかった俺は、

「フィリップ、車を出して民衆とは距離を置こうじゃないか」

「イエッサー…」

情けない姿の2人は車を出して民衆から逃げるように車をはしらせた。


少し距離を取った俺らはここら辺でキャンプする事にした。

焚火を焚くと、心の底からぬくもりが溢れ出る。

「どうしてあんな事しちゃったんでしょうね…」

フィリップの呟きに俺は畳みかける。

「それはもちろん大統領が弱かったからだ!貧弱な政府に兵士は飽き飽きしてた!そんな所だろう。しかし…」

この手紙をどうすべきなのか分からなくなっていた。AAAしか持てない大事な手紙である。

「今までの俺たちが築いてきた物が、いっぺんにくずされた感じだな…」

フィリップはもう何の言葉も浮かばず、完全に意気消沈している。

炎にあたると正直眠たかったが、どうしてもあらゆる物事が視界を走馬灯のように駆け巡った。

「寝てから考えよう…じゃあな」

そう呟いてから、2人はテントに入り、深い眠りに入っていった。



気配を一切感じなかった。

外からどんどんと人影のような何かがやってくる。それは数十人規模の軍団である。炎が上がると、紙袋を被った者達が浮き上がってくる。

そんな事お構いなしで眠る俺らの元に、静かに近寄り、テントの入り口を開けると、紙袋団にさるぐつわを嚙まされる。気が付くと手も後ろ手で縛られていた。

紙袋団の団員の1人がポーチに手をやり、大事にハサミで紐を切ろうとする…が、なかなか切れない。このポーチは一見ただのポーチに見えるが、固い繊維で作られた特注品なのである。

それでも強引に何とかしようと、デカいワイヤーのような物を持ち出しついにポーチの紐は切れてしまった。

……‼

言葉が出ない。忍びと同等の業だけは得意なやつらに手紙を取られるのかっ

数人で担ぎ込まれた俺は、横に目線をやると、フィリップも同じように手紙を取られ、運ばれてゆく姿を見ていた。

打開案はないのかっ…こんな屈辱は味わいたくなかった。

しばらく担がれると、木々が下にある高い棒に2人はくくり付けられる。当然周りは松明を手に持った紙袋団だ。

火を放たれるのは一見しないでも分かった。


団の1人が前に現れ叫ぶ。

「この者たちポストマンは、この世をさらに混迷させるべく、あちこち奔走している悪行を平気でやっている、悪しき軍団である!」

皆同調するかのように松明が揺れる。何なんだこの集団…不気味すぎる上に手出しも出来ない。

「よってこの者達を火あぶり刑に処す!これは警察などには任せられない!」

焚き木に何か液体を振りかけている。多分ガソリンか何かをまいているのだろう。


終わった───────────


絶体絶命の極致に初めて行きついた時、人は己の限界を始めて知る事となる。

自分はこの程度の人間だったのか?否!こんな死に方はAAAとして絶対ありえない!しかし…天命を待つのみ…


その時である。

ポツリと一粒の水が鼻に当たる。

そしていきなり豪雨が降ってきた!紙袋団の松明の明かりが次々と消えていき、団内でざわつき始める。

刹那。

郵便マークのついた軽車がジャンプして突っ込んできた。団員は焦り、皆チリジリに逃げてゆく。

メガホンを持った郵便局員が車の窓から叫ぶ。

「もうその手紙の価値はゼロだ!だから手紙をよこせ~‼」

無価値だと…?

ポーチを持っていたリーダー格の男が、ポーチを投げ捨てて逃亡した。

車で突っ込んできたのは何とテッドと見知らぬ女性だった。

「先輩…つらかったでしょう」

俺は何年も流してなかった涙を流した。さるぐつわと、くくり付けた紐をテッドがナイフで切ってゆく。

「テッドッ…‼」

「降りましょう!」

フィリップは女性によって下に下ろされた。

「無価値って何だ…どう言う事なんだテッド…!」

「ハッカー集団を倒して、もうネットも電話も使えるようになったんですよ!僕らはそれを伝えに各地を回っていたら、GPSで貴方の所在を見つけた訳です!」

「そうなのか…」

全世界は救われたが、郵便屋はまた安月給でCランクの手紙配達員となってしまう。

「テッドッ…俺たちはランク付けが無くなったんだぞ…それでもいいのか?」

テッドは雨まみれの中、笑顔で答えた。

「僕はそれで良いと思っています!正直何か特典は付けてほしいですけどね!」

フィリップは気絶していた。ゆっくり女性が車へと抱え込んでゆく。テッドが、

「あの女性は気候強行士のヨーコ、僕の相棒さ。彼女とかではなく、仲間です!」


あれから1年が過ぎ───────────

郵便局員のランク付けは終わったが、局長がランクに応じて報酬金を出す事になったので、AAAは一生安心できる報奨金をもらった。

辞める人もわずかながら居たものの、俺もフィリップも、テッドとその相棒も郵便配達をやめなかった。多分この物語は限りなくブラックに近いグレーゾーンだから、多分歴史には残らないだろう。

それでも胸を張って、俺らは毎日手紙を渡して国民の喜怒哀楽を届けるポストマンの道を進んだのだった。




the end



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