第91話 神様と第十六階層③
ダンジョンの第十六階層。石の迷宮をディアネットの指示に従って進む。全く同じ造りの石の通路が続くので、景色がが変わる楽しみもない。普通なら嫌気が差しそうなものだが、【赤の女王】の面々の表情は明るく、その足取りは軽い。
実は、こんな物を見つけたのだ。
【無香の石鹸】
これであなたもツルツル卵肌。
説明を見る限り、どうやら今度は、ボディソープのようだ。当然、今回も売らずに自分たちで使ってみることにした。皆、この宝具の石鹸を使うことが楽しみなのだ。なにせ、神によりその効果が保障されているのである。自分のお肌が、ツルツル卵肌になるのは、確定した未来なのだ。
「楽しみねー。いったいどうなっちゃうのかしら?」
「そりゃもう、ツルツル卵肌っしょ!」
「楽しみ…」
「気持ちは分かりますけど、今はダンジョンですよ」
「「はーい」」
普通なら、敵の襲撃を警戒しておしゃべりなどしている余裕は無いのだが、私たちには地図の宝具がある。敵の居場所や宝箱の位置、罠の場所まで分かる優れものだ。
「止まって…」
その地図の宝具を持つディアネットの呟きに、一行は歩みを止める。たまにこうして立ち止まることがある。おそらく、敵との接触を避けているのだろう。体力は有限だからね。避けられる戦いなら避けた方が良い。
「前、敵…」
どうやら今回は避けられなかったようだ。背中の矢筒から矢を取り出し、弓に番える。
「来る…」
ディアネットの呟きと共に姿を現したのは、ゴブリンのパーティだ。ゴブリンは基本、数体で冒険者のようにパーティを組んでいる。
そのゴブリンのパーティの中に、一際デカい人影があった。
身長は2メートルを超えるだろう。明らかにゴブリンの大きさじゃない。豚のような頭、でっぷりとした巨漢のような体。全身ピンクの短毛に覆われた巨体のモンスター。オークだ。
「オーク!?」
ミレイユが驚きの声を上げる。ダンジョンでオークを見るのは初めてだ。ダンジョンで出現するという情報はあったが、まさか十六階層から出現するとは…!
「ルー…!」
ディアネットが私の名を呼ぶ。分かっている。初めて遭遇したオークに目が行きがちだが、敵のゴブリンの中にゴブリンメイジの姿も見えた。優先度は……ゴブリンメイジの方が上だ。
こちらから姿が確認できるということは、向こうからもこちらの姿が見えるということ。ゴブリンが、そしてオークが走り、迫って来る。
私は、ゴブリンメイジに狙いを定め、矢を放つ。矢を放ち、すぐさま矢筒へと手を伸ばす。一撃でゴブリンメイジを倒せるとは思わない。倒せるまで、何矢でも放つつもりだ。それだけ魔法への警戒感は強い。
まだ魔法の射程には届かないのだろう。ゴブリンメイジも走り、こちらに向かって来る。
そのゴブリンメイジの額に矢が命中する。だが……矢は、ゴブリンメイジの額を滑るように上方へと逸れた。やはり、この短弓ではゴブリンメイジの頭蓋骨を貫けないか……。
額に矢を受けたゴブリンメイジは、後ろに倒れかけ、しかし、倒れない。裂けた額から煙を上げつつ、走り寄って来る。
しかし、ゴブリンメイジは数歩もいかない内に、またしても矢を受ける。胸から矢を生やしたゴブリンメイジは、それでも走り出そうと足を踏み出すが、そのまま前のめりに倒れ、白い煙となって消えた。どうやらうまく心臓を貫けたようだ。
矢を2本放つ内に、だいぶゴブリン、オークとの距離が縮まっていた。放ててもあと1本だろう。
「やぁぁああああああ!」
エレオノールのウォークライ!
ゴブリン、オークの視線が、エレオノールへと向かう。私は、オークの膝へと狙いを定める。オークの膝を射貫き、戦線から脱落させるつもりだ。
弦が空気を切り裂き、矢がオークの膝へと走る。矢は狙い通りオークの膝へと命中した。しかし……倒れない。矢は、オークの膝を貫けなかった。オークは何事も無かったかのように走り来る。
私は弓を捨て、腰の短剣を抜く。もう弓の間合いじゃない。
エレオノールとゴブリン。両者が、ついにぶつかる。相手は革の鎧と鉄の武器を持つゴブリンウォーリアが4体。そしてオークは…!
オークはエレオノールを無視して駆け抜ける。その先に居るのは、私だ。自分に矢を放ってきた不届き者を成敗しようというのだろう。私は、矢を放ったことでオークの注意を引いてしまった。
「ルー!?」
「ルールー!?」
エレオノールとリリムが悲鳴のような声を上げる。しかし、エレオノールはゴブリンウォーリア3と、リリムはゴブリンウォーリア1体とそれぞれ対峙中だ。援護は期待できない。
ここは私がオークを相手するしかないな。私の後ろには、後衛であるディアネットとミレイユが控えている。オークにここを通すわけにはいかない。
私はオークへと走る。
オークは右手に棍棒を持ち、腰布を巻いただけの原始的な装備だ。棍棒と言えば聞こえは良いが、ただの木の棒にすぎない。だが、その巨体に見合った膂力は脅威だ。ただの木の棒が人を殺せる凶器になる。
対してこちらは短剣一本。体格差もあり、お互いの間合いは全く違う。私の短剣が届く距離まで近づくのに、2発はオークの攻撃を避けないといけないだろう。そして、短剣の間合いに入れたとしても、オークの分厚い脂肪の鎧を貫けるかどうか……。
私は久しぶりの命の危機にワクワクするのだった。
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