刻つ風とかける雪柳 小噺(ネクタイ)
藤泉都理
お揃い
ネクタイを結ばせて。
時々緑山家に遊びに来ていた八恵華は瞳を爛々と輝かせて、凛香にお願いした。
凛香はいいと了承した。
きっと、八恵華のマイブームがネクタイ結びなのだろうと思いながら。
お邪魔します。
礼儀正しく靴を揃えて、手洗いまで済ませる八恵華に感心しつつ、居間に案内しようと思ったら、珊瑚がスーツに着替えた方がいいんじゃないと言い出したのだ。
持っていないと言えば、珊瑚が万が一の時に用意しておいたとどこからか持って来た。
珊瑚はやっぱり準備万端だなと感心しながら、凛香は了承した。
ネイビースーツに着替えた凛香の首元に、八恵華は持って来た無地のワインレッドのネクタイを流れるように結んだ。
すごいな。
凛香は思わず拍手をした。
そんなことないよ。
八恵華は照れくさそうに笑った。
「お父さんにも結んであげているのか?」
「ううん。お父さんはネクタイをしなくなっちゃったから。使われないの可哀そうだなって思って。お父さんに教えてもらってね。結べた時はすごく嬉しかったし。自分が素敵に見えるし。何でもできそうな気がするから。時々しているの」
「そうか」
「凛香は?どう?」
「あー、うん。俺は、ちょっと、苦手だ。ごめんな。せっかく結んでもらったのに。でも、ビシって気合を入れたい時はこの格好がいいかもな」
「うん。いつものジャージ姿も素敵だけど、スーツ姿も素敵だよ」
「ありがとな」
「うん。もしスーツを着る時があったら、私がネクタイを結んであげるからね」
「よろしくお願いします」
「うん」
任せて。
胸を張った八恵華は後ろで不貞腐れている神路に身体を向けて、結んであげると言った。
しなくていい。
神路は歯を剥き出しにして拒否したが。
そそそっと音なく近づいたジイに、凛香さまとお揃いですよと耳打ちされた瞬間、腕を組んで嫌そうな表情を浮かべながら、どうしてもって言うんならと、渋々。あくまで渋々ですよという体を保ちながら了承した。
お揃いだな。
あっけらかんと言う凛香に、神路はそーかもなと、やはり、努めて、あっけらかんと答えた。
(お揃い過ぎだしよ)
どこから持って来たのか。
ジイは凛香と同じネイビースーツを持って来ては、あれよあれよという間に神路に自ら着させられて、またもや、あれよあれよという間に八恵華にワインレッドのネクタイを結ばれて、今。
凛香と並んで立つように言われたかと思えば、珊瑚、八恵華、ジイに写真撮影をされまくっていた。
インスタントカメラ、スマホ、高級そうなカメラ。三者三様のシャッター音が鳴り響いた。
家宝にしよう。
決意しながら、ちらと凛香を見上げた神路。頬を朱に染める凛香を見て、ドクンと胸が高鳴った。
いつもきれいだが、いつもと違うきれいさだった。
凛香は神路の視線に気づいたのか。視線を下げて、照れくさそうに笑った。
「写真撮影って照れるな」
「まあ、な」
どぎまぎしながら言った神路を、微笑ましそうに見る珊瑚、八恵華、ジイは、視線を合わせては、親指を上げたのであった。
(2022.5.3)
刻つ風とかける雪柳 小噺(ネクタイ) 藤泉都理 @fujitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます