第89話 神様と第十六階層
ダンジョンの第十六階層は、相変わらずの石造りの通路だった。通路の石自体が発光しているのか、通路はぼんやりと明るく、視界は確保できている。
「では、行きましょうか」
エレオノールが装備の具合を確かめながら言う。私も弓の弦を軽く引き、調子を確かめる。弓に問題は無さそうだ。
「待って…」
さあ行くぞ!というところで、待ったがかかった。ディアネットの声だ。
「どうしたんだ?」
何か問題でもあったのだろうか?
ディアネットは、地図の宝具を持っている。ダンジョンの道筋や、敵の位置、ボス部屋の場所に、宝箱の在処まで分かってしまう、ある意味すごくズルい宝具だ。
「時間がかかる…」
そう言ったきり、巻物のような地図の宝具とにらめっこを始めてしまうディアネット。今までこんなことはなかった。どうしたんだろう?
地図の宝具を持つディアネットは、パーティの先導役だ。彼女の指示に従って、今までダンジョンを踏破してきた。特にダンジョンの第十一階層からは、迷路のような造りの石の迷宮になっている。それを迷わずに踏破してこられたのは、ディアネットのおかげだ。ディアネットのネビゲートのおかげで、私たちは破竹の勢いでダンジョンを攻略していると言っていい。その彼女が待てと言っている……。
私はディアネットの様子が気になって、彼女の傍に行く。ディアネットは真剣な表情で地図の宝具を見つめ、その瞳は忙しなく上下左右に動いている。
ディアネットの横から地図の宝具を覗き込んで驚いた。
「これは……!」
そこには、今までの階層よりも段違いに巨大で複雑な迷路が映し出されていた。一目見て解く気も失せるほどの複雑さだ。ディアネットは、先程からこの巨大な迷路に挑んでいたのだ。これは時間がかかると言っていたのも分かる。
しかもこの迷路、ゴールである階層ボスの部屋が、迷路の外周部分に無い。これでは、迷路の有名な攻略法である『左手の法則』が使えない。一から地道に解いていくしかない。
だが、私たちは地図の宝具を持っているので、まだ恵まれている方だ。他の冒険者とかどうやって攻略してるんだ?それこそ地道に一から自分たちで地図を作るところから始めるのだろうか?なんとも気の遠くなる作業だな……。
「これヤバくない?」
「頭が痛くなってきたわ……」
「これは……難しいですね」
皆も気になったのだろう。ディアネットの持つ地図の宝具を覗き込んで難しい表情を浮かべている。
「解けた…」
ディアネットが気だるげな声でポツリと呟く。
「解けた?」
この難解な迷路をこの短時間で?
「マジ?」
「すっご!」
「さすがディアネットですね」
皆が口々にディアネットを称賛する。
「やるじゃないか!ディア」
私はディアネットのお尻をパンパン叩いて彼女を褒めた。
「進む…」
ディアネットは皆に褒められて嬉し恥ずかしいのか、その白い顔を僅かに朱に染め、いつも以上にぶっきらぼうに言う。そんなディアネットがかわいらしい。今すぐ抱きたいくらいだ。
だが、ここはダンジョンの中。いつ敵に襲われるかも分からない場所でおっ始めるわけにもいかない。私はディアネットのお尻をドレスの上から揉むだけで我慢するのだった。
◇
「右…」
ディアネットの気だるげな、退廃的とすら感じる不思議な魅力を持つ呟きに導かれて、パーティは石の迷宮を進んで行く。
「右…」
ディアネットは、私の想像以上に優秀らしい。彼女は、迷いもせず澱みなくスラスラとパーティを導いていく。あの複雑に入り組んだ迷路のようなダンジョンの地図を解けたと言ったのは、嘘ではなかったようだ。まぁ元よりディアネットは、そんなつまらない嘘など吐かないだろうがね。
「右側に寄る…」
「ん?」
ディアネットから今まで聞いたことのない指示が呟かれた。右側に寄る?
通路は、真っ直ぐな一本道だ。右側に曲がれるわけではない。右側に寄るってどういう意味だ?
「ディア。右側に寄るとはどういうことでしょうか?何か意味があるのですか?」
エレオノールも少し困惑したようにディアネットを振り返った。
そんなエレオノールに、ディアネットが頷いて言う。
「左側に、罠…」
「「「罠!?」」」
「ほう…」
たしかに、事前に集めた情報では、ダンジョンには多種多様な罠があると聞いたことがある。しかし、実際に罠に遭遇したのは初めてだ。いや、それよりも……。
「地図には罠の場所まで載っているのか!?」
「そう…」
再びコクリと頷いたディアネット。
「すごいな……」
「マジスゲーじゃん!」
いやはや……便利便利と思っていた地図の宝具が、まさかこれほどまでに便利だとは……。
通常、罠の発見回避や敵の偵察などもパーティにおける盗賊の重要なお仕事である。それが全て地図に取られてしまった。地図で罠の場所も敵の居場所も丸わかりなのだ。これでは盗賊の仕事が、私の仕事が無い……。
「あはは……」
私の口から乾いた笑いが漏れた。華麗に罠を発見して、パーティに貢献する私を夢見ていたんだが……そして皆に褒めてもらえるところまで想像してたのに……お仕事取られちゃったよ。
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