第66話 神様とミレイユ②

 暗闇の中、窓から月明かりが照らすベッドの上。私とミレイユは、お互いの方を向き合って横になっていた。手を伸ばせばすぐにでも触れられる距離だ。素肌に触れる布団の感触が気持ち良い。


 布団の下は、2人とも裸だ。ミレイユの服は私が脱がせた。私はべつに服を脱ぐ必要はなかったのだが、ミレイユが1人裸なのは恥ずかしがったため、私も服を脱いだ。


「ねぇ……」


 ミレイユは、顔に若干の疲れを滲ませながらも、まだ起きていた。トロンとした優しい表情だが、その優美に整えられた眉尻を困ったように下げている。


「私たち、これでよかったのかしら?」

「ミレイユは嫌か?」


 ミレイユが、更に眉尻を下げる。


「嫌じゃないから困ってるの」


 どういう意味だろう? 何を困っているんだ?


 分かっていない様子の私に、ミレイユが小さくため息を吐く。


「ディアのことよ。あなたたち付き合ってるんでしょ?」

「なぜそれを……」


 ディアネットが話したのだろうか?


「見てれば分かるわよ。暇さえあればくっついてるんだもの」


 たぶん皆気付いてるわよ。そう言うミレイユは、少し悲しげに見えた。


「私ね、今の関係を壊したくないの」


 ミレイユは言う。エレオノールは生真面目だけど、ちょっと抜けたところがあってかわいい。リリムはいつも明るくて、元気を貰える。ディアネットは物静かな不思議な人だけど、その深い知性を尊敬している。【赤の女王】の皆は、良い人だ。そんな彼女たちとの関係を壊したくない。


「私は?」

「あなたは……変な人」

「変な人か……」


 ミレイユの答えにガックリときてしまう。今のは褒める流れだったじゃん。


「でも、私の特別な人」


 ミレイユの言葉に、心がパッと晴れる。今すぐにでも駆け出して、声を大にして叫びたい気分だ。


 見れば、ミレイユは暗闇の中でも分かるほど顔を赤くして、少し目を逸らしていた。自分で言って照れているらしい。かわいい。


 しかし次の瞬間、ミレイユの顔色が急速に曇る。


「どうして好きになっちゃったんだろう……ダメだって分かってたのに……」

「何がダメなんだ? 私もミレイユのことを愛しているよ」


 ミレイユの表情が一転する、眉を怒らせキッと私を睨む。なぜだ?


「ディアはどうするのよ! その……抱いてもらった私が、今更こんなこと言うのもおかしな話だけど! もっとディアのこと大切にしなさいよ!」


 ミレイユのエメラルドのような綺麗な碧の瞳が涙に揺れる。


「だから、私のことなんて忘れて、あなたはディアと幸せになるべきだわ!」


 それが自然な形だわ。そう言ってミレイユが寂しげに微笑む。彼女は、私とディアネットのことを考えて、自ら身を引くつもりらしい。


「そのディアが望んでいるとしたら?」

「どういう意味よ?」


 ディアネットは、私にハーレムを作ることを望んでいる。彼女が望むハーレムには、当然ミレイユも入っている。【赤の女王】の関係を壊したくないミレイユと、関係をより深いものにしたいディアネット。2人の願いは似ているようで全く違う。


「ハーレムって……そんなの……本気なの…? ディアは、ワールディーでも信仰しているのかしら?」

「ははは……」


 これには私は乾いた笑いを浮かべることしかできない。


 ミレイユには、ハーレムは予想外の響きだったようだ。地母神マールと、その夫神である秩序と制裁の雷神ボルトは、夫婦仲が良く、一夫一妻の神として知られている。地母神マールの信徒であるミレイユにとって、ハーレムは否定はしないが、伴侶は1人というのが普通なのだろう。


 それに対して私、風の神ワールディーはどうかというと、いろんな神や人間と関係を持っていることで知られている。私は、出会いの神でもあるからね。いろんな接点が増えれば、まぁ……関係を持つことも増えても仕方ないよね?


 このことは、経典にも載っている神話で、有名な話なんだけど……私が、いつ、どこで、誰と関係を持ったかなんて、いちいち神話にして語り継いできた人間はどうかと思うよ? ちょっと恥ずかしい。


 そのせいかは知らないが、浮気性な人のことを「ワールディーみたいな人」と表現されるのは、甚だ遺憾である。私は誠実な神だよ?


「だからね、ミレイユ。私たちの間には何の障害も無いんだ。自分の心に素直になっていいんだよ?」

「でも……」


 ミレイユは迷っているようだ。やはり地母神マールの敬虔な信者である彼女には、ハーレムというのが引っかかっているのだろう。


「一度考えさせて……」


 ミレイユが出した答えは一旦保留だった。


「ダメだ」


 ミレイユみたいな人に、冷静に考える時間を与えてはダメな気がする。彼女は自ら身を引きかねない。


「ミレイユ、今からキスをしよう。私を受け入れるならキスを、受け入れられないなら拒否してくれ」

「えっ!?」


 私はそう言うなり、どんどんとミレイユの麗しい唇に近づいていく。


「せめて考える時間を…! あの、ちょっと…! んっ…!」


 月明りが照らすベッドの上で、私とミレイユの唇は重なった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る