第90話 神様と第十六階層②
「ルー…!」
ディアネットの珍しく切羽詰まったような焦った声が、ダンジョンの第十六階層、石の迷宮に響き渡った。
「ッ!」
私は返事をする間も惜しんで、弓に矢を番えて弦を引き絞る。狙いの先に居るのは、1体のゴブリンだ。
そのゴブリンは、黒い薄汚れたボロボロの布の服に身を包み、手には木の棍棒のような物を持っている。他のゴブリンが、革や鉄の鎧を身に着け、錆びてはいるが鉄の剣や斧を持っているというのに、明らかに1体だけ装備が貧弱に見える。
普通なら、そんなゴブリンは他のゴブリンと比べて脅威が低いので、討伐を後回しにするだろう。そのゴブリンの周りを漂う精霊たちの姿が見えなければ……ッ!
ゴブリンメイジ!
たしかに、改めて見れば、ボロボロのローブを身に着け、木の杖を持った魔法使いらしい恰好をしていると言えるかもしれない。だが、今まで散々棍棒を持ったゴブリンの相手をしてきたのだ。紛らわしいことこの上ない。しかも、普通の人間は精霊の姿が見えないのだ。初見で魔法を使うゴブリンメイジだと見抜ける者がどれほど居るか……。リアレクト、君は意外と性格が悪いね。
パシュッ!
私の放った矢が、件のゴブリンメイジの胸へと突き刺さる。ゴブリンメイジは、矢の衝撃に倒れそうになりながらも、なんとか持ちこたえた。
ゴブリンメイジは、お返しとばかりに杖を振り上げる。魔法を使うつもりだ。
ゴブリンメイジの周りに漂う精霊たちが、活発に動き出す。魔法が発動する前兆……ッ!
今にも杖を振り下ろそうとするゴブリンメイジ。その喉に、突然、矢が突き立つ。ゴブリンメイジは、もんどりうって倒れ、貧相な木の杖を残して煙となって消えた。ゴブリンメイジの周りに漂っていた精霊たちも一緒に煙となって姿を消した。どうやら、あの精霊たちは精霊を模した紛い物だったようだ。リアレクトの造ったモンスターの一部と見るべきだろう。
ゴブリンメイジの喉に突き刺さった矢は、私の放った物だ。私は、ゴブリンメイジを一矢では倒せないことは予想できていた。私の持つ短弓では威力不足であると分かっていたのだ。
私の持つ弓は、短弓の中でも特に短い物だ。ルーの体格にあった弓を選んだら、必然的にこうなってしまった。短弓の長所は、取り回しが簡単なこと、そして連射速度が速いことが挙げられる。
私は、最初からゴブリンメイジが倒れるまで、文字通り矢継ぎ早に矢を射続けるつもりだった。短弓の威力不足を数で補おうとしたのである。
ゴブリンメイジを屠った私は、番えた矢の狙いを次の獲物へと移す。
残っているのは、いずれも革の鎧を身に着けたゴブリンウォーリアだ。射殺すには短弓では威力不足だな。革の鎧が貫けない。
私は弓を少し下げ、狙いを変える。
パシュッ!
弦が空気を切り裂く高音を立てて、矢が放たれる。矢は、私の狙い通り、迫りくるゴブリンウォーリアの膝を射貫いた。
「Ga!?」
膝を射貫かれたゴブリンウォーリアが、悲鳴を上げて転び、戦線から脱落する。これでとりあえず数は減った。私は、ゴブリンウォーリアを射殺すことは不可能と判断して、こうした搦め手を打つことにしたのだ。射殺せなくても、これならパーティに貢献できる。
「やぁぁああああああ!」
エレオノールが凛々しいウォークライを上げ、敵の目を引き付ける。私が矢を3回射る間に、お互いの前衛がぶつかるほど距離が縮まっていたのだ。残る敵はゴブリンウォーリア5体。その内1体は膝を射貫かれて行動不能。実質、残る敵はゴブリンウォーリア4体だ。
私は弓を捨てると、右手で腰の短剣を抜く。相手は4体、こちらの前衛はエレオノールとリリムの2人。数の上では負けている。私も短剣で応戦した方が良いだろう。
ゴブリンウォーリアは、4体ともエレオノール目掛けて迫る。その途中で、リリムが1体のゴブリンウォーリアにちょっかいをかけ、1対1に持ち込むことに成功した。戦況は、エレオノールが3体のゴブリンウォーリアを引き付け、リリムがゴブリンウォーリアと1対1の勝負を繰り広げていた。
私は、ゴブリンウォーリアたちの意識が自分に向いていないことを確認すると、石造りの通路の端に寄り、そろりそろりと移動を開始する。1対3で苦戦しているエレオノールを横目に、ゴブリンウォーリアの背後へと回り込む。
「Gu!?」
ゴブリンウォーリアの背後から顎を掴んで力いっぱい上方向に引き寄せる。そうすると、ゴブリンウォーリアの喉が剝き出しになる。あとは喉を短剣で掻き切るだけ。ね? 簡単でしょう?
喉から大量の煙を噴き出し、自身も煙となって消えるゴブリンウォーリア。
「Gua!」
仲間の異変に気が付いたのだろう。ゴブリンウォーリアが1体、私に振り返った。これで3対3に持ち込めたね。戦況は1対1が3つある形だ。いや……。
「てりゃーっ!」
リリムがゴブリンウォーリアとの1対1に勝ったから、戦況は3対2だね。こうなればもう、こちらの勝ちは揺るがないな。
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