第92話 神様と第十六階層④
棍棒を大上段に構えたオークとついに激突する。
オークが選んだのは、振り下ろしだ。大上段に構えられた棍棒が勢いよく振り下ろされる。いや、降ってくると言った方が良いかもしれない。
私はオークに対して体を半身にし、左へと一歩踏み出す。オークのその巨体に見合った太い棍棒を紙一重で躱すつもりだ。
ブォン!
オークの棍棒が空を斬り、風が私の顔を胸を腹を撫でる。『無乳回避』成功だ。
ガツン!と、とても木が立てたとは思えない硬質な音を響かせて、棍棒が床とぶつかる。
その音を背後に聞きながら、私はオークへと迫る。まだ短剣の間合いまで届かない。
その瞬間、オークの手が跳ね上がる。棍棒が床へとぶつかった反作用を利用して、棍棒を私目掛けて跳ね上げたのだ。その動作は澱みなく、正確だ。オークは最初からこれを狙っていたのかもしれない。
だが、それくらいは私にも分かっていた。オークに短剣が届くまで、2発は攻撃を避けねばならないと。その2発目がきただけだ。
私は床に身を投げ出すように前方へと跳んだ。私の頭のすぐ上を棍棒が走り、髪の毛が棍棒の起こした風に攫われる。
私はそのままくるりと前転して立ち上がる。もうオークの体は目の前だ。しかも、オークは棍棒を振りきった死に体。煮る焼くも自由である。だが……。
さて、困ったな。身長差がありすぎて、オークの首や心臓といった急所が狙えない。目の前にあるのは、オークのでっぷりとしたお腹だ。
「ふんっ!」
迷う暇などないので、オークの腹へと短剣を突き刺す。一応肝臓を狙ったが……オークの分厚い脂肪によって阻まれてしまう。
短剣をグリッと回して傷を抉り、素早く短剣を抜く。オークを即死させられない以上、反撃がくる。オークが左手を伸ばして私を捕まえようとするのをバックステップで躱し、一度距離を空ける。短剣の間合いに居続けるのも手だが、こちらから有効打を与えられないのなら、あえて危険を冒す意味は低い。
しかし、どうしたものか……短剣では倒せそうにない。いや、頑張れば倒せるだろう。足を集中攻撃し、膝を付かせることができれば、致命傷を与えることもできるだろう。だが時間が掛かる。このままオークの相手をし続けて、時間を掛けてもいいものかどうか……。
チラリと前を向けば、エレオノールとリリムは、まだゴブリンの相手をしていた。援護は期待できないな。タスラムで片付けるか?しかし、4本しかないタスラムをここで切ってしまうのは、もったいない、このオークはダンジョンの通常モンスターだ。オークが現れる度にタスラムを使っていたらキリがない。タスラム抜きで倒す方法も確立しなくはならないな。
オークを見ると、お腹から少量の煙を上げているが、なんの痛痒も感じていないようだ。やはり、肝臓まで短剣が届かなかったか。これは地道に足を削るしかないかな?
「穿って…!」
悩む私の耳にディアネットの声が小さく響く。魔法を使うつもりのようだ。目標はおそらくオーク。ならば、私のすべきことはオークの足止めだな。
私はオークの間合いへと再び踏み込む。
オークは、私の接近に反応し、今度は棍棒を持つ右腕を体に巻き付けるように左へと振りかぶる。横に薙ぎ払う気だな。私の選択肢は、跳ぶか潜るか、進むか退くか。そんなところだろう。横の薙ぎ払いなので、左右に避けても意味が無い。上下、あるいは前後に動く必要がある。
私は一度退くことに決めた。ディアネットが魔法を使うのなら、私に求められるのはオークの足止め。オークが棍棒を振りかぶった時点で、私は仕事を果たしたことになる。無理をする必要は無い。
棍棒を振りかぶり、身動きができないオークに、茶色く細長い物が高速で突き刺さる。オークの胸を貫いたのは、粗削りの石の太い槍だ。
槍を胸に受けたオークは、その身をぐらりと後ろに傾かせる。
そして、オークの体が床にぶつかる瞬間、その身をボフンッと白い煙へと変えた。
やれやれ、一時はどうしようか悩んだが、思ったよりも簡単に倒せたな。これもディアネットの魔法の援護のおかげだ。しかし……。
盗賊はアタッカー職ではないとはいえ、いささか威力不足を感じることが多いな。弓もそうだし、短剣でもそうだ。これは改善の必要があるな。しかし、元々のルーの体が脆弱なのだ。背が低いからリーチも狭いし、力が無いから重く強い武器が使えない。例えば威力を上げるなら短弓を長弓に換えるという手もあるが、ルーの体では上手く扱えないだろう。腕が短いからな。そもそも力が無さすぎて弦を引くこともできないだろう。
改善の必要はある。しかし、改善の余地が無い。うーむ……どうしたものか……。
そんなことを考えながら、私は音を立てずに、目立たないようにひっそりと石の通路の端を歩く。このまま回り込んでゴブリンたちの背後を突くつもりだ。
相手がゴブリン程度ならなんとかなるのだが……。そんなことを思いながら、ゴブリンウォーリアの喉を背後から掻き切るのだった。
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