第80話 神様と勘違い男②

 カポーン!


 私たちは、ダンジョンの十五階層を無事に攻略し、冒険者ギルドに寄ってから、パーティの拠点にしている館に帰ってきていた。今はダンジョン攻略後恒例の皆でお風呂タイムだ。私にとって至福の時間である。なにせ、美少女4人と裸の付き合いだ。それはもうワクワクドキドキである。


 しかも、4人の美少女はいずれもタイプの違う、それぞれ魅力的な美少女だ。ディアネットは、物静かで理知的。リリムは、元気で陽気。エレオノールは、清純で清楚。ミレイユは、世話焼きで活発。スタイルも、大きいのから小さいのまでぷるぷるである。もう美少女盛り合わせといった感じだ。非常に贅沢な空間であることは間違いない。誰もが羨む光景が、目の前に広がっている。


 どこを向いても乙女の柔肌が目に入るとか、ここは楽園かな?


「もー! なんなのよ、あの男! ほんと信じられない!」


 もくもくと湯気が煙る浴室に、ミレイユの不満の籠った声が響いた。密室だから声がよく響く。まるでエコーでもかけたようだ。よほど不満があるのか、ぷりぷりと怒るミレイユ。しかし、そのかわいらしい声では迫力に欠ける。ただただかわいらしいだけだ。頬をぷくっと膨らませて、せいいっぱい不満を表しているが、その仕草が幼くてかわいらしい。その膨らんだほっぺたをつんつんしたい。


「マジ最悪だよねー。あーしとかおっぱいガン見されたんですけど。マジキモい」

「私も…」


 話の槍玉に上がっているのは、マジックバッグを売れだの、全員オレの女にしてやるなどと謎の上から目線で迫ってくる冒険者だ。たしか、名前はレックスとか言ったかな。そこそこ顔の良い若い男だった。おそらく今まで挫折を経験したことが無く、思い通りの人生を歩んできたのだろう。その言動は根拠の無い自信に満ち、自意識を過剰に肥大化させたような男だった。言ってしまえば、極度の自己中心的な男である。おまけに人の話を聞かないので始末に負えない。


 そんなレックスに今日も冒険者ギルドで絡まれてしまった。彼は、私たちが自分の提案を断ることが理解できないのか、何度もしつこく迫ってくるのだ。自分の思い通りにならないことが信じられないのかもしれない。


 何度断っても迫ってくるレックスに皆、嫌気が差していた。ただでさえダンジョン攻略で疲れているのに、その後レックスの相手をするのは、とても疲れるし、面倒くさい。


 しかもこのレックス。過剰に自分を美化しているせいか、話が通じない。「誰もお前に興味ない。去れ」と言ったところで「そんな言葉でオレの気を引こうっていうのか。かわいいやつだ」とか返ってくる。どうやら彼の中では、女は全員自分のことが好きという妄信があるらしい。ここまでくると逆に笑えてくるから不思議なものだ。


「ちょーっと顔が良いからって調子に乗り過ぎよ!」

「えー、あーしはタイプじゃないなー」

「私も…」

「私だってタイプじゃないわよ。エルはどう?」

「わたくしも苦手です」


 憐れレックス。【赤の女王】からの評価は散々だな。


「ルーはどう思うの?」

「私は嫌いではないよ」

「「「「えっ!?」」」」


 私の返答に皆が驚きの表情を浮かべる。皆にとって意外だったようだが、私はレックスのことが嫌いではない。神である私に、あそこまで上から目線にズカズカとものを言う者は、これまで居なかった。なので、私はレックスに新鮮な面白味を感じている。酷い言い方だが、動物園で珍獣を見ている気分だ。


「まぁ好きでもないがね。さすがに鬱陶しい。アレは直接関わるのではなく、遠目に観察するのが丁度良い奴だな。アレは道化として見たらなかなか面白いぞ。自分のことを世界で一番イイ男だと思い込んでる憐れな道化だ。一度その自慢の鼻がへし折れるところを見てみたいな」

「「「「…………」」」」


 皆黙ってしまった。あるぇー?えー?


「それって結局嫌いってことじゃない?」

「ルールーが一番酷いこと言ってるよ」


 そうかな?嫌いではないのだがなー。鬱陶しいだけで。


「ふふ、でもわたくしもちょっと見てみたいです」

「見たい…」


 自分から積極的に貶めようとは思わないが、レックスの傲慢とも言える自信が砕けるところを見てみたい。我ながら意地が悪いことを言っているなと自覚するが、レックスは、べつに私が動かずとも、そう遠くない未来にその自信が砕かれ挫折を経験するだろう。彼は、己の肥大化した自意識に対して圧倒的に実力が不足している。彼は自分が思っているほど強くはないのだ。その事実に直面した時、それでもと再び立ち上がるのか、それとも諦めてしまうのか。願わくば再び立ち上がって欲しいが……挫折を経験し、己の無力さに絶望し、それでもなお立ち上がることができれば、レックスは一回り大きく人間として成長できるだろう。私はそれが見たい。人間が成長する姿は、いつだって美しいのだ。


「はてさて、どうなるか……」


 私の呟きは誰にも届かず、湯気のように空気に溶けた。

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