第75話 神様とリリム③
「どうするかな……」
リリムが部屋を飛び出して、1人寂しく部屋に残された私は、どうしようか悩んでいた。
リリムは「待ってて」と言ったので、信じて待つつもりだが、本当にリリムが帰って来てくれるのか、不安な気持ちもある。
やろうと思えば、リリムが今何をしているかを覗き見ることができてしまう。神である私には造作もないことだ。正直、リリムの姿を確認したい気持ちはある。しかし、それでは私がリリムの言葉を信じていなかったようで、リリムに申し訳なさを感じてしまう。
「ふむ……」
ここはリリムを信じて待ってみよう。リリムの姿は覗き見ないことにした。神の力というのは、少し厄介なものだな。やろうと思えばなんでも出来てしまう。選択肢が無数にあるので、どうしようか悩んでしまうのだ。下界に居る間は、神の力をもっと制限してもいいかもなぁ……。そんなことを考えながら、私はリリムを待つのだった。
◇
リリムが部屋を飛び出して、かれこれ1時間ほどだろうか、コンコンコンとノックの音が飛び込んできた。リリムかな?
「どうぞ。開いてるよ」
ドアがガチャリと音を立てて小さく開き、ドアの隙間から赤毛の少女がチラリと顔を半分だけ覗かせる。リリムだ。リリムが戻ってきてくれた。
いつもはポニーテールに結ばれている髪を下ろして、眉尻を下げ、瞳は涙で潤み、頬を薄く上気させ、困ったような、自信が無さそうな表情を浮かべているリリム。いつもの陽気さは
「その…お待たせ」
そう言ったきり、リリムは部屋に入ろうとしない。どうしたのだろう?
「入らないの?」
「ちょっと勇気が…その…見ても笑わない…?」
「笑わないよ」
そういえば、服がどうのって言ってたっけ。たぶん服を着替えてきたのだろう。よく見れば、薄っすらと化粧をしているみたいだし、髪も綺麗に梳かされている。この1時間で、リリムは身支度を整えてきたらしい。そこまで気合を入れなくても…と思わなくもないが、野暮なことは口には出さない。私は気を遣える神なのだ。
「絶対、笑わないでよ…?」
そこまで言われると、フリなのかと思えてくるな。「押すなよ、絶対押すなよ」というやつだ。逆に笑わない方が失礼なのでは?
リリムが大きく深呼吸して、恐る恐るゆっくりとドアからその姿を現す。
「おぉ!」
私は思わず感嘆の声を上げていた。それぐらいリリムはかわいらしかった。
リリムが着ていたのは、真っ黒なゴスロリ服だった。ヘッドドレスやチョーカー、手袋に靴下、靴まで真っ黒だ。所々に差し色として赤のリボンや紐が使用されていて目を引く。全体的にレースを多用した大人っぽいデザインのゴスロリ服だ。
これは……いつの日か私がプレゼントしたゴスロリ服……!
全身を露わにしたリリムが、恥ずかしそうにモジモジとしている。その顔は、可哀想になるくらい真っ赤だ。
私は、もっと近くでリリムの姿が見たくなってリリムに歩み寄る。リリムがビクッと体を震わせて、口を開いた。
「これは……その……あ、あーしにはこんなかわいい服似合わないって分かってたんだけど、でもでも、せっかくもらった服だし、着なくちゃもったいないって言うか、着る約束もしたし、その、少しでもかわいいって思ってもらいたくて、それで、その……だから……んっ…!?」
私は、早口で言い訳じみたことを言うリリムの口を口で塞いだ。リリムの瞳が驚きに大きく見開かれ、やがて閉じられる。
たっぷりと10秒ほどキスをして、唇を離す。至近距離で見るリリムは、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして、今にも涙が溢れそうなほど瞳を潤ませていた。
「かわいいよリリム。とても素敵だ」
リリムの顔がくしゃっと歪む。その瞳からは、ついに涙が溢れ、一筋の線を描く。
「ぐすっ…ほんと…?」
私はリリムの目尻の涙を指で掬い取る。
「本当だとも。リリムはかわいいよ。とっても綺麗で素敵な女の子だ。私の為にわざわざ着替えてくれたんだね。それにお化粧まで。ありがとう、リリム」
私はリリムを抱きしめ、その背中を優しく撫でる。
「気に入ってくれた…?」
「もちろんだ。とても似合っているよ」
「リリムのこと好き…?」
「愛してる」
「よがっだよー……」
リリムの瞳からあとからあとから涙が溢れてくる。本格的に泣いてしまった。きっといろいろな感情が重なった結果の涙なのだろう。素直に喜びの涙とも受け取れるが、彼女には不安もあったはずだ。
単身ハーレムに名乗りを上げたリリム。リリム自身が訊いてきたように、自分を本当に受け入れてくれるのか、本当に自分を愛してくれるのか不安だったはずだ。
「ごめんね、いきなり泣いて。あーしキモいね」
「私はリリムを愛しているよ。不安にさせて悪かった」
「うぅ~……」
泣いてしまったリリムの頭を背伸びをしてよしよしと撫でる。リリムの方が背が高いからね。背伸びしないと届かない。もうちょっと背を高く設定すれば良かったな。これでは格好がつかない。そんなことを思いながら、私はリリムが泣き止むまで背中を撫でるのだった。
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