第79話 神様と第十四階層③

「ルーは何食べる?」

「ふむ……串焼きを貰おうかな。たしか屋台で買った串焼きがあっただろ?それとワインを頼む」

「はいはい。飲み過ぎないでよ。あと野菜も食べないさい」

「うむ」


 ミレイユから串焼きとワイン、それから野菜スティックを受け取り、さっそく串焼きを手に取る。豚のバラ肉の豚串だ。まだ温かいのだろう。ほんのりと湯気を立てている。炭火焼きなのだろう、スモーキーな匂いと、豚の脂の甘い匂いに食欲が刺激される。口の中に溜まった唾を飲み込んで、豚串に齧りつく。


「アヒッ」


 温かいどころか、まだ熱々だった肉を串から外し、ハフハフと口の中で踊らせる。噛めば、柔らかく形を変え、肉汁と甘い脂が口いっぱいに広がって、舌が旨味に痺れる。味付けはシンプルに塩のみだ。だが十分に美味い。


 肉を飲み込むと、私はすかさずワインを流し込む。肉に熱せられた口が、冷たいワインで冷まされて気持ちが良い。豚バラ肉は美味いが、脂が強い。油でギトギトだった口が、若いライトボディの瑞々しいフルーティな味わいのワインに洗い流され、清々しい気分だ。


 さっぱりした口の中だが、同時に寂しさも感じる。今度は豚バラ肉の濃厚な脂の美味さが恋しくなる。私は欲望に従って豚串を頬張った。


 ハフハフと豚串を食べ、ワインで流し込む。そしてまた豚串を……いつまでも続けられる無限ループだ。合間に箸休めのようにポリポリと野菜スティックも食べる。ちなみにこの野菜は、アリスが庭の家庭菜園で育てた物らしい。ディップソースもアリスお手製の物だ。まろやかなクリームチーズの味がやみつきになる。


「楽勝だったねー。全員無傷だし、あーしたち、けっこう強くなったんじゃない?」


 リリムが、片手に持ったサンドイッチを食べながら言う。リリムの言う通り、私たちは危なげなく第十四階層の階層ボスに勝利した。楽勝と言ってもいいだろう。今は安全エリアとなったボス部屋で食事休憩の真っ最中だ。


「そうですね。確実に成長していると思います。でも、慢心はいけませんよ」

「はーい」


 階層ボスは、5体のホブゴブリンだった。手に剣や斧を持ったホブゴブリンウォーリアが4体にホブゴブリンアーチャーが1体。先手を取って私のタスラムがホブゴブリンアーチャーを、ディアネットの魔法がホブゴブリンウォーリアを1体討ち取った。残る3体のホブゴブリンウォーリアを私、エレオノール、リリムの3人でそれぞれ1体ずつ相手をしたのだが……。


「リリムすごかったわね。後ろから見てたけど、ホブゴブリンなんてすぐやっつけちゃったわ」

「強い…」

「まーね。よゆーよゆー」


 ミレイユとディアネットの言葉にリリムが胸を張る。リリムほどの巨乳が胸を張ると貫禄があるな。ミレイユとは大違いだ。思わず目がリリムの胸の膨らみへと行ってしまう。


 今回のMVPを決めるとしたら、リリムになるだろう。彼女は、斧を持ったホブゴブリンウォーリアを一合の内に下すと、私の相手にしていたホブゴブリンウォーリアに横から奇襲を仕掛け、これを撃破。最後は前衛3人で残った最後のホブゴブリンウォーリアを袋叩きにして勝利だ。


 ホブゴブリンウォーリアは、人間の成人男性ほどの体躯を持っている。当然ゴブリンなどよりよほど難敵だ。体格と膂力で劣るリリムでは厳しいかとも思ったが、結果は一撃でホブゴブリンウォーリアを制していた。リリムの成長には、目を瞠るものがある。


 3対3というより、1対1が3つある状況で、最初に敵を撃破し、人数差を作り出し、有利を作ったリリムの働きは大きい。彼女はパーティのメインアタッカーだ。エレオノールが敵を引き付けている間に敵を撃破することが求められる。彼女は自分の仕事を完璧に熟してみせた。


 逆にリリムが敵との1対1に負けてしまうようだと、当然だが、かなり不利になる。彼女は、1対1の状況で負けることが許されない立場にあると言っていい。彼女はそのプレッシャーに見事打ち勝った。


 一応、リリムが負けた時の備えとして、すぐにリリムが戦線復帰できるようにヒーラーであるミレイユが控えているが、今回は出番が無かった。まぁミレイユの出番は、パーティメンバーが負傷した時なので、彼女は暇してるぐらいが丁度いい。ミレイユは居るだけでパーティメンバーの心にゆとりを持たしてくれるのだ。



 ◇



「では、そろそろ出発しましょうか」

「うーい」

「ええ、行きましょ」


 食事を終え、トイレなども済まし、いよいよ出発だ。しっかり休憩できたからか、階層ボスを撃破できたことで自信がついのか、皆の表情は明るい。


「次は十五階だったかしら?」

「そうそう。あーしたち、けっこー良いペースでいけてんじゃない?」


 話に聞くと、十一階層以降ダンジョンの攻略速度が鈍るパーティは多いらしい。世知辛い話だが、その多くは資金難によるものだ。装備が整っており、生活費の心配をしなくてもよい【赤の女王】では実感しにくいが、普通は装備を買う為に、あるいは生活費の為に金を稼ぐ必要がある。彼らは主に十階層以前の階層を周回して、ドロップ品である肉を売って資金を稼ぐらしい。俗にお肉屋さんと呼ばれる冒険者だ。


「そうですね。この調子でがんばりましょう」

「「「「おー!」」」」


 気合も入ったところで、私たちは第十五階層を目指して歩き出した。

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